ワイルドキャット・アンド・クロウズ
「きょ、恐竜かどうかは別として、じゃあ一緒に行こ?」
戸惑いを見せるような微笑みで応えながらカナコはこちらに顔を向けてくる。
「あぁ」
何にしても相手は得体が知れないからな。
そして2人は警戒心をあらわにするようにゆっくりと歩き出したが、辺りを見渡しても特に変わったような様子はなく、舗装された道にはジョギングしている人や、ベビーカーを押している人がちらほらと見えた。
「あ、池かな」
何も起こることもなく少し時間が過ぎた頃、向かう先に何やらコンクリートで作られたものが見えると、カナコは先程の緊張感を忘れたように再びはしゃぐような声色で口を開いた。
「いや、噴水だろ」
すぐさまヒロヤが呟くように突っ込む。
腰の高さにまで溜められた、幅の広くない噴水が、前方に一直線に伸びている景色の中、ふと噴水の両脇に道を挟んで置かれたベンチを眺める。
「ユウジが言ってたような大きさなら、こんな開けた場所にはいないんじゃないかな」
「あ、そうかもね」
噴水の先にある広場を眺めるのに夢中になっていたかのように見えたカナコは、まるで話を聞いていたかのようにこちらに振り向き相槌を打つ。
周りを見渡してみると、ベンチの辺りに鳩や群がっていたり、遠くの木の影で毛づくろいをしている野良猫やカラスも見える。
何とものどかだ。
「あれ、猫だ。可愛いなぁ」
カナコも猫を見つけると一気に表情を綻ばせ、すぐに駆け寄っていくが、猫は驚くように素早く立ち上がると一目散に林の中へと逃げて行った。
「あーあ、ねぇほんとにいるのかな」
猫に逃げられたカナコは何故か疲労したように肩を落とし、うなだれるようにベンチに座り、手で顔を仰いだ。
「おいおい、来たばっかだぞ」
呆れるような眼差しでカナコを見下ろすヒロヤの声からも、諦めを感じ始めるかのような疲れの色が見えた。
「そうだけど」
どうやらカナコは早くもバテたみたいだな。
まぁこの暑さじゃ仕方ないか。
「まだ足跡も見つけてないんだぞ?」
呆れるような口調で責めるヒロヤも、カナコ同様に暑さを感じているように険しく表情を歪ませながら天を仰いでいる。
「そういえばそうだね」
「そこらへんまで頑張れよ」
「・・・分かったよ・・・足跡ってどこ?」
カナコは渋々立ち上がるとすぐに嘆くような口調で喋り出した。
「いや、それを探してんだよ」
するとヒロヤは優しい口調で再び呟くように突っ込む。
「あ、そっか」
「あっちに行ってみようよ。もしかしたら木の陰に隠れてるかもよ?」
猫が逃げた方を指差しながらそう言うと、2人はその方に顔を向けた。
「うん」
カナコの少し元気がなさそうな返事を聞きながら、わりと見通しの悪い林の方に歩き出す。
「何か変だね」
辺り一面が生い茂る木々に覆われた頃、どことなくそわそわしたように地面や遠くを見ながらカナコがふと口を開いた。
「何かって?」
すると周りを見渡しながらヒロヤがすぐさま何気なく問いかける。
「んー・・・虫とかいない感じ?」
「そういえば静かだな」
確かに、近くで蝉が鳴いてるような音は聞こえないな。
まるでここにいたら危険だと知ってるみたいな感じかな。
「あぁっ」
数分間の散策の後、突如カナコがいきなり大声を出した。
「何だよ脅かすなよ。心臓が止まる」
「・・・これ」
ヒロヤは驚いて振り向きながらもゆっくりとカナコに歩み寄り、カナコが指を差した大木に目を向ける。
「おお・・・すげぇな」
何かを見つけたみたいなので、歩み寄ってくるのを促すようにこちらに顔を向けるカナコを見ながら大木に近づく。
「爪痕っていうか、爪研ぎの跡かな」
なるほどでかいな。
それなりに大きな木なのに、今にも折れそうだ。
「爪研ぎでこれなら、かなりの物だぞ」
ヒロヤが呟いているときにふと視線を感じたので振り返ると、そこには遠くの木の陰からこちらを覗くように座る先程の猫がいた。
「足跡もあるかな?・・・あれ?氷牙?」
カナコがこちらに顔を向けたときに黙って猫を指差した。
「あっあの猫」
すると何を思ったのか、カナコはその猫に向かって歩み寄り始める。
「どうしてここにいるの?」
「シャー」
「ひっ」
明らかに威嚇している鳴き声にカナコが怯んで固まると、直後に猫の毛がみるみる変色し始めると同時に、猫の体が巨大化していった。
何だ?
その様を見るカナコは言葉を失い、尻もちをつく。
そして遂にはその猫はライオンよりも遥かに巨大な生物へと変化を遂げた。
「グゥァー」
「うお、何だ?・・・え」
その猫に顔を向けたヒロヤもすぐに怯むように後ずさると、猫はカナコを見つめながらゆっくりと動き出した。
氷牙を纏い、すぐさま紋章を重ねた氷弾を猫に撃つと猫は怯むように動きを止めたので、その隙に腰を抜かしているカナコを抱き上げた。
ここじゃ狭くて戦いづらいかな。
「ヒロヤ、一旦退こう」
「あぁ」
林から出たものの、木々の向こうからは木々を薙ぎ倒すような轟音と共に、こちらの方に近づいてくる怪獣のような雄叫びが聞こえてきた。
まさかついて来る気か。
カナコを降ろすと、カナコは何故か気まずそうな表情を見せてくる。
「大丈夫?」
「うん、初めてだったからびっくりしただけ」
後ろを振り返ると、ヒロヤはどこからともなく出現させた重そうな大剣を、宙に浮かせて操りながら猫と戦っていた。
「戦える?」
「うん、援護は任せて」
微笑みを浮かべてそう応えるカナコだが、やはりその微笑みは頼りがいがあるような勇ましいものではまったくなかった。
「分かった」
「グウァッ」
猫はかなり興奮しているみたいだ、さっきの氷弾で怒らせちゃったかな。
ヒロヤは宙に浮く大剣を振り回し猫を切りつけるが、剣先は猫の体毛に絡みつくように止まり、その勢いを失った。
「くそっ何て硬さだ」
猫が怯んだヒロヤにすかさず反撃しようと前足を振り上げたときに氷槍を出し、まるで鋼鉄のような光沢を見せる巨大な爪を受け止める。
しかし衝撃は凄まじく、体は軽々と宙に投げ飛ばされた。
「氷牙っ」
ブースターを噴き出して猫を視界に収めると同時に猫は間髪入れずにヒロヤにも猫パンチを繰り出す。
幅広い両刃剣を地面に突き刺し、それを壁にして猫の攻撃に備えるものの、勢いよく振り出された巨大な爪に地面は容易くえぐられ、ヒロヤの身長ほどの剣身を持つその大剣でさえも軽々と吹き飛ばされてしまう。
「くそっ」
猫が止めの一撃を繰り出そうと再び前足を振り上げたとき、カナコが手から大きな水玉を飛ばし猫にぶつけた。
間一髪で猫が気を逸らした隙に氷弾砲を撃つと、猫は激しく吹き飛ばされたがすぐに立ち上がり、近くにいたカナコに狙いを定めるような眼差しを向ける。
カナコが再び水玉を飛ばすが猫はジャンプしてそれをかわし、そのままカナコに向かって突っ込んだ。
「きゃあっ」
すぐさまヒロヤが猫に向かって投げるような動作で大剣を飛ばしていくと、猫は間一髪でカナコの横にズレて地面に倒れ込んだ。
「早くこっち来い」
ヒロヤの声にカナコはすぐさま走り出したが、猫はそれを追うように飛び掛かったので、紋章を重ねた氷弾を撃って猫の動きを鈍らせる。
ふぅ、危なかったな。
「氷牙、もう1回でかいの撃ち込んでくれ」
「分かった」
ヒロヤに何か考えでもあるのかな。
猫が起き上がるとヒロヤが前に出たので、猫が動き出す前にすかさず氷弾砲を猫に撃ち込む。
すると倒れ込んだ猫に体を向けたヒロヤは大きく両手を振り上げた。
「ラグナロク」
その言葉と同時に瞬時に上空に光り輝く巨大な剣が出現し、そしてヒロヤが両手を思いっきり振り下ろすと同時にその巨大な剣は勢いよく猫の首筋に突き刺さっていった。
そして、猫とはほど遠いこの世のものとは思えないほどの得体の知れない巨大な猛獣はそのまま動かなくなった。
「・・・ふぅ」
辺り一面を支配していた緊迫感がシャボン玉が弾けるように静かに消え去っていき、静寂という名のそよ風が優しく吹き込んでくると、カナコはその場に座り込み深いため息をついた。
「はぁ・・・死んだ・・・か?」
「まさに怪物だね」
鎧を解きながらカナコに歩み寄ると、ゆっくりとこちらに顔を向けたカナコは疲れ果てたような表情をしていた。
「ほんとだよ、こんなの聞いてないよ」
無理もないか、リーグ戦に出ないってことは戦いが苦手だってことだしな。
「こいつ、どうすりゃいいんだ?」
確かにこのままにしておく訳にはいかないけど、それにしても、この生物は一体・・・。
「そこの君達」
声がした方を見るとそこにはスーツを着た男性が居て、その男性の後ろには2人の制服警官がいた。
するとスーツを着た男性は、おもむろに内ポケットからある物を取り出し、それを見せてきた。
警察手帳だ。
「警視庁捜査一課、特殊犯罪対策班の須藤だ。この状況について話を聞かせて貰いたい」
20代後半ぐらいだろうか。
一見若そうには見えるが、その佇まいや顔つきから醸し出される空気は、幾度も現場を見てきて培った自信が滲み出ているように伺える。
「特殊犯罪?」
たまたま近くに立っていたヒロヤが須藤という男性に応対した。
「あぁ。先週の金曜から、突如人知を超えた力によるテロ行為が確認されているのは知ってるだろ?」
「まぁそうか、警察が動かない訳ないよな」
ヒロヤは迷惑そうな表情で呟くように応えると、須藤はまるで犯罪者かどうかを見定めるような鋭い眼差しをヒロヤに向ける。
「君は、能力者だな」
「だったら何だ?無条件で刑務所行きか?」
するとヒロヤは突っ掛かるように声を上げるが、須藤は冷静にあしらうように顔色を崩さない。
「我々は、怪物が人を襲っていると通報を請けただけだ。まぁもっとも、その怪物が人間だとすれば話は別だけどな」
「そうかい」
「これは君達が?」
須藤は巨大な剣が首筋に刺さった巨大な獣に指を差しながらヒロヤに目を向ける。
「だったら何だよ、野良猫を殺しただけでテロリスト扱いか?」
ヒロヤは何故か少し興奮しているみたいだ。
「野良猫・・・か」
須藤が巨大な獣を横目で見ながら呟くと、ヒロヤはうつむき加減で面倒臭そうに頭を掻き出した。
「どうせ信じないだろうけど、野良猫が巨大化したんだ」
「そんなの信じられる訳・・・」
後ろの警官が声を上げると、須藤はすぐに片手を広げて警官を黙らせた。
「野良猫だろうとなかろうと大問題だよ。そこのお嬢さんも能力者かい?」
警官を納得させた後に、須藤はその冷たい表情からは想像出来ない少し優しい口調でカナコに問いかけた。
「え?・・・あ、はい」
カナコは力が抜けたように座り込んだまま小さく返事をすると、黙って頷いた須藤はすぐにこちらにも顔を向けてきた。
「そこの君もか?」
「あぁ。刑事さん、1つ聞いていい?」
「何だい?」
「いくら警察でも、普通の人間が集まって能力者のテロリストに勝算はあるの?」
すると須藤の表情が一瞬にして冷たくなった。
「・・・今のところは、テロリストもこの野良猫と同じような対処しか出来ないだろう」
まぁ特殊部隊でも普通の人間には変わりないしな。
「じゃあ構わず殺すだけか?」
ヒロヤがまた突っ掛かるように口を開くと、ヒロヤに顔を向けた須藤の眼差しからは若干の怒りが感じ取れた。
「特殊能力柄みの事件だけでも、この3日間だけで負傷及び殉職した者は13名で、一般人の死傷者は約30名だ」
「はぁ?何でニュースにならないんだ?」
ヒロヤがまた強く言い放つと、須藤はすぐにヒロヤを睨み返した。
「一般人の死傷者の主は、現場の状況を撮影しようとしてた人達だからだ。それに何時間も経たずに死傷者の数が増える状況にマスコミも対応し切れてない」
テロが起こったことはニュースにはなるけど、確かに正確な被害者の数は言ってなかったな。
「・・・それで、オレ達をどうする気だ?」
目を逸らしたヒロヤが嫌悪感の伝わるような口調で聞くと、若干の落ち着きが見られた須藤も巨大な獣へと目線を逸らした。
「この件の危険要因は死亡。一先ずはそんなところだな」
「じゃあ、帰っていいか?」
ヒロヤの問いに須藤は考え込むような少し険しい表情で目線を落とす。
「まあ・・・いいか。帰る前に、この剣をどうにかしてくれないか?」
「あ?あぁ」
ヒロヤが剣に手をかざし空気に溶けるように剣を消していくと、その様子を須藤達は不思議そうに眺めていた。
「ほらいつまで座ってんだ。帰るぞ」
「あ、うん」
ヒロヤに腕を掴まれてカナコが立ち上がると、須藤は巨大な獣を運ぶように警官達に指示を始めたので、足早に巨大な獣から離れていった。
「まさか警察が来るなんてな」
岡元 大也(オカモト ヒロヤ)(22)
わりとよくノブとつるんでることが多い。
体格がよく、見た目も不良っぽいが、話してみると意外と怖くない。
田辺 佳菜子(タナベ カナコ)(20)
大学生。
動物が好きで、昆虫もさほど怖がらない。
顔は、何となく、女優の国仲涼子さん。
ありがとうございました。




