アンド・ドーン
「望めばってことは、何でも良いの?」
「そうだけど、空を泳ぐんでしょ?」
すると夜空を見上げたユズは照れ臭そうに笑みを吹き出した。
「んー・・・空を泳ぐだけじゃなくて、もっと色々したくなっちゃったかも」
「そうか、でも多分1つしか叶えられないよ」
「えぇっ」
ユズが驚きの声を上げたとき、すぐにその手から鉱石が離れたのが見えた。
「あっ」
2人で声を上げるとユズがすかさず湖に顔を着ける。
「・・・ぷぅ・・・危なかったぁ、無くしちゃうとこだった」
安心したように笑顔を浮かべながら、ユズはそう言ってつまんだ鉱石を見せてくる。
「・・・願い事が叶うと、その石は消えて無くなっちゃうからね」
髪を軽く振って水を弾いたユズは、鉱石を見つめながら悩むように唸り出す。
「そっかぁ・・・あ」
・・・何かひらめいたのかな。
するとユズは何やらこちらに顔を向けながら、何かを思い浮かべるように微笑み出す。
「出来るかも」
「・・・出来る?って・・・どういうこと?」
鉱石を使わないでってことかな。
「多分、翡翠の首飾りの力をあれば・・・えっと、水を操れるんだから、浮かせた水の中を泳げば、出来るかも」
なるほど。
・・・わりと現実的に考えてるんだな。
確かに空気には水分があるし、難しいことじゃないか。
「まぁ、確かにそれなら空を泳ぐことになるね」
「うん」
しかしユズは何となく元気の無さが伝わる返事を返した。
「ん?」
するとユズはおもむろにペンダントトップを持ち、神妙な面持ちで翡翠を見つめる。
「でもこれ、貴重な物だから旅には持って行けないの」
「なら、翡翠の力をその鉱石で手に入れれば、翡翠を持ってなくても翡翠の力を使えるようになるんじゃないかな」
「そ、そんなことが出来るの?」
驚きはしたがすぐにユズに笑顔が戻り、期待感を寄せるような眼差しを向けてくる。
「出来るよ、翡翠の力が欲しいって望めば」
「わぁ・・・えっと、願い事するみたいにすれば良いんだよね?」
「あぁ」
はしゃぎたい気持ちを抑えるかのように息を吐きながら両手で鉱石を握りしめ、ユズはゆっくりと目を閉じた。
するとユズの体がほんのりと光を帯びていき、光が消えるとユズはゆっくりと目を開いた。
・・・光ったってことは成功ってことだな。
「じゃあ、ちょっとこれ持ってて」
そう言うとユズはネックレスを外し、ニヤつきながらネックレスを差し出してきた。
「あぁ」
小さく深呼吸したユズは意識を集中させるように掌を見つめる。
すると湖からまるで吸い上げられるように水が空に伸びていくと、湖から離れた水はシャボン玉のように丸くなり、ユズの掌の上に浮き留まった。
そういえばカナコも水を操る力を持っていたな。
「やったぁ」
「良かったね、じゃあ空も泳げるかな」
「やってみる」
水の球を湖に落としたユズが真剣な表情で夜空を見上げると、立ち泳ぎする体勢でゆっくりと体が湖から上がっていき、やがてゆっくりとはためかせる尾ビレが徐々にあらわになった。
・・・もうこの時点で、成功って言えるような気がするけど。
そして遂には尾ビレが湖から離れ、ユズは宙に浮いたような状態になった。
「わーい、出来たぁ」
手を大きく広げながら満面の笑みを浮かべたユズは、そこから素早く飛び込むように湖に入っていった。
そういえば人魚ってどれくらい居るのかな?
湖から顔を出したユズは頭を軽く振りながら髪を掻き上げ、満足げに満面の笑みを見せてくる。
「そういえば、その湖の下に人魚ってたくさん居るの?」
「うん、結構いるよ。海底の洞窟ってまだあるし、あたしの知らない所にも居ると思うし」
「そうか」
旅でもすれば、世界中の人魚に会えるかもな。
「それじゃ、最後のライトを壊しに行くよ」
「うん、ありがとね」
そういえば、山に登ってきたような物音もざわめきも無かったな。
それなりに人数は居たはずだが。
洗面所から出たときにレテークと目が合うと、足音に反応するようにバードも振り返る。
「それじゃあハルクちゃんの分も用意するわねぇ」
「あぁ、悪いな」
レテークが食べている料理を見ながら向かい側の椅子に座る。
「ラビット達はぁ?」
「もうすぐ起きてくるんじゃないか?」
バードが目の前に料理を置いたので食器を取り、鮮やかな緑色のスープを掬っていると、ふと奥の部屋から階段を降りてくる足音が聞こえてくる。
「バードおはよう」
「はいおはよう」
シープが挨拶したとき、ふと奥の部屋の方から発信音らしきものが聞こえてきた。
恐らく、ラビット達が使ってるパソコンとやらだろう。
「こんな朝早くにメールかな」
そう呟いたラビットはすぐに奥の部屋に向かっていく。
「そうだハルクさん、夜中に変な音がしたんだけど、聞こえた?」
・・・変な音?
「いや、俺は聞こえなかったが、耳が良いお前にしか聞こえなかったんじゃないか?」
「そうかなぁ、何か、銃に似た音だったんだけどなぁ」
・・・ジュウ?確か前に居た世界で、そんな名前の武器があったな。
「ちょっとやばいよ、バード」
思わずラビットの方に顔を向けると、ラビットは珍しく緊迫感のある表情をしていた。
「何よぉ、そんな慌ててぇ」
「・・・本部からなんだけど、スネークからの連絡が途絶えたって」
・・・まだ別の仲間が居るのか。
「連絡が途絶えたって、どういうことよぉ」
「分かんないけど、ラットが様子を見に行くみたいだから、ちょっと僕も行ってみるよ」
仲間が1人連絡がつかないってだけで、バードも表情を曇らせるなんてな。
「そう、分かったわ」
まぁ・・・俺らが口を出すことじゃないな。
料理に目線を戻し、テーブルの真ん中のバスケットからパンを1つ取る。
「レテーク、俺らは俺らでやることをやろう」
「・・・うん」
ユズもあの湖には当分来なくなるだろうし、あの人達がまた攻めてきても大丈夫だろう。
しばらくしてジョクヤクの門が見えたとき、同時に見えてきた町並みに何となく違和感を感じた。
・・・何だ?所々建物が壊れてるな。
門を背後にして地面に降り立ち、絶氷牙の鎧を解いて修練所に向かうが、その所々壊された建物のある景色が変わることがない。
何かが起こったことには間違いないな。
まさか堕混か。
「あいつら、本当に懲りないな」
「まったくだ、夜中に暴れ回りやがって異国人め、こんちきしょう」
・・・異国人、やはり堕混か。
「あーあ、ここもかい?あたしゃヨキチんとこの豆腐屋の方も見て来たが酷い有様だったよ」
「何だとぉ?」
・・・どうやら修練所の近くも襲われたみたいだけど。
ベンチに座っているシナがこちらに気づくが、微笑みすら浮かべるその表情は見るからにあっけらかんとしていた。
「ああ氷牙、来たね」
シナの表情からはそこまでの緊迫感は伝わってこないな。
「何かそこら中壊れてるみたいだけど」
「ああそうなんだよ、夜中にさ、異国人の奴らが攻めてきてな」
そう言いながらシナは脚を組み、くつろぐように空を見上げる。
「それって狼男?」
「いんや、ジャクヨクの南には山があってな、その山の向こうにはナカホウって国があんだよ、夜中にジャクヨクに来たのはそこの奴らさ」
・・・ここから南の山って、ユズが居た湖から見えた山かな。
「その人達って、まさか鉄の腕輪してる人達?」
「おおよく知ってんじゃないかい、あんたもまさか南から来たのかい?」
・・・なるほど、あの人達はここに来る途中だったのか。
「いや、ちょっと見たことあっただけだよ」
じゃあ湖を見つけられたのは偶然ってことかな。
「でもシナ、それにしては落ち着いてるね」
するとシナは小さく笑い声を上げてから緊張感の無い微笑みをこちらに顔を向けた。
「もう慣れてるからね、あいつらにはさ」
「慣れてるって?」
「ナカホウの奴ら、6年くらい前から度々ジャクヨクに来んだよ。結局は侍に追い返されんのに、諦めの悪い奴らでね」
・・・なるほど。
「まぁでも、今回はちょっと話が変わってきてね」
・・・変わってきた?
すると小さくため息をついたシナの表情に若干の緊迫感が見え始める。
「ナカホウの奴らは良いんだ、たいしたことはないからね。けど、夜中の襲撃に乗じてか、ジャクヨクの刻印が壊されたんだ」
・・・刻印が・・・壊された?・・・。
「乗じてってことは、襲撃した人達とは違う人が壊したってこと?」
「あぁ、暗くて姿までは見てないが、チガリュウだよ」
あの堕混になった龍の侍か。
「でも・・・刻印が壊れたのに、やっぱり落ち着いてるね」
「まぁ、過ぎたことは仕方ないだろ?それにキガンの祠はな、皇下街にあんだよ、チガリュウがどう転んだって、6人の龍には敵わないさ」
・・・確かに、トウリュウって侍も結局はキガンで迎え撃てばいいっていう考え方だったしな。
「そうか、でも敵はもう1人居るよ?」
こちらに顔を向けたシナは理解したように小さく頷いたが、それでも自信の伺える笑みは消えない。
「狼男だろ?だが侍だって龍だけじゃないんだ、皇下街の周りにゃ鷹と虎の群れ、そして皇下街には龍が6頭だ。いくら異国人だろうがたった2人じゃ話にならないさ」
・・・確かに、ハオンジュみたいな堕混が居なければ大丈夫だろう。
「じゃあ、もう皆キガンに集まってるの?」
「そうだね、ここに居る侍も、朝餉が済んだら皆キガンに向かうだろうね。そうだ、氷牙も朝餉食うかい?」
「そうするよ」
「バードさん、そのスネークって人はどんな人なの?」
「そうねぇ、簡単に言えば戦闘担当ってとこかしらねぇ」
パンにスープをつけて口に運びながら、バードは淡々とレテークに応える。
・・・戦闘、担当?
「バードは戦わないのか?」
「そうよぉ?私やラビットやシープは偵察担当だからねぇ。それに元々戦える力は持ってないのよぉ」
3人も居て誰も戦えないのか、おかしな編成だな。
「だからぁ、レテークちゃんがしっかり私を守ってねぇ」
バードが子供をあやすような満面の笑みを向けるが、レテークは耳を下げ、少し困ったような表情を混ぜた笑みを返す。
「う、うん」
「ちょっとぉ、はっきり返事してよねぇ、男の子でしょぉ?」
冗談混じりの口調で責めたバードはすぐに微笑みを浮かべ、こちらに目線を戻した。
「それで、ドラゴンやスネークはぁ、主に堕混の反逆を防ぐための戦闘担当なのよぉ。だからぁ、スネークが音信不通になるなんて、ちょっとおかしいのよねぇ」
「どれほど腕の立つ兵士と言えど、不意を突かれることくらいあるんじゃないか?」
「そうだけどぉ」
・・・もしかしたらラビットみたいに、急に堕混に裏切られるってこともあるかもな。
いや、たとえ真正面から戦うとしても、1人で軍勢を相手にすれば負けることだってある。
「それじゃ、俺らはジャクヨクに行ってくるよ」
「えぇ頑張ってねぇ」
・・・透視筒はちゃんと持ったな。
レテークと共に小屋を出るとすぐに翼を解放し、眼下に広がる広大な林の上を飛んでいく。
「それでは、私達は先にキガンに向かう。氷牙殿も後から来てくれ」
「あぁ」
ヒョウヨウとハンマーを携えた侍が部屋を出ていってから少し経ったところで障子が開けられたので何となく見てみると、そこには両腕両足を包帯で包まれた、くノ一風の女性が立っていた。
女性が向かい側に座ると、すぐに後ろに並んでいた女性がくノ一風の女性の前に脚が着いたお盆を置く。
見る限りはたいした怪我じゃなさそうだけど。
「もう怪我は良いの?」
気を張ったような表情でこちらに目を向けた女性は、一瞬戸惑うように固まったあとにすぐに料理に目線を戻した。
「はい、お礼が遅れましたね、運んで頂いて有難うございました」
料理に目線を置いたまま、まるで台詞を喋るような口調でそう言いながら女性は箸を手に取った。
「あ、あぁ」
・・・意外と礼儀正しいんだな。
「そういえば、君ってくノ一なの?」
ゆっくりとこちらに顔を向けた女性の眼差しに、何となく嫌悪感のようなものが伝わってきた。
「はい。それと、私の名はエイエンメイカ・センレイと申します」
・・・長い苗字だな。
「そうか」
何にしても、侍以外にもまだ刻印を守る人が居るってことか。
ゴノモトとナカホウは、関西と関東くらいの距離感でしょうかね。
ありがとうございました。




