怒りの灯火
いつもの帰り道、いつも気に掛かっていたその眼差しに宿る陰りの理由をそれとなく聞いてみると、その娘は突如として涙ぐみ、その瞬間、居場所を探す空虚なこの心に小さな志を芽生えさせた。
そのとき流行っていた魔法学に関する本を読みあさり、憧れを抱く革命家を胸に心身を研ぎ澄ませていく日常の中、いつか来るその時のために、馳せる想いを革命家の姿に重ねていく自分に、ふと胸の奥底に探してるものが見えたような気がした。
私の居場所は、きっとある・・・。
ナオが目を開けたことに気付いたハオンジュがすぐさま優しく呼びかけると、ハオンジュから天井、掛け布団、廊下への扉に目を向けていったナオは最後に静かに涙ぐみ始めた。
「ハオンジュ達と別れた後ね、スピアシールドが来たの。トウキもハルマも、任務に関わる他のみんなも、すでに殺されて・・・」
ハオンジュの眼差しに力強さが宿ったのが伺えると、素早く立ち上がったその行動にすぐある人物の姿が頭に浮かんだ。
「おい、どこに」
「ソウスケはナオについてて?もしかしたらまた誰かが殺しに来るかも」
「まさか、本部に乗り込む気かよ」
「大丈夫、派手には動かないから」
閉められた病室の扉から窓に目線を移し、月も星も見えない曇りきった夜空を見上げる。
こんな時間じゃ誰も居ねんじゃねぇかな。
「そういや、どうやってクーデターを起こすとかまでは、さすがに分かんねぇよな」
あ、やべ、まだこういう話は避けるべきだったか?・・・。
「掴んだ情報だと、西のスクファって国で起こす紛争をきっかけにして、こっちでも紛争を起こして、その紛争を口実にクーデターを実行するみたいだけど、それ以上詳しいことは分からない・・・」
「お、起きて平気なのかよ」
「うん、別に怪我はしてないし」
下手に手助けしてもな・・・下心なんてねぇけど、気安く触らない方が良いのかな。
てか、無言が気まずいな・・・。
「ねぇ」
「ん?」
「何で、私が病院に居るって分かったの?」
「いや、あんたを間一髪で助けたのが俺達だから」
目を合わせたナオが驚くようなものから、安堵するようなものにその表情を変えるのを見ていたときに、ふとドラゴンの話を思い出したが、同時にドッグ達にスカウトされたときのことも思い出した。
てか、そういう話って管理者がやるべきだろ。
廊下への扉を開けるが廊下にはドラゴンの姿はなく、窓を開け夜空を見上げるが、視界のどこにもドラゴンが乗る龍の姿は見当たらない。
「ソウスケって、見た目よりも警戒心が強いんだね、なんか意外」
「え、ああいや、俺達の仲間を捜してんだよ」
「ああ、あのインビジブラー」
インビジ・・・まさか、インビジブルのこと言ってんのか?
「あ、透明になる魔法を使って潜入捜査する人のことを、コードネームでそう言うの」
「そうか」
痛手を負っているからか、落ち込んでいるからか、どことなく緊張感の薄さを感じる笑みを見せたナオは、おもむろにベッド脇に立たされた棚の小さな引き出しを開ける。
「ちょっと飲み物が欲しいんだけど、お願いしていいかな?」
「あぁ。ああいや、ドラマの観すぎかも知れねぇが、こういう時に1人にした途端に追っ手が迫るってのが相場だからな。一緒に行こうぜ?」
するとナオは目を見開き、あどけなさの感じる笑顔を浮かべてから小さな笑い声を漏らした。
何とか、空気を和ませられたかな・・・。
数の多い街灯と建物のネオンに照らされた、ふとあの人の世界を思い出させるような景色の街を飛び、そして軍の本部の屋上にゆっくりと降り立ち、非常階段へと続くと思われる扉に手を掛ける。
あのリーダーの人に聞けば、色々分かるはず。
聞いた後はスピアシールドを全員殺した方が良いのかな?
何にしろ、そうすればクーデターを起こすための戦力を削れるだろう。
今は夜だし、きっと一般人は居ない。
建物を壊せば、きっとスピアシールドだけをおびき出せる。
階段を下り始めたとき、ふと非常階段内が明るいことに気が付いた。
あれ・・・まだ、誰か居るのかな・・・。
最上階の廊下に出て何となく目に留まった、見るからに厳格さが滲み出ている大きな扉で構えられた部屋に入る。
「何だ貴様は」
いかにも幹部か、それ以上の立場だと感じさせる中年男性が、正面奥の大きな机の向こうで立ちながらこちらを睨みつける。
「スピアシールドのリーダーに、聞きたいことがあるんだけど、呼んでくれない?」
「礼儀の知らない女だ。まずは私の質問に答えるのが先ではないのかな?」
「私は・・・偵襲部隊の・・・」
えっと・・・。
ふと中年男性の、警戒心と共に何か別のものを感じさせる眼差しに目線を捕われる。
「傭兵・・・と言ったところか」
どうしよう、こんなおじさんの相手をしてる暇ないのに・・・。
あ、このおじさんって、味方だって言ったあの女の人の仲間かな?
「ねぇ、あなたは偵襲部隊の、味方?」
すると厳粛さ溢れる白髪混じりの中年男性は表情を変えず、ただ小さく首を傾げた。
「自分の統率する部隊の人間を、敵だと言う軍人は居ないと思うが」
・・・じゃあ、味方、なのかな。
「あの」
その瞬間潰れたような銃声が部屋に轟き、続けて背後に連続的な電撃音が鳴り出す。
来た。
素早く手を背後に振り払い、背後全体にプラズマを撒き散らす。
プラズマが扉の周囲全体を引っ掻いていく中、その場に立つ若い男性は腕を交差させたままただ身構えている。
「いぃっ」
1人、だけ?・・・。
「リーダーを呼んで」
しかしプラズマが消えると若い男性は短剣を取り出し、拳銃と短剣を構えながら一瞬だけ中年男性に目を向ける。
「総司令官、直ちに避難を。侵入者は私は始末します」
「・・・そう、か。だが・・・」
「総司令官っ」
女性の声が聞こえたので後ろを振り返ると、総司令官と呼ばれた中年男性はすでにリーダーではない若い女性に腕を掴まれ、部屋の角にある扉に連れ出され始めていた。
その瞬間胸元に強い衝撃と熱を感じ、吹き飛ばされた体は強く机に叩きつけられる。
うっ・・・よそ見しちゃった。
素早く右手にプラズマの剣を作り出しながら、同時にプラズマの剣を更に研ぎ澄ませるように意識を集中する。
ネオディビエイトって呼ばれるようになってから出来るようになったけど、まだちょっとコントロールが難しいな。
ほとばしることのなくなったプラズマの剣は一度手を覆う程度の球体に戻るが、その直後の一瞬の間に球体を飾るように交差する2つの輪が出現し、そして球体の下へは緑色に輝く短い細剣が、球体の上へは身長ほどの、同じく緑色に輝く巨大な剣が出現した。
「な、まるで最上級剣魔法、エクスカリバーだな。こちらガラ、サモン要請、総司令官室」
サモン?・・・って、トウキがやったやつだっけ。
「気をつけなよガラ。その人のプラズマ魔法、魔導スーツを貫くから」
「マナさんよぉ、俺ぁはサンのようなヘマはしないさ、第二気、神器っ」
ガラと呼ばれた男性の首周りや肩、脚や腕が水の塊ようなものに覆われた直後、ガラの隣に黒い毛並みと黒い翼を4枚生やす、長い手足を持った四足歩行の動物が突如として出現する。
あれも、サモン?
獣のような外見ではあるものの、全く声を発しないサモンという動物が最初に飛び出したので、球体の中でプラズマを握り締め、リーダーへの怒りでもって大きなプラズマの剣を振り払う。
するとサモンの頭から胸元は一瞬にして焼き消えたが、その体からは血など出ず、ただ空気に溶けるように霧と化しただけだった。
あれ、確か闘志がどうとか言ってたっけ。
じゃあ本物の動物じゃないのか。
「サモンを消滅させやがった・・・バケモンか、この女」
バケモン?失礼な。
「第二気、神器」
体中にほとばしる電気を纏ったマナと呼ばれた女性に顔を向けた直後、雄叫びを上げたガラが長剣と化した武器を振りかざしながら飛び掛かってきた。
大きなプラズマの剣でガラの剣を振り払った後、そのまま足の爪先を軸に体を回転させてプラズマの剣を水平に振り抜くと、ガラは砕け散る壁、轟音と共に一瞬にして部屋から姿を消した。
あっと、やり過ぎた。
「はぁっ」
左手をマナにかざし、瞬時に身長ほどのプラズマの球を作り出すと、驚きはしたものの、マナは足を止める間もなく自らそのプラズマが激しくほとばしる巨大な球体へとぶつかった。
「ぅああああっ」
そして黄色と緑色が入り混じった、激しくほとばしる電撃に包まれた後、マナはゆっくりと後ろに倒れ込んだ。
「クーデターを指揮する人は誰なの?」
「かはっ・・・はっ・・・はっ・・・はっ」
だめだ・・・。
壁に開いた穴を覗き込むと、穴の向こうの倉庫のような場所で、ガラはただ起き上がる気配なく突っ伏しているだけだった。
「てめぇ」
反射的に顔を向けると、開かれた扉の前にはケイと呼ばれた男性が、今にも爆発しそうなほどの怒りに表情を歪ませながらこちらを睨みつけていた。
「一体何なんだよ、何が目的なんだよっ」
この剣じゃ強すぎるし、今はやめておこう。
大きなプラズマの剣を消すと、前に傷付けた右肩に庇うように左手を乗せたケイはその佇まいから少しだけ殺気を薄れさせた。
「どうして偵襲部隊のみんなを殺したの?味方なのに」
「はぁ?何でそんなこと・・・」
言葉に詰まったケイが、まるで何かを思い巡らすように見開いた目を泳がせていく中、ふとマナの居る方で物音が聞こえたので目を向けると、その先の扉の前には総司令官と呼ばれた中年男性が居た。
「総司令官、ここは危険です、今すぐ避難を」
「その女は偵襲部隊の雇われ者だと言っているが」
「こんな、得体の知れない奴のことを信じるんですか?」
しかし総司令官は毅然とした佇まいを全く崩さず、同時に厳格さを宿すその真っ直ぐな眼差しをケイに見せつける。
「確かに素性は分からない。だが、当初よりこの者達を、外部からの協力者として認証したと偵襲部隊から報告を受けている」
ケイは大きく目を見開くと、まるで衝撃に打ち付けられたようなその佇まいから完全に殺気を失わせ、更に若干の喪失感に似たようなものすら伺わせた。
「それよりこの女の言葉が気になる。何故偵襲部隊を潰したか、答えて貰おうか」
良かった、やっぱり味方なんだ、このおじさん。
「い、いえ、私は、リーダーに従って動いただけで。リーダーはあんな物言いですが、間違ったことはしません。偵襲部隊が、機密情報を他国に流してると言っていたので、てっきりそうなのかと」
「今のリーダーは、ミキ・アレステッドだな。アレステッドは今どこだ」
「ついさっき、詳しいことは言わずに、ヒスタ方面に向かったように見えましたが」
すると目線を落とし、机に手を着いた総司令官は唸るような深いため息をついた。
「表向きには敢えて言ってないが、偵襲部隊だけは私が直に指揮を取っている。今まで報告にあった、スピアシールドの指揮関係者全員を調べたが、それらしい証拠は出てこなかった。だが今、確信したよ。政治力並びに軍事力を失墜させようと画策しているのは、スピアシールドの指揮関係者じゃない、スピアシールド所属の人物、ミキ・アレステッドだ」
「そ、そんな・・・」
「だがアレステッドも早まったな、偵襲部隊を潰すなんてことをしなければ怪しまれずに済んだものを」
じゃああのリーダーって人が、クーデターしようと自分で動いてるのか。
ならリーダーを殺せばナオも安心出来るかな。
「今ここで指令を下す。今すぐにアレステッドを追い、拘束しろ。いや、その場で殺しても構わない。どうせ後で正式に暗殺対象に指定されるだろうからな」
「ですが、総司令官、リーダーがクーデターを企てているという証拠は何ですか?それに、指揮関係者でなければ外部に協力者でもいないと、1人でクーデターなんて無理ですよ」
「証拠か、何もやましいことが無いのなら、何故、勝手に、事前報告もなく、嘘までついて、自分の判断で偵襲部隊を潰すんだ?」
言葉に詰まり、唾を飲んで黙り込んだケイを、総司令官は罪を問うようなものではない、引き締まった鋭い眼差しでただ見つめる。
「何をしてる。直ぐにアレステッドを追え。自分の隊の隊長が間違いを犯すのを、ただ黙って見過ごしていいのか?」
ケイが顔を上げると、総司令官はまるでその厳格さで見送るようにケイに背中を向けた。
思い立ったらすぐに動く、そこがハオンジュのいいところですかね。
ありがとうございました。




