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エネルゲイア×ディビエイト  作者: 加藤貴敏
第八章

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優しくさすってくれる母の子守唄

少しの間巨大なモニターに解読不能の文章やら記号が打ち出されたり消されたりしていく。

そしてカードキーをキーボードから引き抜いたおじさんは、椅子を回してユズに体を向けた。

どうやら終わったみたいだな。

「もしまた気になる所があったら言って下さい。いつでも修正しますから」

「わーい、ありがと」

カードキーをベルトにしまうと、ユズが満面の笑みをこちらに向けてくる。

「早速見に行こうよ」

「あぁ」

カードキーで扉を開けたユズについてユズの部屋に入るが、目の前にはまた扉があり、その扉の手前の左右には洗面所と脱衣所があった。

リビングはお風呂だしな、仕切りが必要か。

リビングへの扉を開けると、町並みを見下ろせるガラス張りの壁は変わらないものの、それ以外の壁、床、天井は石のような材質でタイル張りになっていた。

「わーい」

ユズが勢いよく宙を泳ぎながら部屋に入っていったので、何となく部屋の中央にあるカルデラのような形をした浴槽に近づく。

ジャグジーも付いてるみたいだけど、この浴槽と床を繋ぐ緩やかなスロープみたいなものは何だろう。

スロープの部分だけ材質が床とかと違って柔らかいけど。

するとユズはおもむろにそのスロープの部分に横たわると、下半身は浴槽に入れ、上半身は浴槽の外に出る位置で留まらせた。

「んー」

小さく唸りながらユズは尾ビレをばたつかせる。

ユズの隣にはスロープがもう1つあるので、試しに座ってみると、まるで草原の上に居るような感触を感じた。

ふかふかと言えばふかふかだな。

「ユズ、どう?」

「うん、まぁまぁかな」

周りを見渡すとソファーの代わりなのか、椅子の形にも見える岩が置いてあり、テレビは無いがキッチンはそのままになっていた。

「試しに水入れてみたら?」

「うん、そうだね」

起き上がったユズは浴槽に入りながら蛇口を捻って水を出し、浴槽に水を溜めていく。

浴槽に水がいっぱいになると、ユズがスロープに横たわったときの水位が丁度ユズの腰辺りまでになっていた。

「丁度良いね」

「うん」

しかしユズは神妙な面持ちで水に手をくぐらせたり、尾ビレをゆっくりと揺らめかせている。

・・・まだ何か気になることがあるのかな。

「何か・・・足りないかなぁ」

確かに泳ぐには広さが足りないな。

「もっと広くする?」

「それも、あるけど・・・」

少しずつ目線を落とす沈黙の後、やがて何かがひらめいたようにこちらに顔を向けたユズを見る。

「波・・・波が無いの。波ってね、音はお母さんの子守唄で、動きは優しく体をさすってくれるお母さんの手なの」

波か・・・それはさすがに作れるかな?

「じゃあ、これは?」

ユズの反対側に付いてあるジャグジーを起動させてみる。

「あはっあはははっくすぐったいよぉ」

やっぱり、これじゃ波にしては細か過ぎてしかも強いかな。

ジャグジーを止めると、ユズはため息をつきながら下半身を優しくさすった。

このジャグジーって強弱は変えられるかな。

「じゃあ・・・もっと広くして、ジャグジーも間隔を開けて、波の音もBGMで付けようか」

「じゃぐ、何?」

「さっきの泡を出すやつだよ」

するとユズは考え込むように目線を落としてから嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

「じゃあもう1回おじさんって人に頼みに行くの?」

「あぁ」

「どうかしました?何か不具合でもありました?」

「いや、早速改良点を見つけたんだ」

「そうですか。ではカードキーをお貸し下さい」

ユズがカードキーを手渡すと、おじさんはすぐにキーボードの端にカードキーを差し込む。

「浴槽をもっと広くするのと、波って作れるかな」

「波ですか」

復唱するとキーボードを叩き始めたおじさんの手が止まる。

「例えば、ユズの居る所の反対側にあるジャグジーから、強く短い泡を一定の間隔を開けて出すとか」

「なるほど。それなら出来ますよ」

「あと、波の音をBGMで、なるべく自然な感じで流せるかな?」

「はい、出来ますよ」

おじさんの手が休みなく動いていくと、ユズの表情も少しずつ期待を寄せるように笑みがこぼれていく。

「あと、浴槽の水を自動で浄水出来るかな?」

「はい」

「じょーすいって?」

「汚れた水を綺麗にするんだよ」

ゆっくりと頷きながらユズが満面の笑みを浮かべると、ユズも何かひらめいたかのようにおじさんの方に顔を向けた。

「ねぇおじさん、出来たら海の水が出るようにして欲しいな」

「はい」

ユズのおじさんという言葉に反応したのか、一瞬おじさんの手が止まった気がした。

「どうなってるかなぁ、楽しみ」

再びリビングに入ると、浴槽はまるで旅館か何かの大浴場を思わせるほどに大きくなっていた。

・・・ほとんど足の踏み場が無いな。

浴槽に入ったユズがすぐさま蛇口を捻ったので、絶氷牙を纏って浴槽の端に腰掛けた。

浴槽がでか過ぎるから、スロープは部屋の真ん中に置いたのか。

少し水が溜まってきただけで、何となく海水を思わせるような匂いがし始めた気がした。

海水が部屋いっぱいの浴槽に溜まったので、何箇所かの蛇口を閉め、部屋の壁にあるリモコンでジャグジーを起動させてみる。

するとジャグジーと連動してなのか、どこからともなく波の音のBGMが部屋に流れ始めた。

ユズが部屋の中央のスロープに横たわり、音や波の動きを感じるように目を閉じたので、ユズの隣のスロープに同じように横たわった。

下半身が波に摩られるような感覚がすると共に、波のBGMによって、まるで本当に波打際で寝てるような感覚に陥った。

上手く出来たか。

「ユズ、どう?」

・・・返事が無いな。

ゆっくりと体を起こしてユズを見てみると、すでにユズは安心しきったような表情で小さく寝息を立てていた。

そんなに疲れが溜まってたのかな。

でも眠りにつけたってことは良く出来たってことだな。

なるべく音を立てずにリビングから出て玄関に向かう。

ユズは朝ご飯の時間とか分かってるかな。

さっきマナミが部屋に連れて行ってたし、ちゃんと教えてあげたかな。

ホールに出ると会議室に向かうが、まだ誰も居ないので研究室に入ってみる。

するとソファーに座っていたアキと、用途の分からない機械の前に立つユウジがこちらに顔を向ける。

「どうかした?」

「マナミ知らない?」

アキは集中して耳を澄ますかのように固まったが、すぐに表情を緩めてマグカップに手を伸ばした。

「ホールに居るよ」

居るって、確実に分かるような言い方だな。

「そうか」

研究室の扉を閉め、ホールに向かう。

確かアキの力って・・・何だっけ。

舞台からホールを見渡すと、人もまばらなのですぐにマナミの居るテーブルが分かった。

本当に居たな。

アキって、人がどこに居るのか分かるのかな。

「マナミ」

マナミとレンがこちらに顔を向けたときに、2人の前の椅子を引く。

「あ、どうしたの?」

「ユズに、朝ご飯の時間とか言った?」

「うん、夜ご飯のときに言ったよ」

「そうか」

でもユズって時間とか分かるかな?

まぁマナミのことだし、それとなく話してるだろうな。

「じゃあマナ、帰るね」

「うん」

レンが目尻と口角をほんの少し緩め、小さく手を振り出すと、マナミも手を振りながら廊下への扉に向かった。

「ねぇ氷牙」

ふと見たレンの表情はいつもよりも緊張感が感じられなく、微かではあるが微笑みも深さを増していた。

「テレビ見てると、この世界ってそこらじゅうで戦争してるんだね」

「多分、能力者が生まれてから小さな戦争がより増えたかもね」

「何か、アメリカって国が被害を受けたってだけで、世界中で話題になってるの」

それに話し方にもだいぶ気の張りみたいなものが抜けてきたかな。

「アメリカの軍事力は世界中でも目立つくらいだからね、それがやられたなら結構話題になるよ」

「ふーん、でも世界中で正義の味方って言う人達がいるから、大きな虐殺とか起きないんだって」

「能力者も悪い人達だけじゃないからね」

おじさんみたいなオーナーと呼ばれる人達って、ランダムで若者を集めたのかな?

まさかちゃんと善悪のバランスが同じくらいになるようにしたなんてことないよな。

でもきっと、ただ人を集めて力を与えた訳じゃないはず。

「氷牙って海行ったことある?」

「あんまり無いかな」

でもおじさん達の目的を聞いたところでどうかなるのかな。

そういえばハルクが妙なこと言ってたな、まずはそのことをおじさんに聞いてみるか。

朝日の光が部屋を照らし始めた頃に目を覚まし、デジタル時計のアラームが鳴った後にホールに向かう。

ホットミルクを飲んで過ごしていると、楽しそうに世間話をしながらヒカルコとユウコが同じテーブルの椅子に座ってきた。

2人の話が組織やオーナーについてのものになると、おもむろにヒカルコがこちらに顔を向けた。

「ねぇ、氷牙はオーナーについてどう思う?」

「どうって?」

「気になるでしょ?何でここに来て能力者を生み出したか」

気にはなるけどな、今は堕混を作った組織の方が気になるな。

「まぁでも、知ったとしても、別にどうかなるってこともないと思うけど」

「んーそうだよねぇ」

ユウコが悩みながら静かに相槌を打つと、ヒカルコは小さく眉間にシワを寄せる。

「確かにもうすでに起こったことはどうしようもないけど、でもただ能力者を生み出したかったら、もうとっくに自分達の世界に帰ってるんじゃない?」

それもそうか・・・。

能力者が世界を変える様を高みから見物してる訳でもなさそうだし。

「きっと、まだ目的があるんだよ」

「そこでも、さっきのことが言えるよ。おじさん達の目的を知ったところでって」

「気にならないの?」

そう言われれば、気にはなるよな・・・。

話をするときにそれとなく聞いてみるかな。

「じゃあ、異世界の話をするときに、ちょっと聞いてみるよ」

「え、本人に?」

そう言いながらヒカルコは少し戸惑いの表情を見せる。

「あぁ。ヒカルコも気になるなら本人に聞けば良いのに」

ヒカルコがユウコに顔を向け、2人が困ったような笑みで微笑み合うと、先にユウコがこちらに顔を向けた。

「何か、目的を知って命が狙われるようになったら、困るし」

さすがにそれは・・・。

「そうか。ヒカルコもそう思うの?」

「最初にオーナーが言ったこと覚えてる?もし仲間の命を奪ったら、力を剥奪するって。本当にそれが出来るならきっとどんな能力者でも太刀打ち出来ないと思う。だから可能性が無い訳じゃないんじゃない?」

確かにリーグ戦の前にそんなこと言ってたな。

皆おじさんのことを深く追求しようとしないのは、少なからずそれを警戒してるからか。

「なるほど、それは一理あるね。でもまぁ、話をするついでにそれとなく聞いてみるよ」

「・・・うん」



「今行くのか?お前、朝メシどうすんだよ」

「あっちで食えば良いだろ?」

呆れるような表情でこちらを見ていたミサは、すぐに助けを求めるような眼差しをユウジに向ける。

「良いんじゃないか?1度行ってるし、それほど騒ぎは大きくならないと思うよ」

小さく頷いたミサはテーブルの上のベルを鳴らしながら、いつものような小さく眉間にシワを寄せた表情をこちらに向けた。

「あたしはユウジと朝メシ食ってから行くからな」

「は?お前何しに行くんだよ」

そういや、あっちのブレインはミサじゃなかったよな。

「あたしに会いに行く以外に何があんだ?あ?お前の子守でもしろってか。はっ笑えるな」

「あ?何でお前に子守られなきゃなんねぇんだバカタレ」

「あぁ?」

「ちょっと2人共ぉ」

マナミが宥めるように口を挟んだときにオーナーの扉に体を向け、ドアノブに手をかける。

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「あんまりあっちの物とか持って来ないようにね」

「大丈夫だろ、ヒョウガってやつは異世界から人魚連れて来てたしな、パラレルワールドっつっても、結局は異世界って括りになるんじゃねぇか?」

アキの力はどうやら印象に残らないようですね。笑

ありがとうございました。

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