隣人の名もなき宿敵
のんびりとモニターを眺めていたとき、背後から扉が開いた音がしたので何となく振り向くと、そこには扉になだれ込むようにホールに入ってきていた2人の男女が居た。
「助けてくれっ」
そう叫んだ人に急いで駆け寄る。
おっとこの人、頭から血が出てる。
「どうしたの?」
「あ、氷牙か。テロだ。こいつを手当てしてくれないか?」
どうやらもう1人は気を失っているみたいだ。
この人もよく見れば全身傷だらけだ。
「ならあんたも」
「いや、俺はあいつらと戦う。だからこいつを頼むよ」
こんなに傷を負っているのにか。
「ダメだ、僕が戦う。あんたは会議室に行って、医療班がいるから」
「・・・分かった」
男性はやむなく受け入れたようにうつむき加減で頷き、ゆっくりと立ち上がり始めた。
「歩ける?」
「あぁオレは大丈夫だ」
急いで扉の向こうに走り出すと、そこは大きな交差点に繋がっていたが、見渡すと道路が陥没していたり、半壊した車が横たわっている状況になっていた。
その上救急車やパトカーも見え、怪我人と思われる人があちこちで倒れているのも確認出来る。
そして交差点の真ん中には何やら人間の上半身を覆うほど巨大なハンマーを持った男性と若い女性が睨み合っていた。
男性が思いっきりハンマーを振ると、すかさず女性が手を挙げて合図し、周りのアスファルトから鎖を飛び出させる。
すると鎖はまるで生きてるかのように動き出して女性を守った。
やじ馬の目線を見る限りは、他にテロリストみたいな人は見当たらないか。
氷牙を纏って2人に近づいてみる。
「何だてめぇは」
2人がこちらを見ると、ハンマーを持った男性が先に口を開いた。
「一応、テロを止めようと思って」
「あの、お願いします、手を貸して下さい」
すると鎖を操る女性がまるで助けを求めるように話しかけてきた。
「分かった」
どうやらハンマーを持った方がテロリストらしい。
「チッ・・・」
ハンマーの男はめんどくさそうに舌打ちをすると、直後に何の前触れもなく柄を伸ばしながらハンマーを振り下ろしてきたので、とっさに避けて紋章を重ねた氷弾を撃つ。
柄が伸びるなら、リーチの長さは見た目以上か。
しかし男も氷弾を間一髪で避けきるが、男がこちらに気を取られている隙を狙って女性が先端の尖った鎖を伸ばしていく。
するとすかさず男はハンマーで鎖を叩き落とすが、もう1本の鎖がハンマーに絡み付いたのでその隙にブースターを噴き出して男に突っ込む。
「おらっ」
しかし男は素早くハンマーを振り、鎖を引きちぎるとそのままの勢いでハンマーを振り回してきたので後ろに下がって氷弾を撃つが、すぐに男は柄の先端で氷弾を叩き落とした。
この瞬発力、ただ者じゃないな。
「危ねぇだろ」
距離を取るように後ずさりながら口を開き、ふてぶてしく笑みを浮かべた男は再びハンマーを大きく振り上げると、反撃する暇を与えないかのように連続的に振り下ろしてきた。
シンジと同じで、見た目は巨大でも本人は重さを感じないんだろうな。
「チッすばしっこいな」
ハンマーを振り上げた瞬間に前に飛ぶと、男は柄を急激に短くして回転し、素早くハンマーを振り回す。
とっさに真上に跳び宙返りしながらハンマーを避けて男に氷弾砲を撃つと、男も素早く体を反らしたが氷の弾は体をかすめ、直撃ではないものの男は弾の爆風により吹き飛ばされていった。
「君すごいね」
男から距離を取ったときに女性が後ろから話しかけてきたので、男の動きに目を配りながら女性に顔を向ける。
知らない人だ。
別の組織の人かな。
「どうも、どこの組織の人?」
「私は横浜だけど、今日はたまたま買い物に来てたんです」
表情や話し方から見て、一見落ち着いているようには見える。
「そうか」
「私じゃ防戦一方だから、どうしようかと思って」
服には汚れも無いし、どうやら怪我はしてないみたいだ。
「じゃあ援護頼むよ」
「はい」
「何だ、コイツ」
ふらふらと立ち上がりながら呟く男の眼差しは殺気でぎらついていて、怒りをあらわにするように歯を見せる表情は何となく笑っているようにも見えた。
すると男は革製ジャケットの襟の先をつまみ、それに話しかけた。
ん?誰かと無線で話でもしてるのかな。
話が終わったのか、男が柄を持ち直して走り出したと同時にハンマーが更に大きくなるが、重さなどまるで感じないかのように男は思いっきりハンマーを振り下ろしてきた。
後ろに跳び、ハンマーが地面に叩きつけられるとすぐ柄が急激に伸びてきたので、ブースターを噴き出しながらとっさにハンマーを受け止める。
女性が鎖を出すと、鎖がハンマーに絡まる前に男は冷静に素早くハンマーを引っ込めた。
「なかなかしぶといんだな」
「あんたもね」
見た目とは裏腹に頭を使うタイプみたいだ。
けど肩を使えなくすれば、戦えなくなるだろう。
氷弾を撃ちながら近づいていくと、氷の弾を撃ち落としながら男も近づいてきてハンマーを振り回し始める。
真上に跳びながら氷弾を構えるが、男は体を回転させながらそのままハンマーを振り回し下から勢いよく振り上げてきた。
ブースターで滞空しながら横に避けて柄を掴み、降下しながら氷槍を出して男の右肩に氷槍を突き刺す。
「がぁっ」
氷槍を抜いて紋章を重ねた氷弾で止めを刺すと、ハンマーを落とした男は肩を押さえながら仰向けに倒れ込んだ。
「・・・くそぉ」
すると男の手から離れ、地面に転がったハンマーは光になって消えていった。
「終わったな」
男から離れて、鎧を解いた。
「おいサルっ」
急に男が叫んだので振り返ると、男は笑みを浮かべながら姿を消していった。
何だ?ワープか?
ということは仲間がいるのか。
そういえば、さっき組織に逃げてきた人はあいつらって言ってたっけ。
「終わったぁ」
絶えず響き渡る救急車の音の中、肩の力を抜くようにため息をつきながら膝に手を置く女性を見ながら、シールキーのある扉へ向かう。
「とんだ災難だったね」
「ほんとだよ・・・もう帰るの?」
女性を通り過ぎたときに、少し戸惑った様子でこちらに顔を向けた女性を見たとき、ふと遠くからスーツを着た男性が歩み寄ってくるのが見えた。
「あぁ」
「そっか」
「君達」
声をかけてきたその男性と目が合うと、すぐにその男性は小走りで駆け寄ってきた。
また警察かな。
「ちょっと話を聞かせてもらってもいいかな?」
「え?誰ですか?」
若く真面目そうに見える男性を前にしても、女性は先程のテロリストに向けたときと同じような警戒心をあらわにしている。
「もしかして特殊犯罪対策何とかの人?」
「な、何故それを?」
するとスーツを着た男性は警戒するようなことはなく、純粋に驚くような表情を見せた。
「いや、勘だけど」
「私は警視庁捜査一課特殊犯罪対策班の北村です」
「あ、刑事さんか」
北村が警察手帳を見せると、女性は再び肩の力を抜くようにため息をつき、安心したような眼差しを北村に向けた。
「あのテロリストとは知り合いなんですか?」
手帳を開き、ペンを手に持ちながら喋り出す北村は、まるで相手の警戒心を解こうとするように感じる微笑みを浮かべるが、女性に向けられるその眼差しには、何となく鋭さに似たものを感じた。
「私、知りません」
女性は首を振って応えると、小さく頷いた北村はすぐにこちらに顔を向けてきた。
「僕達はたまたま居合わせただけだよ」
「そうですか、とりあえず、渋谷を救ってくれてありがとう」
「そ、そんな私なんて」
さっきの須藤って人とは雰囲気が全然違うな。
まだ獣運びは続いてるのかな。
「須藤刑事は?」
「え?先輩・・・じゃなかった、須藤刑事を知ってるんですか?」
同じ肩書きだからやっぱり知り合いか。
「さっき会ったよ」
「さっきって、代々木公園でですか?」
「あぁ」
「じゃあ怪物は君が?」
もう連絡が行ってるみたいだな。
「まあ仲間がいたけど」
「そうですか、君達のお陰で被害者も出なかったみたいで良かった」
能力者が生まれたのはついこの前の話だし、いくら警察でも対能力者用の組織なんてすぐに作れないと思うけど。
「あのさ、その特殊犯罪対策班って前からあった訳じゃないでしょ?」
「え、そうですね。先週の金曜を境に不可解な事件が異常なほど頻繁に発生してるので、急遽こういった対策班を作ったんですけど、実際にはただの寄せ集めで、しかもまだ正式に認可されてない班なんですよ。本当に臨時的なもので」
「なるほど」
通りで、北村刑事みたいな普通に真面目な感じの人がテロ対策なんてって思った。
でもどうせならSATみたいな組織から集めればいいのに。
「それじゃ僕は行くよ」
「あ、はい」
事情聴取とかしなくて良いのかな。
「私も行って良いですか?」
「えぇ、良いですよ」
女性に笑顔で応える北村を横目に組織への扉に向かいながら、ふとまるで叩きつけられたように大きく窪んだ乗用車に目を向ける。
おじさんは、こういうテロが起こることを分かってて組織を作ったんだとしたら、おじさんの目的は一体何なんだろう。
確かこの辺りに・・・。
シールキーが貼ってある扉を見つけてホールに戻ると、1番近いテーブルにマナミと助けを求めた2人が座っていた。
「お、氷牙、ハンマー男は?」
すかさず意識があった方の男性が待ち兼ねたようにこちらの方に歩み寄ってくる。
「倒したよ」
シールキーを渡しながら応え、意識を失っていた方の女性に目を向けると、女性は今だに不安げな表情を浮かべているものの、何事も無かったようにマナミと会話をしていた。
「そうか・・・あ、悪いな」
この人はとリーグ戦で戦った気がする。
「傷はもう良いの?」
「あぁ、あいつも大丈夫だ」
あの人は支援型かな。
「良かったね」
「あ、うん」
「氷牙は大丈夫なの?」
するとマナミは心配そうな表情を向けてくる。
「大丈夫だよ」
まだホットミルクが放置されたままになっているみたいなので椅子に戻り、とりあえず一口飲んでみる。
もうただのミルクになってる。
「なぁ、氷牙はあのテロリスト知ってるか?」
「え?知らないけど」
ああいうテロリストも、元々はこういう組織に居たんだよな。
「前にニュースで見たことがある気がしたんだ。名前は忘れたけどさ、確か暴行事件を起こしたとか何とかだったんだ」
暴行事件か・・・。
「ああいう奴が能力者になったらマジヤバいよな。それに何か表情もちょっとヤバかったし。ああいうのを根っからのワルって言うんだよな」
根っからのワルか。
しばらくするとマナミと女性が同じテーブルの椅子に座ってくる。
「さっきオーナーさんに聞いたんだけど、ランチメニューがあるらしいからみんなで食べようよ」
おじさん全然そんなこと言ってなかったな。
「あぁ」
もうお昼なのかな。
モニターを見るとシンジはまだ戦っていて、ふと同じくモニターを見ていたマナミが急に小さく微笑みを浮かべたのが見えた。
「シンジ君ね、ずっと相手を変えて闘技場から出て来ないの」
「よくやるね」
シンジって結構修業するタイプなんだな。
「たまぁにマナが治してあげるの」
「そうか」
「なぁ氷牙、ちょっと、頼んでいいかな?」
妙に落ち着いた口調で声をかけてきた男性に顔を向けると、その男性の眼差しにどこか意思の強さのようなものを感じた。
「何?」
「俺、決めたよ、あのテロリストに負けないように強くなる。そんでもって、ミカナを傷つけたあのテロリストにリベンジするよ。だからさ、あのシンジって奴みたいに修業の相手になってくれないかな?」
「あぁ・・・えっと」
ミカナって・・・いや、まぁいいか。
「ああミカナってのはそいつだよ。俺の親友の妹なんだ」
男性が目で差したマナミの隣に座るミカナと呼ばれた女性に目を向けると、ミカナはこちらに顔を向けながらどことなく寂しそうな表情を見せた。
「そうか、別に良いよ、僕で良ければ」
「そうか、あ、そういえば面と向かっては言って無かったよな。俺はカジワラテンジだ」
この人の力って、確かシンジみたいな感じだったような・・・。
「え、テンジ君も修業するの?」
「あぁ、もうあんな目には遭いたくないしさ」
「そうだけど、そしたら、マナミちゃん大変だね」
「ううん、結構充実感あるよ」
むしろ若干の期待感を感じさせるマナミの表情に、ミカナの心配そうな表情もすぐに和らいだ。
ミカナの兄は海外に留学していて、それを知っているテンジは偶然組織の中で再会したミカナを心配して、行動を共にしています。
ありがとうございました。