困った天使さん
え・・・何で?もう、魂の欠片の気配を感じない。
「ハクラ?確か、死んだはずじゃ」
「生まれ変わった。私達は一度死ななくちゃいけなかったらしい」
おかしい、ハクラ達が居るのに、何でルーニーがいない?
「シエノ、おかしいよ。もう気配が無い」
「・・・とりあえずライフ様を呼ぶ」
携帯電話を耳に当てながら背を向けたシエノから、ふと街を眺めながら話すユリと憑鷹とルケイルに目を向ける。
「バクト、俺達を殺したあいつらは、一体誰だ?」
「分からないけど、ユートピアっていう国の軍人らしいんだけど、今から呼ぶから、本人に聞けばいいよ」
シエノが携帯電話をしまうのを見ていると、胸の底に浸る緊張感がまるで静かにかさが増す水の如く沸き上がりだすのを感じた。
しかし、まるで最初から近くにいたかのように、1分も経たない内にライフとユーフォリアが物陰から姿を現す。
「終わったか精霊」
「いや、ルーニーの気配だけ感じない」
「そんなはずはない。確かに私は巫女の魂の欠片を取り出した」
「でも何も感じないよっ」
すると小さくため息をついたライフは考え込むように黙り、遠くに目を逸らした。
「・・・ユーフォリア、検索させろ」
「精霊くん、目を閉じて集中してくれるかな?」
まるで迷子の子供に向けるような笑みを見せながら、ユーフォリアが顔を覗いてくる。
そんなんで、分かるのか?
遠くから銃撃音が響く、とても集中出来そうにもないその場所で目を閉じる。
ん?何だろ、すごく遠くに小さな気配が・・・あれ、気配が小さくなってく。
「精霊、その気配はまさか、変化していないか?」
「え・・・小さくなってく」
「それは恐らく、巫女の魂の欠片が移動しているということだ」
「えっ」
ユーフォリアの声に目を開けると、おっとりしているユーフォリアでさえ焦りを伺わせる中、ただ一点を見つめる眼差しに力強さを見せるライフに、焦りの中にも期待を感じさせる。
移動?何で?
「魂の欠片は、自分で動くことは出来ないはず。つまり、巫女の魂は誰かに持ち去られた可能性がある」
「どうやって?」
「方法は幾つかあるが、何にしてももうここには巫女の魂の欠片はないということだろう」
そんな・・・。
再び小さなため息をついたライフは黙って目を泳がしていく。
これからどうすれば。
「・・・あいつの所に行こう。巫女の魂の欠片があるのは、お前の心の中だけじゃない。巫女を殺した張本人、アレグリアの中にもある」
アレグリア・・・ルーニー達を殺したあいつ・・・。
「ユーフォリア、お前はアレグリアを。私は巫女の魂の欠片を捜す、シエノ、分かったら連絡するから、引き続き精霊の警護を。そして精霊はユーフォリアと共に行け」
「分かった」
「待てよ」
ガルガンがそう声をかけると、ライフは静寂を取り戻した態度でゆっくりと歩み寄ってきたガルガンに顔を向ける。
「お前がオレ達を呼んだんだろ?何で呼んだ?」
強い口調でそう聞かれても、静寂に満ちた態度を崩さないライフの表情に、むしろ何か明確な意志が伺えた気がした。
「それが、定めだからだ」
「は?」
定め?・・・。
失敗じゃ・・・。
「私は巫女の魂の欠片だけを取り出すつもりだった。だがどういう訳か、必要のないお前らも出てきた。しかしそれはきっと違う。お前らは、必要だから出てきたんだ。この先、お前らの力が必要になるときがきっと来るだろう」
「お前は俺達の味方なのか?」
そう聞いたジアンにも、ライフはまったく表情を変えずに目線を変えていく。
「違う。私はただ、創造神の指示で動いているだけだ」
味方でも、敵でもない、そういうことか。
「お前は何者だ?」
「私はライフ。ユートピアの、ロイヤルガーディアンズ」
ジアンの問いにそう応えたとき、ユーフォリアは何やら驚くような表情を浮かべる。
ロイヤル、ガーディアンズ?
「え、ライフ、言っちゃうの?それ」
「ユーフォリア、とりあえず私は先を急ぐ」
そう言って背を向け、歩き出した途端、ライフは何やら手から出した光で自分を包むと、瞬時にまるで弾丸のような速さで飛んでいった。
要はライフは仕事をしてるだけって言いたいのかな。
「ねぇバクト、人手が必要なら私達協力するよ?きっと私、バクトの力になるために生まれ変わったんだと思うの」
「ありがとうユリ」
さすが天使だ。
「ルケイルもリーチも、手伝おうよ」
「リーチ?」
「ああ言ってなかったか。ヒョウヨウは通り名でしかない。私の名はサキノエリーチ、姓がサキノエ、名がリーチだ」
そうだったんだ。
やっぱり普通に日本人みたいな名前なんだ。
「ベイガス達も、もし何かあったら、手伝って貰えないかな?」
しかしガルガンは目を向けてきただけで問いに応えず、依然として腑に落ちない表情のままユーフォリアに歩み寄る。
「元の世界には帰れないのか?」
「元のって、君がここに来る前の世界?」
「・・・いや、故郷のある世界」
「んー、それは無理かも。少なくとも高次元の存在が低次元に行くことも出来ないようになってるから」
出来ないように、なってる?
「え、でも僕は低次元から来たし、逆も出来るでしょ?」
すると落ち着きに満ちた態度の中で、少しだけ困ったようにユーフォリアは首を傾げる。
「一応そうゆう掟なの。でも無理矢理帰ったとしても、高次元の存在が低次元の中で感知されることは絶対にないから、意味ないと思うなぁ」
感知?
「・・・どういうことだよ」
「つまりぃ、誰も、君のことが見えないってこと。声も聞こえないし、触れない。存在自体を認識出来ないってこと」
静かに後退りしたガルガンに、ベイガスはまるで寄り添うように歩み寄る。
「折角生き返れたんだ、恩を返す為に動くのも、悪くないんじゃないのか?」
しかしガルガンはまるで煮え切らない思いと、申し訳なさを伺わせるような表情でこちらに顔を向けてきた。
「悪いが、考えさせてくれ」
そう言うとすぐにガルガンは背を向け、歩き出していった。
「ベイガス、ガルガンについてて貰えないかな?」
「あぁ」
まぁ、生き返させられた人が、自分を殺した張本人でもあるしな。
悩む方が普通だろう。
ふと寂しそうな顔色を見せたユリを見てから、依然として落ち着きと呑気さに満ちた態度のユーフォリアに顔を向ける。
「どうやって、アレグリアを捜すの?」
「・・・アレグリアは定期的に周辺国を回ってるから、アレグリアの部下とかに聞けば、分かるかな。とりあえず、この街じゃ休めないから、ここから北の街に行こう」
「でもバクト、あの2人は?」
「ユリも分かるでしょ?力の気配。多分あの2人も、僕達のことは分かってるはず、だから離れても大丈夫だと思う」
「・・・そっか」
「お前だって、あいつに殺されたんだろ?何故あいつに協力しようとすんだよ」
「・・・俺達は、負けたんだ。それならもう、むし返したところで仕方のないことだ」
しかし石で出来たような小さな塀に腰掛けているガルガンは目線を落としたまま、言葉を返そうとはしない。
何となく歩いていき、ふと店先に並ぶテーブルや椅子を眺めていたとき、優しく甦るように死神界の情景が脳裏に浮かんできた。
必要だから、出てきた・・・か。
「なぁ、試しに、帰ってみるか?死神界に」
「あ?・・・帰ったって、誰もオレらのことに気付かないんだろ?」
「あいつは、バクトは俺がいた旧魔界を制圧したと言っていた。俺も見たいんだ、あの後、死神界がどうなってるかを」
こちらに顔を向けてきたガルガンからようやく表情の落ち着きが伺えると、同時に街の静寂さはどこか未来への希望を感じさせた。
「ライフとか言ってたやつの話、どう思う?オレらの力が必要な時がきっと来るって話。ほんとかねぇ、そういやお前もさっき同じようなこと言ってたよな」
「何にしても、生きていればこそ、だからな」
「王の言葉か。まぁオレだって、ほんと言うと完全に王子派って訳でもないんだよ」
この角を曲がったら、確かバクト達が居るはず。
「そうだったのか?」
「今更そんなこと言っても、王子派のやつらに呆れられるけどな・・・って、あ?おい、あいつらは?」
い、居ない・・・。
どこに行った。
「おいベイガス、どういうことだよ?置き去りか?オレらは」
・・・いや、感じる。
「そりゃねぇよ」
「ガルガン、感じないか?バクトの気配」
「は?」
細く小さくとも、まるで常に胸の底で分かる匂いのようなものを感じる方へと目で差すと、ガルガンもすぐに神妙に表情を落ち着かせてその方に顔を向ける。
「・・・いや?分かんねぇ」
まったく鈍感なやつだ。
「堕混の間でだって気配を感じるようなことがあるだろ?」
「・・・あー、あぁ」
本当に分かってるのか?まったく。
「なぁ、さっきまでいた、機械の人間の音、聞こえなくなってないか?」
ん・・・確かに、甲高い破裂するような音も聞こえてこない。
「おい誰かいる」
ん・・・。
ガルガンの目線の先に顔を向けたとき、突如細い露地から出てきた2人の男は何やら只ならぬ雰囲気を感じさせながら、こちらの方に向かってきた。
「何だよお前ら」
「あんたら、ユートピアの軍人か?」
ユートピア、確かライフというやつがそう言っていた。
「いや、俺達はライフというやつとは関係ない」
「お前らこそ何だよ」
するとその男達は周りに警戒しながらも、こちらには若干の敵意の緩和が伺える態度を見せた。
「・・・オレ達は、ユートピアに対してレジスタンス活動してる、エターナルだ」
エターナル・・・。
「・・・で?」
「あんたら、ユートピアがどんなことしてるか知らないだろ?ユートピアは、反勢力を根本的に潰すんだよ。領土拡大の為だったらどんな小さい国でも、例え中立を掲げる国でも、容赦なく潰しにかかる」
領土拡大か・・・。
王子の考えと同じな訳か。
「だからオレ達はユートピアに侵略された国の解放運動をしている」
「・・・いや、だからオレらには関係ねぇって」
「まぁ、要は気を付けろってことだ」
そう言うと男達は再び周りに警戒しながら、静かにこの場を去って行った。
「何なんだよあれ」
先程、ライフは問いに対し、自分を俺達の味方だとは言わなかった。
なら、すぐに信用すべきではないということか。
「なぁあいつらの気配、まだあるか?」
「・・・あぁ、だが少し遠くなったようだ。少し急ごう」
「飛んでけば、すぐに追いつくだろ」
「あぁ」
綺麗に石で出来たような建物を飛び移り、静寂さ溢れる街の向こうに葉の付いていない木が少しずつ見えるようになってきた頃、ふと胸の底で感じるものに小さな違和感を感じた。
「ん、どうかしたか?」
「お前も集中しろ、力の気配が2つに分かれている」
「・・・あー、そうだな。どういうことだ?」
「分からない、もしかしたら、あの中の誰かが俺達のように離れたのかも知れない」
気配が分かるから離れても問題ないと判断したのか、それとも、離れなくてはならない訳が出来たか。
「とりあえず近い方に行こうぜ」
そう言うとすぐにガルガンは背中に着いている6つの筒から、弱めに炎を吹き出して加速していった。
どうやら、向かっているのは2つの気配しかない方らしいが・・・。
そして見覚えのある鎧に身を包んだ者達の近くまで来ると、すぐにその2人が天使の女と悪魔の男だと分かった。
「げっ」
気配に気が付いたのか悪魔がこちらに振り向くと、すぐに天使もこちらに顔を向けるが、ふと悪魔の男が浮かべた警戒心とは違う、天使の女の安堵感のある顔色に目が留まる。
「何故、ここに」
「いやぁ、オレらは何となく近い気配の方に来ただけで」
ふと天使の向こうに立つ、服装から何から小汚ない風貌の少年を見てから、その少年の向こうに広がる、どこまでも石で出来た建物が建ち並ぶ広い道に目を向ける。
「ここで何を?」
「私達、道で落ち込んでたこの子の為に、ちょっと寄り道したの」
ちょっと寄り道・・・。
「あーじゃあベイガス、オレら、もうひとつの方に行くか?」
「あの、出来れば手伝って欲しいの」
ひきつったような微笑みのまま言葉に詰まるガルガンにも、天使の女は純粋に困ったような眼差しを向けていた。
「手伝うとは」
「あのね、あの子、すごくお腹空いてるんだけど、サンゾクのせいで町の人もみんな困ってるんだって」
サンゾク・・・とは。
「つまりどういうことだ」
「一緒にサンゾク退治して欲しいの」
「・・・何でオレらがわざわざ人助けなんてしなくちゃいけないんだ」
どうやら、ガルガンはサンゾクとやらを知ってるようだが。
「だって、私達、このために生まれ変わったんだと思うの」
サブタイトルには2つの意味がありますかね。
ありがとうございました。




