道を間違える男
「なるほどな、氷牙のその槍の特性、大体は理解出来た」
自信の伺える笑みを浮かべておもむろにそう口を開いたショウリから、ふと木材よりも軽く感じる鉄製のような光沢を見せる2色の槍に目を移す。
「そうか。ちょうど僕も同じようなこと思ったところだよ」
「・・・その黒い槍の方は、その太さから突くより叩いて使う方が向いてる。だが、反対にその白い槍の方は打撃性を欠く代わりにそのリーチの長さ、鋭さが特徴ってところか」
「そうみたいだね」
まぁ、ここからがようやくスタート地点ってところだけど。
「みたいって何だ?自分の武器だろ?」
「僕もこの武器は昨日初めて見たばかりだし、この武器での本格的な実践もショウリが初めてだしね」
「・・・まじか。まだ全然これからって時かよ」
闘争本能で高めた光と闇を、武器に乗せたりしてみようか・・・。
「でもまぁ、俺の鎧にヒビを入れたしな、良いぜ?少し本気出してやるとするかな」
「え?」
鎧にヒビって・・・。
何にも着てな・・・。
「・・・まさか、その鎧もその武器と同じだったりするの?」
するとショウリはそれが返事だと言わんばかりにゆっくりとニヤつき出し、同時に再び自信の伺える力強い眼差しを向けてきた。
「まぁ見てなって。じゃあヒロヤさん、うっすらで良いから頼むよ」
「あぁ」
ん、ヒロヤ、ただの付き添いじゃなかったのか。
ヒロヤが全身に淡く黄色づいた光色の鎧を纏い、大きく両手を広げた直後、3人を囲む広範囲一帯が徐々に薄暗くなり始めた。
何だ?
「これが、俺の武器と鎧だ」
そして辺り一帯が徐々に暗くなると共に、ショウリの頭、胴体、両腕両脚が青く縁取られたベージュの鎧に包まれ、ショウリの手元にはベージュに色づいた長い柄の先端に青く反射する巨大な刃が5枚、まるで星の形を成すように付けられた槍が姿を現した。
でかい星だな、あんなリーチを持った武器だったのか。
「もう要領は大体分かって貰えただろうが、俺の鎧とこの槍は、夜空の下でしか見えないようになってんだ」
夜空の下でしか見えない武器・・・。
槍の柄を肩に乗せる中、照れ臭そうに笑みを浮かべるショウリは何やら若干嬉しそうな表情をかいま見せる。
「そして夜空の下でこそ本当の力を発揮するこの槍の名は、When you wish upon a star」
しかもいきなり英語喋り出したけど。
「え、意味は?」
「・・・星に願いを」
「・・・斬新だね」
あれ、ていうか、ヒロヤって前からこんなこと出来たっけ?
「さぁ、第2ラウンドだ。言っとくが、この槍はまだうっすらとしか姿を見せてないから、まだ完全に力を出しきってる訳じゃないからな」
うっすらと姿を出しただけでそんなに変わるとは思えないけど、戦う前からそう言うってことは相当自信があるってことか。
くそ・・・このままじゃ飢え死にだ。
かと言って中途半端な戦況を放って帰る訳にもいかねぇよなぁ。
それにしてもあのカブトムシみてぇな奴とあいつ、バケモンだな。
そういや、いつかの教会で朝メシ食わせて貰ったことあったな。
とりあえず一旦・・・。
「ねぇ、もう遊んでくれないのぉ?」
くっ見つかったか?
「そこに居るの、バレバレなんだけど」
「・・・あ?」
崩れた建物の瓦礫から顔を出すと、そこには狂気を宿した眼差しで笑みを浮かべるダコンの女が居た。
「カブト以外の兵器が破壊されたって聞いてわざわざゼビスから来てあげたのに、もう超がっかりだよ。まぁでも、あんたコテンってところの兵器みたいだからちゃんと片付けてあげる」
チッ・・・氷狼の言ってた通りだ、ダコンなんかとは比べものにならないほど強いダコン。
今の俺でも太刀打ち出来ねぇなんてな。
ダコンの女が再び赤紫のオーラで全身を包むと、どことなく竜のような外見をしたものに変身し、そして死神の大鎌のように鋭く尖った4枚の翼を広げた。
くそ、腹が減って思うように力が出ねぇ。
もう終わったな、俺。
「おいっお前」
何だ?誰だ?
だいぶ慣れてきたみたいだな、闘争本能のコントロール。
「やっぱり凄いな、氷牙。秒単位で動きが良くなってくじゃねぇか」
「・・・ふぅ。そうか」
けど、解放するより抑え込むのにどうもまだ少し時間がかかるな。
何か良い方法ないかな。
「それじゃ、こっからはヒロヤさんも入れて2対1で行こうか」
「おいショウリ、それはさすがにまだ早いんじゃないか?」
2対1か、少し疲れたけど光と闇を槍に乗せることにも慣れて来たしな。
「僕は良いよ。少しくらいきつめの方が修業って感じするしね」
「・・・まぁ、あんたがそう言うなら」
ダコンの女が殺気を込めた眼差しをその男性に向けるが、男性はその殺気どころか、その女の姿にさえも全く脅えるような素振りを見せずにその女に顔を向けている。
「道を尋ねたいんだが」
・・・はぁ?
「はぁ?何あんた。今良いところなの。あたしこういう時に邪魔されるのが1番嫌なんだから、さっさとどっか行ってよ」
「・・・シンバンへはどう行ったらいい?」
「無視かよ」
何だこいつ、一体どっから来たんだ?
毛皮のフード付きベストと変わった形の腕輪が印象的なその若い男性は、それでもダコンの女の答えを待つかのように何食わぬ顔で立ち尽くしている。
「・・・し、知らないし、あたしこの大陸初めてなんだから」
「そうか、ならお前」
え・・・俺か?
「・・・シンバンがどこか知ってるか?」
シンバンって確かこの大陸の南東だよな。
「ちょっとっあんたいきなり現れて調子狂わせてくれちゃって、何なの?」
男性はその女にゆっくりと顔を向けるが、小さく眉間にシワを寄せただけで何も言わず、またすぐにこちらに目線を戻してきた。
「また無視なの?もういいっあったま来たっあんたも一緒に細切れにしてあげる」
おいおい、あいつを怒らせやがってまったく、こいつも終わったな。
赤紫のオーラが殺気を乗せて突風のように辺りに吹き荒れたが、男性は脅えるどころか、まるで立ち向かおうとするかのように一瞬にしてその眼差しに力強さを宿した。
そしてダコンの女が飛び上がると同時に、男性の体の所々から洩れるような光がほんのりと溢れ出すと、男性は素早く腕輪の着いた方の手を地面にかざした。
「五天縛角」
その瞬間に男性の前方の地面から1本の銅製と思われる円柱が飛び出し、降下して来るダコンの女の行く手を阻むと、瞬く間に次々と同じような円柱が飛び出していき、各々角度の違う5本の円柱は一瞬にして複雑に入り組んで女の動きを止めていった。
「な、何これ。ちょっと、外してよっ」
まじかよ、あいつの動きを止めた?
「何か知ってるような顔してるな。知ってるなら教えてくれないか?シンバンで人と会う約束をしてるんだが、どうも迷ってしまってな」
この大陸は確か、陸路は南の山脈にしか続いてないんだよな。
「・・・ていうか、あんたどっから来たんだ?」
「無論、スオウノ山脈を通ってきた」
「いやいや、おかしいだろ。そっから来たんならクラドアに入ってすぐ東に行きゃシンバンだ。何十キロも無ぇ」
小さく頷いた男性だが、特に驚いたりするような表情は浮かべずに、ただゆっくりと周りを見渡した。
「どうやら、道を間違えたようだな」
何だこいつ。
「間違えただ?アサフィルとシンバンじゃ何千キロも離れてんだ、間違えたで片付けられる問題じゃねぇだろうよ」
「・・・だが、道を間違えたお陰で幸運に見舞われることもある。道を間違えたお陰で正しい道を尋ねることが出来た。そして、命をひとつ、救うことが出来た」
何故か満足げな表情を浮かべた男性は再び眼差しに力強さを宿し、ダコンの女の方へと体を向けた。
何言ってんだこいつ。
命を、救った?
一体、誰の・・・。
「ぐうぅぅ」
ダコンの女が力を溜めるように唸り出すと同時に、どこからともなく泡立つように溢れ出す赤紫のオーラで体を覆っていく。
「ぅあらぁっ」
そして勢いよく回転しながら、その死神の大鎌のような翼で体に纏わり付く5本の円柱を豪快に切り裂いて見せた。
「六天繋角」
男性の目の前に突如六角形に繋がれた円柱が現れると、男性は素早くこちらの腕を掴み、宙に浮く六角形に向かって走り出した。
「おいっ何だよ」
引っ張られるがままに走り出し、その六角形にぶつかったと思った直後、すでに周りの景色は全く見覚えのないものになっていた。
うわ、まじかよ、ワープしやがった。
ていうか、ここどこだ?
「さて、ひとつ聞くが、ここが何処だか知ってるか?」
はぁ?
「・・・いや、知らねぇよ。ていうか、自分でワープしといて何でここがどこか知らねんだよ」
「・・・とっさの判断だったからな。ただ南へ100キロとしか思い浮かべなかった」
全く動揺する様子も見せずに、何食わぬ顔ですぐにそう応えながらその男性はゆっくりと町並みを見渡し始める。
・・・なるほど、そういうワープのやり方か。
それなら南の山脈から何千キロも離れたアサフィルに来れたのも納得が行く。
「・・・ここからシンバンへはどう行ったらいい?方角と大体の距離が分かれば尚良いのだが」
冷静に考えてみれば、俺はこいつに命を救われたんだよな。
「ちょっと待ってな、今調べてやる」
礼ぐらいしねぇとな。
人間の姿に戻りながらバッグのチャックを開け、中からシーシーを1台取り出す。
「ほう、お前、人間か」
「人間っちゃ人間だが、そうじゃないと言えばそうじゃねぇな。それより、そういうあんたは一体何なんだ?あいつの動きを止めたあの力とか、ただ者じゃねぇだろ」
銅製と思われる鈍い輝きを放つ腕輪に目を向けると、小さく片眉を上げながら男性もその腕輪に顔を向ける。
「これはあくまで護身のために作った仏具だ。何者かと聞かれれば、俺は今シャーマンとして巡業の旅をしている」
シャーマン?・・・。
まじか、こいつが、例のシャーマンってやつか。
「そうか。とりあえず・・・ここは、コテンだな。シンバンはこっから南々東くらいの方に・・・直線距離で1628キロだ」
「・・・そうか、助かる。やはりシーシーを持つ者に会えたのは幸運だった」
「シーシーを知ってんなら、あんたも使えばいいじゃねぇか」
すると男性はほんの少し口元を緩ませたが、照れを隠すように目を逸らし、すぐに落ち着き払ったように小さくため息をついた。
「どうやら、精密機械は俺が苦手らしくてな」
・・・いや、どう見たって逆だろ、それ。
「じゃあ、俺はこれで。せっかく拾った命だ、大事にしろよ」
そう言って男性は目の前に向けて掌をかざした。
拾った命、か。
もうゼロと戦った時のような無茶はなるべく止すかな。
「・・・六天繋角」
男性が目の前に現れた六角形に吸い込まれ、六角形と共に消えていった直後、ふと遠くから吹いてきた風のようなものが何故か急激に強い悪寒を感じさせた。
そしてその目に見えないはずの風がぼんやりと何かに見えてきたとき、その影は人影になり、人影は先程のダコンの女になった。
「・・・え?」
忘れかけていたその女の眼差しに宿る狂気は、恐怖を沸き立たせるより先にある大きな疑問を沸かせた。
「何で?」
「・・・何でいくら逃げてもあたしに追いつかれるかって?それはね、あんたにはあたしの力の匂いを付けてるから、どこに逃げようとどの方角に居るかすぐ分かるって訳。要はマーキングかな」
マーキングだと?
だからって・・・。
「・・・こんなとこまでついて来んなよ」
くそっ。
「あれー?何その態度。もう命乞いする気力も無いとか?あっはっは」
・・・命乞い、か。
そんなことしたって、ダセぇだけだよな・・・。
心の底から絶望を感じているからなのか、何故かその女の眼差しが一瞬だけまるで天使を思わせるような、透明感のある穏やかさを感じた。
いよいよ、俺も本当に終わりか・・・。
信悟には悪いが、どうやら帰れそうにねぇな・・・。
「本当に死を覚悟しちゃったみたいだけど、でも安心しなよ。別にあんたを殺しに来た訳じゃないから」
「・・・何だって?」
エピローグのような雰囲気ですが、総助にとっては、結構重要なシーンです。堕混の女との出会いも、道を間違えてきた男との出会いも。
ありがとうございました。




