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エネルゲイア×ディビエイト  作者: 加藤貴敏
第八章

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優しさという名の寂しさ

しばらくしてテリーゴは何かのお店のような外見をした建物の中に入った。

「お、テリーゴか」

貼紙が貼ってある看板のようなものがいくつか立てられている、落ち着いた雰囲気のエントランスの奥で受付を構えている男性は、すぐにテリーゴに軽く手を挙げて微笑みを向けた。

「もう用事は済んだのか?」

「まぁ半分くらいかな、帰る途中で気になる話を聞いたから、もしかしたらヨウさんも知ってるかと思って」

「そうかぁ」

中年だが頼りがいのあるたくましい雰囲気を醸し出すヨウと呼ばれた男性は、軽く頷いた後にこちらに目を向けてきた。

「こちらさんは、テリーゴの連れか?」

「まあな、ちょっと手伝って貰おうと思って連れてきた」

「どうもカイルです」

「おう、俺はここでカフェバー兼情報屋をやってる、ヨウ・ススラギだ。生まれは隣のシンバンだが、国籍はこっちだから名前の順序が逆なんだ、カッコイイだろ?」

えっと・・・。

「そうですね」

情報屋か・・・情報までお金でやり取りするのか。

「んで?聞きたいことってのは何だ?」

「ホンゴウラ、についてだな」

ホンゴウラ?って・・・何だろ。

するとヨウは特に驚くことも、畏れるような表情の変化もなく、ただホンゴウラが何かを知っているかのようにゆっくりと頷いた。

「ホンゴウラか、シンバンじゃ、今1番注目のワードだな。それで、具体的に知りたいことは何だ?」

「んー・・・次はいつどこで新兵器を使うか、ってとこかなぁ」

再び頷き始めたヨウだが、すくめた眉と小さなため息に、何となく雲行きの怪しさを感じた。

「そいつは難しいな。まぁ近いうちに何かをしでかすってのは目に見えてんだがな。よし分かった、何か掴んだらシーシーに連絡入れとくわ」

「あぁ頼んだよ。あ、ついでに何か食おうかな、ちょうど腹減ってるし」

「おおそうか」

「カイルも食うか?」

「うん、そうする」



「あれ、どうかしましたか?」

「たった今、オルベル軍から宣戦布告と取れる動きが見られたから、政府は軍隊を国境沿いに配備することを決定したわ」

ハランの表情からは強い緊迫感が伝わるが、話を聞いているソウジンに驚いているような様子は見られない。

「そうですか。じゃあ、持っていきますか?」

「ええ、許可、貰えるかしら?」

何だ?何の話かな。

「問題無いですよ」

宣戦布告ってことは戦争的なことでも起こるのか。

「あのさ、よく分かんないけど、武器が必要なら僕も行っていいかな?」

「え・・・」

ハランは驚くように言葉に詰まり、戸惑うように眉間に小さくシワを寄せる。

「あたしに聞かれても・・・兵器の使用許可はソウジンさんに一任されてるから・・・」

「ソウジン、もう良いでしょ?」

「まぁ確かにデータ採取は一段落しましたが・・・でしたら、戦闘データの採取として研究員を1人同行させます。それなら許可しますよ」

「そうか」

やっと外に出れる。



「じゃあすぐにでも国王に会いに行きましょう」

「・・・うん」

良いのかな、私は、見た目こそ王女だけど・・・王女じゃない。

「本当に良いのかな」

「でも、あなたはそのためだけに作られたのよ?」

そのためだけ・・・。

王女になるためだけ・・・。

「ラスター、先に城に連絡しておいて」

「はい」

女性の後について研究室を出ると、そこは植物が生い茂った部屋に繋がっていて、突如視界いっぱいに広がった緑色に何となく胸の奥が軽くなった。

「すごいね、ここ」

「ここは世界中の植物を研究するために作った植物園よ。緑色はリラックス効果があるから、ここは気分転換にも使えるの」

ふと目に留まった周りとは少し変わった形をした植物や、何となく気になる独特な臭いを放つ植物が、落ち着いたばかりの気分を弾ませていく。

気分の変化が感じられるのは、私が王女の姿だからかな?

「その笑顔よ。緊張するかも知れないけど、国王にその笑顔をしっかり見せてあげてね」

「・・・うん」

白く質素な壁質から、円みと高級感を帯びたものへ景色が変わっていくと、すぐに日の光りを浴びると共に澄んだ青空と賑やかな町並みが視界に広がった。

突如、頭に一瞬の痛みが走ると、ぼやけてはいるが妙に理解出来る景色が脳裏に焼き付いた。

「もしかして、あの赤い尖った屋根の建物が、国王の居るお城?」

「まさか・・・記憶が戻ったの?」

「戻ったっていうほどのものじゃない。何となく、浮かんだだけ」

表情は落ち着かせていったが、女性は同時に何かを考え込むように眉をすくめていった。

「そう・・・でももしかしたら、時間が経って、あなたの細胞が王女の細胞に完全に同調すれば、記憶もすべて甦るかも知れないわ?」

時間が経てば・・・か。

お城に向かう途中、町の所々に立てられている大きな看板には、研究室で見た気品溢れる王女の姿の画が載せられていた。

確か、意識を失って1年経つって言ってたか。

1年も経つのに、まだこんなに王女の姿が見れるのは、それほど王女は国民に愛されていたってことなのかな。

私も、こんな風にならなきゃいけないのかな。

お城の前に着くと、門の前で番をしている2人の男性はすぐさま驚きの表情を浮かべた。

「バルサ生物研究所、第3研究室副室長のヴリス・ハルヘグよ。連絡は行ってるわよね?」

「あ、はい伺ってます、どうぞ」

女性が歩き出したので後に続くが、2人の門番の食い入るような目線に妙に恥ずかしさを覚え、何となく足早にお城へと足を踏み入れていった。

高級感が満ち溢れている赤い絨毯を進み、塵ひとつ無いほど磨かれた手摺りを掴みながら階段を上がる。

国王って、どんな人だろう・・・。

すれ違う使用人の視線が気になる中、ようやく女性の足が止まると、目の前には無駄に大きな扉が2人の使用人を前に従えて悠然と建ち構えていた。

この奥に、国王が。

使用人が扉を叩くと緊張感が胸をきつく締め付け、女性の後について歩き出したときに更に重厚な圧迫感が胸を包み込む。

ふぅ・・・さすがに緊張しちゃうな。

毛皮が付けられた勇ましさを感じる服を着た、顔のシワがまた威厳を感じさせる男性と、何となく王女の面影があるが優しそうな雰囲気を感じる女性が、こちらをまっすぐ見つめながらゆっくりと歩み寄る。

この人が国王と、女王・・・。

「おお・・・まさにエストレージャだ」

「本当に、そっくりね」

国王に応えた女王だが、すぐに表情を歪ませると両手で口元を覆い、小刻みに肩を震わせた。

女王の肩に優しく腕を回した後に国王が更に近くに歩み寄って来るが、国王の眼差しに宿る、後ろめたさを感じるような何かにふと目を奪われた。

「・・・すまない」

え・・・。

すまない?・・・。

すると何故か浮かない顔の国王が優しく抱きしめてくると、温もりは感じるが同時に寂しさのようなものも伝わってきた。

「すまないな、君にこんなことをさせてしまって」

「それは、どういう意味?」

「最初は、確かにエストレージャの笑顔、声、温もりを再び蘇らせたいと、ただそれだけを願った。だが、いざ君を目の前にして、私はなんということをしたのだと、自責の念にかられたのだ」

自責?・・・。

女王の涙も、だからなのかな・・・。

「でも、どうして?」

「一目見て分かったのだ。君はエストレージャではない。エストレージャにあるものを、君は持ってはいない」

王女にあるもの?

しかしこちらを見る国王の眼差しは温かく、優しさに近いものははっきりと感じた。

「だが、エストレージャにないものを君は持ってる。君は、君の人生を歩んでいけばいい」

王女に、ないものを、私が・・・。

よく分からないけど・・・。

「国王、本当に宜しいのですか?」

ヴリスが残念そうな表情で国王に問いかけるが、国王の眼差しは自身を意思で固めるようにその力強さを増し、ゆっくりと小さく、だが力強く頷きを返した。

「研究内容を聞いたときから迷いがあった。新しいエストレージャを愛せない訳じゃない、だが、本当にこれが正しいのかと、ずっと胸に引っ掛かっていたのだ」

そんな・・・。

これじゃ、私、存在理由が無くなっちゃう。

「でも私、王女になるために作られたのに」

「君自身も、分かっているのではないか?君は、エストレージャそのものじゃない。エストレージャになるために作られたからといって、必ずしもそうならなくてはならない訳ではないのだ」

王女になるために作られたのに、王女にならなきゃいけない訳じゃない?・・・。

何を言ってるのか分からない・・・私は、どうすれば?

「じゃあ、私はこれからどうすればいいの?」

すると国王は小さく目尻にシワを寄せて優しさを滲ませた眼差しになり、再びこちらの肩に手を乗せた。

「君の表情からは、エストレージャにはない慈悲深さを感じる。君には、君の人生がもうすでに始まっているのだ。だから、君は君を生きなさい」

慈悲深さ?・・・。

やっぱりよく分からない・・・。

お城を後にしてから浴びた日の光りは、お城に入る前と比べて、何となく冷ややかな感じがした。

「本当に良いの?国王からの養女になるお誘いを断って」

「・・・うん」

私が王女じゃないなら、私の居場所は、きっとあそこじゃない。

「ごめんねヴリス、私、無駄だったね」

「いいのよ。製造データなら今後の研究の参考に出来るから。国王の言う通り、あなたはあなたを生きればいいのよ」

突如頭に一瞬の痛みが走ると、戦場で銃口を前に仁王立ちした際の、王女の満足げな感情が胸に湧き上がり、そして別の所では顔がおぼろげな男性が口にした言葉が、まるで直に囁かれたかのように耳に残った。

何だ?・・・今の。



「ところで、こっちの国でテリーゴが手に入れた技術ってどんなの?」

「ああ、ルーベっていう科学者が考案したもので、簡単に言えば、膨大なエネルギーを高圧縮する技術だな」

「へぇ」

「ほら、あれだよ」

足を止めたテリーゴがそう言って指を差したのでその方に目を向けると、そこには町並みを飾るかのような、ほんのりと光を放つ球体が塔のような建物のてっぺんに佇んでいた。

そういえばあれ、町中でよく見かけるな。

「じゃあ、あれをクラスタシアのところに持ってくの?」

「まあな、まぁあれよりは小さいやつをな」

上り終えた坂から見渡した町並みの奥には、空の色を写し取ったように揺らめく、海とやらがあった。

何度見てもすごいな、僕の国からじゃ、とても見に行ける距離じゃないしな。

確か、調査から帰った天魔の王様は、片道で丸20日かかったとか言ってたしな。

「そういえば、時々この港町、他国からの船に攻撃を受けてるらしいね。そのときはもう戦争でも起こったみたいになるんだって」

ということは、今は冷戦状態ってことかな。

「それって、普通に今も戦争してるってことじゃないの?」

「ああ・・・まぁそうとも言うか」

一瞬戸惑いを見せたテリーゴだが、すぐに持ち前の明るさで笑い飛ばしながら、ゆっくりと坂を下り始めた。

「ついでに、その戦争してる国も調べてみたら?」

「いやぁ、それがダメなんだよ」

「え、何で?」

「いや何か、情報があまり無いみたいで、ここ数年、誰も行って帰ってきた人が居ないんだって。だからもしかしたら、行ったら命が危ないかも知れないんだよね。それはさすがにリスクが大きいよ」

そんなに危険な国なのか・・・相当高い軍事力を持ってるってことかな?

「そっかぁ。じゃあその国の船がこっちに来たときに調べるしかないね」

「あぁ、オイラも狙うとしたらそこだと思ってんだよね」

でも今は、ホンゴウラとやらが先だろうか。

「そういえば、その国って何て国?」

「ゼビスってんだ」



戦車は無いけど、代わりに搭乗型のロボットが沢山あるみたいだな。

「こいつか、例の臨時兵器ってやつは」

見た目は若いが、ベテランの雰囲気を醸し出す軍人がこちらに歩み寄ると、前に居たハランと世間話でもするかのように向かい合った。

「そうよ。ここからは現場の人間に任せるから、テイマ少将にこれ頼むわね」

「え、ああ、分かった。そっちの研究員は何だ?」

「戦闘データを取りたいだけだから、邪魔にはならないと思うわ?」

「そうか」

ヴリス・ハルヘグ(32)

バルーラの首都セロにあるバルサ生物研究所の、第3研究室副室長。主に擬態生物の研究をしている。研究対象には優しく接するという信念を持っている為、王女の擬態生物の管理を自ら担っている。


ありがとうございました。

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