ロア・イズ・ディサイピアリング・イン・ザ・スカイ
「ちょっとトイレ行ってくるよ」
「あぁ」
まるで天界を思い出すような、煌めいて見えるほど清潔感に満ちた白に染められたトイレで用を足していたとき、静かに隣の便器にルケイルが立った。
布に軽鎧を重ねただけの服だと、逆にトイレとか不便じゃないのかな。
「テンホウに着いたらどうするの?」
「ユリがどうするかだな、ユリを1人には出来ないからな」
「そうだね」
「そう言うバクトは」
「んー、やっぱりルーニー捜してみるよ、ちょっと気になるし」
「そうか」
「楽しみだなぁ、次はどんな乗り物なのかなぁ」
ユリの独り言と共に平坦なエスカレーターを流され、長くはない通路の先にある、幾つも並んだ不透明な自動ドアの1つを抜ける。
すると目の前にはまるで輸送機のドロップゲートが開いたような光景が広がっていて、前方の大空に向かって真っ直ぐ続いていく1本の線路と、黒塗りで滑らかな形が特徴的な車両があるそのホームは、今まで感じた胸の高鳴りを遥かに凌駕するほどの爽快感を心に焼き付けた。
「うわぁあっ」
あまりの声の大きさに自分で口を押さえたユリと目を合わせてから、目の前にそびえる1本だけの列車を回り込んでいく。
新幹線なんだろうけど、新幹線が普通の車だとしたら、これはその車が何台も乗るフェリーみたいな感じだ。
豪華客船の新幹線バージョンか。
「おっきいねー、これもレッシャなの?」
「そうみたいだね」
2両編成か、でもでか過ぎる。
「グリーンの存在を掴んでから2日だが、現在把握している3ヶ所の拠点からも、新たにエネルゲイアと思われる人間が関わっている情報はない。だがエネルゲイアでも人間だ、裏切りや乗り換えがあり得ないことじゃない。グリーンがエネルゲイアを手に入れれば確実に驚異になる。引き続き、監視に抜かりのないように」
「はい」
十数人の人間の流れに乗り、司令官のデスクからシーティーのデスクへと戻る途中、マルシアはふとエレベーターの前で立ち止まった。
「俺は情報部に行く」
「じゃあオレは1階に行く」
「は?何で」
「一仕事の後のハンバーガーだ」
まったく、よく食べる奴だな。
椅子に座るなりパソコンを触り始めたシーティーの隣に何となく座り、シーティーのようにパソコンを触りながらその場に静寂を振りまいていく人達を眺めていく。
チームが増えるってことは、それだけ司令官も、レッドもグリーンに注目してる訳だ。
「あんた、恋人は居るのか?」
え、何だ急に。
「あぁ、俺の世界で、俺の帰りを待ってる」
「いいねぇ。モチベーションは大事だ。そういえば、あんたは強敵のエネルゲイアの顔とか覚えたりしてんの?」
「覚えようとはしてないが、手強い奴は嫌でも覚えるさ」
「そういう情報をディビエイト間で共有してんの?」
「いや・・・してないな」
「えっそれはマズイよ」
やはりそういうものか。
「暇だしさ、レッドの政府でも注目してるエネルゲイア、見てみる?」
「見れるのか?」
「ちょっと待ってな、今出す」
確かに顔やどんな力を持っているかは知っていた方がいい。
「まずはこいつ」
すると画面には見通しのいい街中で、白い風や無数の閃光、そしてオレンジ色に燃え盛る炎を自在に操る人物の映像が映し出される。
「随分と派手な服だな」
「広範囲に渡る攻撃が特徴で、最近はソウスケってディビエイトにやられたけど、間一髪で逃げた」
ソウスケは倒せるってことか。
「次はこいつかな」
人間じゃないな・・・ディビエイトのように人間から形態を変化させられるのか。
「こいつは火力と爪、そして蔦を操るのが特徴だね」
「なるほどな」
「そんでこいつ」
画面には特に特徴的ではない剣を持ち鎧を着た男性が映し出されたが、人間よりも遥かに大きなクルマが近付いてきた直後、剣で斬られた訳でもないのに、その大きなクルマは軽々と宙を舞う。
「最近になって現れた奴で、まだディビエイトと戦った情報はなく、この映像の後の目撃情報が無いから、まだちょっと詳しいことは分からないんだけど、政府としてはまぁ気になるって感じだね」
「あいつの動きを止めたその瞬間に撃ち抜くっつう、この上ないほど簡単な」
「簡単じゃねーよっ相手はディビエイトだろ。しかも風を操るからな、弾道がぶれるかも知れない」
「でも1発当たりゃ、殺れるだろ、いくらなんでも。ほら」
シドウがスナイパーライフルをウーグルに手渡すと、続けてテーブルに乗せたスーツケースから拳銃を2丁取り出し、ストロベリーとカラサラにそれぞれ渡していく。
「あたし、撃てるかな」
「護身用だ、お守りみてぇなもんなんだから、気にするな。これが弾倉、8発だからな」
「ていうか、何でカラサラまで?複合だろ?」
「ちょっと、私だって女だろ。女の特権だ」
最近のエネルゲイアは攻撃型でも銃を持ってる奴が多いからな。
まぁ下手な力よりかは銃の方が手っ取り早いから、しょうがねぇが。
覚醒よりも銃携帯なんて、どうかしてるよな。
だったらはなっから、エネルゲイアじゃなくて兵器を開発すりゃいいのに。
あっちの世界じゃ、空母戦争とやらはどうなってんだかな。
ユウジやノブなら簡単にはやられないだろうけど。
早いとここっちの戦争終わらせて、あっちに帰らなくちゃな。
軽トラの荷台に立ち、流れていくキレイな街並みを見ながらふと氷牙を思い出す。
いつこっちに来るんだか。
戦争を終わらせるには、圧倒的な勝利か、共通の敵。
せめて氷牙が居りゃ、ブルーから独立して第三勢力として活動出来るかも知れないのに。
軽トラから降りてビルに入るウーグルとカラサラを見送り、炎帝爪を纏って同盟国の国境を越えていく。
さて、ウルフドラゴン、さっさと来い。
「皇炎穿」
翼手から1本の白く輝く炎を噴き出して地面に穴を空けると、間もなくして騒ぎを聞きつけてきたのはディビエイトではなく、3台の武装した軽トラだった。
出来れば無駄な破壊はしたくないなんて言ったら、怒られるだろうな、はは。
ロケット弾を体で受けながら、翼手から皇炎穿を軽トラの前方に撃ち落とす。
1台の軽トラが停止したのを見てから右手に炎帝剣を出し、再び飛んできたロケット弾を切り裂いたとき、消え行く爆風の遥か向こうから何かが走ってくるのが見えた。
来た来た、お前には悪いが。
「皇炎斬」
瞬く間に走り込んできたウルフドラゴンに向けて、伸ばした白く輝く鉤爪を振り上げようとしたが、ウルフドラゴンはすでに弾丸のように回転する白黒の風を撃ち出していた。
おおっ・・・っつ。
ミキサーのように激しく掻き回してくる風に思わず倒れ込んでしまった直後、右手を踏んづけられながら透明な鉤爪に胸を貫かれたが、とっさに翼手から皇炎穿を噴き出し、ウルフドラゴンを押し退ける。
ちっ貫通はしないのか。
「万華、繚乱っ」
蔦や花びらの鎧で体を覆っても、素早く飛び出したウルフドラゴンの鉤爪はたやすくその鎧を貫き、とっさに翼手で殴りかかったが、ウルフドラゴンも翼でそれを抑えると素早くこちらの胸元を激しく蹴りつけた。
ぬぁっ・・・っつ、やっぱこの姿じゃそもそもディビエイトには敵わねぇか。
翼手の鉤爪を蔦に変え、向かってきたウルフドラゴンの両翼を伸ばした蔦で貫きながら、組んだ両手の鉤爪を大きく広げるが、その瞬間にもウルフドラゴンは両手に白黒の風を集めていく。
「皇輪・爆彩ごふっ」
風圧に視界が空に投げ出され、掻き回す衝撃に再び倒れ込んでしまうが、蔦に繋がれていたウルフドラゴンはそのまま持ち上げられ、自動的に組んだ両手は再びウルフドラゴンに向けられた。
来たっ。
「皇輪・爆彩光っ」
「うわぁっ」
身を屈め、全身に風を纏うウルフドラゴンに向けて、花のように広げた鉤爪から白く輝く閃光を放つが、風が燃え、鱗が砕けた状態でもウルフドラゴンは素早くこちらに両手をかざし先程よりも大きな風の弾丸を撃ち落とした。
っぐ、鎧が、いや体自体が砕けちまうっ。
視界さえ開けない中、突如空気が抜けるような音が瞬間的に遥か遠くに響いていった瞬間、何かが砕ける小さな音が妙に耳についた。
「ああぁあっ」
意識が遠退き、力が抜けてしまうと思わずウルフドラゴンを落としてしまったので、すぐに起き上がって見てみると、目の前には力無く倒れているウルフドラゴンの姿があった。
どう、なった・・・。
死んだのか?
近付いてみるとウルフドラゴンの胸元にあった赤い宝石は砕けていて、更に心臓があると思われる左胸からは絶えず血が流れ出ていた。
つまり、赤い宝石じゃなくて、心臓を貫けば普通に死ぬ訳か。
そりゃそうか。
やっと、やっと倒した・・・。
歩み寄ってきたウーグルとカラサラに顔を向けるが、2人の喜びに満ちた叫び声は何故か妙な落ち着きを抱かせた。
圧倒的な勝利?どこが・・・。
これじゃ、ただの戦争だ。
何の大義もないケンカだ。
くそ・・・。
「見てるだけじゃダメでしょう。まひゃ、おひょって来るかもひれねぇ」
「食いながら喋るな」
しかしマルシアの言葉にもタンクは何食わぬ顔で紙コップに手を伸ばし、再びハンバーガーにかぶりつく。
「近いうち、こっちから仕掛けないとね。早めに潰してセーグリーンに諦めさせた方が、後々楽かも知れ」
「何だとっ」
何だ・・・。
その場の全ての人間が司令官に顔を向けるが、すでに司令官は緊迫感に満ちた表情でこちらの方に歩き出していた。
「バノ支部から本部と全支部に通達だ。たった今、ディビエイトのレテークが死んだそうだ」
・・・は?
何、だって・・・。
死んだ、だと?
「まじすか」
バノ支部・・・。
階段のある場所に出ながら翼を解放し、屋上に出ながら龍形態へと変わり飛び出す中、ふと気が付き振り向くとすでにロートレ支部は見えなくなっていた。
思わず飛び出してしまった、だが・・・。
レテーク・・・。
バノ支部の屋上に降り立ちながら扉を開け、階段を飛び降りて勢いよく司令部に入ると、その場に居る全ての人間が驚くように顔を向けてきた。
「司令官」
「・・・レテークなら、研究部だ」
「分かった」
再び階段を飛び降りて研究部へ入った直後、ぶつかりそうになった女性の小さな悲鳴にふと我に返った気がした。
「ちょっと、翼はしまいなさいよ」
「あ、あぁ。レテークは」
「今から検視」
「本当に死んだのか?」
「そう聞いてるけど?」
冷静な即答にまた少し落ち着きを取り戻しながら、女性に続いて廊下側に巨大な1枚ガラスの窓がある部屋の扉を抜けようとする。
「あなたはダメ」
しかし胸元を優しく押さえられた後に扉が閉められたので、ガラス越しに大きな台が中央にあるその部屋で、頭も口も布で隠した顔を見合わせていく数人の白衣の男女を眺めていく。
レテークはまだか・・・。
ディビエイトは、全ての攻撃を吸収出来るんじゃなかったのか。
それが出来ないほど、強力なエネルゲイアがいたってのか?
少しして入口とは違う両開き扉が開かれると、その向こうには龍形態のままのレテークの姿があった。
「レテークっ」
中央の台に運ばれたレテークの胸元は真っ赤に染まっていて、まるで観察するようにレテークを囲む白衣の人達を見ながら、無意識にガラスを触る手に力が入っていく。
本当に、死んだのか・・・。
くそ、いい奴だったのに。
まさか死ぬなんて・・・。
ディビエイトが、死ぬなんて。
「よお」
振り向くとそこにはソウスケがいて、レテークに顔を向けたその表情は哀しみというより若干の怒りを感じさせた。
「まじで死んだのかよ」
「・・・あぁ」
「オスカーの野郎、何が無敵だよ。期待させやがって」
「俺達の想像を越える力を持ったエネルゲイアが居るのかもな」
「ちっ」
「だが、力を吸収するには意識をしなきゃならない。レテークは兵士としてはまだ未熟だった。俺が、もっと鍛えてやっていれば」
ガラスを軽く殴る音に思わず口を閉ざしてしまいながら、背中を向け、煮え切らない表情のまま反対の壁に手を置いたソウスケのため息に、無力感に満ちた静寂と胸中は更に寂しさを纏っていく。
「いや、自分を責めるなよ。悪いのは戦争を起こす奴らだ」
「・・・そうだな」
レテーク、お前の分まで、生き残ってやるからな。
通信機が震えだしたので取ってみると、画面の下にはメッセージという文字が映し出されていた。
何だこれは。
「・・・オスカーが本部に集まれだと」
「そうか」
「ちょうどいい、直接言ってやる」
何故分かったんだ?・・・。
メッセージという文字を触ってみると、切り替わった画面にはオスカーによる招集の主旨が書かれた文章が書かれていた。
声じゃなくても、言葉を伝えられるのか・・・。
最後の最後でメールに驚くハルクという・・・。笑
ありがとうございました。