ワイルドキャット・アンド・クロウズ2
呟くように口を開いたヒロヤの表情からは少し迷惑そうな嫌悪感が伺える。
ヒロヤは、警察が嫌いなのかな?
「でも考えてみたら普通のことだよね」
警察も大変だな。
「まぁ、そうだな」
「ねぇ?私達何か忘れてない?」
公衆トイレに向かってしばらく進んでいたとき、ふとカナコが何かを思い出したかのようにそう口を開いた。
「また何かか?」
するとまたすぐに聞き返すヒロヤだが、その表情は少しうんざりしているようだった。
そういえば、元々はあの野良猫を調査するために来たんだよな。
「どうして猫があんなになったかってことも調べた方が良いってこと?」
「そうだよ、さすが氷牙だね」
「そんなのたいしたことじゃないだろ」
「じゃあ猫の組織があるとでも言うの?」
何気なく反論するヒロヤにカナコがすぐそう言い放つと、ヒロヤは小さく眉をすくめてカナコから目を逸らした。
「そ、それは・・・」
「多分、調査はまだ終わってないと思うの」
「そう言われると・・・そうかもな」
どうやらヒロヤも納得したみたいだな。
それにしても、さっきの猫は何であんなになったのかな。
カズマのような個性的な能力者もいるんだし、あの猫は能力者によって姿を変えられたってことは考えられるだろうか。
「じゃあどうすんだ?」
「もう1回あの猫のいた所に行こうよ」
そう言ってカナコが立ち止まると、カナコに振り返りながらヒロヤもゆっくりと立ち止まる。
「・・・そうかい分かったよ」
ヒロヤが渋々応えるとカナコが微笑みながら引き返し始めたので、後に続いて引き返しながら、何となく巨大な獣が居た方に向かっていく人達を見ていく。
「確かあの辺りだよね」
林に向かう途中、遠くでは対処に困っているように巨大な獣を囲む警察が見えて、それを横目に見ながら再び林の中に入っていく。
「やっぱり何にも無ぇぞ?」
数分間の散策の後にヒロヤは疲れと面倒臭さを訴えるような口調で沈黙を破った。
「おかしいねぇ」
しかしカナコはそんなヒロヤをよそに楽しそうな表情で言葉を返している。
ん、ちょっと待てよ、そもそもおじさんはどうやって見たこともない生物がこの公園にいるって分かったんだ?
「ねぇヒロヤ君、剣出してよ」
「あ?何で?」
「穴でも掘ろうよ」
するとその場に座ったカナコは笑顔でヒロヤに手を伸ばした。
「スコップ代わりにすんなって、しかも何で穴掘るんだ?」
しかしヒロヤは嫌々ながらも立ち止まり、カナコの前へと歩み寄っていく。
「女の勘かな」
「あっそ」
カナコの答えにヒロヤはまるで何事も無かったように再び動き出す。
「ちょっと流さないでよ・・・ほらぁ」
いや、それより、どうやって大木にあの猫の爪痕があるなんて、そんな細かいことが分かったんだろう。
「あんまり荒らすと怒られるかもよ?」
一応公園だしな。
「ちょっとくらいは平気だよ、ほらヒロヤ君」
こちらに顔を向け、はしゃぐような口調で言葉を返したカナコはまたすぐにヒロヤに手を伸ばした。
「オレは知らねぇよ?」
引き下がらないカナコに諦めたかのような表情でそう言ったヒロヤは掌を上に向け、どこからともなく出現させた小さな幅の広い短剣をカナコに手渡した。
「やったぁ」
そしてカナコはまるで砂場で遊ぶように地面を掘り始める。
大木の爪痕を見つけたとしても、何でそれがあの猫の仕業だということが分かったのか。
もしかしたら、大木の爪痕なんて・・・。
「ん?何これ」
「カァァー」
「きゃっ」
カナコは思わず声を上げて頭を隠すようにうずくまったので、反射的に上空へと目を向けた。
「カラスだよ」
同じように空を見上げるヒロヤが怯えるカナコに冷静に声を掛ける。
「気を抜いた時のカラスって、何でこんなにビックリするのかな」
カナコも空を見上げながら呟いたときに上空を飛ぶ数羽のカラスが見えると、ふと猫が居た閉塞感のあった静寂が、まるで風が吹き抜けていくような静けさに変わったように感じた。
「カァァ」
他の生き物が立ち入らなかった場所なのに。
猫が居なくなったからかな。
「硬いや、宝石みたい」
おや、何か掘り当てたのか。
「こんな所に宝石なんて埋まってる訳ねぇだろ」
ヒロヤは呆れるように口を開いたが、一応覗き込もうとするようにカナコに近づいていく。
「うわ何だこれ」
「ね、宝石でしょ?」
本当に宝石かな?
2人の近くの木の上に降り立ったカラスを何となく見ていると、突如カラスの体全体がほんのりと光を帯びる。
そしてその直後、ヒロヤ達を見下ろしているそのカラスに手が生えてきた。
「ヒロヤ、上」
「あ?」
ヒロヤが指を差した方に目線を上げるときには、木の枝に立つカラスからはすでに長い尻尾が伸び出していた。
「うわぁっ」
声を上げたヒロヤはせり出した木の根っこに足を取られ尻もちをつく。
「ちょっと何?」
迷惑そうにヒロヤを見たカナコもゆっくりと上を見上げ始めると、そのカラスの体がまるで先程の猫のように大きく膨らみ始めた。
「クャァー」
「くそっ何なんだっ」
尻もちをついたままのヒロヤが剣を出して構えたので氷牙を纏い、ヒロヤを見下ろすそのカラスの動きに意識を尖らせる。
あの猫みたいなのが、まだ居たなんて・・・。
そしてようやく成長が止まったカラスはヒロヤに向かって降下を始めたので、すぐさまカラスに向かって氷弾砲を撃った。
吹き飛ばされ、木にぶつかり地面に落ちるが、カラスはすぐに立ち上がりこちらに顔を向けてきた。
氷弾砲でも大したダメージにならないなんて。
「2人共、早く行こう」
「ダメだよ氷牙」
するとカナコがカラスに目を向けたまますぐにそう応えた。
「今原因を突き止めないとダメだよ」
ここじゃ戦いずらいけど仕方ないか。
「クャァー」
威嚇しているカラスに向かってブースター全開で飛び出し、氷槍をカラスの胸元に勢いよく突き刺した。
「クャッ」
カラスに刺した氷槍を抜き、紋章を出し間近で氷弾を撃つと、カラスのような怪物はゆっくりと後ろに倒れ込んでいくが、直後に響いた地面が打ち付けられる音は静寂に緊迫感という名の余韻を残した。
またこういうのが来ないとも限らないな。
カナコに目を向けたときにふとカナコが掘り当てたと思われる宝石とやらが目に入った。
よく見ると本当に宝石みたいだな。
「その宝石みたいのは何だろね」
早いとここの場から離れないと・・・。
「わ・・・」
氷槍を一振りして血を振り払うと、カナコは今の瞬殺劇に驚いているのか、言葉が出ない様子で黙って首を横に振る。
確かここは、あの猫の縄張りだったところだ。
それなら、こんな所にあるはずがない物と、起こるはずがないカラスの巨大化は関係があるのかな。
「あの猫の縄張りにそれがあって、偶然降り立ったカラスがそれで猫みたいになったってことはないかな?」
「こ、この宝石が?関係、してるの?」
カナコは戸惑うような表情の中に更に驚きを加えながら、宝石とこちらを交互に見て考え込んでいる。
「んー、多分」
鎧を解きながら応え、ヒロヤに顔を向けると、若干の戸惑いが伺えるもののわりと落ち着いている様子だった。
「ほんとかよ」
「でも、そうかも・・・知れなくも、ないかな」
「どっちだよ」
すかさずヒロヤはゆっくりと突っ込みを入れる。
「今日のところは、それを持ち帰るってことにして置こうよ」
また何かが来たら大変だしな。
「んー・・・そうだねぇ・・・」
「こいつの言う通りだ、またカラスが来たらどうすんだ?」
考え込んでいるカナコを促すようにヒロヤも声を掛けると、ヒロヤに顔を向けたカナコからは落ち着きが見られた。
「そうだね、戻ろうか」
「それじゃ、これ掘り出そう。ヒロヤ、僕にも剣出して?」
「あぁ・・・」
2人と共に周りに気を配りながら、地面に埋まっている宝石に被さる土を掻き出していく。
「結構大きいね」
透明感のある光沢を見せる宝石の全体が見えた頃にカナコが静かに呟いた。
「何だこれ。何カラットだよ」
するとヒロヤも呆れ返るような表情で呟きながら宝石を見つめている。
一見すると直径は、30、いや、40センチぐらいかな。
「私持てないよこれ」
まるでその後の対処を任せるようにカナコが立ち上がり、宝石が埋まる穴から少し離れる。
「氷牙引き上げるぞ」
「あぁ」
ヒロヤと共に白く透き通った宝石を持ち上げ、一旦穴の横に置く。
「まず穴埋めるぞ」
カナコ、よくこんなもの掘り当てたな。
偶然にしては・・・まさか、これもおじさんの筋書きか・・・いやそれはさすがにないか。
「早く持って帰らないとまた誰か来ちゃうね」
カナコも加わり3人で穴を埋めていると、宝石を眺めながら口を開いたカナコはどことなく楽しそうに見えた。
「これじゃ3人で持ってもトイレまで行くには相当かかるぞ」
穴埋めが終わるとヒロヤも悩むような顔で宝石を見下ろしている。
これを持って帰るのか・・・。
あ、壁でも扉に出来るなら試してみよう。
「カナコ、水の壁、作れるかな?」
「え?・・・あ、それ良いかも」
すぐに理解したように笑みを浮かべたカナコはどこからともなく水流を生み出すと、宙に浮き漂う水を壁のような形に固めた。
「でも水だろ?シールキーなんか付くのかよ」
「試す価値はあるでしょ?」
半信半疑のような表情で意見を口にするヒロヤに自信の伺える笑みを見せつけ、カナコがシールキーを水の壁の真ん中に貼るが、シールキーはすぐに地面に落ちていった。
「何だよ」
するとヒロヤは宝石に座り込み、空を見上げた。
ふと何かの気配を感じた直後、どこからか何かがうごめくような音が聞こえると、すぐにそれは先程のカラスのものだということが分かった。
生きてる?
何故だ、ちゃんと止めも刺したのに。
「おい、ど、どうすんだよ」
「えっと・・・あ、氷牙、これ凍らせてよ」
「あぁ、そうだね」
水の壁に何発か氷弾を撃つと、瞬く間に水は凍りついて氷の壁となった。
涌き水のように緊迫感がゆっくりとこの場を浸蝕していく中、カナコはすぐさま再び壁の真ん中にシールキーを貼る。
すると、赤坂クイーンズ最上階の上の組織と書かれたシールキーの横にドアノブが現れた。
「よし、カラスが起きないうちに早く運び込もう」
宝石を縦にしながら扉を抜けホールに運び込むと、すぐにカナコはシールキーを剥がした。
「とりあえず会議室に運ぼうよ」
会議室の前の扉に着いたが、手が塞がっているのでカナコを見ると、カナコはぼんやりと遠くに目を向けていた。
「カナコ、開けて」
「あ、うん」
扉を開けて貰うとすぐにマナミと目が合ったが、マナミの目線はすぐにこちらの顔から宝石へと移っていった。
「え・・・何?それ」
呆気に取られたような表情でマナミが呟くと、カナコとヒロヤは顔を見合わせながら困ったような苦笑いを浮かべる。
「話すと長いんだよな」
「えぇ?・・・何?綺麗だけど」
そんな2人を見たマナミも同じく若干の戸惑いの伺える表情を見せながら宝石を指でなぞり始める。
「とりあえず、ここに置いておくから。みんな揃ったら報告するよ」
「あ、うん分かった・・・すごいなぁ」
こちらに顔を向けて応えたマナミはまたすぐに宝石へと目線を戻し、なめ回すように宝石を眺めていく。
「とりあえず、終わったな」
「私も休もっと」
疲労感の感じられる表情のヒロヤは静かに会議室を出て行くと、カナコもヒロヤに続いて会議室から出ていった。
「今何時か分かる?」
「ん?・・・10時半前だよ」
「そうか」
早いな。
まぁ出発が早かったからかな。
そういえばマナミもユウジ達と会議室にいたよな。
「朝からずっとここにいたの?」
「うん、あ、でもちょっとホールを散歩したよ」
宝石を見ていたマナミは、何となく血の気の薄いようにも見える穏やかな雰囲気の感じる笑顔を見せてくる。
「・・・学校は?」
「いいの。もともと不登校だったし」
「そうか」
事情があるみたいだし、あまり踏み入った質問はよした方が良いか。
「公園に行ったんなら、ピクニックみたいな感じだったの?」
「いや、怪物退治だったよ」
「へぇー」
ホールに戻りホットミルクを注いで椅子に座る。
やはり平日だけあって、人が全然いないな。
ふとモニターを見ると、シンジが戦っているのが見えた。
よくやるねシンジは。
やっと外に出たのもつかの間で、すぐにまたホールに戻ってきてしまいました。笑
ありがとうございました。