フォール・イン・ラブ?
「混乱、ですか。本当に出来るんですかそんなこと」
そう聞いたヒスイに顔を向けるそのおじさんの表情は、すでに何かに信頼を寄せているのが伝わってくるようなものにまでなっていた。
戦場の景色を忘れるくらいの静かな平原の中、ふと遠くを見つめるエンジェラを見ると、そのドラゴンの顔にはまだあの時のあどけない顔色が重なっていた。
この姿になってると、戦わないのに何となく気持ちが高鳴るな。
「もう、良さそうだな」
こちらに顔を向けたエンジェラの体がゆっくりと小さくなり始めたので、一緒に人間に戻り小屋に戻ると、エンジェラは終始黙ったまま静かにリビングのソファーに座った。
あんなやられ方したばっかりだしな、こいつは待ってた方がいいか。
「あんたは待ってろ、俺ちょっと行ってくるから」
すると素早くこちらに顔を向けたエンジェラはすぐにその目尻を緩ませ、口元を震わせる。
「独りにしないでよ・・・うっ」
おいおい、何で泣く・・・。
すでに涙を流しながら鼻を啜っているエンジェラの隣に座ると、ゆっくりだが強くこちらの腕を掴んできたエンジェラの姿に胸の中には怒りではなく、ただ愛おしさが募っただけだった。
くそ・・・。
自信家のこいつが、心の底から死を感じたんだ・・・。
こいつ、手まで震えてやがる。
エンジェラの頭に優しく手を乗せ、抱き寄せながら、窓に映る静寂に満ちた森林に目を向ける。
「分かったよ。気が済むまでそばに居るから、もう・・・」
いや、泣きたいなら泣かせてやるか。
「もう、何?」
「いや、泣くなって言おうとしたけど、こういう場合は我慢しない方がいいだろ」
体を寄せたままこちらに顔を向けたエンジェラの目から垂れる涙跡に目が留まり、ふとエンジェラと目を合わせたまま沈黙か流れると、気が付けばエンジェラはその唇をこちらの唇に重ね合わせていた。
腰に手を回してきたのに気が付いたので優しく体を放すと、落ち着きに満ちたエンジェラの眼差しはふと最初に会ったときの目付きを思い出させた。
「ねぇ、知ってるでしょ?あたしがいいときに邪魔されるのが一番嫌いだってこと」
いやいや・・・。
「ちょ、ちょっと待てよ」
しかしそう言うとエンジェラはすぐにその表情から笑みを消し、今にも泣き出しそうにその目に涙を溜め始める。
「お願いだから、今すぐ死の恐怖を忘れさせてよ。気が済むまで、一緒に居てくれるんでしょ?」
くそ、何も言い返せねぇ。
見つめ合った後、何も言い返さないという答えを理解したかのようにエンジェラが再び抱きつくように唇を重ねてきたので、ソファーに倒れ込みながらエンジェラを受け止め、そしてエンジェラの頭に手を乗せながら腰に回した手に力を入れていった。
「ナオ」
良かった、大きな怪我も無いみたい。
「ハオンジュ、どういうこと?ハシオリトがいきなり攻撃を止めた」
「うん、実はカンデナーデってところが、ハシトリオを脅してたって」
「トリオじゃないよ、オリトだよ」
あれ・・・。
少しして歩み寄って来たドッグを見ながら、ふとエンジェラとソウスケの姿を思い出す。
大丈夫かなエンジェラ、あんなに傷付いて・・・。
「ハオンジュ」
ナオのその眼差しは怒りを糧にしたような力強さに満ちていて、それはどこかアレステッドを思い出させるようなものだった。
「私も、カンデナーデに行くよ」
え・・・。
「アレステッドは許せない。だけど、私がカンデナーデに行かなきゃトウキ達が浮かばれない。だからドッグさん、私を今すぐ、ディビエイトにして」
「分かった」
「よぉ」
声がした方に振り返ると目の前にはドラゴンが居て、この戦場に居てもいつもの表情を変えないドラゴンにふと安心感を覚えた。
「話は聞いたぜ?時間もねぇみてぇだしな、さっさと行きますか」
「ドラゴン、小屋に戻るなら先に行ってて、私行かなきゃいけないところがある」
「じゃああっちで待ってるわ」
「もしもしミキ?」
「ハク、何かいきなりハシオリトが戦いを止めたけど」
何となくサクラバリスタと話をしているバクト達に目を向ける。
「うん、私これから、カンデナーデに行く」
「え、な、何でいきなり?」
何となくジョナスに目が留まると、ジョナスはイヤホンマイクに指を当てながら正義と共に意識を取り戻したマキアの傍に居た。
「ハシオリトはカンデナーデに脅されてただけだった。だからディアベルの赤眼を止めるにはカンデナーデを直接叩くしかない」
「そっか、じゃあ一緒に行く」
「うん、でも時間がないから合流はカンデナーデでしよう」
「・・・時間ってどれくらい?」
見知らぬ男性が1人合流しているゼコウ達に合流しながら、ふと無線機で話をしているおじさんの話に何となく耳を傾ける。
「ジョナス、カンデナーデが政府の要求に応えたよ・・・いや、伸びたのは1日半だ」
ジョナスって人達の作戦が上手くいくといいけど・・・。
「・・・分かった」
「ねぇ、もし火山が噴火したら、どうやって止めるの?」
「大丈夫だって、ジョナスが信用した奴だ、本当にオイらがディアベルを起動させることはねって」
異次元の人でも、仲間が信用するなら信用するのか。
この人達も、自分の隊の仲間には信頼を寄せてるんだな。
「それで隊長、ヒス達はこれからどうするんですか?」
「スクファの軍人が位置に着いたらジョナスから無線が入る。そしたら私達が直接カンデナーデに、ディアベルの赤眼を起動すると無線を入れる」
「でもそこで同時にスクファの軍人が攻撃を始めて、カンデナーデの意識をディアベルから離れさせるってことですか」
「そうだ」
「隊長さん、私、カンデナーデに行く」
おじさんの表情が引き締まると、ゼコウ達も揃ってこちらに顔を向ける。
「サランの、大事な仲間がカンデナーデに行くから、ついて行きたい」
「サランの仲間?お前はサランの人間だったのか?」
「ううん。私も、ほんとは次元を越えてこの世界に来たから」
「まじかいっ」
驚くという見慣れた反応を見せるゼコウよりも、納得するように小さく頷くおじさんに何となく意識が向く。
「そうだろうとは思っていたが、まぁそれはいいだろう。分かった、お前がカンデナーデに行けば混乱にも拍車が掛かるだろう」
転送筒を使い小屋に戻ると、リビングのソファーにはドッグが居て、奥の部屋にはドラゴンとナオ、そしてハルクが居た。
ソウスケ達は・・・きっとソウスケ達の小屋かな。
「来たか、んじゃ、始めますか」
ナオ達に目線を戻しながら後退りしたドラゴンの隣に立つと同時に、世界龍の血晶とやらを胸元に当てながらガウロエンジンを背負うナオに向けて、光と闇を優しく吹き出していくハルクを見る。
そういえば、この人とはあんまり喋ったことないな。
今回はルーべムーンを使う機会が無かったけど、きっとまた使う機会が来ると思うし、気に病むことはない。
きっと、ホルス大尉やアルマーナ大尉ならそう言うと思う。
「お帰りー」
「あぁ」
「いやぁ、オイラでも今日はちょっと疲れたなぁ」
いつもの冷蔵庫側の椅子に座るロードと、冷蔵庫を開けるテリーゴを見ながら、いつものロードの向かい隣に位置する椅子に座るが、その時にふと期待を寄せるような顔色を見せるクラスタシアと目が合った。
「カイル、ルーべムーン使った?」
「ううん」
「落ち込むなって、きっと明日には使えるって」
缶を開けながらそう言ってソファーに向かうテリーゴからクラスタシアに目線を戻すが、クラスタシアは何故か嬉しさを抑えるような笑みを浮かべていた。
「実はさ、カイルが集めたイビルの細胞で作った進化薬がさ、出来たんだよね」
「へぇ」
「お、じゃあ早速オイラ使ってみるよ」
すると席を立ったクラスタシアはキッチン横にある小さな箱から取り出したものを、椅子に戻りながら静かにテーブルに置いた。
これは、注射器?
「小さいなぁ、これは・・・飲むのか?」
「え、注射器だよそれ、キャップ取って直接血管に流し込むの。貸して?あたしやるから」
「お、おう」
親指ほどの注射器をテリーゴから取ったクラスタシアはすぐさまテリーゴの腕を持ち、そして蓋を取った注射器をテリーゴの腕に素早く突き立てた。
「なんだ?」
「もう終わり、ちょっとちくっとするだけだから」
「な、何だ何だ?体が、熱くなってく・・・ふぅ、オイラ、どうなるんだ?」
「それは分からないよ」
「えっ」
みんなの目線がクラスタシアに集まるが、それでもクラスタシアは満足感からか嬉しそうな微笑みを見せ続けている。
「こればっかりは実際に戦ってみないとね」
「そうかぁ、まぁでも、明日になれば分かることだしな、まいっか」
「けど、クラスタシアも予想くらいは立ててるんだろ?」
「まぁね、でもその前に夜ご飯にしよ」
「そんでこれでカンデナーデに無線を入れる隊長の会話を聞いて、そのタイミングであんたが上空からカンデナーデの大統領邸兼国政議事館、通称ブレインハウス周辺を狙う」
何か、響きがアメリカのホワイトハウスに似てるな。
「僕と正義は、ハクラが攻撃を始めると同時にどっか関係ないところで軍隊を呼ばせるようなことをすればいいよね?」
「まぁそうだな」
「お待たせしましたぁ、こちらが大皿トマトサラダになりまーす。それでこちらが、キャプテンスペシャルになりまーす」
複数の種類が混ざった大きなピザが2皿置かれるのを見ながらふと後ろを振り返り、バルコニー越しに見える海を見渡す。
「これからあんたらには働いて貰うからな、遠慮なく食ってくれ、勿論オレ達のおごりだからな」
「そうか、え?今俺達と言ったのか」
「そうだよ、何でお前にもおごんなきゃなんねぇの」
「それもそうか」
ふと表情の堅いハクラを気にしながら、レバニラのようなものに黄色い具が混ざった部分を取り、具が落ちないように丸めてからピザを口に運ぶ。
んん、これは、パイナップルかと思ったけど、この黄色いの、何かアボカドみたいだな。
「ねぇ、カンデナーデって、どれくらいの軍事力なの?」
そう聞くと一瞬ハクラと目を合わせたジョナスは、ふと落ち着きと真剣さが混ざったような顔色を見せる。
「軍事力は、規模で言えば世界一だな。あそこは機械の国とも呼ばれてて、兵器のシェア率は世界でトップだ」
「じゃあ世界中にその卑劣さは伝わってるの?」
「いや、そうでもねぇ。むしろ兵器の生産がトップクラスにも拘わらず、平和的な立場を突き通している国として世界からは注目を受けている」
じゃあ、本当は腹黒いってことか。
いやでも、きっとどこもそんな感じなんだろうな。
「だからハシオリトもむやみに手を出せないってこと?」
「まぁな」
ミキ、今頃何してるかな?
ちゃんとご飯食べてるかな。
バクトって意外と器用みたいだ。
LLサイズのピザを丸め、バクトのようにピザを食べているとき、ふと正義の鼻に付いている赤いソースが目に留まる。
何故、どういう食べ方をすればあんなところにソースが。
「ジョナス、俺は何時にカンデナーデに向かえばいいんだ?」
「ああ、あ?お前、何で鼻にソースなんか付けてんだ?まぁいいか、あそうだ、あんたらも明日の朝一番にここを出るからな、潜水艦でファシーオに入って、そこから貿易船でカンデナーデに向かう、まぁそれでも明日の昼前には着くが、早めにディアベルの不具合が直ったと言えばあっちも警戒しなくなるだろうからな」
カンデナーデから南西のファシーオを経由か、確かに回り道ではそれが最短かな。
本当に、このままでいいのだろうか。
ハクラ隊長の真意は理解出来た、だがハシオリトもまた、自分達の世界を守ろうとしているだけだった。
隊長はカイル達とカンデナーデに向かう、だが俺は・・・。
俺は本当に、こうして家に帰り、このまま何も無かったかのように仕事をするのか?
いや、そんなこと出来ない、隊長が戦ってるのに、俺だけ戻るなんて出来る訳がない。
「もしもし」
「おおロザー、隊長には会えたのか?」
まったくこいつもこいつだ。
「隊長から、全部聞いたよ、お前のことも」
コンスタンが1番隊長に近かったのかよ。
「・・・悪かったよ、隊長の提案でさ」
リコッタのお母さんをさらえば、古代兵器の話も聞けて、俺に真相の解明をするように焚き付けられるからなんて、まったく人が悪い。
「それよりお前も聞いたか?カンデナーデのこと」
「カンデナーデ?そこがどうかしたのか?」
聞いてないのか。
さては隊長に忘れられてるな、こいつ。
「ハシオリトの行動はカンデナーデに脅されてのことだ。だから隊長はカンデナーデに向かった」
「そうなのか・・・まさかお前も行くってか?」
「あぁ」
ハオンジュがエンジェラに会いに行ってたら・・・。
・・・特には修羅場にはならないですね。笑
ありがとうございました。




