ターミナル
カミカが指を差した方に進みながら部屋の番号を確認していき、305号室の前に立つと拳銃と取り出したカミカがドアノブを掴む。
力強くとも冷静さを忘れない眼差しに頷き返し、そしてマスターキーで開けられた扉を素早く抜けていく。
前方に見えるソファーに座る男性が勢いよく跳び上がると、すぐにソファーの向こうに立つ斑模様の服の男性が、右手の奥に向かって切迫した声を掛ける。
「動かないで」
カミカが突き出した拳銃にその2人は動きを止めるが、ふと目には見えない右手の奥から殺気を感じたので角を曲がった途端、突如目の前がプラズマに弾かれて消えゆく紫色の水しぶきに覆われた。
「はっ」
瞬間的にプラズマを前面に撒き散らし、目に見える限りの全員が一様に倒れるのを見てから、カミカに拳銃を向けられている2人に体を向ける。
「あなた達、ラウトンロルの工作員と繋がってる?」
「くそ、何で」
「そりゃつけてたからね」
「・・・はぁ」
警護課に戻るとすぐに満足げな笑みを見せるナオと目が合い、課長の前に立つショウ達の下に向かうと、すぐに課長の傍に立つ白い看板に書かれた文章に目が留まった。
「よく戻った。バンロウ、成果は」
「はい。ホテルに潜伏していた者達の内、6人はマニコウロルの人間で、1人はエネルゲイアでした。その1人の所持品に、これが」
「メモリーカード?」
バンロウから受け取ったものをパソコンに挿し込んだ課長だが、やがて伺えたのは残念がるような表情だった。
「情報部に持って行け」
「はい」
ショウについていき始めたバンロウ達に何となくついていき始めながら、以前ラバンに持っていったお土産を思い出す。
これから買いにいく暇は無さそうだな。
でもそしたら手伝ってくれるのかな。
「おうおう、ショウ、また来たか。おや、今日は本業の人間も一緒か、ならシュークリームは無いのか?」
「ごめんね。それはまた今度」
「じゃあバウムクーヘンでいいや」
えっ。
「いいからさっさとやってくれよ。機密情報の流出寸前だったかも知れないんだ、それに警護課長からの直々の依頼なんだから、そん」
「分かった分かった分かった、さっさとやるから、ちょっとばかし黙ってくれ」
ラバンがパソコンを触っていく中、ショウの横顔を見たときにふと課長の言葉を思い出した。
最初から死んでた運転する人のこと、調べたのかな。
「・・・ほれ出たぞ」
肩を掴んできたバンロウに反射的に顔を向けながら、我先にとパソコンを覗くバンロウの後ろからパソコンを覗いてみる。
「おいこれ、研究部の機密情報だ。しかもディビエイトに関するもんだ」
えっ。
「どんなものなの?」
「あ?こりゃ、ディビエイトのプロトタイプって書いてある。ヤバかったな、こんなもんがあっちに渡りゃ、大変なことになってた」
ディビエイトの、プロトタイプか。
「ねぇショウ、最初から死んでた運転する人のこと、調べたの?」
「ああうん、死因は毒殺だったけど、恐らくカズラが自爆する前までは生きてた。カズラがクルマを降りて、ハオンジュに話しかけるまでのほんの一瞬で死んだことになる、でも狙撃された跡が無いから、もしかしたらそればっかりはエネルゲイアかも知れない」
「そっか」
狙撃、隠れられるような場所はあったかな。
「つまり、ユガの狙いはこの情報だった訳だな」
どうしようかな、何て言えばいいかなぁ。
でも他に言い方も分からないし。
「バクト。おトイレどこかな」
「んっと、じゃあ僕も行くよ」
「うん」
楽しそうに話す家族や、何かのカードで遊ぶ人達を眺めながら、慣れたような足取りで真ん中の通路を進むバクトの背中に、ふとアルマーナ中尉を思い出した。
「あ、ほら、この2人の人型の絵がトイレのマークだよ」
「へぇ、ありがとね」
うわぁ、すごいキレイな内装。
でも、このレッシャっていうの、どうやって水とか汲んでるのかな。
それにあと何分で着くのかな?
まだ掛かりそうなら、レッシャを探検しようかな。
トイレを出ると真っ先に目の前を通り過ぎる女の子に目が留まり、何となく見ていると、その女の子はどことなくそわそわとした動きを見せていた。
「大丈夫?迷子なの?」
しゃがみ込んでそう聞くと、こちらに顔を向けた、6、7歳ほどに見える女の子はすぐに小さく首を横に振った。
「迷子にはならないよ、一本道だもん」
あ、そっか。
「何してたの?」
「どっちに行こうか迷ってたの」
んー。
「探検?」
「違うよ?あっちにクッキーが売ってて、あっちにはチョコがあるの」
「へぇ、美味しいの?」
「うん。有名だよ」
「いーなー私も行きたい。一緒に行っていいかな?私ここ初めてなの」
「しょうがないなぁ。でもミファ、お金ちょっとしか無いから、どっちかしか行けないの」
「ミファちゃんっていうんだ、私ユリっていうの。じゃあ私がもう一方の買うから、一緒に食べようよ」
「いいの?」
「うん」
大人びたような笑みを見せたミファを連れてバクトのところに戻ると、すぐにバクトとリーチはふとした表情をミファに向ける。
「リーチ、ちょっとお金ちょうだい、お菓子買うの」
「そうか」
「ユリの友達?」
「うん。ミファちゃん」
ほのぼのとするような微笑みで頷いたバクト、穏やかな寝顔を見せるルケイルを見てからリーチからお金を貰う。
自動で開いた扉を抜けるとそこは座席の無い部屋で、すぐに左手に見えるカウンターに歩み寄ったミファに続き、カウンターの中にキレイに並べられたクッキーを眺める。
「うわぁ、すごーい」
こんなにいっぱいのクッキー、見たことない。
円いの、四角いの、色んなのが詰まったこの箱も良いかも。
「何か子供みたい」
えっ・・・。
大人びたような落ち着きを見せているミファが店員の女性に声を掛け、カウンターの中から1つの箱を取り出させる中、ふと母親と共にクッキーを眺める5、6歳ほどの女の子と目が合う。
「ミファちゃんだって、子供じゃん」
「おねぇちゃん、人は見かけで判断しちゃだめだよ」
んー。
「そっかぁ」
「次はあっち」
自動で開いた扉を抜けるとそこは同じようにカウンターの構えられた部屋だったが、その部屋のカウンターにはクッキーではなく、様々な色や形の小さなチョコがあった。
すごい・・・みんな美味しそう。
「おねぇちゃん、これ買って」
「うん。あの、この箱下さい」
「はい。1000ピアニーになります」
えっと・・・。
3種類のお金をミファに見せると、眉をすくめたミファは薄く赤色づいたお金をつまみ、少しだけ引いて見せた。
これが1000かぁ。
カウンターの向かいにある椅子に座り、テーブルに置いた2つの箱を開け始める中で、ようやく見せたその笑顔に、やはりミファからあどけなさを感じた。
「お母さんは?」
「いないよ?1人で旅してるから」
えぇっ。
「すごいねぇ。でも、大丈夫なの?危なくない?」
「大丈夫だよ。結構楽しいよ?」
「そっかぁ」
確かに寂しそうには見えないけど。
真ん中に赤い何かが着いた小さな円いクッキーを食べてみると、しっとりとした歯ごたえの後に柔らかいものを噛んだ感覚が胸を弾ませ、クッキーを食べながら嬉しそうな笑顔を見せるミファに更に心は穏やかさに満ちていく。
「おねぇちゃん達はどこ行くの?」
「リーチがサムライの国に行くからついていくの」
「リーチってお金くれた人?」
「うん」
チョコを食べてみると、噛み砕いたチョコの中から突如香りの強い液体が溢れ出す。
んんっ。
その濃厚さからどことなくお酒のような圧迫感を感じながら、同じチョコを口に入れるミファを見る。
「んー・・・ミファこれ好きなんだぁ」
「へぇ、何か出てきたけど」
「うん。フルーツの味のお酒だよ」
えぇっ。
やっぱりそうなんだ、でも、美味しい・・・。
みんなの分もとって置こう。
「ユリ」
ん、あ、バクト。
「もうすぐ着くよ」
え。
「そっか。ミファちゃんも降りるの?」
「うん、終点だし」
シュウテン?
「バクトもこれ食べようよ、このチョコ美味しいよ?」
「へぇ」
チョコを食べたときにバクトがどんな表情を見せるのか楽しみになる中、ふとバクトを見るミファの眼差しが再び大人びていることに気が付いた。
「・・・んんっこれ・・・お酒?」
「うん、美味しいでしょ」
「うん」
「ねぇ、おじいさんもおねぇちゃんについて行くの?サムライの国」
「ん?そうだね」
この緑色のチョコ食べてみよっと。
「何で?」
「え・・・んーまぁ仲間だからかな」
「ふーん、森に帰らないの?」
んんっこれも美味しいっ。
ほのかな苦みと爽やかさが特徴なのかぁ。
「帰るっていうか、そもそも森に住んでないし」
「珍しいね、精霊なのに」
少し目を見開き、ふと何かに勘づいたような顔色を浮かべるバクトからミファに目線を移す。
「・・・もしかして・・・」
「分かるでしょ?ミファも精霊だよ」
ん?セイレイ?
「セイレイって何?」
「まぁ、人型のエニグマみたいな感じかなぁ」
人型のエニグマ・・・。
「へぇーっ」
この世界には人間みたいなエニグマも居るのかぁ。
あれ、もって事は、バクトも?
「ていうか僕、そんなに歳とってないよ。はたちの人間から転生したばっかだし」
「はたちかぁ、じゃあミファの方が年上だね」
えっ。
「そ、そうなの?」
「うん、人間にしたら6歳くらいだけど、ミファ、これでも120年は生きてるよ」
「ええぇーっ」
ひゃ、ひゃく・・・ 。
「まもなく、第8グランドターミナルに到着致します、忘れ物等ご注意の上・・・」
え、何?急に声が・・・。
「おねぇちゃんチョコありがとね」
「あ、うん。ミファちゃんもクッキーくれてありがとね」
リーチ達の居る席に戻ると、こちらに顔を向けてきた2人は一様に疲れが癒えたように穏やかな表情をしていた。
「これ食べてみて?美味しいよ」
「これは何だ」
「チョコだよ。下界のお菓子でも同じのあったでしょ?」
「いや、私は下界の食べ物についてはよく知らない」
そうだったんだ・・・。
ルケイルが応える中でリーチがチョコに手を伸ばすと、リーチは口に入れてすぐに唸り出し、小さく頷いた。
いつかミントから聞いたやつかな。
「ユリはキューピッドだったの?」
「ううん、友達がやってて、お土産話聞いたり、自分で本を読んだりしてたから」
「そうなのか」
「ルケイル美味しいでしょ」
天真爛漫で正に天使のような笑顔を見せるユリ、眉をすくめるルケイルを横目に頭上の荷物置き場から荷物を下ろし始める人達を眺める。
「・・・あぁ、だが、甘いな」
列車を降り、わりと緊張してしまうほどの人混みの中、頭上の垂れ看板や人の流れを見ながら階段を降りていく。
確か、ディメンションライナーって言ってたよな。
「バクト殿、再び乗車券とやらを売る者に訪ねるのか」
「うん。その方が早いし」
だだっ広い階段を降りる人達をすべて吸い込む、中央に改札口が設けられているのが見える、入国許可証発行所と書かれているのが分かる場所へを入り、改札の脇に構えられたカウンターに向かってみる。
「テンホウに行きたいんですけど」
「テンホウ行きディメンションライナーでしたら発行所手前のエレベーターで、12階へ上がって頂きますと案内板がございます」
「うん、どうも」
エレベーターか、12階・・・まぁ遠くから見た限りでも相当高いビルだしな。
「うわぁ・・・」
ガラスにへばりつくユリと一緒に遠ざかる改札口と、まるで空港を思わせるほどの広大な1階のフロアを見下ろした後にエレベーターを降りたとき、すぐに通行人の服装にふと目を奪われた。
おお、着物、日本の・・・じゃないか、テンホウの人かな。
ここもまた開放感がすごいな。
基本は白で、人間より高い観葉植物が見えないから、より広く感じるのかな。
民族衣装風の黒人や見慣れたスーツの白人と犬顔の獣人、ウサギのように長い垂れ耳を持った茶色い皮膚に緑色の髪の女性やら、妙に露出の多い服装のブロンドの美女。
アメリカ人・・・じゃないか。
「バクト、ディメンションライナーって、あれかなぁ」
ユリの人差し指に差された立て看板に向かい、描かれた矢印の方に進んでいると、ふと中央の吹き抜け部分の手すりに掴まり悠然と通行人を眺める、1羽のワシのような鳥が目に留まった。
・・・ペット、じゃなさそう、だな。
「わっバクト、何か居るよ」
「うん、でもああいうの、近付いたら・・・」
ってもう行ってるし。
ユリが近付いても悠然とした態度を変えず、胸元に勲章バッジを着けているその鳥は依然として通行人を眺めているので、ユリを軽く引っ張り鳥から離れさせる。
「あれ何?」
「鳥っていう生き物で、空を飛ぶんだよ」
「トリかぁ、可愛かったな」
何だったのかな、あの鳥。
やがて人の行列に辿り着いたので、列びながらカウンターの頭上にある、理解出来ない文章が並んだ電工掲示板を何となく眺めていく。
「はいこれチケット」
ICカードのような硬さを持つ航空券のようなものを配りながら、ふと左下に小さく刻まれた数字に目を留める。
4人で20万って、結構な値段だよな。
「じゃあ行こうか」
どんなのかな、ディメンションライナー。
職員にチケットを見せながらゲートを抜け、人の波に乗っていく中、ふと見えた看板に足を止める。
一方その頃的な感じですが、こっちもこっちで結構重要です。ハオンジュ達の世界では、そろそろ最初のクライマックスです。
ありがとうございました。