見えない背中
こちらに拳を突き当てる直前に後ろに吹き飛び、勢いよく尻もちをついた男性に目線が注目された後、素早くこちらに向けられた5人の男性達のすべての眼差しが驚きに染まる。
「てめぇ・・・」
「先に手を出したのはそっちじゃないか」
「こいつっ」
目の前に立っていた男性が後退りしながら、素早く上着の内側にしているベルトの脇に挿されたものに手を伸ばしたとき、その男性が脇から手を引く前に、その男性の喉に1本の杖が当てられる。
男性が目線を横に向けると、男性と男性の喉にごつごつとした細い杖の側面を当てる老人との間に、殺気をぶつけ合うような沈黙が流れる。
「言え、カナエをどこにやった」
・・・カナエ?
舌打ちをした男性がゆっくりと脇から手を放すと同時に、老人もゆっくりと杖を下ろし始めるが、後退りした男性は再び素早く脇に手を入れ、取り出した銃を老人に突き出して見せる。
まずいっ・・・。
すぐさま衝撃波を出し、その男性を吹き飛ばすと、他の男性達も同じように取り出した銃をこちらに突き出して見せるが、その直後に老人が杖でこちらの腕を強く叩き落とした。
痛っ・・・何だよ。
「おぬしも止めんか」
「えっ・・・だって」
するとすぐに老人は再び杖を振り上げたので、思わず腰を引きながら老人に体を向ける。
「わ、分かりました」
何で?何で僕が叩かれるの?
老人が杖を地面に突き立てると男性達も銃をしまったが、再び老人と男性達の間に穏やかじゃない空気が流れる。
「言え、カナエをさらって、どこに監禁したっ」
「言ったらわざわざ誘拐する意味無いだろうが」
えっと、どうやらこの人達は人さらいみたいだけど・・・。
「何じゃと?」
「安心しろって、用が済めば無事に帰してやるんだから、それまで待ってろ」
去っていく男性達を睨みつけるも、男性達を追いかけようとはしない老人に更に状況が読めなくなった。
「良いんですかっ追いかけないで」
しかし老人はただ苛立ちを吐き捨てるようなため息をついただけだった。
「あの若僧達の狙いは分かっておる。あの若僧達の狙いは儂の娘の命ではなく、娘の、天剣に関する知識じゃ」
・・・て、天剣っ今、天剣って言った?
「おお、爺さん、天剣を知ってるのか?オイラ達それが欲しいんだ」
テリーゴに振り向いた老人は眉間にシワを寄せるが、その表情は嫌悪感にではなく、ただ戸惑いに歪んでいた。
「おぬしら何者じゃ」
「オイラはテリーゴで、こっちはカイル。オイラ達、ウラノスの眼とその鍵である天剣を探してるんだ」
すると更に眉間にシワを寄せた老人はその表情に嫌悪感を伺わせた。
「探す?何故じゃ」
「えっと、そりゃあ欲しいからだよ」
「手に入れてどうするんじゃ」
そう言って老人は険しく歪んだ表情を見せつけるが、テリーゴは持ち前の陽気さでなのか、その嫌悪感をまったく気にしないかのように笑みを返している。
「その力を取り込んで、強くなるんだ」
黙り込んだ老人の眼差しに力強さが宿ると、こちらとテリーゴを黙って睨みつけたあとに老人はゆっくりと背を向けた。
「さっきの若僧達は、この国の兵士で、疾風の虎の異名を持つハクラが率いる隊、疾風隊の者達じゃ」
ハヤテ隊?
この国の兵士?
「でも、兵士が、何で誘拐なんて」
「天剣に関する知識を欲しているようだが、儂は知らん」
もしかしたら、この人を手伝えば、人も助けられるし、天剣のことも知れるかも。
「あのお爺さん、僕達に、お爺さんの娘さんを助けさせてくれませんか」
「何じゃと?何故見ず知らずの若僧に助けて貰わねばならんのだ」
「いやあの、お爺さんを手伝えば人も助けられるし、天剣のことも知れて、一気に2つ得するかなぁって、えへへ」
眉間のシワを緩めたものの、老人は笑いも怒りもせず、ただ呆れたような顔でこちらを見つめた。
「・・・勝手にせい」
やった・・・とりあえず天剣に近づける。
「じゃあ、早速、あの人達を追いかけます」
「いやいい」
え?・・・。
「でもまだそんなに遠くには行ってないですよ?」
「あいつらを追わなくても、あいつらのことは分かっておるわい」
えっと、それは・・・。
「ついて来い」
特に体を痛めてる訳でもないのに杖を持つその後ろ姿に、何となく不思議な感覚を覚えながら、しばらくして5階建ての大きな建物に入る。
三国じゃ横がくっついた家なら沢山あるけど、違う人が住む縦にくっついた家は初めて見るな。
1階の1番入口に近い家に入った老人についていくと、そこはキッチンや食器棚、テーブルなどに曲線が多く使われた内装が印象的な広い家だった。
1人で住むには、ちょっと広いんじゃないかな?
「お帰り、お爺ちゃん、あ、お客さん?」
「客なんてもんじゃないわい。リコッタ、すぐにロザーを呼んでくれ」
するとリコッタと呼ばれた若い女性はまるで戸惑うように言葉を詰まらせる。
「話があるんじゃ、悪いようにはせんから」
「う、うん」
すぐに神妙なものに表情を変えながらダイニングテーブルの椅子に座ったリコッタは、何やら四角いものを指でなぞったあとにそれを耳に当てた。
何か前の世界でテリーゴが持ってたものに似てるけど、同じものかな?
「もしもし私・・・うん、すぐに家に来て欲しいの。お爺ちゃんが話したいんだって」
「え、そっか分かった。じゃあ」
電話を切ると同時に急に緊張感が胸を締め付け、こちらに向けられていた眼差しに目線を戻すと、コンスタンはすぐにいつものからかうような目つきを見せてくる。
「何かあったのか?彼女と」
「彼女の、お爺さんがさ、今から家に来て欲しいって」
やばい、急に胸やけしてきた。
「うわぁ、あれだな、ついに別れさせられるときが来たんだな」
はぁ、どうしよう、今からって、急過ぎるだろ。
「なぁ、ちょっと抜けていいか?」
「まぁ、しょうがねぇか、彼女の爺さんからの呼び出しじゃ、無視する訳にもいかねぇか」
「悪い」
コンスタンに背中を向けたときに、ふとコンスタンに声を掛けられる。
「じゃあ今度、気晴らしに合コンでも行こうぜ」
「・・・あぁ」
執務室を出て階段を下りているとき、1階から上がってくるカレナ補佐官と目が合う。
「どこ行くのよ、何か見つけたの?」
「すいません補佐官、あの、ちょっと急用が出来まして」
「急用って何よ仕事?」
「いえ、恋人の祖父に、いきなり呼び出されてしまいまして」
するとやはりカレナ補佐官はその眼差しに鋭さを宿し、その表情に厳粛さを纏っていく。
「何じゃそりゃっ」
「いやぁ、そのお爺さん、すごく厳しくて。未だに俺とリコッタの仲を認めてくれないんです。だからすぐに行かないと、これ以上嫌われる訳にはいかないんですよ」
「まったく・・・もういいわ?報告ならコンスタンから聞くから」
「はい、すいません」
あれかな、休暇を返上してハクラ隊長の身辺調査を引き受けたから、ちゃんとデートに誘えって怒られたりするのかな?
バイクにまたがり、ヘルメットを被る。
まぁそんなこと、絶対にないんだろうけど。
マンション裏の駐車場にバイクを停め、急ぎ足でマンションの中に入り、玄関のチャイムを鳴らす。
やばいなぁ、一体何言われるんだよ・・・。
「ロザー」
「あぁ」
どうやらリコッタは落ち込んでないようだけど。
「お邪魔し・・・」
ん?誰だ、こいつら。
「・・・ます」
「座りなさい」
「はい」
お客、か?俺とリコッタのことで話がある訳じゃないのか?
お爺さんの隣に座る、20歳前後に見える白人と日焼けした肌の2人の男性に目を向けながら、お爺さんの向かいに座るリコッタの隣に座る。
「話って、俺達のことじゃないんですか」
「違うわい。それに元より、おぬしらのことで話すことなどない」
う・・・。
「お爺ちゃん・・・」
が、頑張れ、俺。
「じゃあ、話って」
「おぬし、ハクラについて何か知っておるか」
え・・・ハクラ隊長、について?・・・。
「何かって・・・」
「儂の娘がな、おぬしの隊の若僧達にさらわれたんじゃ」
な、何だってっ?
さらわれた?
「ど、それは、どういうことですか」
ふとリコッタに顔を向けると、リコッタはまるでそのことを知っているかのように寂しげな顔色をして見せた。
「どうやらウラノスの眼に関する知識を欲しているようだが、そんなことを企てるとしたら、ハクラくらいしか居ないじゃろ」
ハクラ隊長が、お爺さんの娘さんを、あれ?てことは・・・リコッタの母親を誘拐したってことになる。
そんな・・・。
「本当は、こういう情報は喋っちゃいけないんですけど、実は隊長は、1週間くらい前から消息を絶ちまして、俺の方でも、上からの極秘命令で隊長の身辺を調査してるんですよ」
「そうか」
まさか、隊長がウラノスの眼について調べてるなんて・・・。
「その顔じゃ、まだ何も分かっておらんようだな」
「はい。何しろ、心無き虎の如く、戦法も性格も言葉のままのような人ですから」
「オーステラは何をやっているんじゃ?ハクラは元々、あいつの下におったというのに」
「ああ、オーステラ司令官は、今クランドリア遠征の指揮をとってます」
司令官をあいつって、さすが元軍師だ。
「そうか」
「あの、ところで、この2人は」
「知らん・・・」
しら・・・何だそれ、意味が、分からない。
「だが、ウラノスの眼が欲しいからなどと言って、儂の娘を助けさせてくれと言ってきた」
な・・・ウラノスの眼が、欲しい?
一体どういう・・・。
「だからって見ず知らずの人を家にまで上がらせるなんて。リコッタのお母さんは、俺が助けます」
しかしお爺さんはその言葉というより、まるで人自体を疑うように、その目つきをシワで絞って見せる。
「例えおぬしが娘を助けても、孫との関係は認めんぞ?」
えー・・・そんな。
「お爺ちゃん・・・」
「でもやりますよ、リコッタのために。じゃあ俺、ハクラ隊長の身辺を当たって、居場所の手がかりを探します。そしたらすぐにリコッタのお母さんを助けに行きますから」
「ふっおぬし1人で、ハクラを相手に出来る訳ないじゃろうが」
う・・・それは。
「なら、アキリ隊長に手伝って貰いますよ」
するとシワの寄せきった表情のお爺さんはため息のような唸り声を出す。
「えーオイラ達にも手伝わせてくれよ」
「その前に、君達は一体何者なんだ?」
しかし日焼けした方の人は、初対面にも拘わらずまるで緊張感の無い笑みを見せてくる。
「オイラはテリーゴ、そんでこっちがカイルだ」
「いや、名前は分かったが、それじゃ素性を説明したことにはならないだろ」
「うーん」
唸り声を上げた、テリーゴと名乗った方は陽気さの伺える表情は崩さないものの、まるで助けを求めるようにカイルと呼ばれた方に顔を向ける。
「僕達、どうしても強くならないといけなくて、仲間の出身地であるこの大陸で、何か力に出来るものがないか探してたんです。それで目をつけたのが、ウラノスの眼なんです」
力を求める?
それにしてもこの2人の雰囲気からは、とてもハクラ隊長から感じるような威圧感は感じないけど。
「そうか」
いやむしろ、このカイルという人の眼差しは、澄んでいる。
「とは言え、君達に一国の軍人と戦えるような力があるとは思えないが」
「大丈夫だって、オイラ達は普通の人間じゃないから。まぁ簡単に言えば魔法使いみたいな感じだな」
・・・魔法。
「悪いが、どの大陸でも島国でも先進国の軍人は皆、魔法を再現出来るような武器が主流だ。それくらい、分かってる、よな?」
「あ、実は僕達、別の次元の世界から来たからそういうのはあんまり分からないんだよね」
な、何だって・・・別次元の世界?
「次元を越えてきたか」
そう呟いたお爺さんに目線が集まるが、2人を見るお爺さんの表情はまるで人生の経験を積んだ者だけが見せるような、疑心に取り付かれていない表情そのものだった。
「何故、ウラノスの眼なんじゃ?」
「それは仲間が決めたことなので、僕達はただ仲間の力になるだけです。だからお願いします、僕達にも手伝わせて下さい」
ただ単に力を求めるような人間なら、果たして頭を下げてまで人助けさせて欲しいと言うだろうか。
「まぁ、そこまで言うなら」
リコッタ・サンドバーグ(26)
ロザーの恋人。幼い頃から考古学者の母を見てきたからか、本屋で働きながら稀に母が調べたことを興味本意で自分で調べたりする。ロザーとの出会いは合コン。
ありがとうございました。




