それぞれの道
んー、ここの天ぷらは美味しいな。
ざるから緑色のそばを取ってつゆに浸し、リズムよくそばを啜る。
「この変なの、変な味がする」
そう言って丸い小さな何かの揚げ物を見つめるユリとふと顔を合わせると、すぐにユリは企むように微笑みながらその丸い揚げ物を差し出してきた。
フォークを受け取り、揚げ物のかじられた跡を見てみると、カツのように細かい衣の中には粒あんのような色をしたもの、更にその中央にはかき揚げのようなものが詰まっていた。
試しにその揚げ物をかじってみると、正に甘くないあんこの味とかき揚げの味がした。
粒あんはそんなに味が無いけど、真ん中のかき揚げは塩分が強めで、あんことはケンカしてない。
「悪くないけど」
「んー」
「それつければ?サラダの隣にある白いソース」
見た目はタルタルかマヨネーズだけど。
再度揚げ物を刺したフォークを持ち、白いソースをつけてから揚げ物を口に運んだユリは、すぐに何かを感じたように頷いた。
「このショース美味ひい」
良かった良かった。
シエノ達と別れたら一文無しになっちゃうよな。
どうしようかな。
庶民的な内装の大衆食堂を後にすると、最後に出てきたシエノは胸ポケットから取り出したメモ帳から1枚の紙を切り離し、それをリーチに差し出した。
「侍の居る国、テンホウへの道順だ」
「かたじけない」
「シエノ、そこまでの費用もくれるの?」
「あぁ、だがテンホウまでの費用と食事代だけだ。無駄遣いするなよ?」
そう応えながらシエノは分厚い茶封筒をリーチに差し出した。
「かたじけない」
さっき銀行でおろしたやつかな。
でも乗り物代とか、空飛べば節約出来るよな。
「先ずはこの道の先にあるリニアステーションに行け。その後はすべてメモに書いてある」
「相分かった」
リニアステーションへの道とは別の方へと歩き出したシエノについていき始めたジアンとハクラだが、ふとハクラは少し戸惑うようにこちらに顔を向けたので、ゆっくりを手を振ると、ハクラは小さく頷き手を振り返していった。
「それで、ライフとやらから聞いてる行き先はどこなんだ」
「詳しくはまだ分かってないようだが、聞いた方角にはユートピアの首都があるから、恐らくはそこになるだろう」
高層ビルも幾つか見える街並みの中、横断歩道を渡り、そして大きな二車線道路沿いを進みながら何となく行き交う自動車を眺めていく。
何か、ジアンとライフって人、雰囲気が少し似ているような。
「ひとつ聞くが、この後誰かに会う予定はあるか?」
「何故そんなことを聞く」
バクトと一緒に居た人達、皆カイル達と同じような鎧を着ていた。
「会う時には気をつけた方がいい」
違う世界に来たのに、何故同じような力を持っているんだろう。
「どういう意味だ。まるでこの後誰かに会うことが分かってるような口ぶりだが」
そういえば、ジアンは何故先々に起こることが分かるんだろう。
「俺には、視えるんだよ」
視える?
「・・・そうか」
するとシエノは投げやりにも、どこか納得するような声色でそんな返事をした。
疑わないのか?
昨日会ったばかりの人間のことを。
下手な小さいビルよりも遥かに高い陸橋が貫通する高層ビルに入るが、何十階をも見通せるほど高く吹き抜けている壮大な内装をゆっくり眺める暇もなく、そそくさとビル内を進むシエノについていくと、やがてシエノは赤く塗られた列車が行き交う階層に入った。
まさか、乗るのかな。
ミキと一緒に列車で旅行したことを思い出しながら、券売機に向かうシエノ、何故かずっと上を見渡しているジアン、そして少しの熱気すら感じるほどの大勢の施設利用客を見渡していく。
ミキ・・・今何してるかな?
ちゃんと朝ごはん食べたかな?
電話出来たらいいのに。
渡されたチケットを見ながら人混みを抜け、赤い列車に乗り、向い合わせになっている座席に座る。
「これでユートピアの首都まで行くの?」
「いや、これで行けるのは第2グランドターミナルまでだ。そこから首都圏専用車に乗り換える」
首都圏専用車か、ユートピアの首都まで相当距離があると思っていいのかな。
「リーチ、ちょっと待って」
ユリの言葉に振り返り、戻ってくるリーチを見ていると、次第にリーチのその表情には少しの呆れが伺え始めた。
「じゃあ、私が一緒にお母さん捜してあげるからね?」
「ほんと?」
路地で泣いていた迷子の幼い女の子に笑顔を見せながら立ち上がり、女の子と手を繋いだユリは路地から出てくると、真っ先に近くにあった八百屋に向かった。
「この子のお母さん見てないですか?迷子になっちゃって」
しかしその八百屋の中年男性はまるで緊迫感のない、気の抜けた苦笑いをユリと女の子に見せた。
「あはは、いやぁごめんねお嬢ちゃん、それウチの子だよ」
えっ、何だよ、最初から家の近くに居たんじゃん。
「えぇっそうなんですか。あ、ご、ごめんなさい」
「いいんだよ。母親が居ないのは本当なんだ。息子がこないだ離婚しちまってな」
「そうなんですか」
商店街を抜けてようやく公園にもなっている広々とした駅前に着いた矢先、ふと気が付くとユリはわりと観客がいるストリートミュージシャンの方へと向かっていた。
「ユリ」
「すごいね。どうやってあんな音を出してるの?」
「元々、音を出すために作られた、楽器っていうものがあるんだよ」
「へぇ。あれは?」
指の差された方にはいかにも縁日でよく見る、何かを焼いている屋台があった。
「食べ物を売ってるんだよ」
「えっ、どんなの?食べてみたい」
屋根から下げられた布看板の文字は読めないので近づいてみると、わりと売れ行きが良いその屋台では何やらたこ焼きのような丸いものが売られていた。
「リーチ」
手招きするユリに、どこか退屈しているような雰囲気のないリーチとルケイルが歩み寄る。
「これ食べたい」
揃って屋台を見上げた2人は特に嫌悪感を見せることなく、ただリラックスしたような態度を見せていた。
小腹空いたのかな、ユリ。
「1つ下さい」
「200ピアニーね」
ユリが100と書かれた紙幣を2枚渡すと、すぐに屋台の中年男性は柔らかい表情で木の串がはみ出る大きめな紙コップを差し出した。
「熱いから気をつけてな」
「ありがとう」
嬉しそうに微笑んできたユリは紙コップを差し出してきたので、木の串を1本取り、刺さっていたたこ焼きのようなものを見つめる。
うん、見た目はソースとか掛かってないほんとにただのたこ焼きだけど。
小さくかじると、すぐにそのもちもちとした食感の部分からコンソメに似た味の出汁が滲み出る。
おお、熱いけど、美味しい。
「んんっ美味ひいね」
「うん」
具はやっぱりたこじゃないな、これは、何かな。
んーお肉かな。
コンソメスープ食べてるみたいだ。
「2人も食べてみて、美味しいよ?」
「そうか、頂こう」
ユリが紙コップをリーチに渡すのを見ながらルケイルに木の串を渡し、ふと氷牙の世界の東京の街並みを思い出させるような、賑やかなその駅前の公園を見渡す。
扉や自動ドアの無い駅に入るが、どこか日本の真新しいデパートを思わせるようなエントランスに、思わず駅に入ったのかデパートに入ったのか分からなくなる。
「うわぁ、すごいね。こんな景色初めてだよ私」
「そうだよね、三国にはそもそも列車もないもんね」
「うん。列車ってどんなのかな、楽しみだなぁ」
「バクト殿、その列車には、どう乗ればいいんだ?」
「とりあえず、乗車券を売るところにいる人に聞けば、詳しく教えて貰えるから・・・あそこかな」
翼もないのに軽々と建物を跳び移っていくユーフォリアについていくと、街並みは平原に変わっていき、そして平原はまるで朽ち果てた街並みのような広大な岩場となった。
「あの高岩の中がジュシンに繋がってるから」
ジュシン?
「戻るときはどうすんだ?」
「同じだよ、出たところからもう1回入ればいいの」
高岩の中の奥に見える霧で出来たような壁をくぐり、狭い通路を抜けると、そこは何も無くともどこか神聖さを匂わせるような空間だった。
「あの中に入ったら、行きたい世界を強く思い描いてね。じゃ」
颯爽とこの空間から出ていったユーフォリアを見てから、ふと誰も居ない小綺麗な空間を見渡す。
何故岩場の中に、岩場とはかけ離れた雰囲気の空間があるんだ。
「行くぜ?」
「あぁ」
すぐにガルガンは真っ暗な入口に入り、一瞬で姿を消したので、石で出来たような空間の中でまるで叩き割られたような粗い形の入口に入る。
瞬時に全身は全方位から抑え込まれるような風圧に、視界は眩い光に包まれたが、頭の中に強く記憶を甦らせると間もなくして体は軽くなり、視界に映る景色は隙間ない照明に満ちた洞窟となった。
何だここは、死神界を思い浮かべたのだが。
「来たか。とりあえずあれが出口だろ?」
というか、道らしい道はあれしか無いようだが。
狭くはないただの洞窟が何故明るいのかを考えながら、その場を後にして坂になっている狭い通路をひたすら登っていく。
「なぁ、あっちに戻ったら、またバクトのとこ行くのか?」
「・・・嫌なのか?」
「オレは、やっぱりまだ心の整理が出来ねぇよ」
「確かに、バクトと共に行動しなきゃいけないという訳ではないのだろう。だが俺は、どんな道を辿ってもいつかはバクトの下に辿り着くんじゃないかと思う」
小さなため息をついたガルガンは言葉を返さなくなったが、少しすると通路の先に光が見え、そして通路を抜けると、何やら岩肌だけが広がる青空の下に出た。
本当に、死神界のある世界なのか?
「ベイガス、ここは何だよ」
「分からない」
「死神界を想像したのに」
「もしかしたら、来たこともないほど遠い場所だということかも知れない」
ふと道の無い崖の方に向かうと、すぐに眼下には緑一色に染まった広大な森林が見えたが、同時に遥か遠くにはその森林に空いている穴が見えた。
「ガルガン」
「あ?・・・おっ高ぇな。あー何かそれっぽいな、あの葉っぱの密度」
「あの穴見えるか?もしかしたら何かあるかも知れない」
翼を解放して、絨毯のように生い茂る森林を飛ぶ。
森林の穴が近付くにつれて少しずつラビットのことや、王子や王子派の死神達を思い出していく中、やがて森林の穴の中に小さな建物が見えてきた。
ん、拠点、か?いや、拠点というには広すぎる。
・・・まるで小さな村だ。
ん、人が居る・・・。
漆黒に染められた布を体に巻く人物の近くに降り立つが、その若い男はこちらのことにはまるで気付かずに、不揃いな形のテーブルの前で丸太に座りながら粘土をこねていた。
「ベイガス、こいつが着てんの」
「あぁ、無心兵の布だ」
無心兵から奪ったなら、こいつは人間ではないのか・・・。
いや、たまたま拾ったのか?
「なぁ、こいつ、死神の気配も三国の奴らの気配も感じないぜ」
「いや、人間ならそれでも気配は感じるはずだ、俺達が高次元の存在だから感じないのかも知れない」
「見えるのにか?」
・・・それは・・・。
「とりあえずここは三国でも死神界でもなさそうだな」
三国の兵士でも死神でもなく、人間でもない・・・。
こいつは一体。
「おいベイガス、ちょっと見ろよこれ」
何やら地面を見ているガルガンの隣に立つと、目の前の地面には何やら草が抜かれた跡が綺麗な広い四角形となっている場所があり、そしてその四角形には3つの置き石の印があった。
「置き石を差してる矢印は何だ?」
真ん中の置き石から2つの矢印がそれぞれの置き石に向けられてる、か。
どういう意味だ。
「ていうか、死神界はどこだよ。あ、オレ、ちょっと空から見てみるわ」
「あぁ」
ガルガンが上空に向かったときに2人の男が粘土を捏ねる男に近づいてきたが、その2人は無心兵の布ではなく、毛皮の付いた布を体に巻いていた。
「なぁ、いつ出るんだ?もうあの地図は出来てんだろ?」
そう言って毛皮の男の1人は地面に作られた四角形の方を指差した。
地図?
「これが出来たらな」
あれは、地図なのか。
再び四角形の前に立ち、3つの置き石を眺めてみる。
地図?置き石は、恐らく場所の目印か何かだろうか。
ユリの困ってるっぽい人には声をかける精神と、ハクラのミキどうしてるかな?がポイントっちゃポイントです。笑
ありがとうございました。




