ブラザーズ
「そうか、良かったな」
笑顔で頷くオージョに心は落ち着きを取り戻したが、同時に質屋のおっさんやおっさんの家族のことが気になり始めた。
「私ね、擬態生物っていうものなの」
擬態・・・要はカメレオンとかがやるようなものだよな。
「そうか、じゃあ、本当の名前も思い出したんだろ?」
しかしオージョは表情を曇らせ、ゆっくりと首を横に振る。
「それはどうしてか分からないけど、私ね、オージョになるために人間に作られたの」
・・・え?
「オージョって、お前のことだろ?」
「ううん、そうじゃなくて、ほらこれ」
オージョが指を差した先には先程どこかの路地で見たポスターがあった。
「こいつが、どうかしたのか?」
そう言ってオージョに目線を戻したとき、オージョはそのポスターの女性の姿になっていた。
あれ・・・。
再びポスターに目を向けてからオージョに目線を戻すと、オージョはゆっくりと元の姿に戻って再び笑顔を浮かべた。
オージョになるためってことは・・・。
「あ、こいつが、その本当のオージョか」
「うんそうなの」
ってことは、オージョは、影武者?
「あれ、いや、けどこいつ、エストレージャって書いてあるぞ?」
「うんそれがその人の名前なの、この国のオージョのエストレージャ」
え、オージョって、王女のオージョかよ。
何だ、このサソリって無人機なのか。
破壊されて動かなくなったサソリの下に部隊が集合したとき、遠くからサソリを1機連れた部隊が3つ、こちらの部隊を囲むように姿を現した。
「どうします?スイーテ中尉」
「一旦退こう。この距離ならまだ逃げられる」
さすがにスイーテ中尉も3機を同時に相手するのはきついのかな?
どうしようかな、せっかく来たんだしちょっとからかってみるか。
絶氷牙を纏って上空に飛び、氷王牙を纏って掌の前に紋章を列べる。
「蒼満月」
3つの紋章をくぐり抜けた氷の弾が1つの部隊の目の前に落ちると、甲高い砕氷音と共に辺り一面に広がった冷気が及ぼしたその情景に、3つの部隊は皆一様に釘付けになって足を止めた。
地面に降り立って鎧を解くと、皆は再び驚きの眼差しでこちらを見るが、スイーテ中尉からはむしろ若干の嫌悪感のようなものを感じた。
「ほら皆行くよ」
敵部隊の居ない場所まで下がると、休憩のような時間が皆に与えられた間に、スイーテ中尉とヤシルシ少尉と呼ばれた男性が作戦会議を始める。
「なぁ氷牙、さっきの凄かったな。ヒューマノイドなんかよりも役に立つよ」
隣に座ってきたエリオは親近感を感じるような笑顔を浮かべ、他の人と同じように接する態度で話しかけてきた。
「そうか」
「見たところ魔法みたいだし、ティンレイドじゃなかったらカデル大陸から来たのかい?」
「いや、僕はこの世界とは違う次元にある世界から来たんだ」
エリオは目を見開くと、同じように驚きの表情を浮かべる、その場に居合わせている人達と顔を見合わせる。
「本当に?へぇ、そうだったんだ。ますます凄いな、次元を越える研究なんて出来るの、クラドアじゃアサフィルくらいじゃないかな」
「そういや、アルバート財閥に妙な噂があるらしいぜ?」
額の傷が印象的な男性が口を開きながらニヤつき出すと、エリオや他の人もその男性に注目していく。
「新聞じゃシンバンを経由せずに直接ホンゴウラと取引したことしか書かれてないが、他にもティンレイドのある組織とも関わりを持ってたり、バルーラのマフィアとも繋がってるんだと」
アルバート財閥?
「しかもだ、そのアルバートって奴が治めてる土地に、ゼビスの貿易船が停まってるところが目撃されたらしい」
「えっアルバート財閥が、ゼビスと?」
皆が驚きに包まれ、ふとした沈黙が流れたとき、スイーテ中尉が何やら深刻そうな表情で額の傷が印象的な男性に歩み寄った。
「それ、本当?」
「ああはい。その筋の奴らの情報なんで信憑性は高いっす。もう近いうちにアルバートが動き出すんじゃないかってもっぱらの噂になってるんすよ。もし本当に動き出したら、クラドアはどうなるんすかね」
ヤシルシ少尉の部隊と共に幾つかの部隊が集まって待機している場所に辿り着くと、ヤシルシ少尉は負傷者を連れて前線基地に戻る準備を始めた。
「皆、戻るなら今しか機会はないよ?戻りたい人は居る?」
するとエリオや額の傷が印象的な男性を含め、皆は若干呆れるような笑みを浮かべ出した。
「何言ってるんすか。スイーテ隊にそんな腰抜け居ないっすよ」
すると普段からあまり笑みを見せないスイーテ中尉でさえ、額の傷が印象的な男性の言葉に若干満足げな表情を見せる。
「そう?じゃあ君は?」
「僕も残るよ」
何かこっちの方が賑やかだしな。
「それでルーベムーンの力だけでも取り入れようって帰ってきたんだね」
クラスタシアはとても落ち着いているような表情でそう言ってお菓子を頬張るが、さすがのテリーゴでも若干の警戒心を醸し出しながらその2人を見つめている。
「その、とりあえず報告は済んだし、何でこの人達がここにいるのか教えてくれる?」
キングは分かるけど、隣にいる女の人は誰だろ。
「何か、外でロードに会ったみたいで、話があるならロードが戻るまでここに居てもいいって言われたんだって」
「え、まぁロードが許したんなら仕方ないけどさ」
警戒心を解いたテリーゴだが、今度は困ったような表情を浮かべながらキングの姿を眺め始める。
「顔ぐらいは見せてくれないとオイラ気を許せないよ。そりゃあロードは何回か会ってるけど、オイラは初めてだし」
そういえばキングに会ってるのは僕とロードだけだったっけ。
「あたしだって初めてだけど、あたしはそんなに変な感じしないけどな」
確かに、キングだけじゃなくその女の人からも、敵かと聞かれてもそう言い切れない何かを感じる。
一体何なんだろう。
「そうだけどさぁ」
キングと女の人が顔を見合わせると、小さく頷いた女の人に合わせてキングも小さく頷きながらテリーゴに目を向けた。
「分かった。君の言う通りだな。人の家に上がり込ませて貰っても仮面を被ったままじゃ失礼だ」
そう言うとキングの全身を覆っていた鎧は電気がほとばしるように細かくなって空気に消えていった。
な、まさか。
「ヒョウガ、さん?」
するとヒョウガと同じ顔立ちだが髪の一部と瞳が黄色いキングは、すぐに驚いたような表情でこちらに顔を向けた。
「ヒョウガを知っているのか?」
「え?」
知ってるも何も、キングがヒョウガさんと同じ顔立ちなんて。
「う、うん、前に一度だけ会ったけど」
じゃあ、ヒョウガさんて三兄弟だったんだな。
「そうか。まぁ次元を越えることが出来るなら、会う可能性はあるか」
しばらくしてロードが帰ってきて、皆が一斉にロードに顔を向けると、戸惑いのようなものが一瞬時間を止めた。
「2人も来てたのか」
「うん」
「クラスタシア、こっちの方にも進展があった」
真っ先に冷蔵庫に向かったロードは扉を開けながら話し始め、キング達を気にすることもなくいつものような冷静な表情で椅子に座り飲み物の蓋を開ける。
「そうなんだ、どんな感じ?」
「ようやく、海底遺跡にウラノスの眼の痕跡が見つかった。だがそれは固体じゃなくエネルギー体だった。だから、採取するにはエネルギーを封じ込められるようなものが必要だ、ということになった」
ウラノスのマナコ?
エネルギーを封じ込められるもの?
「ふーん」
「なぁ、そのウラノスの眼ってのは何なんだ?名前だけじゃどんなものか分かんないや」
テリーゴに顔を向けたロードはおもむろに腕を組み始め、頭の中を整理するかのように天井を見上げた。
「この世界で、かつて世界統一戦争という大規模な戦争があった。その時にアイズ帝国という国が使ったのがウラノスの眼だ。歴史書によればウラノスの眼は強力な軍事力を持っていた3つの国を同時に壊滅に追いやったとされる。だが、世界統一戦争は2000年も前の話で、今や具体的にどういったものかは記されていない。伝説として語り継がれてる話では、それを手にするものは天をも支配することが出来ると言われていたそうだがな」
「おお、そりゃ何か凄そうだ」
テリーゴに頷き返したロードは、飲み物を口に運んで小さく深呼吸してからようやくキング達へと目線を向けた。
「それで、話ってのは何だ?」
「実は、近いうちにある事がある場所で起こるんだ。そのことで少々戦力が欲しくてね」
近いうちって、どうやって分かったんだろ。
堂々たる眼差しで緩やかな微笑みを見せるキングに、ロードは小さく首を傾げながら眉をすくめる。
「まさか俺達に手伝えと?」
「聞けば君達は色々と力を手に入れようとしているようだからな。戦力として手伝ってくれれば有り難いと思ったんだが」
「・・・だがなぁ、俺達だって暇じゃないからなぁ・・・」
ロードがこちらの方に顔を向けてくると、テリーゴもゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
「僕は良いよ?今より強くなればそれだけ役に立てるだろうし」
「カイル、頼まれ事に即答するのは良いけど、もうちょっと考えた方がいいんじゃない?」
「そうかな?何か問題あるかな?」
「え?・・・いや、ほら、あたしはさ、承諾することが悪いって言ってるんじゃなくて、頼まれ事の内容くらいは聞いたらどうって言ってんの」
「それもそうか。場所はどこ?」
「世界樹暦2020。座標世界はF-61。国の名はクラドア大陸北部に位置するアサフィルという所だ」
「えぇっ」
テリーゴが驚きの声を上げながらすぐにこちらに顔を向けてきたとき、何となく何か思い当たる節があるような気になった。
「どうかした?」
「え、だって、クラドア大陸だろ?今オイラ達が行ってる世界だよそれ」
「えっ」
驚きの表情を浮かべるテリーゴと顔を見合わせてからキングに顔を向けると、キングは小さく頷きながら堂々たる眼差しと微笑みをこちらに向けてくる。
「異次元と言えどすべての世界は世界樹によって繋がれているから、こういう偶然はまだ想定内だ。それとちなみに、私が追っている人物はヒョウガと深い関わりを持っているし、きっとその時にはその場にヒョウガも居合わせるだろう」
「え、そうなの?」
でも、何でこれから起こることが分かるんだろう。
「なぁ、ここからはコテンっつう国みてぇだぜ?」
「うん、バルーラと戦争してるこの隣国に本当の私を知る手掛かりがあるの」
本当の私?
「・・・その、良いの?ここまで付き合わせちゃって」
「あぁ、まぁ乗りかかった船ってやつだな。それにヤバそうなことに首突っ込んでるみてぇだし、お前を1人にする訳にはいかねぇよ」
国境として印されたように見える足首ほどの塀を越え、遠くに小さく見える町並みを目指して歩いていたとき、町の方から数台のトラックほどの大きさと思われる車が、こちらの方に走ってくるのが見えた。
さっきこいつ、バルーラと戦争してるっつったよな?・・・。
沸き立った胸騒ぎを抑えるように、トラとゴリラ、ドラゴンを体に憑依させるが、こちらの姿を見てかトラックの荷台に乗る軍人達が、皆一斉にライフル銃を手に取り始めた。
「後ろに隠れてろよ?」
「うん」
目の前にその国の国旗と思われるものが描かれた4台のトラックが停まると、すぐに扉を開けて出て来た人達が同じようにライフルを構え、その場に緊張感という名の沈黙がのしかかった。
「お前は何だ?」
ライフルは持っていないが、いかにも偉い立場に居るような体格の良い中年の男性が、武器を構える1人の横に立ちながら重々しい声色で口を開く。
まずいな、バルーラの方から来ちゃあやっぱこうなるよな。
「まぁ、ちょっと」
道に迷った、は違うか・・・。
「セギ大佐、こいつの後ろに居るの、ひょっとしてメガミじゃないですか?」
・・・何だ?女神?
こちらを睨みつけながらゆっくりと中年男性が回り込み、オージョの姿を確認し始める。
「・・・いや、似ているが違う。まさか野生か?いや、それともバルーラが作った擬態生物か。まぁ良い、こいつを捕えろ、調べれば分かることだ」
チッ仕方ねぇなぁ。
パラレルワールドがあるなら、当然総助も1人じゃないってことでしょうね。まぁ出ませんけど。笑
ありがとうございました。




