偶然の産物
これまでのあらすじ
第百番隊と共にカンデナーデに上陸したロザー。そこでサランの軍人に会い、共にハクラの下へと向かうが、そこには数え切れないほどのサモンロイドが待ち構えていた。
「あんたは隊長の居場所知ってんのか?」
「分からない。だけどこんな所に軍隊が居るんなら、こいつらと戦ってる人達もここに居るはず」
隊長かどうかは分からないか、捜してみる価値はありそうだ。
少しだけ焦りを感じさせるほど、無言でただオレンジ色の壁を見つめる正義、念ずることに集中して立ち尽くすテリーゴをそわそわと眺めているカイル達、そしてまるで高層の建物から観光するように外を眺めるバクトを見ていた中、ふとオレンジ色の四角錐の外に小さな空間の歪みが見えた。
「あれ」
指を差したのに気付いたのはカイル達だけで、嬉しそうに顔を見合わせたカイル達はすぐに何やら期待を寄せるような眼差しをこちらに向けてきた。
「ハクラ隊長さん、僕達も一緒に念じたら、早くサモンを作れるかな?」
サモンのフュージョン、か。
あれはサモンの使い手でも相当の集中力を必要とするもの。
「それはサモンを作る中でより感覚を研ぎ澄ませなきゃ出来ないもので、そもそもサモンを作る感覚を知らない者が出来ることじゃない。それにサモンを合わせるには、お互いの気持ちをひとつにしなきゃならない」
「気持ちをひとつに、なら簡単だねロード」
いや・・・。
「あぁ」
いくら気心の知れた仲間だからって、そもそも3人共サモンの感覚すら分からないのに。
それにサモンのフュージョンはただサモンを作ることよりも断然難しい。
しかしすでに2人はテリーゴと同じように集中し始めていて、その3人の空気は口を出すのを躊躇わせるほどの期待感に包まれていた。
もしかしたら、ただサモンを作る方が早く済むかも知れなかった。
「ハクラ」
カイル達を気遣ってか小声で話しかけてきながらある方に指を差すバクトに歩み寄ると、指を差された眼下にはサモンロイドと交戦する数人の人間がいた。
あれはっミキっ第百?それにサクラバリスタ?
来てくれたんだミキ。
そうだ。
人間に戻りすぐさま携帯端末を取りだし電話をかける。
ミキ・・・。
第三弓魔法を撃ち放ったミキがそわそわと携帯端末を取り出すと、すぐにミキはその場から離れ、建物の陰に隠れていった。
「ハクっ今どこ?」
「ミキのすぐ上、オレンジ色の四角錐の中、早く術者を襲って、このままじゃ潰されちゃう」
「うそっ分かったすぐやるから」
助かった・・・助かった。
良かった・・・ミキ。
「おい何してんだこんなときに電話なんて」
「何言ってんの、ハクからだよ。ハク、あの四角錐の中に居る」
何だって?
あの四角錐、さっきからほんの少しずつだが小さくなってる。
くそっだがこのサモンロイドの数じゃ、術者の下には・・・。
「サクラバリスタ、ここは私達に任せて」
「あぁ、頼んだ」
その瞬間遠くから放たれた槍魔法が目前の地面を突き上がらせるが、その衝撃の余韻は体を激しく地面に押し倒した。
くそっ何だ、この威力、サモンロイドじゃあり得ない。
素早く土埃を回り込んで前方を見てみるとそこには低い商業ビルがあったが、何気なくそのビルの屋上に目をやるとそこには1つの人影があった。
あいつは・・・。
その人影は勢いよくビルを飛び降りたが、その人間はまるで重力を受け付けないかのように難なく、そして華麗にサモンロイドの後方に降り立った。
は?何だよあれ、ただの女じゃないか。
しかもまるで戦いに不向きな可愛らしい服装の。
するとその女はまるで指示を受けるように退いていくサモンロイドに代わって第百の前に立ちふさがった。
「おい、お前は、まさか、英雄ヒロカ・キュリスターか?」
「えぇ、いかにも。あなた方はどのような御用でここへ?」
「んなこと易々と言えるかよ。行けサクラバリスタ」
前方の第百を越した英雄の向こうに立つ、小さな商業ビルの脇道を目に焼き付けながら、飛び掛かってくるサモンロイドの中を駆け抜ける。
取り出した剣の魔導器を長剣に変化させ、サモンロイドを1体斬り倒したとき、ふと視界にこちらに向かって飛んでくる光の槍が見えたが、その瞬間に素早く飛び込んできたマリーが光の槍を受け止めると、そのままそれを空に受け流した。
何だ?マリーの背中、ぼんやりとしてるが、何かが見える・・・。
「旋空螺」
そう言ったマリーの突き出された掌からは不透明なほどに色づいた空気の塊が放射され、そして更にその空気の塊は広範囲に渡ってあらゆる物質を砕き散らし、轟音を掻き鳴らしていく。
は・・・どこが旋空螺だ、まるで隊長クラスの第三魔法じゃないか。
第百は、まだこんなにも力を隠していたのか。
マリーの前方の視界がまだ晴れないうちにサモンロイドを斬りつけながら走り出し、ビルの角を曲がり、直線する二車線道路を進んでいく。
くそっ・・・。
しかし直線上に捉えたオレンジ色の四角錐の下には、数え切れないほどのサモンロイドが展開していた。
隊長、俺は、今まで隊長の背中しか見ていなかった。
だけど、俺は・・・。
オレンジ色の四角錐を見上げるとその中には微かに人影が見えたが、同時に四角錐の傍には何やら白と黒、そして橙と黄緑の4色に色づいた歪みがあった。
何だよありゃ、魔法?いや、まさか、サモン・・・か?
いや違うか、あれは、ただ魔力が練り込まれてるだけの歪み。
えっと、俺は隊長に何を言おうとしたんだっけ。
「バリスタ・オブ・アークエンジェル」
後方から一筋の光矢がサモンロイドの群れに飛んでいくが、爆炎が立ち上ってもその群れはまるで形を崩すことなく素早く展開し始める。
「あんただけに良いカッコさせないんだから。第三気、エンド・オブ・ギャラクシー」
「第二気、神器」
「何よあんた、神器までしか出来ないの?ふっ」
くっ何も言い返せない・・・。
「せいぜい足手まといにはならないでよね」
そう言ってサランの人間は第三の弓魔法を撃ち放つと颯爽とサモンロイドの群れに向かっていった。
第三気は出来ないが、第三掌なら俺だって出来る。
「第三掌、バレット・オブ・バーニングレイ」
剣を握った拳から連続的に炎の弾を放っていくが、サモンロイド達はその機動力で降り注いでいく炎の弾を尽くかわしていく。
くそ、だったら。
「炎刃、ファルシオン」
幅を広げ炎を纏わせた剣を振り出し、サモンロイドを一刀両断しながらサランの人間の下に追いついたとき、突如行く手を阻むように一発のロケット弾が目の前に着弾する。
く、誰だ、こんな時代に原始的な兵器を使う奴は。
「第三界、レイン・オブ・ファング」
掌を空にかざすサランの人間の遥か頭上から地面に牙を立てた一筋の重圧が、放射状に広がり前方のすべてを尽く叩き潰していくと、粉塵の収まったその場にはすでに数えるほどのサモンロイドしか残っていなかった。
力の差がありすぎて、言葉も出ない・・・俺もまだまだだな。
「さて、さっさとあの四角錐作ってる奴ら捜すよ」
「あぁ」
まるでその動きに若々しさを感じるほど、ただ1人立ちはだかったサモンロイドに、ふと小さな優越感を持って歩み寄る。
「何よあんた、勇敢だね。ふっ新兵かよ」
「いいよ俺が斬る」
「あそ」
目の前まで歩み寄ってもただ構えているだけのそのサモンロイドがふと素早くこちらに背を向けると、すぐにそのサモンロイドの背中にびっしりと付けられた大量の手榴弾に、ただ目が留まった。
・・・な、んだよっ。
眼下から立ち上る膨大な爆炎をただ眺めることしか出来ないその状況に、胸の底にはただ強い焦りが間欠泉の如く沸き上がっていた。
サクラバリスタっ・・・ミキっ。
「ありゃ、自爆かぁ。さすがロボットだね」
そんな・・・ミキ。
4色に歪む空間に目を向けるが、その歪みは依然として何かに形作られるような動きが見られない。
「3人共っもっと集中してっ」
苛立ちをぶつけるように思わず口走ったとき、うねりながら肥大した4色の歪みが突如糸が切れたように地面に向かって落ち始める。
あ・・・。
だめだったか、形作れなかった魔力が爆発すれば一時的に気を失うし、もう私達に打つ手はない。
無意識に膝を落とし、壁に手を当てながら、内側から激しく破裂するように膨張する4色の歪みを目に焼き付ける。
終わっ・・・。
思わず倒れ込んでしまうほどの振動に恐怖感を抱きながら、定まらない視界の中でカイル達に目を向けたとき、オレンジ色の四角錐が傾き始め、気絶しているカイル達がゆっくりと滑りだした。
っと、とりあえず3人を助けなきゃ。
「バクト、カイル達が」
「わー」
すでに下まで滑り落ちてひっくり返っているバクトに顔を向けたとき、ふと四角錐の一部に穴が空いているのが見えた。
揺れすぎて動けない・・・。
でも結果的に助かったのか?
「正義っ」
しかし正義は傾く四角錐の端っこで岩の如く綺麗に身を屈めていた。
「無理だぁっ」
・・・役立たず。
振動が弱まったこの一瞬に素早く駆け出したときには四角錐の所々にも穴が空いていて、カイル達を見ると同時に、滑り降りていく先にも空いている穴にすぐに目が留まる。
気絶したままこの高さから落ちれば、ただじゃ済まない。
「バクト、テリーゴを」
「あ」
ん?
あ・・・。
バクト落ちた・・・。
「正義っ」
「おぉ収まったか」
「3人がこのまま落ちたら危ないから助けないと」
「そうか、だが」
正義が一歩踏み出したその足はまるで薄く張った氷を踏みつけるように四角錐を砕き、素早く手を伸ばしたものの、瞬く間に正義の体はめり込むように四角錐を砕いていった。
「俺は空がぁっ飛べぇっ」
ああ・・・正義・・・まあいいか。
冷静になろう、こうなったら空殻でクッションを。
カイルの腕を取りながら四角錐を飛び出し、すぐさま掌を下に向ける。
「空殻」
まるで重力の影響を軽減するようにゆっくりと落ち始める3人を見ていたとき、ふと視界の隅に迫ってくる何かが見えた。
ロケット弾・・・。
抵抗する間もなく気が付けばすでに衝撃波が体を伝い、爆風が視界を覆い、意識の無いカイル達は煽られるまま吹き飛んでいく。
「カイルっ」
もっと空殻の幅を。
しかしその直後に銃撃音が鳴り出すと、空に放たれる大量の銃弾の幾つかはまるで石をぶつけられるように体を突いていった。
狙い撃ち?まさか私達がオレンジ色の四角錐を脱出したときのことも考えていたのか。
く、カイル達が・・・。
銃弾が向かってくる方に空殻を張りながらカイル達に目を向けたとき、素早く飛び上がったバクトがテリーゴの腕を掴んだのが見えた。
するとまるで速陣をしているような速さで視界から消えたバクトはすでに正義の下に居て、正義にテリーゴを預けたバクトはまた瞬間的に宙に飛び上がる。
そっか、私も速陣を使えばいいんだ。
速陣っ。
銃弾が見えるようになった空間で足元にも空殻を張り、足場を作りながらカイルの下にたどり着いたとき、突如目の前にロードを抱えたバクトが出現する。
え、速陣してるのに、まったく見えなかった。
「何で空飛ばないの?」
すると突如そう言ってバクトは疑いを知らない子供のような眼差しを向けてくる。
え?何で私が飛べると思ってる?
「跳躍力を飛躍させる魔法はあるけど、人間の状態で永続的に飛べる魔法なんてこの世にはない」
「へー、言ってなかったっけ?氷牙の力があれば空飛べるよ?」
え・・・そうだったのか。
「背中にある紋章はブースターにもなってるから、意識すればジェットの要領で飛べるよ」
ジェット?バクトみたいに、突発的に飛び上がるような感じなのか。
「そう、なんだ。でも氷牙の力は、切り札だから、それに飛べなくてもそんなに困ってない」
「ふーん。ねぇ、僕にもその空間に壁作る魔法教えてよ」
空殻、か。
「うん、ここから出れたらね」
「えー今言ってよ、この時間がゆっくりになる魔法の中なら大丈夫でしょ?」
確かに陣圏の中でなら多少は落ち着ける、だけど、だからって易々と落ち着ける状況じゃない。
「難しいの?」
そんな駄々をこねるように言われても。
もうしょうがないな。
「いや、網目状に魔力を練り込む感覚が掴めればすぐに出来る」
「へー」
そう言うとバクトはロードを抱えたままどこかに手を伸ばし、まるで集中するように一点を見つめ始めた。
もう、そんな練習してる暇ないのに。
「練習ならあ」
「出来た」
バクトの手の先に目を向けると、その空間には掌よりも小さい、モヤがかかったような歪みがあった。
速い・・・。
「でもそんなんじゃ壁にも盾にもならない」
「盾にするつもりはないよ」
え?
ミキ達が来なければ、ハクラはカイル達に怒鳴ることもなかった、ということでしょうか。
ありがとうございました。




