鉄壁の牙
「でもさっきの奴らなら、オイラ達の敵じゃないけどな」
「そうだね」
奇襲や罠に気をつければ、何も問題は無いな。
「あのひとつ聞きたいんですけど、ヨウさんはあなた達がこんなに腕が立つって知ってるんですか?」
「あぁ、最初は初めて会ったオイラにはホンゴウラの情報は渡せないって言ってたけど、実力を試す仕事を何個かこなしてちゃんと認めてもらったよ」
町並みの中に何本か木々が見えてくるようになった頃、ネッカはおもむろに半球状の屋根が印象的で少し高級感のある建物に指を差した。
「あれです」
明らかに民家じゃないな、何だろ、博物館みたいな感じかな。
「何か思ったより小さいな、それに拠点っていうくらいだから、もっとゴツゴツしてるかと思ってた」
「潜伏するんだから、見た目でバレちゃだめなんじゃないかな?」
「あ、確かにそうだよな。いやぁ、カイル頭良いなぁ」
「・・・じゃあ、行きますよ?」
腰に巻いたベルトからナイフほどの大きさの剣を抜いたネッカは、短剣の根元にある小さな穴に、ほんのりと光を放つ鉄製と思われる球体を嵌め込んだ。
「それって、もしかしてルーベっていう人が作ったっていうもの、だよね?」
「あ、はい。このルーベムーンに溜められたエネルギーが、そのまま魔力の源になるんです、これも魔法使いなら皆持ち歩いているんですよ」
「へぇ」
先頭のネッカが正面の扉の前に立ったときに扉が勝手に開き出すと、すぐ左手には受付と思われるカウンターが構えられていた。
しかしカウンターの中には人の姿はなく、カウンターを過ぎたところには透明な扉があるが、そこから見える建物の内部にも、お客と思われる人影は見当たらない。
ネッカから醸し出される静かな緊迫感に、何となくテリーゴの表情も引き締まったように見えた。
少しの違和感を感じるほど広々とした1階を見渡してから、カフェにあるようなテーブルと椅子が置いてある、床が半分しかない2階を見上げたとき、その柵の向こうにふと人影のようなものが見えた。
「ネッカさん、上」
ネッカが2階を見上げたときにはすでにその人影は見えなくなっていたが、その人影が仲間を呼んだのかすぐに大勢の人が姿を現し始めた。
やっぱり待ち伏せしてたみたいだな。
でも人数的には問題無いか。
暗い緑色の服を着た人達が3人を見下ろすように2階の柵の前に並んだとき、1階の奥にある地下への階段からも、同じような暗い緑色の服を着た人達がまた何人か駆け上がってきた。
おっと・・・。
「ようこそ、魔法捜査団の方。用心棒を連れてくるところを見ると、他の方はまんまと我々の罠にはまったってことかな?」
2階のちょうど真ん中に立つ、周りの人よりも一際威圧感を醸し出す男性が、柵に足をかけながら少し身を乗り出し、見下すような笑みを浮かべる。
罠?・・・一体何の話だろう。
その男性はおもむろに膝の上に右腕を乗せ、まるで威嚇するかのように右腕に装着された機械を見せつけてくる。
「でもあなたがわざわざ待ち伏せてるなんて、私達を完全に分断させる自信はなかったみたいね」
リーダー格と思われる男性に負けじと挑発的な笑みを返すネッカに、何となく虚栄心のようなものは伺えなかった。
「確かに確実に分断出来るなんて思わないさ、だがだからこそ、このチャンスをものにするために本気を出すんだよ、1人でも確実に潰すためにな」
そんな時に2階の奥から重たい足音が聞こえてくると、リーダー格の男性の背後に、人の2倍ほどある足が4本の人型の機械がぎこちない動きでゆっくりと歩み寄った。
「な、何あれ」
表情を引き締めながらそう呟いたネッカに、リーダー格の男性の、自信の滲み出るような笑みがまた少しだけ深くなる。
するとリーダー格の男性は右腕に装着した機械の中央辺りに、何やら赤く染まった丸いものを嵌め込む。
直後に機械の中にたたまれていた、赤く刃のように光沢を放つものが機械音と共に回転し、右腕に装着された機械が腕に固定された剣のような形になると、その男性は颯爽と2階から飛び降り、右腕を大きく振り上げた。
「おらぁっ」
そして1階に着地すると同時に振り下ろされた赤い剣から瞬間的に炎が噴き出され、まるで纏まった衝撃波のような形を成してこちらの方に飛んできた。
テリーゴと共にとっさに左右へ逃げたが、ネッカは足を踏ん張って身構えながら、短剣を盾にするように前に突き出す。
ネッカさん・・・。
すると飛んできた炎はまるで壁にぶつかったように形を崩し、瞬く間に辺りへと消えていった。
「ほう、今のを防ぐとはな」
「あなたが前のを壊してくれたおかげで、改良型を使えるようになったの。もう前のようにはいかないよ?」
「どうかな、どれほどの名刀を手にしても、使い手が悪ければそれはただのガラクタだ」
ネッカさんの短剣じゃ、あの人の剣には長さで負けるんじゃないかな。
リーダー格の男性が走り出したとき、ネッカの持つ短剣から放たれた光が瞬時に通常の剣と同じくらいの長さに形作られた。
わぁ、ルーベムーンってあんなことも出来たのか。
すると他の手下も街中で会ったときと同じような剣を携えて向かってきたので、テリーゴとネッカの動きを気にしながら、手下に応戦していった。
沈黙を破る突然の砲撃音に、皆が一様にその方へと目を向けたとき、白煙の尾を引きながら地面に落ちたそれは瞬時に爆音を鳴らし、凄まじい勢いで広がった炎は砂埃を巻き上げて黒煙を立ち上らせた。
あ・・・あれって。
「・・・おいっライトっ本部に連絡しろっ遂に始まったぞっ・・・総員戦闘体勢に入れっ」
ロボットに搭乗していく人や、各々武器を持ちに行く達で、それまで緊張感の纏った静寂に包まれていた場所が、瞬く間に緊迫感がのしかかる戦場になった。
始まったか、戦争。
戦力が互角って言ってたし、あっちにもデカルト・ウーノみたいな兵器とかあるのかな?
「テイマ少将、すべて準備万端です。あとはまぁ、突撃だけです」
「そうか」
力強さを宿った眼差しのテイマ少将だが、何かを仕方ないそうに思うようなため息をつきながら、敵軍のいる方へと顔を向ける。
4本足が着いた戦車のようなものを何機か横に並べながら、敵軍はゆっくりではあるが着実に国境へと歩み寄ってきている。
あれがあっちの主戦力か・・・。
「決して国境は越えるなよ?越えた途端にグリフォンの射程距離に入っちまうからな」
「はい」
「・・・それって、あの4本足のやつのこと?」
「いや、グリフォンってのは、オルベルが国の技術を結集させて作った、世界最高峰の射程距離を持つエネルギー弾式レールガンだ」
相手の領土に入った時点でそのグリフォンに狙い撃ちされちゃうって訳か。
「じゃあ、こっちで戦うしかないってこと?」
「あぁ、そうだな。さぁお前も前線に立ってくれ」
世界最高峰の射程距離か・・・。
見えないほど遠くにあっても、発射する位置が分かれば氷弾を撃ち込めるかも知れないな。
「一応聞いてみるけど、どこらへんに発射台があるかは分からないよね?」
「いや、領土の丁度ど真ん中にある要塞と一体になってるが、そんなこと聞いてどうすんだ?」
「グリフォンを直接叩こうと思って」
するとテイマ少将は一瞬驚きの表情を浮かべた後すぐにニヤつき出し、呆れるように遠くに目を逸らしていった。
「お前がどんな力を持ってるかは知らないが、無理だと思うぜ?ただ命を粗末にするようなもんだ」
「ちょっと試しにやってみるよ」
「俺は責任とらないからな。ウィンスターには勝手に行っちまったって言っとくぞ?」
絶氷牙で上空に飛びながら、ミサイルや銃弾が激しく行き交う戦場を何となく見下ろす。
デカルト・ウーノと敵軍の足付き戦車じゃ、比べものにならないくらい機動力に差があるみたいだな。
氷王牙を纏って翼を解放し、とりあえず足付き戦車の列が続いている方へと飛んでいく。
国境がどこらへんかは分からないけど・・・。
足付き戦車の小隊の最後尾が見えてきた頃、突如体に何かが着弾すると、直後に更にまた何かが着弾していき、爆音と凄まじい衝撃が連続的に体中に響き渡った。
なっ・・・。
直後にまた更に何かが着弾するが、それは最初のものよりも強い衝撃を生み、爆音や爆風でさえも先程のそれを上回った。
くっ・・・。
そして更にまた何かが着弾すると、先程の強い衝撃をも上回った衝撃が体中を包み込み、意識も一瞬だけ遠退いた。
お・・・っと。
気がつくとすぐ目の前にはデカルト・ウーノが迫って来ていたので、すぐにブースターを吹き出して反動を消し、デカルト・ウーノへの衝突を回避した。
ふぅ、びっくりした。
下向いてたから、何かが飛んできたのが見えなかったな。
今のが、グリフォン、かな?
地面に降り立って翼と鎧を消したとき、テイマ少将が歩み寄ってきたのが視界に入った。
「お前・・・体だけは丈夫ってか?」
冷ややかな眼差しをしているが、その中には何となく安心したような落ち着きも伺えた。
「いきなりでびっくりしたけど、あれが、グリフォンなのかな?何か何発も食らったように感じたけど」
「あぁ、グリフォンってのはな、3種類のレールガンを目標の捕捉時に一斉射撃するっていうもんなんだ。3連射する小口径レールガン、その後に2連射する中口径レールガン、そして最後に1発だが威力の高い大口径レールガン。射程距離に入って捕捉されると、一気にそれを食らう。だから絶対に近づくなって言ってんだ」
「なるほど」
じゃあ、あの一瞬で6発も撃ち込まれたのか。
「さすがにあれは動けなかったよ。でも僕も遠距離射撃出来るし、場所が分かれば撃ち込めるかもって思ったんだ」
「なぁカイル、何かあいつら、妙にタフじゃないか?」
「そうだね、服に何か仕掛けとかあるのかな?」
背中を合わせていて表情は分からないが、テリーゴの声色からは若干の疲労感が伺える。
「どうだろうな、でもこのまま時間潰すのもなんだし、本気出して一気にやっちゃおうか」
「うん」
ふと視界に入ったネッカが蹴り飛ばされると、ネッカはそのままこちらの方に後ずさって来た。
「2人共・・・もうそろそろ逃げて、ここは私だけで大丈夫だから」
「え・・・」
全然、大丈夫そうに見えないんだけどな。
「何言ってんのさ、こっからだっての。行くぞカイル」
「うん、翼解放」
翼を生やした鎧を纏った姿に、ネッカは純粋に驚きの表情を浮かべたが、距離を取った位置で身構えていたリーダー格の男性は、まるで戦いを楽しむかのように小さく笑みを浮かべた。
「おいお前、あれ使え」
リーダー格の男性が1人の男性に何やら指示をすると、男性はすぐに2階への階段を駆け上がり始めた。
何だろ、あれって、まさかあの4本足の機械かな。
「悪いな魔法捜査官、こっちも切り札を切らせて貰う」
「切り札?あの兵器のこと?」
言葉を返さずに小さく笑みを浮かべたリーダー格の男性は、また別の男性に何やら目で合図をした。
間もなくして2階に上がった男性が機械に乗り込むと同時に、地下から1人の男性が姿を現した。
ん?・・・あの人、皆と同じような武器を着けてないみたいだ。
というか、かと言って何かしらの別の武器を持ってるようにも見えない。
「誰も、切り札が1つだとは言ってない」
あの人も切り札だって言っても、武器を持たずにどうやって戦うのかな。
地下から上がって来た男性がリーダー格の隣に来ると、その男性はおもむろに右手を胸に当て、ゆっくりと胸元の服を握りしめた。
すると突如男性の全身が、暖かい光のような色をした炎に勢いよく包まれる。
「うおっ」
テリーゴの声が空しく消えていったと同時に、男性を包んだ光色の炎は瞬時に固まり、まるで鎧のように男性の全身を覆った。
「ま、まさか・・・ゼビス人?どうして、あなた達がゼビスと関わりを」
「これから死ぬあんたには喋っても良さそうだな、まぁ簡単に言えば、アルバートのおっさんが用意してくれたもんだ」
「アルバート財閥が、ゼビスと?一体何のために?あそこは1番閉鎖的な国なのに」
「さあな。さぁ、もういいだろ」
まるで周りの空気が震えるような、強い殺気を放つゼビス人とやらが走り出すと、ネッカは足がすくんだのか、恐れるように剣を前に出して身構える。
異世界は未知の領域ですからね、不死身である氷牙でもどこまで頑張れるかですね。
ありがとうございました。




