祭り
これまでのあらすじ
堕混を倒す為に異世界を回っていた氷牙だが、横浜に現れた堕混が反乱軍の兵士ではないことを知り、堕混の黒幕を探すことに目的を変える。そんな中、ノブ達が幾度となく挑んでいたテロ組織へ赴く日がようやくやってきた。
「あぁ、こっちはいつでもオーケーだ」
ノブの呟きに一気に緊張感で空気が引き締まっていくのが体中に伝わってくると、皆の顔つきも徐々に引き締まっていくのが見てとれた。
この戦いが上手く行けば、このテロ組織はもう活動出来ないだろう。
それでも数多くの内の1つの組織が潰れたということに過ぎないが。
「よし、分かった」
イヤホンマイクに一言告げたノブが合図すると、入口の両脇に待機していた人達が一斉に敷地内へと足を踏み入れていく。
入口を囲むように待ち構えていたテロリスト達が一斉に銃器を乱射させるが、銃弾はノブ達に届く前に、まるで何かにはたき落とされるかのように地面に向かって進路を変えていった。
「何だって?」
「おいっ、あれ使えっ」
テロリスト達の掛け合いの後、3階ほどの高さのある高台からロケットランチャーが発射されたが、紋章を手に出しながら体ごと突っ込むと、爆風はノブ達に届く前に風に流されていった。
ここまではノブの見立て通りの展開だな。
「くそっ」
それにしても、絶氷牙にしては鎧の損傷が激し過ぎる。
ただのロケットランチャーじゃないのか?
武装したテロリスト達が建物内に逃げていくと同時に、すれ違い様に武装していないテロリスト達がノブ達と対峙していく。
ここからが作戦の始まりだな。
あのフウマという高校生、上手くやれると良いんだけど。
「この前の借りを返してやるよ」
ふてぶてしく笑みを浮かべたその男性は、どこからともなく刺々しい装飾の付いた巨大なハンマーを出現させ、自信の高さが伺える強い眼差しでノブ達を睨みつけた。
やはりあの表情、きっと逃げ道が確保されてると確信してるからなのか。
ハンマー男が空間にハンマーを叩きつけ、歪んだ空気を衝撃波のように飛ばすと、ノブも空間を蹴りつけるように足を突き出し、足の裏から空気の塊を飛ばしてその衝撃を相殺させる。
能力の種類的には似たようなもので、一見互角に見える。
だけどノブには別の能力があるし、きっとノブの方が優勢だろう。
とりあえず今はノブの指示通り、テロリストの狙撃を阻止しないと。
確認出来る限りの狙撃出来そうな穴に向かって絶氷弾砲を撃っていると、突如窓ガラスを枠ごと吹き飛ばしながら姿を現した巨大な生物は、吹き荒れた大地に降り立つと共にその雄叫びを轟かせる。
一瞬戦場の空気が凍りつくが、後ろを振り返ったハンマー男は不敵な笑みを小さく浮かべた後にハンマーを大きく振りかぶった。
もしあれがテロリスト達を逃がす時間稼ぎだとしたら、あまり野放しには出来ないな。
絶氷弾砲を撃つタイミングと同じくハンマー男がハンマーを地面に叩きつけると、地響きと共に戦場全域に向けて発せられた衝撃波に、氷の弾は巨大な生物に届く前に破裂し、消滅していった。
そして同様の衝撃波に皆が怯んでいるときを見計らうかのように、ハンマー男と始めとしたテロリスト達は一斉に建物の方へ走り出す。
このまま行かせる訳にはいかないな。
ブースターを全開で噴射しながら飛び出して、ハンマー男を追い抜きながら紋章を向ける。
すると突如ハンマー男はノブ達の方へと吹き飛ばされていったが、それと同時に何の前触れもなくノブの後ろ姿が目の前に現れた。
「フウマが目的を達成したってよ」
「そうか」
こちらに体を向けながら優越感の感じる微笑みを見せたノブは、ふと目線を上空に向ける。
「一気に片付けるから、お前はあのでかい奴、を・・・」
ノブが呆然と空を見上げる様子を何となく見ていたとき、まるで滝の中に立たされたかのように何かがのしかかる衝撃が体中に襲った。
パトカーのサイレン音が敷地内に響き渡り、警察の人達によってテロリスト達が拘束されていくと、湿った風に乗るように安堵感が戦場を駆け巡っていくのを何となく感じた。
「よう、大丈夫か?」
気にかけるようにノブが声をかけるが、小さく頷いたフウマからは不安に似た何かがまだ少し残ってるように伺えた。
「あ、そうだノブさん、テロリストの話をちょっと聞いたんだけど、ロケットランチャーには表面に鉱石がコーティングされてたらしいよ」
「あ?どうゆう事だ?」
「えっと何か、鉱石がついた銃弾は、能力者の力を弱くするみたいな話」
・・・大阪のシキが使ってた、鉱石を埋め込んだ日本刀の逆の作用かな。
今度聞いてみよう。
「あー・・・つまり、熔かした鉱石をコーティングしたから、あのロケット弾はセイシロウの重力やサカハラの磁力の影響を受けなかったって訳か」
なるほど、だから鎧の損傷も酷かった訳か。
・・・そんな話がテロリストの間で広まれば、紛争が激しくなるに違いない。
突っ掛かりが解けたような表情で頷いているノブをよそに、フウマは戸惑うような顔で頭を掻き始める。
「え、そうだったの?」
「ああ、そういや、お前はあの時居なかったか」
救急車に運ばれるハンマー男を眺めるシント達に近づくと、こちらに目を向けながら北村達も歩み寄ってきた。
「あなた方は怪我はしてないんですか?」
「あぁ、まぁ何とか」
「でも、非能力者は武器を装備してましたよね?あなた方がいくら能力者でも、体は生身なんじゃないんですか?」
心配するような眼差しの北村に、うつむくように目を逸らしたノブは考え込むように小さく唸り出す。
マナミの存在が知られると、後々厄介な事になりそうだな。
「・・・今回の戦いに関しては、まあ作戦通りに事が運んだ今だからこそ言えるが、問題は無かった」
すると感心するように頷いた北村はおもむろに内ポケットから手帳とペンを取り出した。
「そうですか、もしよろしければどんな作戦か教えて貰っても良いですか?」
「え、あぁ・・・」
まさか、SATにスカウトしようとしてたりして。
「仲間の中には、磁力と重力を操る能力者がいるんだ。ここに入る前に、まぁ結界とでも言うのかな、そいつらに、対峙したオレらとテロリストの丁度真ん中辺りの位置に、すべての銃弾を遮断出来るほどの磁力と重力を持った壁を張らせたんだ」
「・・・なるほど、そんな事が可能なんですね」
いつものように帰って来たシントに駆け寄るミヤビを見ながら、ノブはシントに軽く手を挙げて早々と奥の扉の方に向かった。
「あ、そういや、あん時何でいきなりでかい奴が崩れ落ちたんだ?」
ホールのテーブルの椅子に座りながら、ノブが何気なく話すように口を開く。
「ああ・・・あれ、絵だったんだ」
「絵って、あのでかい奴がか?」
「うん、ワープする人の他に、もう1人能力者が居たんだ。その人がキャンバスに描いた絵を実体化させたのもちゃんと見た」
・・・そうか、前に戦ったときに倒したゴリラが液体化したのは、絵の具だったからか。
「だから一応、ワープする人を気絶させた後にキャンバスも切り裂いたんだ」
「なるほどな、だからあの時でかい奴がいきなり滝のように崩れ始めたのか」
・・・それを僕が被ったって訳か。
小さく頷きながら、フウマがおもむろにテーブルの上に置いたもの見たノブは、少し申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「まぁ、作戦とは言え、そんなもん使わせて悪かったな」
「ノブさんは気にしないでいいよ、僕は闇に溶け込めるだけだし、一瞬で人を気絶させるには、スタンガンくらい使わないと」
「なら気絶させないで動きを止める技でも考えたら?自由自在系なんだし、難しくないと思うよ?」
フウマは頷きながら目線を落としていったが、反対に不安げな表情は薄れていったように見えた。
コーヒーカップをお互いの目の前に置いた後、向かいのソファーに座りながら見せたその微笑みは、いつもよりも深みが増しているように見える。
ミルクを開け、中身をカップの中に流し込んでいるときにふとテレビのニュースに目を奪われる。
「ねぇ氷牙、貴方って瀬良さんとは仲良いの?」
確かにこの前も一緒に戦ったけどな。
「仲が良い訳じゃないかもね、たまたま同じ場所に居たって感じだし」
「まあそうなの・・・あら?」
画面が切り替わり、瀬良翔太朗が全身を白い筋肉質なスーツで覆った姿でテロリストと思われる人と戦っている横で、全身に青白く反射する鎧を纏った、尻尾の生えた狼のような顔をした人が、まるで共闘するようにテロリストと思われる人に立ち向かっている映像が映し出された。
「・・・やっぱり仲良いじゃない」
「たまたまだよ」
能力者が皆どこかの組織に属しているなら、瀬良翔太朗もどこかの組織に居るのかな?
「・・・あら、ハイタッチしたわね」
しばらくして空のコーヒーカップを持ちキッチンに向かった途端、さりげなく立ちはだかったミサは空のコーヒーカップを2つ持ってキッチンに向かった。
「ああ、悪いね」
「いいのよ」
ニュースが終わり、テレビの電源を消してベッドに向かうと、ストレッチを終えたミサも後を追うように隣のベッドへと歩き出す。
ゆっくりと寝転んだミサは、まるで気分の高ぶりを抑え切れないかのような、妙にニヤついた表情でこちらを見ていた。
「ヒカルコぉ、やっとこの日が来たわね」
「うん、まだ始まるまで10時間以上あるけど、今から夏フェス会場に行っちゃおうかな」
昨日から妙に機嫌が良かったように見えたのはこれだったのか。
2人の笑い声が朝食卓を包み込んでいる中、ユウコが何かを訴えかけるような眼差しをこちらに向ける。
「どうかした?」
「ぅ・・・大丈夫かなぁ?・・・テロとか」
確か警察が能力者を配備するってニュースでやってたしな。
「まぁ可能性はゼロじゃないけど、大丈夫だと思うよ」
「・・・大丈夫よユウコ、氷牙がいるんだから」
するとミサの微笑みにつられるように、ユウコはいつものような屈託の無い笑みをミサに返した。
「そうだよね」
またここにやって来るなんて。
でも私にとってはどこも同じか。
この世界には何の思い入れも無いし。
「いやぁ、うめぇなぁこれ。オレ、この世界の中で唯一これは気に入ったわ」
「・・・ねぇ、ドラゴンって、いつもそんなに暇なの?」
「はぁ?何言ってんだよ、オレは今もこうやって仕事してんじゃねぇかよ」
仕事って・・・ただ食べてるだけじゃん。
「何が仕事なの?私とご飯食べてるだけじゃん」
「仕方ねぇだろ、それくらいしかやる事無ぇしな・・・」
いくらこの町が食文化で有名だからって。
「何だ?お前、これ嫌いか?」
「ううん、そんなことは無いよ」
見た目は何か、ただひらべったいだけだけど、さすがこの町で1、2を争うほど有名な料理と言われるだけはある。
確かに美味しい。
「おい、まだ出してない切り札あんだろ?出せよ」
「それは、優勢な状況にいる人の台詞でしょ」
片膝を地面に着き、左手で汗を拭い、荒々しく息を吐きながらシンジは睨みつけるようにこちらを見つめている。
「極点の速さにはついて行けてないくせに」
「・・・くっ」
素早く息を強く吐いて立ち上がり、シンジが再び暗めの朱色で染められた、巨大な外殻を纏う腕を軽々と持ち上げながら走り出す体勢をとるように小さく身を屈める。
紋章をブースターに転換し、シンジが拳を後ろに引き下げた瞬間を見計らってブースターを全開に吹き出しながらシンジの胸元に拳を突き出す。
しかしシンジは左肩のブースターを使い、引き下げた肘をそのまま振り回してきた。
そう来たか。
こめかみに衝撃を受けて吹き飛ばされたが、地面を転がりながらタイミング良く受け身をとって体勢を立て直す。
「その手は何度も食わねぇって」
「そうか、狙い易い隙だと思ったんだけどな」
・・・隙も無くせるほどの立ち回りが出来るなら、これ以上強くならなくても良さそうだな。
「どうかした?」
「・・・あ、いや、ちょっとな」
珍しいな、シンジがぼーっとするなんて。
すると急に小さくニヤついた後にこちらに目を向けたシンジの妙に清々しい表情から、何となく心の曇りのようなものが消えたかのように感じ取れた。
拠点の建物に帰る道すがら、ふと巨大な広告のポスターに目を奪われた。
・・・そういえば、ここからもっと西にある町に、あの人のような人間が沢山いる組織があるって聞いたことがある。
「ああそれな、今や、この国で1番でかい勢力になったらしいな」
どっちかと言えばハオンジュメインですかね。ちなみに章は変わりますが異世界スタートではありません。ハオンジュからしたら異世界スタートですけどね。笑




