序章3
「ヒョウガ、歳聞いていいかしら?」
「はたち・・・かな」
とっさにそう応えると、ミサは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「ほんとに?同い年よ。なんか同世代って落ち着くわね」
「そういえば、舞台上から皆を見渡したら、ほとんどというか、若者しか居なかった。もしかしたら若者だけを集めているのかも知れない」
あのおじさんの目的も分からないし、今はまだ謎が多いな。
「そうなの?・・・何か関係ありそうね・・・あぁそろそろあたし帰らなくちゃ。また明日ね」
「あぁ」
感覚的には10時くらいだろうか。
結構人もまばらになってきたし、そろそろ部屋に行ってみるか。
中央に小さく1~50と刻まれた扉を開けると、真っ先に目に入った床には色のトーンを落とした赤いじゅうたんが敷かれていた。
1番向こうの壁がとても小さく見えるくらい廊下がまっすぐに続いていて、すぐ脇に階段があることから1階と2階に別れていることが分かった。
カードキーで扉を開けると、内装や広さまで、いかにも高級ホテルの部屋といった印象を受けた。
だからといってトキメキや胸の高鳴りとかはない。
ベッドがあり、枕元の隣にデジタル時計内蔵のサイドテーブルがある。
実際のところ、それで充分だ。
朝日が窓を抜けて部屋を明るくし始めた頃に静かに起き上がり、時計を見る。
6時半過ぎだ。
確か朝食は7時だったはずだよな。
廊下に出てみると、何人かも同じように朝食に向かっているのが見えた。
「おはよう」
ホールに向かう途中にふと話し掛けてきた人に顔を向ける。
初めて喋る人だ。
「あぁ」
「確かリーダーに選ばれた人だよね」
ミサほど声は高くないその人は、真っ先に表情や物腰から落ち着いた印象を感じさせた。
「あぁよく分かったね」
「その白髪じゃ、1度前に出たら覚えるよ」
首下まで伸びたストレートヘアと揃った前髪、そして一重が特徴的なその女性はうっすらと笑みを浮かべながら一瞬こちらの頭に目線を向ける。
「そうか」
「私シノダヒカルコ、君、まだ自己紹介してないよね?」
「忘れたんだ。僕はヒョウガだよ」
ホールに入ると、両端の壁沿いの長テーブルにはすでに様々な料理が並べられていた。
「ヒョウガって本名なの?漢字は?」
「本名じゃないんだ。漢字は氷の牙で氷牙だよ」
「変わってるんだね。てことは氷でも操るの?」
トレーと食器を取りながら話すシノダヒカルコというその女性に、何となく気さくな印象を受けた。
料理を皿に取り、テーブルへと運んで共に椅子に座った。
「自在に操れる訳じゃないんだ。当たれば凍ったりするけど」
「ふーん」
ヒカルコは食パンにかぶりつきながら特に驚いたりはせず、落ち着いた表情で応えている。
「そっちは光でも操れるの?」
「うん、まぁそのまんまだけどね」
あのおじさんは、この人の何を見てここに呼び込んだのかな?
見る限り、いたって普通の人みたいだけど。
「皆さんおはようございます」
顔に張り付いたようなうっすらとした笑みを浮かべているおじさんは相変わらず軽快に喋りだした。
「朝食は8時半になると引き下げられますので、そのつもりでお願いします」
そういえば、世の中はどうなってるんだろう。
人間がもし突然人知を超えた力を手にしたら。
まあどうなっても抵抗するだけの力があるから、あまり気にはならないな。
「ところでリーグ戦のことですが、開始は9時頃にしようと思いますので、それまでウォーミングアップでもしておいて下さい」
周りを見渡すと、約半分くらいの人数がホールに集まっていた。
「いよいよだね」
遠くを見つめていたヒカルコは静かに口を開くと、笑みも浮かべずゆっくりとこちらに顔を向けた。
「あぁ」
「優勝、目指すんでしょ?」
「まぁ一応ね」
「わざと誰かをリーダーにしようとしてたりして」
ほんの少し笑みを浮かべたヒカルコのその言葉に、一瞬思考が止まった。
「さぁどうかな」
「まぁ私は別に関係ないけど」
ヒカルコはどこか満足げに薄く笑みを浮かべたまま目を逸らし、コップを口に運ぶ。
朝食が終わり、少しの間ヒカルコと会話をしていると、大会が始まる時間が迫るにつれて少しずつ人も集まって来た。
「氷牙、こんなところにいたんだ」
そんな時に声を掛けてきたユウコはこちらに目を向けながら、何気なくヒカルコの隣に座る。
「おはよ」
「うん、おはよう」
おや、親しいの?
「2人は知り合いだったの?」
「ううん、昨日知り合ったの、タメだから仲良くなったの」
ユウコが微笑みながらヒカルコに目を向けると、ヒカルコも同じように微笑みをユウコに返した。
なるほど、不思議だが何となく納得出来るかな。
「そういえば学生だっけ。2人とも学校行かなくていいの?」
「え?だって今日、土曜だよ?」
すると吹き出すように笑みを浮かべたユウコに、ヒカルコもつられるように微笑みながらこちらに顔を向ける。
なるほど、だからこんなに人がいるのか。
いや、僕が大会を開くって言ったからか。
「氷牙は学生じゃないみたいね」
ヒカルコはなかなか勘が鋭いみたいだ。
「えー、業務連絡、リーダーさん、来て下さい」
何だ?業務連絡?
呼び出されたので舞台に上がると、ふとおじさんの手に握られている1枚の小さな紙に目が留まった。
「何ですか?」
「私だいたいの段取りを決めたんで、始まる前の挨拶で言ってくれます?」
「あ、はい」
段取りか・・・これは助かるな。
でも考えてみると、何でこの人はこんなに気を利かしているんだろう。
渡されたメモに目を通し、少ししてからマイクの前に立った。
「皆さん、おはようございます。始まる前に簡単な段取りを説明します」
喋り出すと会場は少しずつ静かになっていき、人々の目も徐々にこちらに向けられていく。
「まず、リーグ戦はどちらかと言えば予選に近いものなので、なるべく早く終わらせられるようにしたいと思います」
昨日の戸惑いや睨みが嘘かのように、会場の目はまっすぐこちらを向いている。
「なのでリーグ戦は6つの闘技場で同時に6組ずつ行います。組み合わせは毎回おじさんが決めますので。リーグ戦については以上ですが、怪我人が出たときのために医療班を結成したいと思います」
傷を癒せる人は何人かは居るだろう。
「傷を癒す力を持っていて、医療班になってくれる人は手を上げて下さい」
すると何人かがゆっくりと手を挙げたのが見えた。
やっぱりな。
「今手を挙げた人、必要な時は力を貸して下さい。僕からは以上です」
おじさんは傷を癒せる人が居ることを知っていたってことかな。
マイクから離れると、おじさんはマイクを持ってリーグ表に向かい、直感でマスに指を差してそこから戦う2人を選んだ。
あんな適当に・・・。
「それじゃ最初はこの6組ですね」
そして、リーグ戦が始まった。
最初の6組の中に氷牙とシンジの名前が挙がったので、おじさんの指示通りの番号の扉に向かった。
「よぉ、氷牙」
こちらの方に歩み寄ってきたシンジに、何となく顔つきが変わったような印象を受けた。
まるで、カードゲームで自分だけ強いカードを隠し持っているかのような。
きっと自分が特別な力を持っていると認識したからだろう。
「それじゃ、行こうか」
3と刻まれた扉を開けると最初に薄暗い通路が続いていたが、通路を抜けると一瞬にして視界が明るくなり、かなり広い場所が目の前に広がった。
見渡すと周りには何万人も入れそうな観客席があり、観客席とを仕切る塀の上には何台かのカメラが設置されていた。
ここは・・・。
「それでは全員位置について下さい」
おじさんの声が闘技場に響くと、すぐにここがホールと繋がった別の異空間だということが分かった。
あのおじさんはこんなことも出来るのか。
何となく東京ドームを連想させるような闘技場の中央でお互いに距離を取り、向かい合う。
「合図はゴングでやりますので」
その声の後に少し間が開いたと思ったら、ボクシングの試合のときに使われるような金属音が闘技場に響いた。
するとすぐにシンジは右腕を少し上げて腰を落とし、まるで走り出そうとするような構えをとる。
しかしシンジは走り出さず、その瞬間に右腕が肩にかけて黒く染まりだし、どこからともなく分厚い外殻のようなものが現れて腕を覆っていった。
そしておおよそ通常の2倍くらいに大きくなった右腕を携えて、シンジは走り出した。
相手も自分と同じだ、注意しながら立ち回り、隙を突こう。
シンジが飛び上がり殴り掛かって来たが、目の前の空間に小さなヒビが入ると共にシンジの拳が止まる。
それに気を取られた隙にシンジの腹に向けて掌から氷の弾を撃ち放つと、氷が砕けるような小さな音と共にシンジはそのまま後ろへと吹き飛ばされていった。
はっきりとは言えないが、こういう時はアドレナリンとやらが出て、あまり痛みを感じないのだろう。
シンジは地面に叩きつけられてもすぐに起き上がり始める。
「バリアに遠距離攻撃か?男らしくないな」
立ち上がったシンジはそう言ってニヤつきながらも、睨むような目つきをこちらに向けた。
「バランスが良いことは大事だよ」
「そうか。オレはこの拳だけで一点突破だ。他に何もいらない」
肉体を強化させる感じかな。
「カッコいいね」
「だろ?本気になればそんなバリア関係ないぜ」
するとシンジの右腕の外側の手首から肘にかけての外殻が更に変化し、そこにはブースターを思わせるようなものが浮き上がるように形成された。
そして火を噴くような音と共にこの間合いを一瞬にして詰め、さっきよりスピードもパワーも上がった拳を突きつけてきた。
目には見えない氷の防壁は衝撃で砕けたが、とっさに掌の前に出した、小盾ほどの小さな氷の紋章でシンジの拳を受け止めるものの、手から伝わるその反動は思わず体を後ろへ大きく吹き飛ばした。
おっと、防壁を簡単に砕くなんて・・・。
「またバリアか?」
突き出した拳をゆっくりと引きながら、シンジは嘲笑うかのような口調でそう言い放った。
「バリアじゃない。けど盾としても使えるんだ」
「ふーん。でも盾じゃ敵は倒せないぜ?」
「分かってるよ」
まぁこれくらいのことで驚くことはない。
むしろこれくらい張り合いがないと。
ゆっくりと掌で顔を覆い、空気中の水分を仮面の形に凍らせると、そのまま氷の仮面を顔に貼りつけた。
「なんだそれ。まるで骸骨みたいだな。でもそれに何の意味があるんだ?」
仮面を見たシンジは少し驚きはしたが、すぐに余裕のある表情に戻してみせた。
「いや、これはただ気合いを入れただけだよ」
「え?あ、そう。じゃあそっちから来いよ」
そう言うとシンジは腕を上げ、再び走り出すかのような体勢を構える。
「あぁ」
氷の仮面を被ったことで背中の前にブースターの役割を持つ氷の紋章が2つ、浮くように出現したので、そのブースターから空気を吹き出して一気に距離を詰めながら蹴りを繰り出すと、シンジはとっさに庇うように右腕を前に出した。
「くっ」
シンジが反応し、こちらを見上げたときにはすでに上昇して氷の弾を撃つ体勢になっていて、動く前にすぐさまシンジの胸元に氷の弾を撃ち込む。
直撃を受けたシンジが勢いよく地面へと叩きつけられると、大きなダメージのせいなのか肉体の変化は解け、仰向けになっていたシンジはゆっくりと起き上り始めた。
「決着がついたと判断しました。戦闘を終了して下さい」
おじさんの声が闘技場に響いたので、氷の仮面を空気中に分散させるように消していった。
「く、くそ・・・」
「手、貸そうか?」
「いや、いいよ、これくらい」
シンジは立ち上がると軽く肩や首を回しながら大きく息を吐いた。
「そうか、やっぱり右腕以外は生身の体だな」
そしてシンジと共にホールへと向かい始めたとき、シンジはふと苛立ちを抑えているかのような表情を向けてきた。
「あの氷の弾は何だ?仮面被ったら威力上がんのか?」
「まあね。あれはヒダンって言うんだ。氷の弾と書いてそう読むんだ」
少し真剣な表情でうつむきながら、シンジは小さくため息をついた。
「やっぱあんたが1番なんじゃないの?」
「さあね。でもパワーだけならシンジが上だと思うけど」
「そうかぁ?」
ホールに戻ると6組の中で1番早く終わったのか、ほとんどの人がこちらに目を向けてきた。
「ふぅ」
深く息を吐きシンジは近くにあった椅子にうなだれるように腰を掛けたので、水をコップに注ぎ、1つはシンジの前に置いてから他のテーブルの空いている席に座った。
「優しいのね、氷牙」
するとミサが隣に座りながら微笑みかけてきた。
「一息ついとかないと、またすぐ始まるからね」
何となく、顔だけですが、ミサは女優の香里奈さん、ヒカルコは真剣な表情をしたときのタレントのスザンヌさん、だと思います。笑
ありがとうございました。