イン・ザ・コールド・タウン
これまでのあらすじ
ルーベムーンという物を持ち帰り異世界を後にしたカイルは、仲間の世界で仲間の手伝いをしていた。そんな時にキングがヒョウガを連れて家にやってきた。
「うん分かった」
「ちょっとカイル」
即答したカイルに声を掛けた女性はその表情に戸惑いと若干の嫌悪感を伺わせるが、そんな女性に顔を向けたカイルはまるで警戒心の無い微笑みを見せていく。
「大丈夫だよ。氷牙さんは僕の世界で兵士をやってたことがあるから」
「うん、で?」
「で、反乱軍にされた僕達と戦ってくれたし」
「・・・で?」
「で・・・とにかく、氷牙さんは信用出来るから」
女性がカイルの隣の男性に顔を向けると、男性も困ったように眉をすくめる。
「そういえば、このバクトとか言う者からも、キングと同じような感覚を感じると思わないか?」
男性がそう言うと女性は目を丸くしたが、こちらに目を向けて少しの沈黙を流した頃には、その表情から見える嫌悪感は少しだけ薄れていた。
「確かに。まぁカイルが信用出来るって言うなら、別に良いけど」
「それじゃ後はカイルに任せるから、私はこれで失礼する」
「うん」
雷眼が出ていくと、すぐにカイルは何故か嬉しそうに見えるほどの笑顔を見せてきた。
「すごいですねバクトさん。前に会ったときよりもバクトさんから感じる天魔力が、何と言うか清らかさと言うか、深さが増してますよ」
そういうのが分かるのか・・・。
「そう?一応知り合いの天使に瞑想のし方を教わったから、その効果が出たのかな」
「そうなんですか。あ、じゃあ紹介しますね、そっちがクラスタシアで、こっちがロードです」
2人に会釈するとロードと呼ばれた男性は黙って会釈を返したが、クラスタシアと呼ばれた、小柄だが20代半ばと思われる印象を受けるはっきりした顔立ちの女性は小さく首を傾げた。
「転生って、どうやったの?」
「何て言うか、元々、心の中に棲んでた生き物と同化したんだ」
「・・・あともう1人、テリーゴっていうのも居ますから」
じゃあ、カイルは4人でここに住んでるのか。
さすがにクラスタシアは戦わないだろうし、ドラゴンみたいな立場なのかな。
「じゃあとりあえずカイル達がやってること聞かせてくれない?」
「はい。まずこの世界はロードの出身地で、ここはスクファっていう国の南にある未開拓の森林です。それで僕達はロードの力を強くするために、ウラノスの眼という古代兵器の残骸を手に入れようとしてるんです」
ウラノスのマナコ?
聞いた限りはどんな兵器か分からないけど。
「それってどういう兵器?」
するとカイルはすぐにロードに顔を向ける。
「今分かってることは、ウラノスの眼という兵器は簡単に言えば重力操作装置だということだ。その燃料となる、ウラノスの粒子と呼ばれるエネルギーをどうにか手に入れようとしているが、今はそのエネルギーを閉じ込める器をどうするかという問題で行き詰まっている」
エネルギーを閉じ込める器か。
「同時にもうひとつ、ウラノスの眼と関係していると思われる、ある剣の存在が明らかになった。今段階ではその名前も、どういう関係があるかってことも分からないが、ウラノスの粒子と共にその剣の情報も探している。というのが今のところの状況だな」
なるほど、古代兵器のエネルギー、何かすごそうだな。
「そのエネルギーってさ、手に入れたらどうするの?」
「勿論、俺自身がそれを取り込む」
「えっと、ロードも堕混なんだよね?」
「あぁ」
へぇ、堕混ってそんなことも出来るのか。
「そういえば、テリーゴって人も堕混なの?」
「そうですよ?あ、バクトさん何か飲みますか?」
応え始めると同時に素早く席を立ったカイルは、言葉を返す前にはすでに冷蔵庫の扉に手を掛けようとしていた。
「あ、あぁ」
じゃあ・・・。
ふとクラスタシアに目を向けると、目を合わせたクラスタシアはすぐに何かに勘づいたように小さく目を細めた。
「あたしも堕混だけど、何か?」
「いや、じゃあ、ここには堕混を作った人は」
「居ないよそんなの」
クラスタシアから凍りつくような嫌悪感を感じたので、無意識に口を閉じると、その一瞬でもダイニングに海が凪いだような冷ややかさが流れた。
「バクトさんどうぞ」
「ありがとう」
オレンジ色のラインが1本だけ入った、ラベルの無い缶を開け、何気なく缶を口に運ぶと、舌に流れ込んできた液体はただのオレンジジュースだった。
とりあえず別の話を。
「それで、今から具体的に何するの?」
「今はテリーゴの帰りを待っている。まずは各々掴んだ情報を整理してからだ、先のことを考えるのは」
「そうか」
「ああ悪い、俺この国の文字あんま分かんなくてさ、これってどんなものなんだ?」
「ソテーしたカウ肉に、スウランソウのソースを掛けたものです。カウ肉の脂は見た目とは違いあっさりとして癖の無い口当たりが特徴なので、海外からいらしたお客様でも召し上がる方が多いですよ?」
いちいちどんな料理か聞くのも面倒だしな。
「じゃあそれで頼むよ、飲み物は任せて良いか?」
「はい、かしこまりました」
去っていくウェイターからハオンジュに目線を移すと、平均よりもクラスの高さがひしひしと伝わるレストランを見渡すその表情は、楽しさや嬉しさよりも緊張が勝っているように見えた。
「食い終わったらさっきの本屋行くぞ?」
「また?何買うの?」
「そらぁ料理に関する本だろ。今みてぇにいちいちどんな料理か聞くのは面倒だしな」
「そうだね」
少ししてウェイトレスがテーブルに置いた、下半分に編み目状の模様があるタンブラーグラスには、何となくシャンパンを思わせるような色合いの気品よく泡立つ液体が入っていた。
3つある小判型のステーキの1つにナイフを入れ、適度に掛けられた深緑色のソースと一緒に肉を口に運ぶ。
何だこのソース、まるで熟れた柿みてぇに甘い。
だが、やっぱりこの緑は葉物なんだな、柿みてぇな甘さをくどくない青臭さで見事に抑えて、肉の脂を引き立たせてる。
ふと同じようにゆっくりと肉を口に運んだハオンジュを見ると、目を小さく見開き、噛むごとに表情を緩ませるその態度に少しだけ安心感を覚えた。
「ねぇ」
「ん?」
「お好み焼き、食べたことある?」
は?何だいきなり、お好み焼きって。
「そりゃ、あるよ」
「私はまだそっちの方が良いかも」
こいつ確か、俺の世界に行ったことあったんだっけか。
「まぁ俺だって、こんな洒落たとこでメシ食うのは初めてだ。てかあんた俺の世界に居たって、どこに居た?」
「えっと、まず横浜と、それから大阪ってところと、あとはミヤ・・・忘れた」
この世界にも、B級グルメあんのかな・・・。
あーやべ、焼きそば食いたくなってきた。
「じゃあ、カイルもそのルーベムーンってのを使ったの?」
表情を曇らせながら目線を落としたカイルから、すぐにある答えを連想させられたとき、突如リビングから入る奥の部屋から、風を切るような音が聞こえる。
その音に気が付いたカイルも素早く後ろを振り返ると、奥の部屋との境には、少し日焼けしたような色をした肌の、佇まいから陽気さを醸し出す、おでこに掛からないほどの短髪が印象的な男性が現れた。
「お、キン、グじゃない・・・誰だぁ?」
「テリーゴ、紹介するよ、今回手伝うことになった、バクトさん」
「どうも」
「おう、オイラテリーゴだ」
特に警戒心も見せずに冷蔵庫に向かったテリーゴという男性が、カイルに用意された背もたれの無い椅子に座ると、沈黙の流れたその場に缶を開ける音がただ小さく響き渡った。
「ぷはぁ・・・いやぁ、やっと見つけたよ、剣の手がかり」
「どんな手がかりなんだ?」
「博物館の倉庫にあった古臭い書物にさ、書いてあったんだ。要はその剣がウラノスの眼の鍵らしくて、その剣でウラノスの眼を動かしてたらしいんだ」
「鍵か・・・」
じゃあ、必ず手に入れなきゃだめな物ってことか。
「ならこうしよう。二手に分かれて、ウラノスの眼と剣を探す。組分けはどうする?」
ウラノスの眼は、まず器探しで、剣はまだ有力な手がかりすら無い・・・。
「じゃあ、まずはテリーゴが行ったっていう博物館に行こう」
「そうか?分かった」
造りは違うが、すべての屋根が橙色に統一された街を見下ろしながら、テリーゴと共に緩やかな丘を下っていく。
ほんといつも寒いな、この地域は・・・。
「オイラ寒いの苦手なんだよなぁ。体が鈍るしさ」
「テリーゴの生まれた場所って、暖かいの?」
「そうだなぁ・・・まぁ他よりかは暖かい気候の土地だな」
「へぇ」
凍りついた草を踏む音が聴こえなくなり、まったく滑らない質感の線がある地面が印象的な、毛皮の付いた服を着る人達が行き交う街に入る。
バクトさんはロードとウラノスの粒子を見に行くって言ってたけど、会ったばかりの2人だけで大丈夫かな?
露店で買った温かい飲み物を持ち、若い男女や家族連れの人達に紛れて数段しかない階段を上がり、博物館に足を踏み入れる。
橙色の線が入った白い壁と、清潔感のある内装の広々とした空間に、ふと天使城を思い出した。
うわぁ、綺麗な絵や物がいっぱいだ・・・。
数々の飾りに魅了されるように釘付けになる人達を通り過ぎ、アーチ状に作られた短い通路を抜けると、正に星の数ほどの本が納められた、幾つもの大きな本棚が列んだ広間に入った。
すごいなこの本の数、三国のすべての書物を集めても到底及ばないだろうな。
幾つもの本棚を通り過ぎたあとにおもむろに立ち止まったテリーゴの隣に立つと、テリーゴの目の前には古代文明という文字が使われた本が集められるように並べられていた。
「これこれ」
1冊の本を手に取ると、テリーゴはあるページを開いたままその本をこちらに差し出した。
あ、ほんとだウラノスの眼って書いてある。
剣に関しては、ここか。
「じゃあ、この天剣っていうのが、僕達が探すものなんだね」
「まあな。そんで次はどこいく?」
んー、保管場所の手がかりになるようなことはまったく書かれてないしな。
でもある場所って言ったら、武器屋さんかな?
でも有名なものなら・・・。
「ここには保管されてないのかな?」
するとテリーゴはまるで核心をついた答えを聞いたかのように、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「その手があったな、そう言われればこういう所に保管されてるなら納得がいくよ」
「じゃあ、聞いてみようか」
広間の入口に作られたカウンターの中に立つ、肌色と橙色の2色使いが印象的な制服を着た女性に歩み寄る。
「あの、ここに書かれているものがこの建物に保管されてるか知りたいんですけど」
本に目線を落とした女性はすぐに顔を上げると、まるで故郷を思い出させるような笑顔を見せた。
「少々お待ち下さい」
「はい」
アルマーナ大尉やクレラは、元気にしてるかな?
少ししてカウンターの隣にある扉から出て来た、小太りで眼鏡を掛けた中年の男性に本を見せると、男性は眼鏡をかけ直しながら食い入るように本を読み始めた。
「ああ、申し訳ありませんが、この天剣というものはすでに実在していないとされていますので、ここには置いてないですね」
えっ・・・。
テリーゴに顔を向けると、口を半開きにしたままのテリーゴも黙ってこちらを見つめた。
「そう、ですか」
博物館を出たときに吹き込んだ冷たい風を浴びていると、どことなくこれからの事に不安を感じずにはいられなかった。
「テリーゴ・・・」
「これからどうするかなぁ」
実在してないんじゃ、探しようがないよ・・・。
「とりあえず、一旦」
ん?何だ?
穏やかではない声色の誰かの声が聞こえてきた方に顔を向ける。
気のせい・・・。
「らぁっ・・・」
じゃないっ・・・。
「おいカイルっ」
デパートと呼ばれるような大きな建物の角を曲がり細い道を抜けると、その路地裏には1人の老人を囲む数人の男性が居た。
「よしなよっ」
すべての目線がこちらに向けられた直後、男性達の内から2人がこちらの方に歩き出した。
「何だてめぇ」
「弱いものいじめはよしなよ」
「ははっ弱いものいじめ?何時代だよ。てか、この爺さんの方から因縁つけてきたんだ。俺達だって迷惑してんだよ」
え・・・。
「だ、だからって1人を寄ってたかるなんて」
すると強気な眼差しを見せながらも、笑みを浮かべていた男性の隣の男性が歩み寄ってきて、黙って腕を振り上げた。
クラスタシア(28)
カイルの仲間。主に兵器の分析や開発を担当している。テリーゴが堕混になるきっかけとなったある事の後から、クラスタシアはカイル達の癒しのオアシス的な存在となる。
ありがとうございました。




