知らない記憶の中へ
「見ての通り降参しますので、どうかサニダ達の処分は見送って貰えないですか?首謀者は自分なんで、処分は自分だけにして下さい」
「デンテラさんっそれはダメですよ。俺達は望んでデンテラさんに協力したんですよ?」
必死に訴えるサニダに、デンテラはまるで何かを堪えるかのように更に表情を険しくして見せた。
「・・・バカ野郎。良いんだよお前らは」
「お願いです社長、俺達も処分して下さい。俺達は別にアルバートの考え方に共感した訳じゃなく、デンテラさんについていくって決めただけなんです。だからデンテラさん処分するなら、俺達も同じように処分して下さい」
サニダがアウローラに頭を下げると、一瞬の沈黙の後に腕を組んだアウローラは小さくため息を吐き、厳粛な態度でデンテラに顔を向ける。
「デンテラ、ホンゴウラグループは、返して貰うわね」
「・・・はい」
「それじゃあ皆さん、さっさと機材をまとめてビルに戻りなさい」
顔を上げたサニダはまるで理解が出来ないかのように固まり、アウローラに顔を向けたデンテラもさすがに険しい表情を崩し、若干の驚きを伺わせる。
「え・・・どういう、ことですか?」
「会社っていうのは人なくしては成り立たないものなのよ。だから再び会社を引き取るってことは会社の一部である社員、あなた達も一緒に引き取るってことなの、良いわね?文句は言わせないわよ?」
申し訳なさそうに表情を歪ませていくサニダは地面に膝を落とすと、再びアウローラに向けて深く頭を下げた。
「・・・社長っ・・・すいませんでした」
「それじゃあ・・・」
しかし静かに口を開いたデンテラは再び険しい表情を浮かべると共に、必死さが伺えるような反抗的な眼差しをアウローラに向ける。
「それじゃあ自分の気が済みません。自分は、世界を敵に回しても世界を変えようとするアルバートに感銘を受けたんです。守るための武器を作るホンゴウラの理念を否定する訳じゃありませんが、守りに徹することに、どこか退屈さを感じていたのも事実です。だから自分は、ホンゴウラに戻る資格はありません」
デンテラの信念を宿した真っ直ぐな眼差しに、アウローラは困ったように小さくため息をつくが、デンテラを見つめるその眼差しには依然として厳粛さを宿していて、その場に2人の信念がぶつかり合うような重たい空気が流れ始める。
「ワタクシも、アルバートの考え方に全く共感を覚えない訳でもないわ?」
「おいお前」
すぐさまホウゴが口を挟むが、アウローラは落ち着きを促すような眼差しを返してホウゴを黙らせた。
「自らを犠牲にして戦争を無くそうとするのはとても勇敢な行為だと思う。けど、クラドア全土の国を相手にするってことは、少なくともクラドアの中でも比較的軍事力の発展してる6つの国を同時に相手にするってことよ?現実的に考えて、いくらアルバートでも不可能ではなくて?」
「いえ、数は6つでも、1つ1つはそこまで驚異的なものではないはずです。そもそもアルバート財閥は、勝利を手に入れようなどとは微塵も思っていません。むしろ、結託した国々によってのアルバート財閥の敗北が目的なんです」
自分を倒させるために戦争を引き起こすなんて・・・。
「けどなぁ、もしそれが達成されても、時が経ちゃまた今みたいに戻るんじゃないのか?所詮一時的な結託に過ぎないだろ?そんなの意味無いんじゃないのか?」
すると目線を落としたデンテラはふと何かに迷うような表情をかいま見せた。
「それが、たとえアルバート財閥が敗北して、後に一時的な結託でさえも解消してしまったとしても、そう意味が無いことだとは言えないんですよ」
そういえばこの人、手ぶらだ。
特に慌てる様子もないし、船に荷物を置き忘れた訳でもないみたいだ。
「ここには何しに来たの?」
アルバートが戦争を起こしたのは知らないよな。
知ってたら近づかないだろうし。
「んー、ちょっと欲しいものがあって」
その女性はとても落ち着いているように見えるが、こちらを見ている眼差しには若干の期待感のようなものを感じた。
嘘をついてるようには見えないけど、ショッピングをしに来たようにはもっと見えない。
「そうか」
「多分またどこかで会うような気がするから、自己紹介してあげる。私、ルーニーっていうの」
「そうか」
偵察基地の司令室に戻ると、驚くような表情を浮かべながらもすぐにゼンバラがこちらの下に歩み寄ってきた。
「何ですか?その子」
「ほら、例の民間の船から出て来た人だよ」
「えっあ、そうなんですか。モニターでは船が襲撃されるような動きはありませんでしたが、一体何故この大陸に来たんですか?」
「まぁちょっとね」
落ち着き払った態度で応えるルーニーに、ゼンバラは言葉に詰まったように戸惑いの表情を見せながらも小さく頷いた。
「これから、アルバート財閥の軍隊がクラドア中に侵略するんです。もうそこまで来てるし、出来ればすぐに戻った方が良いですよ?」
窓から外を眺めていたルーニーはゆっくりとゼンバラに体を向けるが、その表情からはまるで焦りの色が見えなかった。
「すぐそこまで来てるなら、戻れないでしょ」
「いやぁ、それはそうですけど・・・とりあえず氷牙君は軍隊の迎撃に向かって、この子は一旦ここで保護するから」
コンクリートで建てられたような見慣れた外見の、いかにも研究所と思われる建物が見えたとき、その研究所から出て来た生物達に思わず足を止めた。
「あれ?私みたいなのが出て来たよ?」
「お、おぉ」
普段の姿のオージョと同じような外見の者達が、先程の戦車が向かっていった方に走っていく中、ふとこちらに顔を向けた1人の生物と目が合った。
確か、バルーラから来たときに会った軍人達がこいつを見てメガミとか何とか言ってたな。
しかし何をする訳でもなく、その生物はすぐに目を逸らして走っていった。
あいつらが、メガミとか言う奴らなのか?
あの戦車と同じ方に向かってくみてぇだし、まさかあれで兵器として作られた訳じゃないだろうな。
だとしたら、ちょっと趣味が悪いんじゃないか?
研究所の敷地に入るが、辺りには警備員の姿や監視カメラも見当たらない。
出払ってるなら好都合だが・・・。
一応裏口から入った方が良いか。
研究所を回り込んでいくと、年季の入ったような灰色の鉄製と思われる扉が見えたが、同時に扉の上に設置されている監視カメラも視界に入った。
おっとやべぇ。
「どうしたの?」
「いやぁ、カメラがあるみてぇだし、あの扉には近づけねぇ」
「平気だよ、誰か来たらやっつけちゃえば良いんだし」
まったくこいつは、何も分かっちゃいねぇな。
・・・だが、気付かれずに進むのはやっぱ無理か、俺だってその道のプロって訳じゃねぇしな。
仕方ねぇか・・・。
その直後にその扉が勝手に開き出すと、研究所からいかにも警備員の装いの男性が1人出て来て、すぐにこちらの方に鋭い眼差しを向けてきた。
「そこで何をしてる」
何でだ?監視カメラはこっち向いてねぇのに。
何となく辺りを見回そうと別の方に目を向けたとき、鉄格子の塀の上からこちらを真っ直ぐと見下ろす、焦りを募らせる心の内をも見通すかのように鋭くレンズを光らせた監視カメラと、ちょうど目が合った。
何だ、くそ。
「部外者ならすぐに出ていってくれ、ここは観光地じゃないんだ」
「えー、私、ここに入りたいの。ここに入れば自分のことが分かるかも知れないから」
オージョに目を向けた警備員は小さく眉間にシワを寄せるとそのまま黙り込んでしまい、火花を小さく散らす程度だった緊張感が徐々に強まり始めた。
「君は何者なんだ?まさか、バルーラの王女じゃないだろうな」
こいつも、王女が死んだことは知ってるのか。
まぁ王女だからな、それなりに有名なんだろう。
「え、あの・・・」
そんなことどうでもいいか、何かとややこしくなる前にこいつを・・・。
「実は私・・・」
いや、こいつを襲うところをあのカメラに撮られりゃ、潜入も何もなくなる。
くそ、こんなときはどうすれば・・・。
「お前、まさか、トゥエルブかっ」
は?・・・。
オージョを見ると元の姿に戻っていて、驚きの声を上げた警備員が落ち着いた頃には、警備員の警戒心は少しだけ薄れていた。
何だ?トゥエルブ?って・・・12、だよな。
「どうしてここに、今はまだバルーラに居るはずだろ?」
「その・・・」
「いやそれが、こいつ、記憶喪失なんだと」
こちらに顔を向けた警備員は再び驚きの表情を浮かべながらオージョを見ると、何かを思い巡らすかのように目線を落としていく。
そんな時に警備員の胸元から小さなノイズが聞こえると、警備員は胸元からトランシーバーのようなものを取り出しながらこちらに背中を向けた。
チャンスか?
「いえ、まだ分かりませんが・・・はい・・・」
ドラゴン達を憑依させたとしても、それをカメラに撮られりゃまた相手の警戒心を膨らませるだけだ。
無防備な警備員を目の前にして何も出来ない自分に、心に募っていく焦りが苛立ちを吸収して更に大きくなっていく。
ドラゴン達を憑依してカメラを壊したとしても、その事実でどっちみち警備が更に厳しくなる。
「そうですか、分かりました」
無線を切った警備員がこちらに体を向けると、更に警戒心を和らげるような表情をオージョに見せた。
「中に入れてやろう、ついて来なさい」
「ほんと?」
くそ、結局何も出来なかった・・・。
こういうときに動けなきゃ、どんなに力を持っていても意味が無ぇ。
俺はまだ、無力なのか。
笑顔で警備員についていくオージョを少し心配しながら、いつでも警備員を押さえ込めるように気を尖らせていく。
安っぽい明かりに照らされた何の変哲のない通路のおかげか、周りの何かに気が散ることなく警戒心を養えるのは好都合だった。
「ねぇ、さっき言ったの、もしかして私の本当の名前?」
「そういう意味の名前として付けた訳じゃない、お前は最後の12番目に作られたからトゥエルブだ」
12体か・・・兵器としては多いのか?それとも少ないのか?
「え、私と同じ人があと11人もいるの?うわぁ会いたいな」
「・・・いや、今は無理だ。アルバート財閥の対処のために出払ったばかりだからな」
じゃあ、やっぱり研究所に入る前に見た奴らが、メガミか。
「なんだ、そっかぁ」
だが、何でよりによって女の姿をした兵器なんだ?
見た目からして敵を威圧出来るような姿の方が良いと思うけどなぁ。
あの戦車ロボットだけじゃダメなのか?
「じゃあ、あの人達も私と同じように姿を変えられるの?」
「いや、お前は敵の中に潜入させるために作られたから、他とは違う」
バリアフリーとして作られたかのような緩やかなスロープを下りて透明な自動ドアを抜けると、目の前にはいかにも大規模な研究をしているというような雰囲気が漂う景色が広がっていた。
ハリウッド映画だな・・・。
「じゃ、私は監視室に戻ります」
目線も合わせず無表情で会釈を返して警備員を見送った、30代くらいに見える長い髪を後ろで結った男性は、真っ先にこちらに疑惑を抱えたような眼差しを向けてきた。
「あんたは何だ?まさか保護者とでも言うつもりか?」
「俺はただの付き添いだ。山でたまたま会って、記憶が無いっていうからここまで連れてきてやっただけだ」
小さく頷いてはいるが、男性のまるで話を信用していないような顔に少しムカつきを覚えた。
「それで、ここには何しに来たんだ?」
「私の中にある知らない記憶が何なのか知りたいの。そうすればきっと自分のことをもっと知れると思って」
「ふーん、ああそう、んじゃ、そんなに知りたいなら教えてやるよ」
男性の面倒臭がるような態度が更に苛立ちを膨らませたが、こちらに顔を向けた嬉しそうな笑顔のオージョに、苛立ちは心配となって心を焦らせた。
「ねぇ、その前に、さっき研究所から出て来た、私と同じような人達のこと知りたいんだけど」
「あのメガミはシンバンのヒューマノイドや、オルベルのサソリといったような小型の自律機動式の兵器として作られたものだが、計算上では巨大地上戦闘機と呼ばれる種類のものと同等の火力を誇っている、コテンの主力兵器だ」
とりあえずカイルの方は一件落着みたいです。でもカイルの知らないところでも色々と問題が起こってますけどね。そんなもんです世の中。笑
ありがとうございました。




