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希望の乗せられた小さな光

「それはフルーティーシナモンのスープにショウガを入れたものです。体の芯から温めてくれて胃にも優しいので、朝にはピッタリなんですよ」

「そうか」

シナモン?そう言われればそんな感じの匂いだ。

何かを期待するようにこちらを見つめる神父に若干の気まずさを覚えたので、神父から目を逸らし、スプーンを手に取ってスクランブルエッグを掬った。

スクランブルエッグは特に何もないみたいだな。

スクランブルエッグをトーストに乗せたりして食べていたとき、ふとパンに練り込まれている緑色のものが気になった。

「なぁ、このパン、何か入ってんのか?」

「おお、よくぞ聞いてくれました。そのパンはブレッドミントを生地に混ぜて焼いた自家製なんですよ。いやぁブラウンバターとの相性を良くするために何回もブレッドミントの割合を変えて試行錯誤して、ようやく完成させたウチのシスターの力作なんですよ」

おっさんが作ったんじゃねぇのかよ。

「そ、そうか。通りで完成度が高いと思った。何つうか、教会で働く奴って意外と暇なのか?」

「元々、パンは町の子供達に配るために焼いているものなので、暇だからやってるっていう訳でもないんですけどね」

「そうなのか」

裏口の扉の前に立ち、ふとオージョを思い浮かべたとき、何故か信悟やマリアの姿も脳裏に浮かび上がった。

「なぁ・・・また食いに来て良いか?知り合いも多分金持ってないだろうし」

包み込むような優しい微笑みを見せている神父は、すぐにゆっくりだが深く頷いた。

「もちろん構いませんよ。いつでも待ってます」

「・・・じゃあ、世話になったな」

教会を出たときに少し冷たい風が吹いたが、町並みに感じていた緊張感は消え失せ、まるで柔らかく照らす朝日までもが味方になったような気がした。



「お前、飯は?」

「僕は食べないよ」

マリザワ少将は小さく頷きながら眉間に染み付いたようなシワを更に深め、黙々と食事を始めた。

ここはデカルト・ウーノもヒューマノイドの無いから、その分テントも大きいんだな。

テントを出て何となく見渡すと、テントの数や軍人の多さに賑やかささえ感じた。

こっちは人間対人間みたいだし、何かこっちの方がより戦争っぽいな。

「氷牙」

ん、あぁ昨日の人か。

「どうしたんだ?朝メシは食べないのかい?」

「あぁ、僕は食事を取る必要は無いからね」

うっすらと驚きの表情を浮かべながら頷く軍人に、1人の女性が歩み寄った。

「何してんの?エリオ、早く行かないと席なくなっちゃうよ?」

「そうですね」

「ほら君も」

どことなく暗い印象を受けるその女性は、すぐに落ち着いた眼差しをこちらにも向けてくる。

「僕は食べなくても問題ないよ。兵器だからね」

「・・・そう」

目を逸らしてすぐに歩き出して行ったその女性の、悲しそうな眼差しがふと脳裏に焼き付いた。

やがてそれぞれの持ち場に集まっていくと軍人達は、皆一様に自分の武器の点検を始めていった。

見たところ、武器は直刀の剣と自動式の拳銃だけみたいだな。

「特別な武器とか無いの?」

「あぁ、けど剣と銃弾はシンバンの領海でしか採れないデプスっていう鉱石を使った合金で作られているから、まぁそれだけでも特別と言えば特別かな」

銃弾を装填したりしながらエリオが淡々と応え始めると、先程の女性がエリオに歩み寄ってきたが、その女性の武器を携えていない姿がふと気になった。

「エリオ、今日確か姪っ子の退院の日だよね?」

「あ、そうだった。花でも買って行きたいけど、そんな状況じゃなくなっちゃいましたね。でもまぁ夜になったら花屋に届けて貰いますよ」

「あれ、あなたは武器は持ってないの?」

ゆっくりと警戒心のようなものを纏わせた眼差しを向けてくるものの、女性はすぐに少しずつ目線を落とし始めた。

「えぇ、私は、簡単に言えば君と同じような感じだから」

・・・どういう、意味だろ。

僕と同じような・・・まさかこの人、ヒューマノイドかな。

「スイーテ中尉こそ、お世話になってる大家さん、今月誕生日だそうじゃないですか」

「そうだけど、いつも何かしてる訳じゃないし・・・でもたまにはお花でも買ってあげようかな」

エリオが小さく頷きながら笑顔を浮かべると、つられるようにスイーテ中尉と呼ばれた女性も微笑みを返している。

ヒューマノイドなら、笑ったりしないか。

しばらくして何台かの車とバイクが並ぶと、号令と共に軍人達は一斉に車とバイクに乗り込んでいく。

草原と荒野が混ざったような大地を抜けたところで車とバイクが停まると、軍人達はまた一斉に戦場へと駆け出していった。

そしてオルベル軍との交戦が始まり、剣がぶつかり合う金属音や銃声が鳴り止まなくなると、エリオやスイーテ中尉の居る部隊は朽ち果てた建物に隠れ、同じように残骸となっている建物跡に身を隠す敵部隊との銃撃戦になった。

どうするんだろ、スイーテ中尉は丸腰なのに。

「ねぇ君」

スイーテ中尉に顔を向けると、武器を持っていないにも拘わらず依然として落ち着いた表情をしていた。

「ヒューマノイドの代わりで来たなら、銃弾とか効かないんでしょ?」

「そうだよ」

「私は体力温存しておきたいから、この場は君が何とかしてよ」

「分かった」

・・・体力温存か、やっぱり普通の人間だったんだな。

絶氷牙を纏って建物跡から飛び出すと、敵部隊のすべての銃口はすぐにこちらへと向けられたので、負けじと上空から両手に出した紋章から絶氷弾を乱射していく。

敵部隊の背後に回り込み、絶氷弾の乱射を続けていたとき、迫りくるような噴射音と共に背中に強い衝撃が轟いた。

おっと。

体勢を立て直して後ろを見たとき、遠くの別部隊の中に居る、列なった極太の銃弾を体中に巻きつけながらバズーカを持つ、1人の大柄の男性がふと目に留まった。

あいつか。

お返しにその部隊に向けて絶氷弾砲を撃ち込み、すぐにスイーテ中尉の下に戻った。

「氷牙って、まさかティンレイドで作られたの?」

そこって確か、シンバンから北西にある国だよな。

「いや、違うけど」

小さく頷きながらも満足げな表情を浮かべたエリオに、驚きに包まれていた空気も期待感を寄せるようなものに変わり始めた。



「おい居たぞっ」

あ、また見つかった。

私、どうしてすぐに見つかっちゃうのかな。

追いかけてくる2人の男性を見ながら林を抜け、人通りの多い町の路地に入ったとき、ふと壁に貼ってある紙に写された人物に自然と足が止まった。

あれ、この人・・・。

突如頭の中にフッと飛び込んできたのは、大きな城と2人の夫婦、1人の若い女性が見ている数人の怪しげな人。

そして、もう1人の私。

あ、そっか。



「なぁ、ここらへんで迷彩服の怪しい奴ら見てないか?」

「いや見てないが」

「そうか」

くそ・・・襲われたのは夜中だしな、目撃者なんて居ねぇか。

露店の並ぶ通りを1歩進む度、小さな苛立ちと焦りが少しずつ風船のように膨らんでいく。

短いつき合いとは言え、目の前でさらわれちゃこのまま引き下がれねぇ。

「なぁ1つ聞きたいんだが、迷彩服を着た怪しい奴ら見てないか?」

「迷彩服?迷彩服じゃないけど変な人ならさっき見たよ」

変な人?まさかオージョか?

「それ、もしかして女みたいな外見じゃないか?」

玄関先に水打ちをしている中年の女性は手を止めると、遠くを見ながら小さく唸り出す。

「そう、だったかねぇ。うんうん、きっとそうだよ。ありゃそんな感じだったね」

「まじか、そいつどっちに行ったんだ?」

「どっちって・・・確かあの路地から出て来たような気がするけど」

出て来た?・・・。

「その後は?」

「いやぁそれが、ちょっと目を離したときにはもう見えなくなってたんだよ」

中年の女性が指を差した路地に入ると、すぐに右手にあるポスターの女性に目を奪われた。

何かのモデルか?・・・ん、エストレージャか。

いい女だが、今はどうでもいいか。

路地の出口の向こうには、人が立ち入りそうにない林が広がっているのが見える。

まさか、あの林になんか入ってねぇよな。



建物跡地を離れて別部隊と合流し、ゆっくりと進んでいくと、緩やかな坂道の向こうから獣の鳴き声のようなものが聞こえ、それと同時に皆も一斉に足を止めていった。

・・・何だ?

坂の上に現れたものはサソリのような形をした機械で、こちらの部隊を見据えながらまるで獣の鳴き声のようなエンジン音を轟かしている。

そういえば、さっきは戦車に足が着いたその名の通りのクモみたいな兵器が使われていたし、こっちはそれがサソリになったってだけか。

「出た、サソリだ」

しかも名前もそのまんまだし。

でもクモよりはかなり小さいな、まるで対人間用として作られたみたいだ。

「エリオ、ヤシルシ少尉、皆と一緒に私に邪魔が入らないようにして」

「はい」

おっと、まさかスイーテ中尉、1人でサソリってのと戦うつもりか?

「ねぇ、僕、スイーテ中尉を手伝って良いかな?」

こちらに顔を向けたスイーテ中尉は期待を寄せるような笑みは全く浮かべず、むしろ若干の警戒心のようなものを纏った眼差しで目を逸らした。

「まぁ、良いけど。君も足は引っ張らないでね」

「あぁ」

ヒューマノイドでもないのに機械と戦える自信があるってことは、やっぱり人間を超越した力を持ってるってことかな?

皆が左右に展開していき、人間の敵部隊との交戦に入ると、サソリと睨み合うスイーテ中尉はおもむろに胸元の服を掴み、体に力を入れるようにそのまま強く服を握りしめた。

その瞬間、スイーテ中尉の全身が柔らかい光のような色をした炎に包まれる。

何だ?

するとすぐに燃え上がるままの形で固まった光色の炎は、まるで鎧のようにスイーテ中尉の全身を覆った。

こちらに顔を向けたスイーテ中尉だが、何も言わずにサソリに向かって走り出したとき、サソリの両鋏に着いている銃口から1発ずつ砲弾が発射された。

2つの砲弾は地面に落ちると共に爆風を生みながら炎を立ち上らせたが、スイーテ中尉は砲弾の爆発にも怯まず颯爽と緩やかな坂道を駆け上がっていく。

絶氷牙を纏ってスイーテ中尉を追いかけたとき、今度はサソリの背中から小さなミサイルが2発撃ち出される。

軽々しいステップでスイーテ中尉にかわされたミサイルはこちらの方に飛んできたので、ブースターを噴き出しながらミサイルをかわし、そのままサソリの頭上へと飛び上がる。

そしてスイーテ中尉がサソリとの間合いを詰めると、サソリは尾からの火炎放射で敵の接近を拒むが、スイーテ中尉は人間を超越する跳躍力でそれを難無くかわしていく。

火炎放射の噴射口に絶氷弾を撃ち落とすと、氷の弾の破裂の衝撃にサソリの尾は大きく軋み、その隙にスイーテ中尉がサソリの後ろ脚の付け根を勢いよく殴りつけた。

サソリの後ろ脚の1本は音を立てて折れるが、サソリは体勢を崩すことなくすぐに背中からミサイルを発射させた。



あ、あれ・・・ソウスケかな。

人混みに消えていったソウスケを追いかけるが、別の通りに入った辺りでソウスケを見失ってしまう。

とりあえずソウスケに会わないと・・・。

しばらく町の中を歩き回り、焦りが胸の底に募ってきたとき再び人混みの中に見覚えのある人影を見つけた。

すぐに走り出すが、人影は再び路地に入ってしまったので全力で人混みを駆け抜ける。

「ソウスケ?」



後ろを振り返ると、そこには荒々しく呼吸する見知らぬ女性が居た。

ん、何だこいつ、でもどっかで見たな。

「ソウスケ」

するとその女性は笑顔を浮かべながら歩み寄ってきた。

何で俺の名を・・・。

「誰だよ」

「え?あ、そっか」

物影に連れられ、戸惑いの中に期待という火が小さく灯ったとき、瞬く間にその女性の体の色が変わり、その女性はオージョになった。

な・・・。

「お前・・・」

するとオージョはこちらの戸惑う姿を楽しむかのようにその笑顔を深めていく。

「・・・言ったでしょ?私は自分の姿を変えられる生物だって」

自分のことを自信満々に語るオージョに、すぐにある疑問が頭を過ぎった。

「まさか、記憶が甦ったのか?」

「全部じゃないけど、自分がどういうものかはだいたい思い出した」

ミントを練り込んだパンは作れそうですね。その清涼感に合わせるほろ苦いバターはどうすれば・・・。笑

ありがとうございました。

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