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エネルゲイア×ディビエイト  作者: 加藤貴敏
第七章

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ホーリー・エンペラー

また柑橘系か。

岸に手を置いたユズという女性は陸に上がらずそのまま頬杖を着いたので、何となくその場に座って目線を下げた。

「ユズも妖怪なの?」

・・・でも瞳は緑色じゃないみたいだ。

「ううん、あたしは妖怪じゃないの」

「そうか」

満面の笑みをこちらに向けているユズはゆっくりと岸から手を放すと、エンロウの方に向かい始める。

ずっと泳いだままで疲れないのかな?

それに見たところ水着みたいだし、風邪引いたりしないのかな?

「エンロウさんの知り合いなの?」

「違うよ」

ユズに応えるエンロウからは、威圧的な空気が全く感じられなくなっている。

どうやらユズとエンロウは親しいみたいだな。

こちらとエンロウのちょうど間くらいの位置の岸に再び手を置いたユズは、頬杖を着きながらリラックスしたような笑みをこちらに向ける。

「氷牙はここら辺に住んでるの?」

「いや、遠くから来たんだよ」

「ほんとにっ?」

するとユズは驚きながらも嬉しそうな笑みを浮かべて背筋を伸ばした。

「どこから来たの?」

「・・・異世界だよ」

「・・・イセカイって、どこ?海の向こう?」

「次元の向こうかな」

ユズは首を傾げるが、笑みを浮かべる表情は更に深みを増す。

「ジゲンって国を越えるの?」

・・・えっと・・・。

「ユズ、こいつは、この世界の人間じゃないらしいよ」

「この世界?それってどうゆうこと?」

「詳しくは知らないが、この世界にはどこにもない所から来たということになるな」

「えぇっ」

こちらに顔を向けたユズは驚きの表情で固まったが、話すことが楽しいのか、異世界という言葉に興味があるのか、またすぐにゆっくりと満面の笑みを浮かべる。

「じゃあ、海の下から来たの?」

・・・次元が分からないんじゃ仕方ないか。

「いや、異次元を繋ぐゲートっていうのがあるんだよ」

「え、それって、あたしの村の言い伝えの、海底の果てにある扉でしょ?」

再び頬杖を着いたユズはリラックスしたような笑みで小さく首を傾げた。

・・・言い伝え?

「それはちょっと分からないけど、その言い伝えって何?」

「この世界をね、ずっと潜って行くと、1番下に扉があるの。その扉を抜けて海を上がって行くと、見たことのない所に行けるの」

きっとこの世界にはこの世界なりのゲートがあるんだろう。

「そうか。でも僕は、その扉とは違うのから来たんだよ」

「ほんとにーっ?良いなぁ。エンロウさん知ってる?その扉」

「いや、少なくとも私の縄張りの周りでは見たことないよ」

ふとエンロウの周りの狼達を見ると、皆リラックスしたように伏せていて、中には寝てる狼も居た。

「そうだエンロウさん、今日もお話聞かせてよ」

「あぁ、じゃあ今日はある女の妖魔の話をしよう」

・・・妖魔?

妖怪じゃないのか。

「その妖魔は頭が良くて、普段は人間に化けているんだ」

ユズは満面の笑みを浮かべながらエンロウの話に聴き入っている。

「朝と昼は人間として暮らしているんだが、夜になると、林の中に1人で迷子になっている人間に近づくんだ」

・・・そういえばさっき妖怪の女性に声を掛けられたな。

「そして自慢の美しい体を見せて誘惑し、町へ連れていくと言うんだ」

・・・確かに必要以上に肌を露出してたな。

「だが、本当は町とは離れた場所に連れていき、さりげなく金目の物を奪うと、忽然と暗闇に解けて姿を消すんだ」

・・・何だか、まるでさっきの妖怪のことを言ってるみたいだ。

「奪った物を売って生活しているんだが、奪うだけじゃなく、たまに連れていった人間の血を吸って殺すこともあるそうだよ」

「ひぇー」

いや、さっき会ったのがその妖魔なんだろう。

「世界には色んな妖怪がいるんだねぇ」

・・・妖怪?

「あのさ、その妖怪は何て言うの?」

こちらに顔を向けたエンロウはすぐに目を逸らして夜空を見上げる。

「西の異国から来た妖怪で、確かリリスとか言ったな」

「でもさっき妖魔って言ってたけど、妖怪とは違うの?」

「いや、ただ異国から来た妖怪を妖魔と呼んでるだけだ」

・・・なるほど。

別に違いは無いのか。

「それじゃ、私達は巣に帰るよ」

「エンロウさん、また妖怪のお話聞かせてね」

「あぁ」

エンロウが立ち上がるとユズは小さく手を振り出し、エンロウが狼達を引き連れて去っていくと、ユズはゆっくりとこちらの方に向かってきた。

「ずっと湖の中で寒くないの?」

「寒くないよ。水の中に居た方が落ち着くの」

笑顔で応えるとユズは目の前の岸に手を置いた。

「でもずっと泳いでたら疲れそうだけど」

「ずっと泳いでる訳じゃないよ、こうして休憩してるし」

確かにそうだけど。

「陸に上がったりしないの?」

「しないよぉ」

まるで当然かのようにユズは笑いながら小さく首を横に振る。

「だってあたし、歩けないもん」

・・・歩けない?

足が悪いのかな?

でもそしたらそもそも泳げないし。

「何で?」

「だってこれだし」

笑顔でそう言ってユズは岸から手を放して少し離れると、おもむろに湖に潜り始めた。

ユズの頭が水の中に入って腰が浮き上がったが、続いて出てきたのはお尻ではなく魚のような鱗に覆われた体と尾ビレだった。

あまりの短い時間によく見えなかったが、一瞬の沈黙の後にイルカのように湖から飛び出したユズに、すぐに先程見たものが幻ではないことが分かった。

まさか、人魚だったなんて。

水しぶきと共に羽衣のような透き通った尾ビレの先と鱗が月の光に反射して、ほんの一瞬宙を舞ったユズの姿が妙に脳裏に焼き付いた。

ユズが姿を消し、一瞬にして湖に静けさという重しがのしかかった直後、目の前の岸の前にゆっくりとユズが浮き上がった。

「ぷぅ」

艶やかに伸びた長い髪を掻き上げながら岸に手を置くと、ユズは自慢げに笑みを浮かべながらこちらを見つめてきた。

「・・・きれいだね」

「うふっありがと」

「でも人魚も妖怪じゃないのかな?」

「あたしは小さい頃から、人間でも妖怪でもないって教えられたけど」

・・・この世界じゃ、半魚人とかってまた別の生き物なのかな。

「そうか」

「あのね、1つお願いがあるの」

するとユズの眼差しは少しだけ寂しさを宿した。

「あたしがこの湖に出るってこと、誰にも言わないで欲しいの。人間の中ではね、人魚を食べると歳をとらなくなるって言われてるんだって。もしあたしがこの湖に出るって聞いたら、きっと人間達がたくさん来るでしょ?」

「そうだね、分かった」

「今はエンロウさんがこの湖を縄張りにしてくれてるから、人間も簡単に近づこうとしないみたいだけど、大勢で来たらエンロウさんも困っちゃうし」

「あぁ」

屈託の無い笑みに戻ったユズは岸から手を放し、岩山の方へと向かった。

「じゃあ、あたしもう寝るけど、氷牙は朝まで居るの?」

「あぁ、明るくなったら町に戻るよ」

笑顔で頷いたユズはゆっくりと手を振り始める。

「また来てね」

「あぁ」

背中を向けたユズはゆっくりと潜り始め、水しぶきの中で尾ビレをはためかせながら湖の中に消えていった。

人魚って、普通海に居るものじゃないのかな?

しばらく月を眺めた後、鬼の親玉の角を枕にしながら横たわる。

空が少し水色がかってきた頃に立ち上がり、一旦氷の仮面を被って上空に飛び上がる。

湖の近くに山脈があるみたいだな。

山脈の反対側の遠くには林とは違う、建物らしきものが円を思わせる形で並んでいるのがかろうじて見える。

ここら辺で町はあれだけみたいだな。

ジャクヨクだと良いけどな。

角を持ってから木々の上を飛んでいくと、近づくにつれて少しずつ江戸という言葉を思わせる町並みが見えてきた。

やっぱりここがジャクヨクみたいだ。

地面に下りて林道を進み門を通るが、近くには修練所と思われる入口は見当たらない。

・・・確か、キガンから来ると北門からここに入ることになって、右手に進んで修練所の入口に着いたから、今居る場所からだと反対の左側のどこかに修練所があるはずだ。

林沿いに回り込みながら歩いていると、しばらくして高級感のある赤い布が掛けられたベンチが見えてきた。

修練番さんはまだ居ないのか。

ベンチに座っていると修練所の入口から修練番の女性が出てきたが、ベンチに座る前にこちらに気づいた修練番の女性はすぐに鬼の角に目を向けた。

「・・・あんた、それ、自分で何を持ってきたか分かってるのかい?」

「角、でしょ?妖怪石が見当たらなかったから、代わりに持ってきたんだ」

ゆっくりとベンチに腰を掛けた修練番の女性は、何やら呆れ果てたような顔でこちらを見ている。

「はーあ、こりゃたまげたよ全く」

「これ、妖怪石の代わりにならないかな?」

「いや、実力を測る分にゃ問題はないよ」

・・・なら良いか。

修練番の女性は脚を組み、心を落ち着かせるように小さくため息をついて再び鬼の角を眺めた。

「鬼の角ってのはな、皇族に献上するためのもんなんだよ」

皇族?・・・そんなに貴重なものなのか。

「じゃあ高く売れるものなの?」

「値打ち自体はたいしたことはないないんだが、皇族は代々鬼の妖怪だけは目の敵にしてんだよ。だから鬼の角を持っていきゃ、褒美は貰える」

そういえば、昨日会った妖怪も鬼に脅かされてるとか言ってたな。

「そうか」

「いやしかしな、鬼の、しかも親玉の角は、龍の名を持つ侍ぐらいしか採れないって言われてる」

・・・確かにあの鬼達は他の妖怪より強かったな。

修練番の女性が噛み締めるように笑い声を漏らすと、こちらを見た修練番の女性の眼差しから、不信感のようなものが感じられなくなった。

「あんた、異国人のくせになかなかやるじゃないか、見直したよ」

「それは良かった。それじゃあ・・・」

「お、帰ったか」

突如修練番の女性が遠くに目を逸らしてそう呟いたので、何となく振り返ってみると、修練番の女性の目線の先にはこちらの方に歩いてくる侍の姿があった。

あの人・・・どこかで見たような気がする。

「シナ、侍は来たか?」

見覚えのある侍は修練番の女性をそう呼びながら女性の前で立ち止まる。

「あぁ、まだ瞬鷹は見えてないけどな」

「全く、名に似合わず呑気な奴だ」

見覚えのある侍はふとこちらに目を向けると、何かに勘づいたように目を細めた。

「その方は・・・いつぞやの異国人か?」

会ったことあったかな?

・・・この刀の数、そういえばこの世界に来て最初に会った侍だな。

「まぁそうだね」

「まさかその鬼の角を、その方が採ったのか?」

「そうだよ」

その侍は顔色を変えずにシナと呼ばれた修練番の女性に目を向けた。

「それは誠か?」

「そのようだよ?あ、そうだ、この異国人の手も借りたらどうだい?猫又の手も借りたいだろ?」

シナという女性が妙にニヤついた表情でその侍を見るが、その侍は依然として見定めるような鋭い眼差しをこちらに向けてくる。

「まぁ、シナから話だけは聞かせてやってくれ」

そう言ってその侍はそそくさと修練所に入っていった。

猫又って、確か妖怪だよな・・・。

「修練番さんって、シナって言うの?」

侍が去っていった方を見ていた修練番の女性はこちら向くと、少しだけ顎を引き、上目遣いになるような目つきでニヤついた。

「あぁそうだよ。まぁそう呼びたきゃそう呼びな。それよりあんたは何て名だい?」

「僕は氷牙だよ」

小さく頷いたシナはすぐにその眼差しを真剣なものへと変えた。

「じゃあ単刀直入に言うよ。今この国は、異国人に攻められてる。狙いは四方の町と中央の町それぞれにある5つの刻印だ」

「刻印って?」

「聖獣の霊体が封印されてる祠の鍵ってとこだな」

・・・刻印を壊すのは鍵を壊すのと一緒かな。

「北には玄武の甲、南には朱雀の翼、西には白虎の牙、東には青龍の爪、中央には麒麟の眼がそれぞれ封印されてる」

四聖獣って奴か。

麒麟は分からないけど。

「だが、5つの刻印ってのは繋がってるから、5つの封印を解かない限りは霊体が溢れ出すことはない」

「じゃあ、霊体が溢れたらどうなるの?」

「最後の麒麟の封印を解いたとき、解いた奴の中に5つの霊体が流れ込み、そいつはセイテイになる」

「それは?」

「聖なる帝さ。まぁ簡単に言や化け物になるってことだがな」

志那 (シナ)(30)

雀翼の修練番。武家の人間ではないため姓が無い。修練所は国が管理しているが修練番に決められた給与はなく、下宿として利用する侍や情報を買いに来る者達から徴収するお金が手取りとなっている。


ありがとうございました。

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