動く街
視点が高いせいか、果てなく続く街並みでも昇る朝日に見とれることが出来ながら、静かに2段ベッドから降りて洗面台で顔を洗う。
「チーズケーキぃ」
ん?
ユリの方に顔を向けると、2段ベッドの下で寝ているユリは静かに寝息を立てていた。
寝言か。
昨日のチーズケーキがそんなに気に入ったみたいだな。
下の階に降り、朝食前にくつろぐ客がまばらに居るレストランエリアを抜け、今まさに朝日が入り始めた植物園エリアのベンチに座る。
何だろうな、やっぱり精霊だからなのかな。
何故か植物があると落ち着く。
「ごきげんよう」
見るからに気品が溢れる、薄緑のドレスを着こなす女性の顔をふと見上げる。
ん?
「どうも」
「そこ、良いかしら」
「うん」
んー・・・何だろう、もしかして。
「精霊?」
「えぇ。私はチェテレ。ブリングラス西部の森林出身ですわ」
早朝の植物園によく馴染む上品な口調でそう応え、掘りの少し深めのチェテレは朝日にもよく似合う気品溢れる笑みを浮かべる。
眼がキレイな朱色だな・・・。
「へー。僕はバクトだよ。低次元から転生してきたんだ」
「あらそうなの。なら親御様は龍かしら」
「まぁそうだね。何で知ってるの?」
見た目は普通の若い女性だけど。
何の精霊かな。
「低次元から転生してくる精霊は龍と決まってますのよ?」
そうなのか。
「チェテレは何の精霊なの?」
するとチェテレがおもむろに前に出した掌から、突如小さな黒い粒が湧き生やされた。
え?何だろ。
「おすそ分けですわ」
「あ、うん・・・ありがとう」
掌に乗せられた3粒の黒い粒を見てみると、どことなくそれは植物園の植物と同じ匂いがした。
「これ、種?」
「えぇ。私の系統は代々新芽の魂から生まれる精霊ですのよ?」
ふぇぇー。
種出せるのか、すごいな。
「バクトはどこまで行くんですの?」
「テンホウだよ」
「あら、それは何故?」
「仲間と一緒に旅をしてるからね。仲間の1人が侍なんだ」
「あら残念。私はその1つ前で降りますの」
「そっか」
旅っていいな、色んな出会いがある。
「あ、バクト、またそれ?」
「うん、ファナブル美味しいし」
塩分が妙に癖になる、見た目からふんわりしている葉っぱを食べながら、ふとバイキングを楽しんでいる家族連れや、レストランエリアを満たす人混みを眺めていく中、突如レストランエリア内にゆったりとした旋律だが、心が何となく弾むようなアナウンスが流れ出す。
おっ。
「ディメンションライナーにご利用頂き、誠にありがとうございます。カウティカへのご到着、1時間前のお知らせです。お降りになるお客様の手続きはお早めにお願い致します。カウティカの次は、テンホウに止まります。尚、カウティカからテンホウへのご到着は、17時間後となります。スケジュールをご確認の上、お間違えのないよう、お願い致します」
あれから1週間くらい経ってるけど、ハクラ達どうしてるかな。
気配は感じるけど、新幹線が1週間走ったぐらいの距離間だし、すぐには会えないよな。
「バクト、ファナブル1枚ちょうだい?」
「うん」
あと17時間か、温泉行ったし、ゲーセン行ったし・・・。
「私、お昼まで屋上庭園に居るね」
「うん」
17時間後って、真夜中だよな。
まぁそれまでこの世界のことでも勉強するか。
どれくらい時間が経ったか分からなくなるくらいのふとした静寂を感じながら、図書館エリアの一角で本を広げていたとき、突如読書の邪魔にもなることもない、聞き慣れたアナウンスが流れ出した。
おっ。
「ディメンションライナーにご利用頂き、誠にありがとうございます。テンホウへのご到着、1時間前のお知らせです。お降りになる・・・」
部屋に戻るとソファーにはリーチが居て、向かいに座りお茶を飲んでいると、やがてユリとルケイルも部屋に戻ってきた。
「すんごく楽しかったねぇ」
「うん」
服のレンタルも出来て洗濯も出来たし、快適過ぎるほどの旅だったな。
色んなエリアがあって退屈しなかったけど・・・。
久しぶりに見たディメンションライナーのまるで輸送機のドロップゲートのようなホームと、ホームから望む広大な夜景と星空に再び心が踊っていく。
やっぱりすごいな、ここも。
「リーチ、もう夜だけど、テンホウで宿とれるかな」
「いや、ここはこの駅とやらで宿を取る方が無難だろう」
「そうだね。私、もう眠いよ」
人々の行く先に委ねるように歩んでいく中、チケットとやらを確認する番の女が見えてくる。
「あのーここで1泊出来ますか?」
「はい、6階から上の階がホテルになっております」
「どうも」
ヒョウガよりもどこかあどけないが、その活発さはむしろ頼りになる。
エレベーターとやらから出ると、そこは引きずるほどの荷物を持った者達が集まる場所だった。
ん、あの者も着物を着ている。
刀も挿し、正に侍というべき出で立ち。
ああ、早く刀を、いや、あいつらに会いたい。
「4人が休める部屋ありますか?」
「えー・・・あ、はい、ございます。1部屋で良いんですか?」
「はい」
「ではこちらにお名前を」
1本道の廊下の中腹にある扉を、ホテル番の女から貰った平たい鍵で開けると、すぐにユリは高い布団に倒れ込むように横たわる。
「ふぅ・・・あーユリ寝るの早いな」
「相当眠かったのだろう」
相槌を打ちながらユリの隣の高い布団に座ったルケイルは、正に子や妹を見るような眼差しでユリを見る。
「そうだね」
羽織りを脱いだバクトもどこか眠そうな声色を聞かせると、そのまま高い布団に横たわっていった。
「理一、やっと着いたね」
すっかりと眠気が吹き飛んだような笑顔で、飛び上がりそうなはしゃぎようのユリはやはり妹を前にしたような和やかさを覚えさせる。
「あぁ。これでやっと刀が作れる」
「刀を作ったらどうするんだ?」
目を合わせてきたルケイルから、まるで見えない未来を写すような白く長い廊下の天井へと目線を移す。
「・・・まだ考えてない。だが皆と共に過ごしていくのも悪くない」
料理が取り放題だということにも拘わらず、戻ってきたバクトの落胆した表情がふと気に掛かると、持ってきたその皿にはいつも乗せている葉物が無かった。
「あれバクト、ファナブルは?」
「無くなってた」
「そっかぁ」
そんなに気に入っているのか。
ファナブルなるあの葉を。
ん、考えてみたら・・・刀を作る為の鍛冶屋がどこにあるか分からないな。
人に聞いて分かれば良いが。
エキという建物を出るとすぐに行き交う人々の着物に目が留まっていき、ゴノモトを思い出しながら砂利を踏む感覚が、より胸の内を和ませ、木の造りではないが、瓦屋根や障子を見立てた模様の壁、至る建物の節々から懐かしさを感じさせる。
「済まぬ、刀鍛冶の出来る場所を知っていたら教えて貰えぬだろうか」
2人の若侍は顔を見合わせると、こちらの身形やバクトを見てから虹色の垂れ布看板が目を引く方へと指を差した。
「ガイドブック買えばいいんじゃないすか?」
・・・・・・ガイ、ドブック。
「そっか、どうも」
バクトが返事をすると、小さく頷いた若侍達は過ぎていったが、呼び止めることも出来ず、何故か今の状況を理解出来ずにいた。
すか、とは・・・。
方言・・・いや。
商人のような崩した態度・・・。
「理一、この街がどんな所か分かる本を買えばいいんだよ」
成る程、そんな物があるのか。
「あの者達は侍ではなかったのか」
着物に、刀まで挿していたが。
「んー、多分、侍が無くならずにメイジイシンでも迎えたのかな」
「メイジ・・・とは何だ」
虹色の垂れ布看板を立てる建物の、木の味を出す色合いの引き戸にバクトが手を伸ばしたとき、触れてもいないのにそれは勝手に開きだした。
カラクリか。
「いらっしゃいませー」
なんと、数え切れないほどの書物・・・。
「うわ、すごいね、私こんなにいっぱいの本見たことない」
「僕が前にいた世界でも、侍がいたんだ。でもそれはもう百年以上も前の話で、国を治める人が変わって、侍から刀が取り上げられて、外国の技術で街が発展していった、それがメイジイシンかな」
刀が取り上げられた?
なんと卑劣な。
「異国の服を着た者も見るが、だが確かに刀を挿す侍も、この国にはいるようだが」
「多分、侍が無くならずに街が発展していったんじゃないかな」
侍が無くならずに・・・成る程。
「先の若侍の言葉使いは、侍のものではなかった」
「まぁ時代の流れだよ」
そう応えるとバクトは数え切れない書物の中から、まるでそれが何か分かるかのように1冊の書物を抜き取った。
時代の流れ、か。
「テンホウの歩き方っていう本だって。きっと有名な建物の場所とか全部載ってるよ」
「そうか、それは良い」
「いらっしゃいませ。1点で700ピアニーになりまーす」
この店番の女も、着物を着ているわりには言葉使いを崩している。
外に出たときに改めて街を眺めるが、その街並みは見れば見るほど異国情緒を感じさせていく。
ここも、やはり異国なのだな。
「結構遠いから、馬車に乗らなきゃね」
「そうか」
「バシャって?」
「んー見たら分かるよ」
両脇に食べ物を売る店が並んだ、果てなく続く細かい砂利道を歩んでいくが、その建物全てが和を思い出させる造りに少し複雑な落ち着きを感じていたとき、ふと遠くから砂利道を鳴らす足音が響いてくる。
下駄の音よりも耳を突くその音にふと振り返ると、その先には車輪の付いた駕籠を引いてくる馬が見えた。
馬車か・・・発展している街にしては、何故もっとカラクリを多用しないのか。
「バクト、あれ乗るの?」
「そうだよ」
「うわぁ楽しみ」
客を待つように何台もの馬車が置かれた場所が見えてくると、近付いてきた4人を見た店番の男はすぐに手を挙げた。
「旅の方々、乗ってくかい?」
「うん。・・・ここに行きたいんだけど」
「梶山さんとこか、1人300だが、4人いるから1人250にまけてやるよ」
「いいの?」
「おうよ。客は大事だからな」
駕籠にしては随分としっかりした造りだな。
正に障子そのものとなっている戸を開けると、そこは畳ではなく、向かい合うように作られた長椅子があった。
時代の流れ、か。
「うわぁ、このエニグマ、ちっちゃいねぇ」
「ユリ、それは、馬っていうんだよ」
シエノはテンホウまでの金と言っていた。
鍛冶屋に行けるとなった今、それからのことを考えてなくては。
「理一、カタナっていうの作ったらまた旅しようよ」
旅か。
「だがまずは刀が出来るまでの間、どうするかだ。金にも限りがある」
「んー、じゃあ食べ物を育てればいいよ」
育てる、か。
「なら、育てている間の食べる物はどうするのだ?」
「それなら採って、分け合うの」
まるで今までそうやってきたかのような口振りだな。
「だが旅をするのには金がいる。金は稼いで置かなければならない」
「そうだねぇ」
楽しそうに悩むユリを見ていると砂利を踏む音が止み、駕籠が止まったので、障子を開ける。
「馬さん、ありがとね」
「嬢ちゃん、その馬はダイテンロウってんだぜ」
ここが、鍛冶屋か。
遂に、遂に・・・。
「ユリ行くよー」
戸を引くとすぐに両脇にある高棚に飾られた無数の刃物が目に入った。
おお・・・。
「らっしゃい」
左手の奥に見えるのれんをくぐって顔を出した女がそのまま草履を履いて出てくると、すぐにその出で立ちが職人であることを悟らせた。
「鍛刀をしたいのだが、場所を貸して貰えぬだろうか」
「え?・・・仕事を請け負うということですか?」
「いや、自分で鉄を打ち、刀を研ぐ。ただそれが出来る場所を貸して欲しい」
「しょ、少々お待ちを」
女がのれんの向こうに去っていったので、何となく並べられた包丁や鋏、刀を眺めていく。
見れば見るほど、魅入られてしまうほど曇りの無い輝き。
どれもこれも、一目で素晴らしいと思えるものばかりだな。
「理一、この剣、何で片方にしか刃が無いのかな」
「刃の付いていない方では、傷付けずに気を失わせることも出来る」
「あっへぇ、そっか。じゃあ片方だけの方がいいよね」
「刀かぁ。やっぱり高いねぇ」
「バクト殿も欲しいのか」
「んー、でも、作ろうと思えば自分の力で出来るし」
そう言うわりには鼻先がガラスに着いてるが。
「おう、鍛刀依頼のあんちゃんはどいつだ?」
「私だ」
歩み寄ってきた初老の男の、常に気を尖らせたような物腰と眼差しは、先の女とは一味違って、正に職人気質を感じさせた。
「侍か、刀はどした」
「今は無い。だから作る為にここに来たのだ。頼む、鍛刀の出来る場所を貸しては貰えぬか」
「長年鍛冶屋やってるが。自分で打ちたいだなんていう客は初めてだしなぁ。その前にあんちゃん侍だろ?職人でもないのに、一からやんのは無理だ」
「いや、前に使っていた刀は全て自分で打ったものだ。それに、ただの鍛刀ではない。この街には、魂降ろしという方法を知っているものは居るか?」
新幹線が1週間走った距離、まぁざっと地球一周と同じくらい、ですか。
ホテルや娯楽施設、オフィスエリア、各種発電施設、それらが組み込まれたディメンションライナーは、最早動く街。っていう感じです。
ありがとうございました。