ザース・フー・オブリテレイト・ザ・ダークネス
翼を畳み、ハリネズミのように数百の刀に覆われた堕混には、ヒョウヨウの燃え盛る白い炎も氷の弾の爆風も届かなかった。
動かないなら、逆に狙いやすいかな。
それに獣人の堕混と仲間じゃないなら、別に聞きたいことは無いし。
「蒼月光」
花のように重ねた5つの紋章から堕混に向けて青白い光を放つが、数百の刀に降り注いだ青白い光は見えない何かに阻まれるように勢いを弱めていく。
これも殺気とやらの力か・・・。
けど完全に効かない訳じゃないみたいだな。
青白い光を浴びた部分の刀が何本か凍りついた辺りで、一旦青白い光の照射を止める。
「貴様・・・」
堕混は苦しがるような声色で呟きながら刀を引っ込めるが、再び勢いよく腕を広げると、自身よりも遥かに長い刀を両腕から一気に何本も飛び出させる。
「らああぁっ」
そして堕混は我を忘れたかのように両腕を激しく振り回し始めた。
・・・近づけないか、これじゃ。
砂利が宙を舞い上がり、ヒョウヨウの勝手に浮いている刀達も弾き飛ばされていき、しまいには神社の塀も音を立てて崩れ落ちる。
怒らせちゃったな。
そして両腕を大きく振り上げ、上から思いっきり何本もの刀を地面に叩きつけると、砂利の弾ける轟音と共に堕混を覆うほどの砂利が空に向かって飛び上がった。
走り出す堕混が微かに見えたが、砂利が地面に落ちるまでのほんの短い間に、すでに崩れ落ちた神社の塀から堕混は姿を消していた。
逃げた?・・・。
・・・まぁ逃げるなら深追いはいいか、多分またここには来るだろうし。
「ふぅ・・・派手に暴れてくれたものだ」
ヒョウヨウの持つ刀から白い炎が消え、3本の刀にバラけると、ヒョウヨウが刀を鞘に納めると共に6本の刀も自分で鞘に入っていった。
ハンマーを持った侍は倒れている侍の下に向かったので、何となく倒れている女性の下に歩み寄った。
女性の横に膝をついて顔を見てみると、女性の目がゆっくりと開き始める。
・・・生きてる?
こちらに目を向けたので鎧を解くと、女性は小さく眉間にシワを寄せた。
「ねぇ、この人まだ生きてるよ?」
ヒョウヨウがすぐにこちらの方に近づいて来ると、女性はヒョウヨウに目を向けながらゆっくりと深呼吸した。
眼差しは結構しっかりしてるみたいだ。
「手足は刺されたが貫かれてはいないようだ、すぐに医者に見せよう。氷牙殿、済まぬが運ぶのを手伝ってくれぬか?」
「分かった」
奥の部屋から出て来たシープに何となく目を向けると、シープは期待感を寄せるような微笑みを浮かべてこちらの方に歩み寄ってきた。
「ねぇ、ハルク、暗くなる前に散歩したい」
・・・今外に出たら、またあのクノイチとやらに出くわさないだろうか。
「じゃあ、体は置いて行けよ?」
「うん」
笑顔で頷いたシープはすぐにソファーに座り、深く背もたれて目を閉じた。
体を抜けたシープはこちらに顔を向けてから玄関に向かったので、シープの後について小屋を出た。
「やっぱり外は良いね、空気が澄んでるし」
「山の上だからかな」
「あ、そうだねー」
足元には広大な林、その右手には夕焼けに反射して少し赤みがかった海が広がっている。
景色も良いな。
景色を見渡しているシープは嬉しそうにニヤつくと、おもむろに手に収まるくらいの筒を取り出した。
また新しい筒だな。
「それはどんな筒?」
「伸びるんだよ」
シープは筒の片方から中に仕込まれていた筒を引き出すと、その一回り小さい筒から更に筒を引き出す。
伸びるだけか?・・・。
「こうするとね、遠くが見えるの」
3倍に伸びた筒の小さい方を目に当て、再びシープは景色を見渡した。
「まさか、望遠鏡か?」
「うん」
なるほど。
小屋を回りながらしばらく望遠鏡で景色を見渡していると、林とは反対側の方を見ながらシープが唸り出した。
何か見えたのか。
「行列だぁ」
・・・人が居るのか。
林の反対側は山を仕切りにしているかのように木々が生えていなく、草原の中に大きな1本の道が真っ直ぐ伸びているのが見える。
手前は山で見えないが、遠くから数人が山の方に向かって来るのはかろうじて見えた。
こっちに来るなら、登って来るってことか。
「シープ、そろそろ戻ろう」
「うん」
透視筒とやらで、目には見えない小屋を見ながらシープと共に小屋に戻ると、すぐにバードとレテークがこちらに顔を向けた。
「ハルクさん、明日の作戦、考えたよ」
「そうか」
ソファーに戻るシープを見ながら2人が居るテーブルに向かい、レテークの隣の椅子に座る。
「傷はまだ痛むか?」
「痛みはもう無いよ」
耳を少し下げながら、レテークは小さく微笑みを浮かべる。
「そうか」
「・・・また、あの変な奴が来るかも知れないから、オレが少し祠から離れたところで竜巻を起こしてる間に、ハルクさんが空から祠を壊すっていうのはどうかな?」
「エニグマは使わないのか?」
「うん、まずオレが1回目の竜巻で気を引いて、少し逃げ回った後に2回目の竜巻を起こすんだ。2回目の竜巻を合図にしてハルクさんが祠を壊すんだ」
エニグマを使えばそれはすぐに囮だと思われる。
だが最初からレテークが出れば、誰も祠に行く奴が居ないと思わせられるってことか。
「良いんじゃないか?ただ、逃げ回り過ぎると勘ずかれるかも知れないからな、なるべく、距離を取る戦法だと相手に思わせなきゃならないぞ?」
「うん」
このくらいの傷ならすぐに治るみたいだな。
両手足を包帯で包まれた女性は常に気を張ったような眼差しで天井を見上げている。
「何してんだい?男は出てくもんだよ」
「あ、あぁ」
呆れるような口調でシナに怒られたので部屋を出て障子を閉める。
中庭にはヒョウヨウとハンマーを背中に携えた侍が居たので、何となく廊下に座って中庭を眺める。
「氷牙殿は知っているのか?何故、チガリュウが異国人のような姿を真似ることが出来たのか」
・・・チガリュウ?
「裏で堕混の力を与える人がいるってことは分かってるよ。そのチガリュウってさっきの人?」
「あぁ、七龍の1人のチガリュウだ、今は裏切り者だがな」
・・・龍か、じゃあ侍の中で1番強い地位の侍が堕混になったのか。
通りで迫力は凄かった訳だ。
突如後ろで障子が引かれる音がしたので、ヒョウヨウ達と共に後ろを振り返る。
「お三方、夕餉は食うのかい?」
「あぁ、頂こう」
ヒョウヨウとハンマーを携えた侍がシナに歩み寄ると、おもむろに袖から財布を取り出した。
・・・そうだったお金がかかるんだった。
「いくら?」
「寝床と朝餉の分も入れるかい?」
・・・寝床か。
「いや、夕餉の分だけで良いよ」
「じゃ50文だよ」
修練所から出る頃にはすっかり日が落ちていて、辺りは建物からの障子越しの明かりと提灯だけで照らされていた。
あの湖の場所、分かるかな?
確か湖のそばに山があって、帰るとき右手に海が見えたな。
それに真っ直ぐ飛んだだけだったし。
絶氷牙を纏ってジャクヨクを出て、海を左手にとりあえず真っ直ぐ飛んでみる。
輪郭だけがかろうじて見える山が近づいてくると共に、ふと静寂に包まれていた林に、伸びのある流れるような音が遠くから小さく聞こえてきた。
・・・歌声、かな?
もしかしたらユズかも知れない。
旋律だけの歌声がする方へ向かってみると、林の中に開けた場所が見えてきて、水のように光が反射した湖らしきものの中央には、小さな岩山とそれに乗った人魚が居た。
鎧を解き、氷の仮面だけを被った状態で湖の方に降りていった。
「氷牙ぁ」
ユズがこちらに手を振りながら向けてきた笑顔を見ながら地面に降り立ち、氷の仮面を消す。
「あたし、氷牙にここが分かるように歌ってたんだよ?」
「そうか、おかげで湖に来れたよ」
満面の笑みを浮かべたユズは小さな岩山から降りて湖に潜ると、滑らかに泳ぎながら素早く岸に手を着いた。
「エンロウさんエンロウさん、今日も星がきれいだね」
「あぁ」
伏せているエンロウはユズに応えたあとにゆっくりとあくびする。
相当リラックスしているみたいだけど。
その場に座るとユズはこちらとエンロウの間の位置の岸に両肘を置き、楽しそうに笑みを浮かべている。
「ユズはこの湖に住んでるの?」
「ううん、海の外の洞窟に住んでるんだけど、湖の下に道があって、空もよく見えるから、この湖はあたしの秘密の休憩所なの」
「そうか」
だからといって海とか入り江に住んでる訳でもないのかな。
「氷牙は、どうしてこの世界に来たの?」
「んー、ある人達のことを調べたくて、色んな世界を旅してるんだ」
「えぇぇっ」
そんなに驚くことかな。
するとユズは驚きの表情を羨むような寂しそうな眼差しへと変える。
「いーなー、いいないいなぁ」
尾ビレをばたつかせながら、ユズは駄々をこねるようにこちらを見ている。
そういえば、異世界から来たって言ったときも驚いてたな。
「ユズは異世界に興味があるの?」
ゆっくりと満面の笑みを浮かべながら、ユズは小さく頷く。
「・・・あたしね、世界中を旅するのが夢なの」
「そうか、泳いでいくの?」
するとユズは笑顔のまま思い描くように首を傾げながら少し目線を上げた。
「んっとね・・・あの空を泳ぎたいの」
・・・空を泳ぐ、か。
こちらに顔を向けたユズは再び満面の笑みを浮かべながら手を大きく広げた。
「すごいんだよ?空ってね、海よりも広いの。きっと空を泳げたら、どんなところにも行けるよ」
「そうだね、でも1人旅は色々と危ないかもよ?戦う術とか知らないと」
「うーん。あ、じゃあ翡翠の首飾りを着けるよ」
・・・ネックレスを着けただけでどうかなるのか。
「首飾り?」
「うん、翡翠ってね、自然界の力と強い結び付きがあるんだって。だから妖怪の目が翡翠の色をしてるって言われてるの」
・・・なるほど、自然界の力か。
「その翡翠を身に着けてると、少しだけ自然界の力を借りれるの」
「そうか」
妖怪石も良いけど、ユウジのお土産には翡翠も良いかもな。
「翡翠ってどこにあるの?」
するとユズは小さく首を傾げて唸り出した。
「・・・確か、空から降ってくるものだったかな」
・・・何だか手に入れるのが難しそうだな。
ゆっくりと立ち上がったエンロウが体を伸ばし始めると、ユズは突き出されたエンロウの肉球を嬉しそうに撫で回す。
「ユズ、じゃあ私は巣に帰るよ」
「あ、うん。またお話聞かせてね」
「あぁ」
・・・何だ、今日はお話は無いのかと思ってたけど、もう終わったあとだったのか。
・・・ん?
後ろを振り返ると、エンロウの背中からは何かを警戒するような小さな殺気が溢れ出した。
その瞬間にエンロウの目線の先に、まるで照明器具に照らされるかのような柔らかい光が見えた。
何だ?
すると木々を照らしているぼんやりとした光は徐々にこちらの方に近づいてきて、それと共にエンロウの発する殺気も強くなっていく。
ユズに目を向けると、不安げにエンロウを見ているユズもこちらに目を向け、寂しそうな眼差しを向けてくる。
するとエンロウの周りの大人の狼達が一斉に光の方に走り出した。
エンロウの縄張りに、誰かが入ったってことか?
「お、狼だぁっ」
「気をつけろっ離れ離れになるなっ」
人間か・・・。
しかも複数だな。
「氷牙・・・」
「ユズは隠れてて」
不安げな表情で小さく頷いたユズは、エンロウに目を向けながらゆっくりと岩山に向かって行った。
絶氷牙を纏ってエンロウの下に向かうと、木の上の方まで伸びたスタンドの明かりに照らされた、数人の人間が見えた。
着物は着物だけど、何だか侍って感じじゃないみたいだな。
ズボン履いてるし。
狼が1人の男性に飛び掛かると、男性はすかさず鉄製の分厚い腕輪がついた方の拳を狼に突き出す。
すると腕輪からなのか、瞬間的な衝撃音と共にまとまった衝撃波が狼に襲い掛かった。
ジョクヤクにはまだ遠いし、もしかしたら別の国の人かも知れないな。
まぁでも、とりあえず追い払うか。
人を丸呑みするほどの狼の肉球って、どんな感じでしょうかね。笑
ありがとうございました。




