追跡 ハオンジュとカミカ
「さっき課長さんから聞いた限りで考えてみると、カズラって人はスパイじゃなくて、誰にも気付かれないように独自でスパイを調査してたんじゃないかな。そして証拠を掴んだ。でも調査してることがバレて、あのクルマの中でユガって人に殺されかけたからとっさに自爆したってことだと思う」
「でも要人が犠牲に」
「いや、カズラのシークレットファイルには、ユガさんはラウトンロルの内通者の部下だと書いてあった。そしてその内通者、スパイの本元は、カズラの自爆で死んだ要人だと」
こちらの言葉を遮るように、しかしこちらには顔を向けずマロウはそう口を開く。
「そう、つまり、ハオンジュと交代したときに、カズラって人はユガって人に殺されかけた。だからとっさに、ユガって人も要人も巻き込もうと自爆したってことじゃないかな」
「なるほど、どうやらその解釈で間違ってないようだ」
何か忘れてるような・・・。
「課長、私達もユガを追って良いですよね?」
「ダメだ」
あ、そうだ。
「どうしてですかっ」
「ねぇ、私が代わりに乗ったクルマの運転する人が死んでたのはどうして?」
遠くに目を向けたままナオが言葉に詰まる様子はそのままその場の空気に移り、沈黙を破った課長の唸るような重たいため息の後、課長のデスクの細長いパソコンから発信音が鳴り出すと課長は歩き出しながらもショウを見る。
「ハオンジュが乗ったクルマの運転手の検視結果貰ってこい」
「ユガは」
「今は捜査課に任せろ」
何となく諦めがついたような顔色を見せるジアンが気になりながら、ガインサハラに連れられて高層ビルに入っていく。
こんな都会の真ん中の高層ビルが拠点?
ふとジアンが目を合わせてきたのに気が付くと、すぐに何やら遠くを見ながら体を寄せてきた。
「魔法の準備をしておけ」
え?
そう囁いたジアンはそのまま何事も無いように歩いているので、開放的で広大な、よく見慣れたビジネスビルのエントランスを見渡しながら気魔法を意識する。
スーツの人間達がただ行き交う、全く不自然さのない中でカウンターに立ったガインサハラが受付嬢と顔を合わせる。
一体、どこから、何が来るというのか・・・。
突如潰れた銃声が連続的に鳴り出したが、すでにガインサハラは倒れ始めていて、拳銃を持つ受付嬢に目を留めたとき、ふと異様な雰囲気を感じた。
もう1人の受付嬢も拳銃を取り出すのを見ながらふと目を逸らしていくと、中年男に若い男女、清掃員の中年女まで、その場に居る全ての人間が3人に拳銃を突き出していた。
は?何、これ・・・。
「ハクラ、銃弾は俺に任せろ」
・・・そっか、ジアン、銃弾を全て落とせるんだ。
「うん」
「シエノ、俺から離れるな」
「分かった」
つかの間の沈黙の後、全ての人間の持つ拳銃から銃声が鳴り出し、潰れた銃声でさえもまるで豪雨のような重厚感を生む中、全ての銃弾はまるで投げ捨てられるかのように床に転がっていく。
その中でふと足元に何かが落ちたのに気が付くと、それは手榴弾だった。
速陣っ。
銃声が止み、銃弾が宙に浮き留まっている景色の中、手榴弾を拾い上げ目に付いたスーツの男に投げつける。
「天星」
そして陣圏を消すと同時に両手から無数の光弾を撃ち出していくが、受付嬢やスーツの人間達が全て倒れた直後、まるで人間達の敗北を予想していたかのように、突如エントランスに武装した人間達が飛び降りてきた。
ワイヤーも使わずに、しかも音も立てずに飛び降りれるなら、ここにも魔法のようなものがあるのか。
何をしてくるか分からないなら、先手で一気に決める。
速陣。
「ジャベリン」
陣圏を消すと同時に、全ての武装した人間が一様に吹き飛び始めるが、倒れ込む音が虚しく消えていっても、その場に誰かが新たに現れることはなかった。
「とりあえず出よう」
ガインサハラが死ぬなんて、まさか用の無い私達を消す為のライフの策略か。
あれ?ガインサハラ・・・。
何故、ガインサハラの姿が無い。
死んだはず。
「おい、どういうことだ。ガインサハラが居ないぞ」
「と、とりあえず、ライフ様に連絡を」
ビルから出ながら電話をかけるシエノに空殻を施した後、ふとそれでも表情のどこにも焦りを見せないジアンの横顔に目が留まる。
ジアンはここまでのことを、全部分かってた?
でもさっき、ガインサハラが居ないことには驚いてた。
「分かりました。はぁ・・・ジアン」
状況を理解した上でそれを責めるような眼差しのシエノにも、ジアンは表情を変えず、睨み返すことも心配するような眼差しすらも見せない。
「だから言っただろ、気を付けろと」
「だからって、どうしようも無かった。何故ガインサハラと会ったその時に言わなかったんだ」
「いくら未来が分かろうと、運命というものは変わらない。それに、道を間違えたからこそ、得られる答えがある」
得られる、答え・・・。
「ガインサハラについて、何か分かったか?」
「ガインサハラはライフ様が使わせた人間ではないということ。ライフ様の推測では、巫女の魂片を持つ者は、ライフ様が魂片を追ってること、ライフ様が私を使わせ、お前達を魂片の下に案内させていることを知っている、ということだ」
そんな、いつから・・・。
「襲われたお陰で、道をひとつ、定めることが出来た、ということだ」
しかしシエノは納得することはなく、その表情には更に険しさを見せる。
「リスクを自分から背負うなんて、そんなんじゃいくら命があっても足らない。戦闘術は学んでても私はお前達とは違い、ただの人間なんだ」
「へぇ、襲撃の他にも色々あるんだねぇ。じゃあ明日その人追うんだね」
「うん」
ふとパソコンの向こうに緊張したような眼差しを向けたエンジェラの素振りがまた少し気になったとき、画面の上にセレナからの信号が映し出された。
「セレナだ」
「うん」
セレナという文字の横にある緑色の四角を触り、エンジェラの隣にセレナが映し出されると、すぐにセレナはどこか期待を寄せるような笑みを見せてきた。
「あたしの支部の人と話したかしら?」
「うん、警護課の人が通信機で聞いたの。そしたらそのお陰で、スパイが分かったよ」
「良かったわね」
「うん」
「セレナの方はどう?テレビ出てたけど」
「うん。ちょっと怒られちゃったけど」
「気にしなくていいんだよ?マスコミのことなんて」
エンジェラの言葉にセレナが気品のある笑みを見せたとき、エンジェラは再び何かを気にするように遠くを見る。
「誰か居るの?」
「うん、ソウスケ。今ホテル住まいなんだけど、昨日、暗殺されそうになったから、ソウスケがそわそわしてんの」
「いやしてねぇよ」
遠くから聞こえたソウスケの声にエンジェラが微笑み、セレナが眉をすくめるのを見ながら、何となく毛皮に覆われたディビエイトを思い出す。
「ねぇ他のディビエイトと、話したりしてる?あの、毛皮の人とか」
「管理者に聞いたけど、ハルクって人と同じチームだから、よく話すんじゃないかしら。話したいの?」
「そういう訳じゃないけど。ディビエイトなのに活躍とか聞いてないと思って」
「そうね。そういえば聞いてないわね。あ、そうだ、エネルゲイアにものすごく派手なスーツの男がいるんだけど、結構手強いから気を付けた方がいいわ?」
ものすごく派手なスーツ・・・。
「うん」
電子音で目が覚めたのに気が付いたが、違和感を感じるその電子音にふと思考が止まる。
えっと・・・。
目覚ましと通信機が同時に鳴ってる・・・。
「はい」
「起きてるか?」
んー・・・誰だろ、この声。
「ユガの潜伏場所が分かった」
「・・・課長?」
「そうだ。ショウ達と捜査課の人間も警護課に向かってる。お前もすぐに来い」
「うん」
えっと、えっユガ・・・。
でも歯磨きとか、スーツも着ないといけないし・・・。
警護課に入るとすぐにナオと目が合い、課長の前に立つショウ達の下に向かうと、すぐに課長の傍に立つ白い看板に貼られた地図が目に入った。
「バンロウ」
「はい。潜伏場所はここから約10キロの6階建て企業ビル。付近に同じような怪しい組織が潜伏してる様子はなし。しかしそのビルから約3キロ離れた場所にあるホテルに、マニコウロルの人間が1週間前から宿泊しているとの情報がある」
「マニ?・・・」
「マニコウロル。ラウトンロルの隣国で、ラウトンロル同様ブルーの同盟国だ。恐らくはユガ、あるいはユガの手を引く者と関係していると思われる」
んー、なるほど。
「よし、警護課はユガ、捜査課はホテル、ディビエイトはどちらか1人ずつ」
ナオと目を合わせたとき、その何かに期待を寄せるような笑みは何故か不安を過らせた。
「嬢ちゃん、よりによって何でこっちに来たんだ?こっちはユガと関係してる確証もない、ただの張り込みだってのに。それとも、楽そうだから選んだってんなら甘いぜ?張り込みってのは」
「バンロウさんちょっと静かにして下さいよ」
「あ?黙ってたって動きがある訳じゃあるまいし。全く分かってねぇなぁ、そうやって緊張感を見せびらかす方が怪しいだろ。こういう時はなるべく殺気立たせない方が良いの」
陽気な人だけど、言ってることは勉強になるかも。
「ナオの方が、スパイ捜査が得意だから」
「らしいな、カズラの自爆の筋立てたのあっちの嬢ちゃんだって?そうだカミカ、ちょっとホテルの従業員に話聞いてこい」
「えっそんなことしたら、バレますよ」
「お前ら2人なら大丈夫だろ、見た目からしてセールスマンみてぇだしな。そんなふりしてこっそり話ぐらい聞けんじゃねぇか?」
「・・・分かりました」
クルマから出てホテルへ向かう中、カミカはどこか呆れたようなため息をつく。
「隣でペチャクチャされるより、こっちの方がマシかもね」
「でも、私にはちょっと勉強になったよ」
「捜査課希望なの?」
「そうじゃないけど、やり方っていうものは知ってた方がいいし」
するとカミカはこちらまで緊張が少し和らぐような微笑みを小さく噴き出した。
「んー、それはそうだけど、バンロウさんを見本にするのもねぇ」
自動ドアを抜けてすぐ左手にある幾つものソファーと、それを利用している人達を眺めたり、右手にあるカフェに目を向けたりしながら、受付を構える男性の下に向かっていく。
「いらっしゃいませ」
「ちょっとお話いいですか」
カミカが軍章の刻まれたカードを取り出して見せると、男性はすぐに目を丸くし、その表情から若干の困惑を伺わせる。
「何でしょう」
「宿泊客以外の人が頻繁に出入りしたりしてますか?」
「・・・業者以外でですか?」
「はい」
「特には聞いてませんけど」
「何か、イレギュラーの報告など上がってませんか?」
「そういえば、清掃員が入った際に違和感を感じたという部屋があるそうです」
違和感?
「その違和感って?」
「と言っても、靴の数が多いとか、ルームサービスで頼む量が多いとか、その程度です」
よく食べる人なのかな。
どこがおかしいんだろ。
「どこの部屋か教えて貰えませんか?」
すると男性は一瞬遠くを見てから眉をひそめ、微かではあるがより一層困惑さを伺わせる。
「えっと・・・事件か何かですか?」
「えぇまぁ」
「・・・305です」
「ありがとうございました。ちょっとカフェで張り込ませて貰っていいですか」
「えぇっ・・・あぁはい」
カミカって、見た目よりも活動的なんだな。
「いらっしゃいませ」
「イチゴミルク。ハオンジュは?」
えっ・・・イチゴミルク?
「じゃあ、フレイシーラテ」
エントランスを見渡せる窓際席に座るとすぐにカミカは通信機を取り出したので、重厚感のある甘い香りを利かせるフレイシーラテを一口飲む。
メニューに書いてあったオススメを適当に頼んだけど、結構美味しいな、これ。
チョコみたいな香りに、スープみたいに強いコクがちょっと癖になるかも。
「・・・だって、報告のためにホテルを行ったり来たりしたら怪しまれますよ。はい。もしかしたら、実際に泊まってる人数よりも多く出入りしてるかも知れません。そうですね。えっ・・・はい」
通信機をしまったカミカは真剣な表情を浮かべるが、こちらに顔を向ける前にイチゴミルクを一口飲んだ。
「ユガを捕まえたって」
えっ・・・。
「その中で逃げた人がいるんだけど、もしかしたら、ここに来るかも」
「そっか。そういえば、警護課って警護以外もやるんだね」
「ああ、実は、ショウさん、警護課の中じゃ特別でね、まぁ許してる課長も課長なんだけど、ショウさんは元々こっちの人でね、警護以外の事も自分から手を出しちゃって、マロウさんも巻き込まれる感じで一緒にやったりしてね」
やがてフレイシーラテも飲み干し、カップルやスーツの人が出入りするのを見ていたとき、カミカはおもむろに通信機を取り出した。
「はい。分かりました。ハオンジュ、業者じゃない人が裏口からホテルに入ったって。行こう」
「うん」
バンロウさん、いつの間に裏口を見張ってたんだろう。
カフェと出るとカミカはエレベーターに向かわず、何やら再び受付の男性の下へと向かっていく。
「あの、ちなみに、305号室の鍵は預かったりしてますか?」
「いえ、それは1度もありません」
「そうですか、ありがとうございました」
鍵を預かってないって・・・常に部屋に誰か居るのかな。
「ハオンジュ左見てね」
「うん」
エレベーターの扉が開いたので静かに進み、エレベーターホールからゆっくりと廊下に顔を出していく。
リッショウやっとこう。
305ってどっちだろ。
個人的には、ジアンもハクラと並んで最強路線行ってる気が・・・。笑
ありがとうございました。