追跡 警護課と捜査課
「逃げれたってことは、爆発するのが分かってたのかな」
「まさか、手榴弾はユガさんが?ユガさんはカズラがスパイだと知ってたってのか」
「いや、スパイを殺すために要人まで犠牲にしてどうすんのよ」
そういえば、まだユガは目覚めてないのかな。
本人に聞ければいいのに。
警護課の待機室に戻るとそこには、経験が醸し出す威圧感を放ちながらも、引き締まってない表情に親しみやすさのある課長が居た。
「ショウ、応援要請だ。場所はクランバリーホテルの地下駐車場。ハオンジュを連れていけ」
応援要請ってことは、戦ってる最中ってことかな。
支部の敷地に並べられた幾つものクルマの中で、ふとショウが真っ直ぐ向かった2つの車輪が縦に付いている乗り物に何となく不安が募った。
「これ何?」
「え、バイクだけど。急ぐときにはこっちの方が良いの」
そうなんだ・・・。
これに座るのは分かるけど。
「落ちたりしないかな」
「じゃあ・・・走る?」
え・・・。
行き交っていくクルマの手前で止まると、ショウはすぐにある方へと指を差した。
「あの円い看板の左」
「うん」
行き交うクルマを跳び越え、大きなホテルが構える正面入口とその入口に隣接するレストランを通り越し、そして先が見えないほど途端に薄暗くなる洞窟のような坂を下っていく。
破裂音が連続的に響き渡る中で、ふとクルマに隠れながら奥に向けて銃を撃つ人達が見えると、奥の建物内に続く入口の前にも隠れながらその人達に銃を撃つ人達が見えた。
えっと、逃げる為ならわざわざこっち側で隠れないはず。
警護課の人は奥かな。
プラズマを最小限に抑え、静かに奥に銃を撃つ人達に歩み寄る。
「後ろだっ」
えっ。
別のクルマに隠れていた人から目の前の人達に目を戻したとき、ちょうどその2人もこちらに顔を向けてくる。
・・・・・・あっ。
こちらに向けられた銃が破裂音を響かせると同時に手を伸ばし、プラズマを這わせた両手で2人の首を掴む。
ふぅ・・・。
再び破裂音が響き、とっさに別のクルマに隠れていた人に顔を向ける。
あ、いないっ。
ふと足音がした方に駆け寄り、大きな柱の裏に回り込む。
あれ・・・どこだろ。
「動くな」
え。
「振り向いたら撃つ」
どうしよ、最大限のリッショウしてるから大丈夫だろうけど。
「手を頭に乗せてひざまずけ」
体からプラズマを全方位に撒き散らそうとした瞬間、唸りを上げる機械音が瞬く間に近づいてくると、直後に背後から重たい衝撃音と何かが転がる高い音が聞こえた。
ん?・・・。
振り返るとそこにはバイクがあったが、こちらに銃を向けていたであろう男性はすでに倒れ伏し気絶していた。
「ショウすごいね」
「要人は?」
「ショウさんっ」
奥にいた人達が駆け寄ってくる頃には男性は両手を繋がれていて、ふと気になったのは要人ではなく、ナオがいるかどうかだった。
「2人は先に行って、処理要請やっとくから」
「はい」
ナオがいたら応援なんて出さないか。
要人を連れて警護課の人達が去っていくと、ショウは通信機を取り出しながら何やらこちらに顔を向けてきた。
「ほら、あっちの2人も拘束して」
あっ。
ここが、ユートピアの首都圏か。
洋服に統一感が無いのは、やはり他国との交流が盛んだからだろうか。
「あんたがライフ様の使者か」
ん?
行き交う人間達を抜けてきた灰色のスーツを着た男を見たとき、ふとジアンの言葉を思い出した。
「オレはガインサハラ」
そう言うとシワの目立つその中年男は胸ポケットから取り出した、何かの紋章が描かれたカードをシエノに見せた。
「正規警官?てっきりロイヤルの使者が待ってるものと思ってたが」
「訳ありは訳ありだが、警官の方が使いやすくて自然だからだろう」
正規、警官?
「それもそうだが、それで?」
「以前から捜査してる正体不明の組織が、ライフ様が探しておられる魂片を持ち去ったのではないかということだ。これから途中で仲間と落ち合い、その組織の拠点の1つに行く」
「分かった」
「正規警官って?」
「ユートピアの首都圏に在籍しているから正規だ、準統治圏であれば準統が付く」
なるほど。
これで、やっと巫女の魂片が手に入るのかな。
あれ、でも転生はバクトが力を注がないと駄目なんじゃ・・・。
でも私は氷牙の力を持ってるから、大丈夫なのかな。
もしかしたらライフが転生させるのかな。
「ハクラ、何してる、こっちだ」
あ。
「うん」
「あ、ショウさん、要人は」
「無事よ」
警護課に戻るなりすぐに声をかけてきたマロウにショウはそう告げるだけだが、そんな素っ気なさにもまるで信頼と親しみを感じるようにマロウは微笑みを浮かべて頷く。
「そうですか。テエラホテルを襲撃していた奴らの身元が分かりました。すべてラウトンロルの人間です」
さすがにお腹空いたな。
「ラウトンロルにテエラホテルの情報がいってたなら、不思議じゃない。それよりカズラのPCから何か出た?」
「ロックされてるファイルがありました。恐らくそれが課長に見せる予定だったものかと」
「じゃあ、持ってく?」
持ってくって。
「どこに?」
「情報部に知り合いがいるのよ。その人ならロックなんて簡単に外せるの」
「へぇ、今行くの?」
「そうだけど、何で?」
「お腹空いた」
一瞬の沈黙を突くようにマロウが笑い声を漏らすと、ショウも気が緩んだような表情を見せた。
「ねぇ、ユガのパソコンも見た方が良いんじゃない?」
「何でだよ、スパイはカズラだろ?」
「でも、ユガも会ってたんでしょ?」
煮え切らないようなため息をついてから、マロウは一口サイズの揚げ物を黙って口に運ぶ。
「ユガのことは、目を覚ましてから聞けばいいよ」
おかずもお米も、全部一口サイズにまとめられてて、食べやすいな。
これ何かな。
黄色いごつごつとしたものを口に入れると、それは噛む度に気分を弾ませるほどサクサクと音を鳴らし、同時にちょうどいい塩気が舌に染み込んでいった。
「ハオンジュ、味わってる時間はないよ?いつ要請が来るかも分からないし」
「大丈夫だよ、私、バイクより速いし」
2人共もう食べ終わってるのか。
「ちょっとシュークリーム買ってくるから」
「デザート?」
「ううん、情報部の人に渡すの。シュークリーム買っていかないと頼みを聞いてくれないから」
「そっか」
エレベーターから出ると、真っ先に中央の大きなテーブルとその上の大きなパソコンに目を奪われたが、ショウはエレベーターからすぐ脇に見える緩やかな坂の方へと向かった。
ふと傾いた小さな木の看板に目が留まる中、ショウは扉の無いその部屋の前に立ち、枠に付けられた木の看板の下を軽くノックした。
すると小太りと筋肉質の間くらいの中年男性が椅子を回してショウに体を向ける。
「おうおう、来たな。また首突っ込んでんのか?ははっ元気だねぇ」
また?
「おや、見ない顔だな嬢ちゃん」
「この子はディビエイトのハオンジュ」
「ほぉーディビエイトかぁ」
「この人が知り合いの人?」
「そう、ラバンさん。はいこれいつもの」
ショウが取っ手のある小さな箱を差し出すと、とても親しげな笑みを見せるそのラバンは箱を受け取るとすぐにそれをデスクに置いた。
あれ、お土産なのに。
「そいで?」
「この中のファイルのロックを外して」
「よーし、見てろ?」
袖を捲り、見るからに気合いを入れてからラバンは続けて小さな四角いものを受け取ると、それをパソコンの脇に挿し込んだ。
「すぐ終わるの?」
「ん?まだ分からんよ、どんなフォルムか見てみないとな」
「フォルム?」
「ロックのしかたにも色々あんだよ。トラップ型、パスワード型、パズル型。ものによってどれくらい時間が掛かるか違うんだよ」
へぇ。
「ん、これだな。パスワードか、なら簡単だな」
ならすぐ終わりそうだな。
「また来てんのかよ、ケイゴさんよ」
ん?
入口には、枠に手を掛ける細身で陽気さと厳格さのある微笑みを浮かべる中年男性と、その後ろに立つ見るからに青々しさが伺える若い女性が居たが、ふとその男性がショウを真っ直ぐ見ているのが気になった。
ケイゴって誰だろ。
「ああ・・・」
「あからさまに落胆してくれてんじゃねぇよ。今度は何だ?・・・いや、どうせ自爆の山追ってんだろ?ま、気持ちは分かるが、捜査自体あんたらの管轄外だろうよぉ。そもそも課長さんは許可してんのか?」
「許可はしてないけど、止められてもないよ」
「はぁ・・・ったく、だからって本業ほっぽっちゃいけないんじゃねぇのかなぁ?ていうか、そいつは?新人か?」
「ディビエイトのハオンジュ」
「はぁーん、かの有名なディビエイトか、確かに警護課には必要そうだ。んで、どこまで掴んだんだ?まさか本業のこっちに情報渡さないなんてことねぇよなぁ?」
「今ちょうどやって貰ってるから、終わったら見れば?」
「ま、言われなくてもそうしますけどー」
ベテランなんだろうけど、陽気な人だな。
「ねぇ、ケイゴって誰?」
一瞬の沈黙の後、話しかけられたことに気付いたように、ただとぼけた表情で中年男性がこちらを見る。
「ん?ケイゴ?そんな知り合いはいないが」
「えっだって今、ショウを見てケイゴさんって」
「何言ってんだ、嬢ちゃんだって警護課だろ?だからケイゴだ」
そうなんだ。
「うっかり敵に悟られねぇように、隠語くらい覚えとかねぇとな」
「インゴって?」
「ったくめんどくせぇなぁ。インゴってなぁ暗号だよ。敵に分からないように、味方の間だけで話すときに使う。敵が居る状況で、警護課さんなんて呼べねぇだろ」
なるほど。
「バンロウさん、出てるけど見なくていいの?」
「おい見せろよ」
バンロウは、名前だよな。
ラバンとショウの間に割り込んだバンロウの後ろからパソコンを覗こうとしたとき、ふとバンロウの連れの女性と目が合った。
「調査報告書だな。しかもこりゃ、ラウトンロルの軍幹部についてのだ。・・・こりゃ、おいカミカ、すぐにユガのデスクを調べろ」
「え、あ」
「それならマロウがやってる。パソコンから何か分かったらこっちに来るって」
「知るかっだからそれはこっちの仕事だろうが、カミカ行くぞっ」
バンロウが慌てて走り出してカミカと呼ばれた女性を連れて行くが、エレベーターの前で何やら驚いたように立ち止まると、直後にエレベーターからはマロウが出てきた。
「何ですか」
「ユガのパソコンから何か出たのか?早く出せよっ」
「えっでもこれはラバンさんに」
「分かってるよ、さっさと行けほら、カミカは下に行け、お前も調べろ」
マロウが入口から脇に降りてくるやバンロウもすぐに降りてきて、ラバンがマロウから受け取ったものをパソコンの脇に挿し込んだとき、突如ショウの通信機から震えるような音がする。
「もしもし?・・・はい、ええぇっ」
えっ何だろ。
「了解です。マロウ、ここは任せる。ハオンジュは私と、ユガが居なくなった」
「えぇっ」
「まさか本業の人間置いてくつもりじゃねぇだろうな?」
そう口を開いたバンロウの表情はすでに先程の陽気さは無くなり、まるで任務が下り一気に表情を引き締めたショウ達のようだった。
「分かってる、バンロウさん、どうすんの?」
「電話の相手は」
「課長。病院から課長にユガが居ないって」
「オレはユガを追う。お前らはちゃんと課長に指示を貰え。ユガを追えってな」
ユガ、目が覚めたんだ・・・。
でも逃げたってことは、どういうことかな。
警護課に戻るとユガのデスクにはカミカではなくナオの姿があり、こちらに気が付くとすぐにナオは笑顔で手を振った。
「どうだった?初仕事」
「びっくりしたよぉ、ホテルのドアボーイが襲ってきたんだもん。偵襲の私が襲われるなんて、ちょっとショック」
偵襲、そうだ、ナオならスパイ捜査が得意なんだ。
「ごめんね、警護押し付けちゃって、スパイ捜査ならナオの方が得意なのに」
しかしナオは笑顔で首を横に振って見せ、胸の底に湧いた自責の念という名の湧き水を蒸発させてくれる。
「分からないことがあったら、何でも言ってよ」
「うん」
ふとユガのデスクに目線を落とすと、そこには何かの報告書と小さな四角い黒いもの、そして何やら紋章が描かれたボタンのようなものが置いてあった。
「課長さん。ユガって人、きっと黒だよ」
黒?って、まさか。
「盗聴器がある時点でほぼ確定だけど、このボタン、きっとどこかの国旗の紋章とかじゃないかな」
課長の引き締まった表情にその場が少し緊張すると同時に、ナオを見たその眼差しには驚きと感心が伺えた。
「何故分かった、それに何故これを見つけれた」
「ほとんどの場合、スパイをするってことは愛国心がある訳だし、リスクを背負ってでも心はその国にあると認識していたいはず。隠す場所に関しては、椅子に座ったときに常に目に入る、例えば写真立ての中とか、家族写真であればもっと可能性が高いと思うし」
この家族の写真立てに目をつけるなんて、やっぱりナオすごいな。
「なるほど。スパイは、ユガだった訳か。ではカズラの行動はどう解釈する」
ショウとマロウは、ああ見えてアウトロー気質な感じだったんですね。
ありがとうございました。