ノブナガと呼ばれる者
とりあえず上空から林を見下ろしながら、実のある木を探してみる。
・・・割とあっちの方は葉っぱが密集してる木が少ないな。
周りの木々より少し背の低さが目立つ木の傍に降り立つ。
そしてその木を見るとすぐにたくさんの立派に育った実が確認出来た。
あったあった。
本当にでかいな、前に見たときのより一回り以上はありそうだ。
両手で優しく実を掴み、ゆっくりと枝から実をもぎ取る。
これならマナミとミント達の分を合わせても1つで済みそうだ。
「お帰りなさい」
「あぁ」
一言声を発したおじさんはすぐに巨大なモニターに目線を戻し、集中するようにキーボードを叩き出す。
報告の後の指示とやらはまだ無いみたいだな。
何となく実を背中に隠しながら会議室への扉を開けると、テレビを見ていたマナミ達がリラックスしたような表情でこちらに顔を向けてくる。
「あ、氷牙、またどっか行ってたの?」
「あぁ、それで、マナミ達にお土産持ってきたよ」
「えっほんとに?」
マナミが笑顔になると同時に、ミント達も興味を湧かせるように笑みを浮かべていく。
「これだよ」
背中に隠していたものを3人の前に出すと、すぐにミント達が嬉しさの混ざった驚きの声を上げた。
「ラフーナだぁ」
「なぁに?それ」
テーブルの上にラフーナを置いたときに、小さく首を傾げながらマナミが口を開く。
「ミント達の世界にある食べ物だよ」
するとすぐにマナミは笑顔を浮かべ、赤くでこぼこした外見のラフーナを見つめ始めた。
「へぇー大きいね、メロンくらいかな」
「本当はもうちょっと小さいんだけど、今の季節はスコールがあるから、植物の育ちが良いんだって」
「へぇー、もうすぐお昼ご飯の時間だし、ちょうど良いね」
ふと研究室の扉が開かれるのが見えると、すぐにユウジとアキが会議室に入ってきた。
「あれ、氷牙だ、今帰ってきたの?」
「あぁ」
小さく頷いたユウジはすぐに椅子を引きながらテーブルに目を向ける。
「あれ?何だこれ」
ユウジに続いて会議室に入ってきたアキも、何気なくテーブルに目を向けていく。
「ん?あ、これは・・・何かの卵じゃないかな」
「まじか」
「違うよ、ラフーナ、だよ」
マナミがからかうように小さくニヤつきながら口を挟むと、ユウジは唸り出しながら椅子に座るが、アキは椅子に手を掛けながら少し険しい表情でこちらに顔を向けてきた。
「もしかして、氷牙が持ってきたの?」
「あぁ、ミント達の世界の食べ物なんだ」
「え・・・」
すると更に深刻そうに表情を曇らせながらアキはゆっくりと椅子に座る。
「こういうのって、持ってきて良いのかな?植物なら花粉とかついて、知らずに外来種を持ち出すことになったりすると思うけど」
「食べちゃえば大丈夫だよ」
笑顔を曇らせずにマナミが応えると、アキはマナミの笑顔に言葉を詰まらせ、一瞬だけ黙り込んだ。
「まぁ、そうかもね」
もう、お昼時か。
あっちの組織の人もお昼ご飯食べてるときだと思うし、丁度良いから食べてから行くかな。
「ねぇ氷牙知ってる?アメリカのニュース」
ユウコは冷し中華を啜りながら、何気なく口を開き、こちらに顔を向ける。
「何のニュース?」
「何かね、ついにヤバくなってきたの」
「・・・そうか、どんな感じで?」
ユウコが小さく唸りながら、助けを求めるようにヒカルコに顔を向けると、ヒカルコは若干呆れるような笑顔をユウコに返す。
「最近アメリカで、空母戦争ってのがあるの」
そしてこちらに顔を向けたヒカルコは、落ち着いた笑みを見せながら淡々と喋り始めた。
「空母戦争?」
「うんと、正義の味方の能力者とテロリスト能力者との間で、空母への攻防戦が今ニュースになってるの。それでついに、ジョン・F・ケネディが機動不能になっちゃったんだって」
「そうか」
能力者を軍事力そのものに置き換えることは可能だと思うけど、やっぱり無くなったら無くなったで国としてはやばいのかな。
「あと、ロシアでも空母戦争が起き始めたって噂もあるみたいよ」
「そうか」
「そうだ、氷牙、助けてあげれば?」
ユウコが楽しそうに喋りながら話に入ってくると、ユウコに目を向けたヒカルコも納得したように頷き出す。
「もう1人の氷牙と戦ったときの姿なら、楽勝でしょ?」
「どうかな、逆にテロリストごと空母も無くなっちゃうかもね」
「えぇっまじで?」
驚くユウコを見ながらラザニアにフォークを入れ、掻き出したラザニアを口に運ぶ。
「それに、やっぱり国は自分達で守りたいんじゃない?」
「んー、そっかぁ」
戦争か・・・割り込んでテロリストを倒したとしても、きっとまた新しいテロリストが出てくるだろう。
横槍を入れて余計に戦況を歪ませるかも知れないし、第三者からの刺激はあまり無い方が良いかな。
「あ、氷牙、ノブナガに会いに行くんだね」
会議室の扉を開けるとすでにこちらに顔を向けていたアキは、切り分けたラフーナを食べながらすぐに口を開く。
「あぁ」
「氷牙、ラフーナ美味しいよ?」
「そうか良かった、今度また異世界行ったら、お土産持って来るよ」
満面の笑みで頷くマナミを見ながら、おじさんの部屋の扉に手を掛ける。
「あ、氷牙君、本部から指示がありましたので、少々お時間良いですか?」
「あぁ」
椅子を出されたので静かに椅子に座ると、おじさんは片手をキーボードに置きながら椅子を少し回し、体の半分をこちらに向けた。
「お話と言っても長くはありません。氷牙君には、今回私の世界に来て頂く準備が出来たということを伝えたかっただけです」
「そうか、それって、すぐに行った方が良いの?」
するとおじさんは眉を少し上げ、考え込むように小さくうつむき出した。
「通常ならそうして頂きたいのですが、ここで私から1つ提案がございます」
「提案?」
「氷牙君が堕混を始めとしてディビエイトのことを調べていたのは偶然ですが、それをそのまま続けて頂こうと思いまして。こちらとしても敵の情報は欲しいですからね」
「そうか」
じゃあまた異世界に行くってことかな。
「今回は、私からの依頼で異世界に行って頂きたいんですが、良いですか?」
「分かった。でもその前に、伊豆半島にある組織に繋いでくれる?」
「はい」
奥の扉を抜けるとガラス張りの天井が印象的な部屋に繋がっていて、その部屋には低い本棚に背もたれが着いたものが数多く規則的に置かれていた。
そしてすぐに扉の近くに設置された巨大なモニターの前に座っている、組織のオーナーがこちらに顔を向ける。
「もしかして、氷牙さんですか?」
「あぁ」
一瞬の戸惑いを覚えるほどの若さと緊張感が感じられない明るい表情をしたオーナーはすぐに席を立ち、1人の男性が居る方へと歩き出した。
まるで女子高生だな。
男性を連れてきたオーナーは椅子に座ると、椅子を回して体を半分こちらに向けながら頬杖をつく。
「待ってたよ。お昼前には来るかと思ってたけど、色々と忙しいようだね」
「まぁね」
一見陽気そうな外見だが、落ち着いた雰囲気を放っている男性はゆっくりと手を差し出す。
「俺はナバリシンゴだ」
「あぁ」
高校生には見えないな。
シンゴの手を掴むと、シンゴは小さく頷きながら何かを見定めるような鋭い眼差しを向けてくる。
「じゃあ早速ノブナガについて教えてよ」
「その前に、1つ頼みがあるんだ。信用してない訳じゃないんだが、実力をこの目で見てないのも事実だからな」
「そうか」
足代わりにした本棚の上に、透明なアクリル板のようなものを置いて作ったテーブルにコップを置いたシンゴは、おもむろにポケットから携帯電話を取り出した。
「簡単に言えばテロリストの組織を叩く手伝いをして貰いたいんだ。富士宮にある組織と協力してテロ組織を叩いてるんだが、現状としてはトカゲの尻尾切りでな、今だ大きな痛手を負わせられてないんだ」
そこそこ大きなテロ組織ってことかな。
「まぁ、ノブナガの件のついでと言っちゃなんだけど、氷牙の力を借りようと思ってな」
「そうか」
するとシンゴは携帯電話を耳元に当て、誰かと話をし始めた。
「・・・あぁ、予定通り氷牙に協力を得られたから、今から向かう。・・・いや、氷牙が行くまで待機が良いだろう・・・あぁ」
携帯電話を閉じたシンゴは表情を引き締めながら素早く立ち上がる。
「来たそうそう悪いが、今から現場まで向かう。仲間が待ってるからな」
「分かった」
場所は・・・まぁ行けば分かるか。
そしてシンゴはネズミのデザインのシールキーを壁に貼り、扉が現れるとすぐに扉を開けて中に入っていく。
そこはまた建物の中に繋がっていたが、こちらに顔を向けた人達の雰囲気からはすぐに緊張感が伝わってきた。
「おお、本当に氷狼だ」
すると頭に手を乗せて椅子に座っていた金髪の男性が最初に口を開く。
「いや、氷牙っていうらしいぜ、本当は」
「まじで?」
「あぁ、あれ?前に見せなかったっけ那波凛子のブログ」
金髪の男性の横の、テーブルに軽く寄り掛かるタンクトップの男性が応えているのを見ながら、シンゴに連れられて皆の前に立つ。
「それじゃあ早速行こうか」
シンゴが緊張感のある声色で皆に語りかけると、男性達は表情を引き締めながら各々立ち上がっていく。
戦い向きじゃなさそうなあの女性も戦うのかな。
「みんな頑張ってね」
するとふと気になったその女性はそう言いながら手を振り出した。
やっぱり戦わないみたいだ・・・。
でもここに居るってことは・・・。
「もしかして、君は傷を治す役とか?」
一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐにその女性は微笑みながら小さく頷いた。
「うん、そうだよ。あ、氷牙さんもケガしたら治してあげる」
「あぁ」
皆の後について小屋を出ると、目の前の林の中には広い山道が1本、まるで敵地に誘うかのように真っ直ぐ延びていた。
・・・僕を入れて6人か・・・。
「トカゲの尻尾切りってことは、テロ組織にも治療役が居るのかな」
「恐らくはそうだろうが、前線に立つ奴らが意外と手強くてな、真相は分からない」
シンゴが喋り終えたときに山道の中腹に差し掛かると、見下ろした下り道の先の開けた場所には4人の人影があった。
あの人達がテロリストかな。
そしてまるで来るのが分かっていたかのように仁王立ちしているテロリスト達に近づいて行く。
「悪いが氷牙、先行してくれないか?あんたなら問題無いだろ?」
「分かった」
立ち止まった皆の前に出て、そのままテロリスト達の方へ近づいていく。
するとテロリスト達はこちらを凝視しながら仁王立ちを解き、警戒するように各々身構えていく。
「あいつ、まさか」
微かに聞こえるテロリストの声を聞きながら、体の底にある力に意識を集中する。
「翼解放」
「・・・ば、馬鹿野郎、氷狼じゃねぇよ、ビビらせんな」
「いや、YouTubeで見たことがある、あの姿は、氷狼のもう1つの力だ・・・」
1人のテロリストがそう言うと、警戒心を剥き出しにするように地面を踏み締めながらも、テロリスト達はゆっくりと後ずさりしていく。
「くっ・・・1度退くか?それともここでやるか・・・」
「いや・・・」
しかし1人のテロリストは表情を引き締め、闘志を湧かせるようにこちらを睨みつけてきた。
「反撃の隙を与えずに、速攻で決める」
するとそのテロリストの全身が赤と青の2色のオーラに包まれ始める。
「行くぞっ」
その直後に2色のオーラを纏うテロリストがこちらに飛び掛かり、見えない防壁に赤と青のオーラを放つ拳を突きつけた。
「はぁっ」
すると瞬時に防壁に着いたままの拳から、爆発するように赤と青の炎が広がると、その衝撃と熱に防壁のヒビが一気に視界を覆うほどになった。
相手は炎か、けど天魔の力で弱点は若干カバー出来てるみたいだな。
防壁のヒビを直しながらテロリストに天魔と氷の紋章を向け、素早く天魔氷弾を撃って反撃をする。
目の前のテロリストが光と闇と氷の爆風に包まれると同時に、真横の防壁には白く染まった腕の形をした巨大な岩が激突し、反対側には巨大なウニみたいなものが振り子のように振られて勢いよく防壁に激突していた。
名張 信悟(ナバリ シンゴ)(23)
伊豆半島にある組織に属する能力者で、ノブ同様に自警団のリーダー的存在。最近はとあるテロ組織に手を焼いているらしい。




