原点からの再出発
これまでのあらすじ
ハルクとの再会と共にディビエイトという言葉を聞いた氷牙は、堕混と関係があるかどうかを調べるために組織のオーナーに話を聞く。するとオーナーからは何故オーナーがこの世界に来たか、その真実を聞かされる。
あっちの世界で言う、外国でのスコールみたいなものかな。
「そうか。度々って、どれくらい?」
「んー、普通は3日に1回くらいだけど、多いときには2日連続で降るときもあるよ」
「そうか、大変だね」
しかしアリシアは笑顔のままゆっくりと首を横に振る。
「そうでもないよ。雨が止むと綺麗な虹が出るし、植物は雨に濡れた後にカラッとした日差しを受けるのを繰り返すから、いつもより育ちが良いの」
「なるほど」
話をしながら窓からしばらく雨を眺めていると、雨音が弱まり始めると共にまるで蛇口を締めるかのように雨が止んでいく。
「あ、止んできたよ」
「あぁ」
そして雨音が消えると、雨雲はゆっくりと裂かれていき、自然と空に溶けるように消えていった。
その時に扉がノックされる音がするとすぐにアリシアが出迎えに行く。
「あ、テミラ」
扉を開けたアリシアが口を開くと、すぐに秘書のような雰囲気を持つ女性は丁寧に軽くお辞儀をする。
「氷牙様がこちらにおられると聞きまして、お迎えに参りました」
お迎え?・・・。
ミレイユが帰ってきたからかな。
アリシアがこちらに顔を向けたので2人に近づいていくと、こちらに顔を向けたテミラと呼ばれた女性は再び丁寧にお辞儀をした。
「ミレイユが帰ってきたの?」
「はい。宿舎でお待ちになってますので、ご案内致します」
「分かった。これ、ありがとう」
バスタオルをアリシアに返すと、アリシアは笑顔で受け取るが、すぐにテミラが慌てたようにアリシアに両手を差し出す。
「私がお預かり致しましょうか?」
「あ、うん、お願い」
「はい」
テミラに連れられてエントランスに出て階段を下り、宿舎への渡り廊下に向かう。
そして宿舎に入ると、すぐに柱を囲むように置かれたベンチに腰掛けるミレイユと目が合った。
「それでは私はこれで」
「あぁ」
テミラが去っていくと同時にミレイユがこちらに歩み寄ってくる。
「氷牙」
「あぁ」
ミレイユは話を切り出されるのを待ち兼ねるような、緊張感のある表情をしていた。
「聞いたよ、ハルに会ったって」
「あぁ」
「とりあえず、座ろ?」
柱を囲むベンチに共に腰掛けると、小さく深呼吸したミレイユはリラックスするように表情を緩ませた。
「それで、ハルは・・・どうだった?」
「ちゃんと正気に戻ってたよ」
「そっかぁ、良かった」
落ち着いた表情に戻っていくミレイユだが、その眼差しはより一層寂しげなものになっていく。
「でもやっぱり戻る気、無いみたいね」
「いや」
「え?」
天井を見上げかけたミレイユはこちらに目線を戻しながら、驚くように目を大きく見開く。
「今は戻れないけど、伝言預かってきたよ」
「・・・伝言?」
「あぁ、必ず帰るって」
沈黙が流れると、ミレイユは小さく首を傾げながら眉をすくめる。
「それだけ?」
何かフォローしないとまずいかな。
「何て言うか、いつでも帰れるなら生き残る理由が出来たって言ってたし、絶対に戻る覚悟があるから多くは言わないんだと思うよ?」
ゆっくりと目線を落としていったミレイユは目を閉じると、溢れそうな思いを堪えるように口元を震わせながら小さく頷いた。
「・・・そっか」
そして静かにそう呟くとミレイユは無理矢理落ち着きを取り戻すように強く深呼吸し、天井を見上げながら呆れるように笑みを浮かべた。
「もう、しょうがないな、ハルは」
「じゃあ、とりあえず、伝言は伝えたよ」
さすが天使だな。
こちらに顔を向け笑顔を見せるミレイユからは、完全にリラックスしたような印象を受けた。
「うん、ありがとね」
「あと、ミント達からも伝言預かったよ」
「あ、そっか、2人共氷牙の世界に住んでるんだよね。そういえば2人も戻る気無いのかな?」
「あぁ、ミント達は戻る気無いみたい。だから、こっちは元気にしてるから心配しないでって」
小さく頷くと、ミレイユは安心を確信している中で見せるような、少し寂しげな表情を見せた。
「そっか」
それじゃ、帰ろうかな。
「アルマーナ大尉」
そんな時に少し慌てた様子で若い男性の兵士がミレイユの下にやって来る。
「カイル、どうかしたの?」
ふとこちらに目を向けたカイルと呼ばれた若い兵士は、こちらの事を気に留めることもなくすぐにミレイユに目線を戻す。
「またイビルが目撃されました」
・・・聞き慣れない名前だな、外国人じゃなさそうだけど。
すると素早く立ち上がったミレイユはまるで戦いを前にするかのように表情を引き締める。
「分かった。ねぇ氷牙、良ければちょっと手伝ってくれない?」
「あぁ」
まぁ、モンスターってところだろう。
ミレイユとカイルの後について宿舎を出ると、他の兵士を何人か連れてミレイユ達はそのまま郊外に出て行った。
エニグマとは違う生物が存在したのか、まぁその方が自然だけど。
しばらく歩くとエニグマの死骸が見えたが、ミレイユは気にも留めずにエニグマの死骸を通り過ぎる。
「みんな、近くに居るかも知れないから、気をつけて」
「はい」
エニグマを見てそう判断したなら、エニグマを捕食する何か、かな?
またしばらく林を進んでいたとき、まるで馬のようなひきつきを起こした鳴き声が聞こえてくると、すぐにその生物が姿を現した。
「みんな出たよ、翼解放っ」
「はっ翼解放」
おっと・・・じゃあ、僕も。
「翼解放」
翼が広がると、すぐにカイルがこちらに驚きの表情を向ける。
「アルマーナ大尉、この人は・・・」
いや、こっちも君に質問がある、その胸元にある赤い石・・・。
「あ、そっか、えっと後で説明するから、今はイビルに集中して」
「あ、はい」
・・・まぁ良いか。
すると細身だが筋肉質のゴリラと鳥人が合わさったような、全身黒い皮膚のそのイビルと呼ばれた生物が、まるで群れているかのように続けて数体現れる。
大きさはたいしたことないのに、何となく感じる殺気はエニグマよりも強い気がする。
そしてミレイユの指示で兵士達は展開し、各々イビル達に向かって行った。
胸に手を当て剣を取り出し、続けて剣の鍔に重ねるように光と闇の紋様を纏った紋章を出し、そして刀身を長く伸ばすと共に青白く染めながら光と闇を纏わせ、イビルとやらの動きを伺う。
1人の兵士がイビルに突き飛ばされたので、兵士に追撃の手が及ぶ前にイビルに向けて剣を振り上げる。
イビルの腕が宙を舞うと共にイビルの悲鳴のような雄叫びが轟くが、振り上げた剣の勢いを殺さずにそのまま剣を振り下ろす。
左肩から真っ二つに裂かれたイビルは、一瞬のうめき声のようなものを上げて地面に倒れ込んだ。
まずは1匹だな・・・。
他のイビル達の方に目を向けてみると、前線に立つカイルがト音記号のようにも見える剣を2本、白いものと黒いものをそれぞれ両手に携えて戦っていて、そしてミレイユや他の兵士達は、カイルの支援に回っている。
チームワークは良いけど、堕混のカイルでも大きなダメージは与えられてないみたいだな。
ミレイユの光の矢を受けたイビルが体勢を崩し、その隙にカイルが剣を振り下ろす。
若干の血しぶきは舞うものの、傷は小さく、イビルの俊敏な動きを鈍らせるほどのものにはならなかった。
少しだけ後ずさりしただけで、怯むことなくイビルはすぐに細くとも筋肉質な腕を振り上げながら、カイルに飛び掛かる。
「天魔氷弾」
剣先に光と闇の紋様を纏った紋章を出し、イビルの拳がカイルに着く前にイビルに光と闇を纏った氷弾を着弾させた。
「わっ」
光と闇を纏った氷の弾が破裂し、イビルが吹き飛ぶと共に爆風の巻き添えを受けたカイルも声を上げながら後ずさりする。
1体のイビルが盛大に木々にぶつかっていくと、その様を見た他のイビルは警戒心をあらわにするかのように兵士達から距離を取り始めた。
知能もそこそこあるみたいだな。
ほんの少し睨み合いが続くと、イビル達は逃げるように林の奥へと去って行った。
「ふぅ、他に目撃情報はある?」
「いえ、今は」
「そう、じゃあ戻ろう」
ミレイユが翼を消すと他の兵士達も翼を消していったので、皆に続いて翼を消した。
「大尉、どうしてこの人は天魔の力を持ってるんですか?」
「旧魔界での反乱軍との交戦のときに、氷牙は異世界からの来訪者でありながら高い戦闘力を買われて、女王様直属の兵士として一緒に戦ったの。天魔の力は戦いが終わった後にご褒美で貰ったの」
「そうだったんですか」
カイルが頷き出すと、他の兵士達も話を聞いていたかのように各々頷く。
「僕も聞いて良いかな?カイルは堕混なの?」
「あ、はい。正気を取り戻したときには全く知らない異世界に居たんですが、親切なお2人がこの世界に連れてきてくれたんです」
親切な2人?・・・。
通りすがりの人達だとしたら、異世界を自由に越えられる技術って、案外少なくないのかな?
するとカイルはこちらの顔を見ながらほくそ笑むように笑みを浮かべた。
「あなたならご兄弟ですから聞いてますよね?」
「え?」
僕に兄弟なんて居たのか・・・いや、居ないはず。
「確か、カソウという方でした」
カソウって、あの、火爪かな?
「カソウって、もしかして火を操るような力を使う火爪?」
「そうですよ。さっき見たときは気づきませんでしたけど」
兄弟じゃないけど顔は同じだからな、否定してもややこしくなるだけな。
「火爪さんが僕を正気に戻してくれた上に、この世界に戻してくれんです」
まぁでも火爪なら組織に戻ってすぐにこの世界に来れるか。
「そうか。そういえばミレイユ、さっきの、イビルって何なの?」
「つい最近、林のずっと向こうから来たってこと以外、あまりまだ分からないの。でも、エニグマを食べちゃうみたいだから、ほら、エニグマって防具の素材から食糧まで、私達にとっては必要不可欠なものでしょ?だから、とりあえず今はエニグマを食べられないようにしてるの」
「なるほど」
天界に戻ると隊は解散したものの、楽しそうに会話しながら皆同じように宿舎に戻っていく。
「じゃあ、僕も帰るよ」
ミレイユがこちらに振り返ると、ふとした表情からすぐに満面の笑みを浮かべていった。
「あ、うん、ありがとね、伝言」
「あぁ」
小さく手を振るミレイユに手を振り返しながら、天界の入口に向かう。
林のずっと向こうとやらには、三国や死神の国以外の国や街はあるのかな。
そして郊外の林に入り、絶氷牙を纏いながら石碑に向かい始める。
ん、通信が入ったみたいだ。
急いで人気の無い場所に向かい、通信筒のスイッチを入れる。
あっちから通信を入れてくるなんて、何か急用でもあるのかな。
「クラスタシアだよ、とりあえず、カイルの方は今どんな感じ?」
「あ、うん。イビルの細胞と血液、また少し摂れたから持ってくよ。それよりどうかしたの?クラスタシアから連絡するなんて、まさか研究がうまくいかないとか」
「いや、あたしの方も問題は無いんだ、ただちょっと気になることがあって」
声色を聞く限りは本当に問題は無さそうだけど、気になることって何だろう。
「そっか、何?」
「翼の解放ってさ、他にパターンとか無いの?」
「え、パターン?」
翼の解放の、パターン・・・?
「だって堕混の力って言ったって、結局はもとはカイルの世界のものでしょ?だからカイルなら知ってるかと思ってさ」
まぁそうだけど・・・そう言われてもな。
「パターンって、例えばどんな?」
「ああ・・・例えばもう1つ上の力がまだあって、段階的にその力を解放出来るとか。もしそういうものがあるなら、擬似的にそういうものを強制解放させる研究も出来るじゃん?」
もう1つを・・・段階的に?・・・。
「んー、僕が知ってる限り、そういうものは無いよ?」
すると通信筒を通してクラスタシアの小さなため息が聞こえた。
「そうかぁ、まぁ無いなら無いで良いけどさ」
「無いなら、逆に作れる余白があるってことになるんじゃないかな」
「はっはっは、簡単に言うけど、ちょうどあたしも同じこと考えたよ。じゃあ、あたしは研究続けるだけだし、カイルもサボんなよ?」
「分かってるよ」
あ、お土産・・・。
半分入りかけた体をゲートから離し、何となく周りを見渡す。
普通に果物だしな、探せばそこらへんに生えてるだろう。
この章からは異世界で章の区切りをつけなくなります。そこら辺も、パターンの中にある転機というところでしょうかね。
ありがとうございました。




