アドマイヤ・ザ・マーメイド
「話は後にしようよ」
「そうだな」
聖帝の叫び声と共に、銀色に輝くオーラが瓦礫を吹き飛ばしながら空高く立ち上った。
そしてこちらの方に飛んできた聖帝の体は、オーラに包まれていると言うより、オーラが体の形を成していると言うほどに光り輝いていた。
再び紋章を5つブースターに換えて背中に配置しながら、掌の前に紋章を出すと、氷の紋章はすでに光と闇の紋様を纏っていて、掌ほどの大きさから二回りほど大きくなっていた。
また名前つけないとな。
「天魔蒼月」
光と闇を纏った氷の弾は聖帝に直撃すると地面を凍らせ、空間を揺らし、風を輝かせながら銀色に燃え盛る聖帝をも怯ませた。
「があぁっ」
隙が出来たっ・・・。
走り出すとヒョウガと異国の者も同じく聖帝に飛び掛かる。
異国の者は凄まじく吹き出す白黒の刀身を振り下ろし、ヒョウガは真上から再び白黒の光を纏った氷の塊を撃ち落とす。
全身を白く燃え上がらせながら激しい雷をほとばしらせ、そして同じく全身に強い風を纏いながら、体もろとも聖帝に突撃していく。
しかし更に聖帝は激しく輝き出し、一瞬にして3人の視界を覆った。
「らぁあっ」
衝撃波のようなものに身動きが取れず、視界が晴れたときにはすでに銀色に燃え盛る爪が頭上から振り下ろされていた。
稲妻のような鋭い衝撃の後にはすでに体の感覚は無くなっていて、薄れ始めた意識の中で妙に脳裏に残ったのは、青空だった。
何故か心は清々しく、まるで命を煌めかせながら燃やし尽くす炎の中に居るようだった。
銀色に燃え盛る光を落とされたヒョウヨウは、ほんのりと煌めきながらバラバラに砕けていった。
・・・やられたか。
少し宙に浮きながら銀色に燃え盛る聖帝は、神々しく佇みながらバラバラになったヒョウヨウを見下ろした。
愚かだな、憑鷹。
肉体を捨ててまで手にした力で、その様とはな。
それにしてもこれが、妖怪の頂点に座す聖獣の根源、聖帝か。
良いぞ、この力、
体中に溢れ出す妖力。
実に心地が良い。
これなら隣国だろうとどこかの王国だろうと、たやすく捻り潰せる。
異国人と妖怪の方にゆっくりと体を向けると、2人は素早く身を引き締めてこちらを見据えた。
だが、先ずはこの2人だ・・・。
この2人の力量は憑鷹を凌駕している、特に妖怪が先程放った妖術には注意しなければ。
銀色に燃え盛る聖帝はいきなり尻尾を振り回してきたので、ブースターを吹き出しながら紋章で受け止めると、それと同時に聖帝はハルクに向けてほとばしる銀色の光を飛ばす。
とっさに光と闇を纏った翼を盾にしたが少し怯んだハルクに向けて、再び鋭い爪を振りかざした聖帝に、すかさず尻尾から天魔蒼月を撃ち出した。
「がぁっ」
一瞬動きが止まった銀色に燃え盛るチガリュウに向けて、すぐさま突き出した光と闇の刀身を真っ直ぐ吹き出した。
少し吹き飛ぶものの、すぐにチガリュウは地面を踏ん張って激しく吹き出していく光と闇の衝撃を体で受け止める。
・・・おかしい・・・。
さっきだって最大限の力で光と闇を振り下ろしたのに。
今だって、体勢を立て直すのが早過ぎる。
するとチガリュウはその銀色に燃え盛る爪を振り回し、激しく吹き出す光と闇の刀身を掻き消した。
何っ・・・。
腕を交差させながら飛び出したチガリュウがすぐに腕を大きく振り広げたその瞬間、まとまった風のような銀色の光が2人に降りかかる。
ぐっ・・・。
鋭くまとめた銀色の光に胸元を激しく切り裂かれた異国人は地面に膝を落とした。
「終いだっ」
腕に纏わせている銀色の光を更に激しく燃え上がらせながら、異国人に飛び掛かる。
しかし振り上げた腕は突如強く握りしめられ、それと同時に異国人の前に妖怪が立ちはだかった。
妖怪ごときがっ・・・。
ハルクはやらせない。
拳を聖帝の腹辺りに向けて突き出したが、とっさに前に出した腕に止められると、聖帝はこちらの両腕を掴みながら大きく口を開けた。
おっと、腕が取られて動けない。
直後に聖帝の開けられた大口から銀色の光線が吐き出されたので、すぐにブースターを吹き出して反動を打ち消した。
・・・おかしい・・・。
これほど間近で吐き出しても、体の傷の無さも去ることながら、まるで息の乱れが無い。
此奴、並の妖怪ではないな、まだ見ぬ異国の地の妖怪か・・・。
その瞬間に妖怪の尾の先に紋様の描かれた円が浮き出ると、その円から先程妖怪が飛ばしてきた氷の塊が飛び出した。
ぐっ・・・。
顔に衝撃を受けているときに腹にも強い衝撃を感じ、思わず地面を勢いよく転がった。
彼奴、尾からも妖術を使えるのか。
立ち上がって2人を見たときには、すでに異国人の傷口は塞がっていて、ただ肌を覆う鱗に裂かれた跡があるだけだった。
あの異国人も、自然と傷が治るのか。
これは、思っていたより厄介な者共だな。
悠長に相手をしていると無駄に気力を失うことになる。
・・・一気に片付けてしまおう。
やっぱりハルクもハオンジュみたいに自己再生が出来るみたいだ。
けど、スタミナは減ってるみたいだし、そろそろ一気に片を付けないとな。
足を踏ん張りながら大きく翼を広げた聖帝は、更に全身を凄まじく輝かせると共に、両方の肘から爪までの腕だけを倍ほどに膨らませた。
「天魔龍牙」
聖帝がこちらの方に走り出したと同時に聖帝に向かって走り出す。
全身がほとばしるほど銀色に燃え盛る聖帝に突き出した天魔龍牙を掴まれると、すぐに聖帝に頭を掴まれ、勢いよく地面に叩きつけられる。
・・・っ。
「死ねぇっ」
叫び声と共にチガリュウが膨れ上がった銀色に燃え盛る爪を振りかざしたときに、光と闇の刀身をチガリュウに向けて吹き出す。
くそっ間に合わないっ。
光と闇の刀身がチガリュウに届く前に、空から何かがチガリュウの頭に降りかかると、それは水のように勢いよくチガリュウの体を滴っていった。
何だ?
反射的に水が矢のように降ってきた方に目を向ける。
銀色に覆われた視界の中から、微かに見えた聖帝の顔は何故か空に向けられていた。
チャンスだ。
「天魔龍ノ咆哮」
思わず宙に浮いている人魚に目を奪われたその時、腹の辺りに凄まじく鋭い衝撃が襲い掛かった。
「貴様ぁぁっ」
我は聖帝なのだ。
こんなもので・・・。
すでに空高くまで押し上げられていて、体中に力を集めて凄まじく回転する槍のような氷の塊を押し返そうとする。
米粒ほどにまで小さくなっていた妖怪の姿がついに見えなくなったとき、氷の槍が体を貫いていくと共に、白い光と黒い光の激しい旋風が体を通り抜けていった。
ぐっ・・・知らない、だろう、妖怪。
・・・この程度の、傷など・・・1刻もあれば、塞がれることを・・・。
我は・・・聖帝なのだ。
聖帝が見えなくなる前に縦に列べた10枚の紋章を聖帝に向ける。
「10連天魔蒼月」
紋章を次々とくぐり抜けていく氷の弾は、その大きさを倍ずつ肥大させながら聖帝の下に飛んでいく。
そして遠ざかるほど肥大する氷の弾の成長が止まったその一瞬の後、聖帝に直撃したと思われる氷の弾は、視界いっぱいに広がる青空でさえも3色の爆風で覆っていった。
・・・やったかな?
でも、何でよそ見なんてしてたんだろう。
「おい、チガリュウはどうなったんだ?」
歩み寄ってきたハルクは口を開きながら空を見上げる。
「分かんない、さすがに宇宙には行ってないと思うけど」
「何だウチュウって、あの空の向こうか?」
「そうだよ。でも、死んだとしても、しばらくしたら落ちてくるよ」
ハルクと共に空を見上げていたが、しばらくして落ちてきたのは聖帝ではなく、雹だった。
「いってーな・・・何だこれ、おい氷牙、お前何したんだよ」
ハルクの世界じゃ、雹は無いのかな。
「まぁ、氷の雨かな、すぐに降り止むよ」
翼を傘代わりにしながら、ハルクは何やらこちらの姿を不思議そうに見ている。
「お前、天魔の力を貰ったのか?」
「あぁ、元の世界に帰る前にね。そういえば、正気に戻ったなら、ハルクも帰れば?」
ハルクが氷の雨空を見上げると、少しの間沈黙が流れた。
「帰れると思うか?この姿で」
「大丈夫だと思うよ。ハルク、ライムミント覚えてる?」
「・・・あぁ、ミレイユの部下だからな。・・・あいつらも、正気に戻ったのか?」
「あぁ、一緒に天魔界に帰ったけど、女王様は2人を罪に問わないって言ったから、ハルクだって大丈夫だよ」
確かに、天使や悪魔達は操られていただけだ。
しかし、俺はもう、堕混ですらない・・・。
「じゃあ、あいつらは国に戻ってるのか」
「いや、女王様はそう言ったけど、2人は自分から国を出て行ったよ」
・・・出て行ったって・・・。
「まさか死神の国にでも行ったってのか?」
「いや、今は僕の世界に住んでるよ」
「お前の?」
なるほど、それも良いかもな。
氷の雨が止んだので空を見上げる。
雲の切れ間から洩れる柔らかい光が目に留まると、ふとミレイユの姿が脳裏に浮かんだ。
「だから、ハルクだって帰りたいときに帰れるんだよ」
帰れる、のか・・・。
「・・・だが、いや、それなら、尚更俺はまだ帰れない」
「お前には恩があるが、それはラビットにだって同じだ。あのまま国に帰れずにいた俺にラビットは居場所をくれた、だから俺は、ラビットの役に立ちたい」
「・・・そうか」
龍のような顔をしているせいか表情が分かりづらいが、清々しい空を見上げるハルクからは何となく憎悪感が感じられなかった。
まぁ元は天使だし、復讐心とか無いのかな。
「だが、お前の話を聞いて安心したよ、帰れるときに帰れるなら、俺は絶対に生き残る。生き残る理由が出来たからな」
「そうか」
ハルクと共に空を見上げると、また少しの間沈黙が流れた。
・・・聖帝、落ちて来ないな。
すると堕混の姿に戻ったハルクは穏やかな表情でこちらに顔を向けた。
「なぁ、1つ、頼んで良いか?」
翼を消し、鎧を解いてハルクに体を向ける。
「・・・あぁ」
「ミレイユに伝えてくれないか?必ず帰るってな」
・・・それだけ?
「良いけど、それだけで良いの?」
しかし小さく笑みを浮かべたハルクはすぐに飛び去っていった。
行っちゃったか。
その直後に崩れた塀の向こうの瓦礫に人影が見えると、その人影はすぐに姿を現し、こちらの方に近づいてきた。
「氷牙ぁ」
「ユズ、どうしてこんな所に?」
ユズは目の前に大きな水の球を作り出すとそれを宙に浮かせ、まるで椅子のようにそれに腰を落とした。
「んふっ海沿いをお散歩してたらね、急に大きな音がして光も見えたから、ちょっと来てみたの」
「そうか」
どうやら本当に宇宙まで行っちゃったみたいだな、聖帝は。
「すごいんだよ、町がめちゃくちゃなの」
「あぁ」
「あたし、何となく町の奥に行ったらね、変なのが変なのをやっつけようとしてたから、つい水の矢を撃っちゃったの」
・・・なるほど、だから聖帝はよそ見してたのか。
「でもあれ、氷牙だったんだね、大丈夫だった?」
「あぁ、ユズのお陰で助かったよ」
「うん」
ユズが満面の笑みを浮かべて頷き、ふと乾いた風が通り抜けていくと、我に返ったかのように周りの景色が目に入っていった。
龍の侍は、全滅かな・・・。
それに皇下街自体消滅してるし。
とりあえず、ハルクも行ったし、また別の世界にでも行くかな。
あ、町がこれじゃ、お土産は無理か。
「それじゃあユズ、僕は帰るよ」
「え・・・もしかして、ジゲンっていうのを越えるの?」
「そうだよ」
するとユズは嬉しそうに目を輝かせる。
「あたしも行くっ」
「良いの?旅は?」
すると色っぽく小さく目を細め、ユズは自信を伺わせるようにニヤつき出す。
「これも旅の内でしょう?」
「そうだね」
ユズを連れて荒れ果てた皇下街を出ると、建物こそ酷く損傷しているものの、生き残った人達は意外とあっけらかんとしていた。
・・・江戸じゃないけど、性格は皆江戸っ子みたいな感じなのかな。
あ、もう日が落ちてきたか。
「ねぇ、氷牙の住んでる所にも妖怪って居るの?」
「いや、随分昔には妖怪も人魚も居たって聞いてるけどね」
「え、じゃあ、今は居ないの?」
「あぁ、見たって話は聞いたこと無いよ」
・・・そういえば、妖怪石取りたいけど、ユズの目の前で妖怪は惨殺出来ないかもな。
「おいっ人魚じゃねぇか?」
「あぁ人魚だ」
・・・ん?何か人が寄ってきたな。
ユズ(推定16)
人魚。
酸素が溜まる海底洞窟を住み処とする風習のある種族。子供の頃は乾かしても縮まない海藻を服として利用するが、思春期になると、皆必死になって繊維の強い海藻や貝殻で自ら服を作り上げる。ユズは特に外界に興味があり、旅をするのが夢。
ありがとうございました。




