ノット・イエット・ビジブル・ウェアー・アイ・アム2
そしてケイが勢いよくとも静かに部屋を出ていくのを見てから総司令官に目線を戻すと、総司令官は壁に体を向けたまま、小さいが安堵したようなため息を漏らす。
「今アレステッドに救いの手を差し延べられるのは、お前しか居ない。そうだろ?」
そう言って総司令官が入口に体を向けるが、その場にはただ沈黙が流れただけだった。
「もう行っちゃった」
「・・・そうか。偵襲部隊亡き今、お前達にこれ以上手伝って貰うことはない。今まで聞いたことは一切口外せず、自分達の国に戻るがいい。いきなりとは言え、協力に感謝する」
「・・・でも、ナオとは約束があるんだけど」
「約束?」
「協力する代わりに、ガウロエンジンを貰うっていう約束」
その時にゆっくりと立ち上がり、辛そうに表情を歪ませながらも歩きだしたマナに、総司令官は厳格さの中に哀れみを感じさせるような眼差しを向けた。
「マナ・シオハナ。その体じゃ何も出来ないだろ」
「私だって、リーダーが道を外れるところなんて、見たくありませんから。それに、ケイだけじゃ・・・ケイには私がついてないとダメだから」
「おい」
声がした方に顔を向けると、その大きく穴の空いた壁には頭から血を流すガラが、まるで平然を装うような笑みを浮かべて立っていて、そんなガラにマナはすぐに親しみが篭ったような笑い声を掛けた。
「ガラこそ、ちょっと休んでたら?」
「マナさんよぉ、ちょっとやそっとで倒れたら、それこそリーダーにどやされんだろ?」
傷を負い、疑念を植え付けられても、それでもリーダーを信じるなんて、この人達は心からリーダーを慕ってるんだな。
ケイを追うように部屋を出ていく2人の背中に、ふとヘイトと共にアレドゥを追いかけて戦場を駆けた記憶が甦った。
「ガウロエンジンか、それは私が手配しよう。それが犠牲になった偵襲部隊のせめてもの供養だ」
・・・供養?
「え、まだナオは死んでないよ、ナオだけ生き残ったの」
「そうか、それは失礼した。ナオ・テイルの容態は?」
「うん、大丈夫」
「だが、たった1人では部隊も何もないだろう。裏切り者を特定するという当初の目的は達成したことだから、お前達にはやはり協力体制を解いて貰う」
あれ?何か違う、ナオの目的は、まだ達成なんてされてない・・・。
「まだ終わってない。ナオはクーデターの阻止までが任務だって言ってた。それって、そのミキって人を殺すまでが任務ってことじゃないの?」
机へ歩きだしていた総司令官がゆっくりとこちらに目線を戻すと、その厳格さに満ちた佇まいと表情からでも、すぐに同意を感じさせるような力強い眼差しを見せた。
「確かにそうだ。だが、相手はサランが誇る最強部隊、スピアシールドのリーダーだ、生半可な者では太刀打ち出来ない」
「でも、そんなリーダーから、私はナオを守った。私達はそれくらいの実力がある」
その一瞬で更にその眼差しの奥を輝かせていく総司令官を前に、何となく忘れかけていた闘志が再び燃え上がったのを自分でも感じた。
「なるほど。さすが偵襲部隊が見込んだ人間という訳か。良いだろう、ではアレステッドが見つかり次第、お前達にもアレステッドの暗殺を請け負って貰う。それが、お前達の最後の仕事だ」
ドラゴンの放つ気楽さを前にしても、ナオはまるで思考が止まったかのように言葉を詰まらせている。
仲間を失って、復讐心だけが残った人間にすかさず話をする、こいつらまるで、葬儀屋の営業マンみてぇな奴らだな。
こんな状況じゃ、更なる強い力を望まない訳がねぇよ・・・。
「もし私が、そのディビエイトになったら、もうここには戻れないの?」
「まぁなぁ・・・だがすべてが終わった後、生き残ってりゃ、普通に帰れるだろうよ」
「・・・そっか」
再び訪れた沈黙を纏う空気を吸い込むように扉が引かれ、ハオンジュが病室に戻ってくると、ハオンジュに顔を向けたナオはどこか哀れむべきものを見るような眼差しをしていた。
「ちょっと、考えさせて欲しい」
「分かった。んじゃ、とりあえず俺は戻るわ」
「ドラゴン、もしかして話したの?」
「とりあえずな」
病室を出ていったドラゴンを見るハオンジュの、落胆したようなものではないその表情に、ふと小さな疑問が沸き立つ。
「何かあったのか?」
「うん、何か総司令官っていうおじさんに会った」
総司令官?・・・。
「えっ・・・な、何話したの?」
何だ、普通に誰か居たのか・・・。
「総司令官が、裏切り者はスピアシールドのリーダーだろうって。何の報告もしないで独断で偵襲部隊を潰したからって」
「そっか、確かに。だから指揮関係者の誰もにそれらしい証拠が無かったんだ。それで、総司令官は他に何か言ってた?」
「ガウロエンジンは手配するから、最後にスピアシールドのリーダー暗殺を請け負ってくれって。今行方不明なんだけど、見つかったら連絡するって」
スピアシールドのリーダー?って、あのいけ好かない女だよな。
あいつが、裏切り者の張本人か。
「そっか、ありがとね。裏切り者が特定出来たのも、ハオンジュ達が手伝ってくれたお陰だよ」
「でも・・・私達が居なかったら、トウキ達は死なずに済んだかも」
「ううん、ハオンジュ達が居なかったら、私も死んでた。だから気を落とさないで」
ならスピアシールド全体が裏切り者ってことか?
「なぁ、裏切り者はリーダーだけか?さすがにそんなことねぇだろ」
「分かんないけど、私はリーダーだけだと思う。部下はみんな、リーダーがスパイだって知らなかったみたいだし」
外部の組織の末端として寝返ったなら、1人だけ裏切り者ってことも有り得るのかもな。
心の曇りが晴れたようなその感覚は、無力ではないと悟ったからなのか、見上げた空でさえもその景色は澄んで見えるほどだった。
ベンチに座り、気が抜けたように街を眺めるその娘の隣で佇みながら、ふと目の前で絶命していった1人の人間の姿を思い出す。
意識がはっきりしたときに真っ先に理解出来たのは、その娘の部屋に立っているということと、その娘のベッドの上で裸のその娘に、同じく裸のその娘の父親が覆いかぶさっているということ。
今でもはっきりと覚えているのは、得体の知れないものを見て恐怖に表情を歪ませるその娘の父親の顔と、その娘の父親の心臓を貫いたときに感じた右手を伝う暖かさ。
そして息絶えたその娘の父親に駆け寄り、裸のその娘には目もくれず発狂するかのように叫び声を立てるその娘の母親の姿。
まだ少しだけ震える右手を握りしめる度、空虚を掴むその右手は馳せる想いを研ぎ澄ませる。
私の居場所は、きっとこの先に・・・。
扉を横にずらして開けるとすぐにナオがこちらに顔を向け、もう怪我人とは思えないほどのしっかりとした笑顔を見せてくる。
「おはよ。あれ、ソウスケは?」
「ちょっと別行動、すぐ来るって」
「そっか。今シニカが飲み物買いに行ったよ」
シニカ、シニカ・・・。
「誰?」
「えっと、ほら、ハオンジュが話しかけたっていう秘書だよ」
ああ、あの人、シニカっていうのか。
間もなくしてシニカが病室に入ってくると、シニカは初めて会ったときとは違う親しげに満ちた微笑みを見せた。
「丁度良いところに来たわね。あなた達にナオから伝えて欲しいことが出来て来たんだけど、手間が省けたわね。この2日間で集めた情報から、アレステッドに協力する組織の手掛かりを割り出したのよ」
「組織って?」
「サラン中部、ハイタケに拠点を置く、マーブルっていう国際的無法組織。西のサクアにある同組織の拠点と連携して、北端にある国ハシオリトと紛争を起こすみたい。それであなた達には明日、ハイタケにあるマーブルの組織を叩いて、紛争を未然に防いで欲しいのよ。アレステッドに関してはこっちで何とかするから」
外見は特に変わってないみてぇだが。
自動ドアを抜けると、受付カウンターの隣にある非常口には未だに絶えず作業着を来た数人が行き交っていた。
俺もハオンジュも派手に穴空けちまったからなぁ。
軍の本部にそぐわないラフな格好をしているからか、どことなく警戒心を伺わせる眼差しの受付嬢の下に歩み寄る。
「トギスガワ総司令官に来るように言われたんだが・・・」
「はい、確認致します」
軍の本部にしては警備員も居ねぇし、受付嬢の制服も迷彩色でもなければスーツでもねぇ。
白のベースに緑のライン模様、そしてエレベーターガールが被るような帽子には鳥がモチーフになった装飾。
まぁスピアシールドの奴らが常駐してるなら、警備員も要らねぇんだろうが。
「只今担当の者を向かわせましたので、少々お待ち下さい」
「あぁ」
何となく小綺麗なエントランスを見渡していたとき、話しかけてきた男性に顔を向けると、すぐにその男性が抱える分厚いスーツケースに目が留まった。
「この度は偵襲部隊にご協力して頂き、ありがとうございます」
「あぁ」
小さく頷いた若い男性がすぐに屈み込んで蝶番に手を掛け、丁寧にスーツケースを開けて見せると、緩衝材が詰まったケースのその中央にはまるで巨大な懐中時計のような形をした、鉄製と思われるものが嵌め込まれていた。
遂に現役の実物とご対面だな・・・。
「それがガウロエンジンか」
「はい。ですがこれ単体では使えませんよ?何にせよ、トランスミッションなど伝達装置が無いと」
「分かってるって、けど良いんだ、これさえありゃあな」
「そうですか。では、およそ20キロくらいなんで、お気をつけて」
すげぇな、最新型なのに、そんなに軽いのか。
「あぁ」
小さなアパートだけど、その娘と暮らし始めて、お互い別の所属だけど、無事に軍に入れたし。
あの頃は何も知らなかったけど、幸せだった。
だからこそ、私にはやるべきことがある。
この大陸を、私がかつて抱いた希望に満ちた未来を、どこかで同じように抱く名も知らない少女達の未来を、守るために。
私の居場所は、きっとここにある。
「え?どういうこと?そのガウロエンジンと、私が融合するの?」
「あぁ。多分その時にドラゴンから貰うと思うが、何とかの龍の血晶とやらを使うと、あらゆる外部の力を取り込めるんだと」
「うーん、何かちょっと不安になってきた」
もしナオがダコンになったら、ダコンの力と同時に今まで培ってきた魔法も武器として使えるんだよな。
それって結構有利だよな、今後のために、俺も少し魔法とやらを教えて貰うか・・・。
「ねぇ何かお腹空いた」
そう口を開き、微笑みもしないで真っ直ぐ見つめてくるハオンジュを見てから、素早く肩に掛けてあるバッグを前に回し、ガイドブックを探す。
あ、てかこの本、アイレスのだし、隣のサランの名所は載ってねぇか。
「それなら近くに美味しいお店があるよ」
「ほんと?」
後でサランのガイドブックも買ってみるか。
そこは高層ビルの1階に構える、オシャレな外観が印象的な店で、入ってみると大人っぽさのあるトーンに落とされた色合いの内装をした店内だが、スーツのような服装の人と共に、ラフな服装のカップルなどが多く見られる場所だった。
空いている席を探すために何となく店内を見回していたとき、ふと遠い記憶を思い起こさせるような、見覚えのある服装をした人に目が留まる。
いや、有り得ない。
その人間が気になるからなのか、無意識にその人間の隣のテーブルの椅子に手を掛けてしまう。
メニューを持った店員が歩み寄ってくるのが見えたので、仕方なく椅子に座りながら、コーヒーを片手に目を閉じて佇むその人間の顔をさりげなく見てみる。
「奇遇だな」
・・・は?
ゆっくりと目を開けたその男と目を合わせたその瞬間、遠い記憶は一瞬にして甦ったが、同時にその有り得ない光景にまるで言葉が見つからなかった。
「縁というものは実に不思議だ。ここでこうしてコーヒーを飲んでいたお陰で、またひとつ、災厄から命を救うことが出来る」
「・・・ソウスケ知ってるの?この人」
命を救うだって?
「一度、会ったことがある。だが、それはこの世界でじゃなく、別の世界でだ。まさか、あんたも次元を越えられるとはな」
目を見開いたハオンジュがその男の顔を伺うが、その男は依然としてすべてを見透かすような何食わぬ顔色を全く崩さない。
半永久機関とか、一応仕組みは考えてありますが、そこについての疑問はどうか胸の底に収めて頂いて。笑
まぁ半永久的に磁石のプロペラが回る感じです。
ありがとうございました。




