はじめてのおつかい
止めを刺さんとばかりにショウタが拳を振り上げたとき、シンジに飛ばされたセイシロウがショウタとこちらの間を通り抜けていった。
しかしまるで重力を無視するようにゆったりとした動きで地面に降り立ったセイシロウは、すぐさま手を天に掲げると、3人のちょうど中間辺りの上空に突如小さなブラックホールのようなものが作り出された。
そして直後にそのブラックホールに向かって体が引き寄せられるような感覚が襲う。
なんという引力だ。
ブースターを使っても引きずり込まれる。
やがて3人は宙に浮き始め、ブラックホールのすぐ近くまで引きずり込まれた途端、急に引力が逆に働き、3人は凄まじい反発により壁際まで飛ばされた。
これはすごいな。
皆それぞれ力の使い方を身につけてきたみたいだ。
「くそっ油断したか」
怒りをあらわにするように口走ったシンジは巨大な右腕を支えにしてすぐに立ち上がり始める。
ショウタは足から炎を噴き出し反動を軽減させたものの、勢いよく地面を転がった。
「ふぅ、やばいねそれ」
生身のショウタには結構効いたみたいだな。
するとショウタがおもむろにセイシロウのもとに走って行くと、何やら話をし始めた。
ん?何かの打ち合わせでもしてるみたいだな。
ショウタが手から噴き出す炎をセイシロウが引力で引き寄せ始めると、そのまま炎を重力で球状に形作りながら少しずつ膨張させていく。
重力の流れが球の中心に向かっているせいか、球が大きくなるにつれて炎の色が濃くなっていく。
まるで小さい太陽みたいだ。
そしてセイシロウは先ほどの反発力を利用してか勢いよくそれを飛ばしてきたので、とっさに紋章を出したが爆発の衝撃が凄まじく、ブースターを噴き出す間もなく気がつくと体は地面に突っ伏していた。
ふぅ、あの小さい球からは予想も出来ないほどの大きい爆発だ。
想像だけど、ダイナマイトっていうものより強いかも知れないな。
あんな小さいのに、凄い威力だ。
すると2人はもう一度濃い色をした太陽のような炎の球を作り始める。
・・・次の標的はシンジみたいだな。
「・・・来いよ」
シンジは右腕を上げ、勇ましく立ち向かうように構えると、やがて風船の様に膨らんだ炎の球はシンジに向かって飛んでいった。
肘のブースターを噴き出してシンジが炎の球に拳を突き出すと、見た感じタイミング良く拳が入ったように見えたが、爆発により拳もろとも吹き飛ばされたシンジはそのまま壁に叩きつけられた。
力を合わせるというのは、未知数だな。
シンジはそのまま倒れ込むと、右腕と両足首の外殻が空気に溶けるように消え始める。
どうやら気を失ったみたいだな。
「なかなか良い訓練になったね」
「それは良かったわ」
椅子に戻り、ホットミルクで一息ついてふと窓を見ると、外の景色はすっかり夜景になっていた。
「明日は大学だから、もう帰るわね」
「あぁ」
ミサが部屋に戻りしばらくすると、同じように部屋に行く人達が見えるようになった。
結構長い間戦っていた気がするから、それなりに遅い時間なのだろう。
部屋に戻ろうかな。
ベッドの横にある棚のデジタル時計を見ると、11時を過ぎていた。
思えば、どれくらいのダメージを受けただろうか。
この力は、ダメージの蓄積が直接次の段階の解放に繋がるから、そろそろ、良い頃合いかな。
朝を迎えて廊下へ出たとき、ちょうど目の前にはホールへ向かう途中のミサがいた。
「あら氷牙、おはよう」
こちらに顔を向けたミサは、特に驚くこともせずに至って落ち着いた物腰で満面の笑みで浮かべた。
「あぁ」
よく見るとうっすらと化粧をしていて、全体的に緩く巻かれた髪も後ろに結びあげられていた。
「何よ?ジロジロ見ちゃって」
「いや、キマってるね」
「・・・そりゃあ大学だからよ」
ホールに入りミサと共に料理をテーブルに運ぶと、間もなくしてユウコとヒカルコが同じテーブルの椅子に腰掛けた。
「おはよう」
「あぁ」
この2人とは何となくよく話している気がする。
「そういえば2人とも学校なんだね」
「そうだよ」
ユウコは笑顔で応えながらお茶碗を持ちご飯を頬張る。
「こんな世界でも急に生活習慣は変わらないってことかな」
ヒカルコは落ち着き払った表情で喋ると、一口大にちぎったパンを口に運ぶ。
「普通なことのようで結構偉いことだと思うよ?」
「そう?何だか分からないけど嬉しいな」
ユウコは笑顔でそう言うとお茶碗を置き、味噌汁の入ったお椀を手に取った。
「皆さん食事しながらでいいんで聞いて下さい」
朝食も会議室で済ませてるのかな?
ユウジも大変だな。
「これから学校に行く人もいると思いますが、もし時間がある方は力を貸して欲しいんです」
まぁ暇だし、いいか。
「今朝、特殊な特徴を持ったある生物の痕跡が森の中で確認されました。そこで、チームを編成してその生物について調査して来て欲しいんです」
どんな生物だ?
能力者の誕生で世界が変わったことと関係あるのかな。
「詳細は志願してくれた人に説明しますので、食事の後に奥の会議室まで来て下さい。以上です」
調査か。
こんな機会が無ければ、外に出ることも無いしな。
「氷牙、どうするの?」
グラスを口から離したミサは首を傾げながらこちらの顔を覗く。
「行ってみようかな」
「面白そうだね、私も行きたいかも」
「ダメよ、ユウコ。学校行くんでしょ?」
「分かってるよ」
すかさず言葉を投げかけたミサに、ユウコは少しふて腐れたように応えながらお茶碗に手を伸ばした。
「氷牙、行くなら気をつけてね」
「あぁ、ミサもね」
「えぇ、ありがとう」
ミサは気品のある落ち着いた笑顔で応えるとサラダを口に運んだ。
食事が終わりミサ達が廊下に出ていくのを見てから、早速会議室に向かってみる。
「やぁ、氷牙も来たんだね」
「あぁ」
ユウジが出迎えたときにふと視界に入ったのは、同じように志願者と思われる2人の男女だった。
それなりの広さだな。
円形のテーブルに人数分の椅子とホワイトボードが1つある。
ガラス越しに会議室を見渡していたときにまた2人入って来ると、すぐにユウジが席を立ち、先程のように志願者と思われる人達を出迎える。
「どうもようこそ」
すぐにユウジが椅子に座り、それから数分待ったが、新たに誰かが入って来る気配が無いと判断したのかユウジは再びおもむろに席を立った。
「それでは説明に入りましょう」
喋り出しながらユウジは何やら地図が貼ってあるホワイトボードに歩み寄る。
「まず場所は代々木公園で確認されているとのことです」
公園?
世間の話題になるような生物なのかな。
「もし狂暴性があるようでしたら、その場で駆除ということも考えてます」
駆除か・・・。
「そこまで考えるのは、ある程度狂暴性があるともう認識してるからじゃない?」
「まぁ、そうだね」
ユウジがどこか感心するような微笑みを浮かべてそう言うと、志願者達の中には顔色を曇らせる人がいた。
「実は、その生物そのものは確認されてないんだけど、そいつの仕業だと思われる跡があるんだ」
「跡?」
「あぁ、足跡や爪痕なんだけど、推定される全長は10メートルちょっとで、高さは5メートルくらいだって」
「ば、化け物かよ」
志願者の1人が口走る。
「そんな情報、いつ手に入れたの?」
また別の志願者が緊迫感を醸し出すような表情で口を開いた。
「昨日、おじさんが」
しかしユウジは何食わぬ顔で平然とそう応える。
「だったら何故昨日ニュースにならないんだ?」
また別の志願者が口を挟む。
「それが不思議だから調査しようと思って。それじゃ僕とアキは学校に行くから、マナミ、後はよろしくね」
「う、うん」
マナミに軽く手を挙げながらユウジとアキミヤソウが会議室を出て行くと、会議室には妙な静けさが漂い始めた。
「えっと・・・だいたいは説明したけど、質問がある人は・・・」
ふとした沈黙を破るように、マナミがおどおどと仕切り始める。
「調査はどれくらいやるの?」
志願者が優しく問いかけると、マナミに若干の落ち着きが見られた。
「うん、何も無かったらお昼に解散だよ」
「そっか分かった」
「それじゃ、改めてチームに入る人は、手を挙げて下さい」
マナミがゆっくりと喋り出した後、3人の手がゆっくりと挙げられていくと、マナミは手を挙げていない人達に顔を向けた。
「俺はいいや」
「私も、なんか危なそうだし」
「うん分かった」
2人が会議室を出て行き、マナミが小さく息を吐くと、また少し緊張したような表情になった。
「じゃあ、誰かのシールキーで、公園の公衆トイレの裏辺りに繋げてね」
「え?トイレの裏に扉なんて無いよ?」
「何かね・・・何とかの壁って書けば、壁に扉が出来るよ」
「そんな使い方があったのか」
チームの1人が感心するような表情で呟くように口走ると、再び会議室に妙に緊張感のある沈黙が流れ始めた。
「せっかくだし自己紹介しようよ」
すぐにチームのもう1人が微笑みを浮かべて喋り出すと、緊張感のある静寂に若干の穏やかさが混ざり込んだ。
「そうだね。僕は」
「あんたは知ってる。氷牙だろ?」
男性は笑みこそ浮かべないが優しい口調で言葉を遮った。
「あぁ」
「オレはオカモトヒロヤだ」
この人は見たことがあるな。
「確か剣の力だよね」
「あぁリーグ戦で1回やったな」
そういえばそうだった。
「私はタナベカナコだよ」
この人はリーグ戦でも見たことないな。
「君は支援型なの?」
「ううん、攻撃型だけどリーグ戦に出なかったの」
「そうか」
この人は高校生って感じじゃないな。
「ところであんたは来るのか?」
ヒロヤは優しい口調で喋りながらマナミに顔を向けると、マナミは緊張しているような表情でヒロヤを見ている。
この人は学生って歳じゃなさそうだ。
「マナは留守番しないといけないから」
「そうかい」
「じゃ早速公園に行こうよ」
静けさに包まれた空気を打ち消すように、カナコは少しはしゃぐような声色で口を開く。
「どの扉を使うの?」
「1番最初に来た時の扉で行こうよ」
カナコはそう言いながら舞台への扉を開け会議室を出ていく。
そういえば、あの扉はまだ同じところに繋がっているのだろうか。
舞台の反対側にある壁には扉が3つあり、両端の扉はウェイトレス達が出入りしているが、歩み寄っていくその間も真ん中の扉だけはウェイトレス達に使われることはなかった。
「誰のシールキーを使うの?」
真ん中の扉の前に着くとすぐにカナコがこちらに振り向きながら問いかけてきた。
「オレのは部屋に付けてんだった」
カナコに応える前にヒロヤが何気なく喋り出すと、カナコは小さく頷いた。
「じゃあ私の使うよ」
カナコがポシェットからシールキーとペンを取り出し、シールキーの中央の余白に文字を書き始める。
「本当にこれで良いのかな・・・」
不安げに呟きながらカナコは代々木公園内公衆トイレの裏の壁と書かれたシールキーを扉に張り、扉を開けた。
不思議だ。
ホールの中にいるのに、扉の向こうには林が見えて外に繋がっていると認識させられる。
「凄いな・・・」
ヒロヤが一足先に外に出たので後に続き扉を閉めると、その一面の木目調の壁には何とも不自然に扉があり、カナコがシールキーを剥がすと、扉は消えてそこはただのトイレの裏の壁になった。
「お、おい、取っていいのかよ」
するとただの壁を前にして、ヒロヤは少し動揺したような表情でカナコに問いかけた。
「調査中に知らない人が入ったらダメでしょ?帰る時にまた張るからいいの」
そんなヒロヤに穏やかさが纏う微笑みで応えながら、カナコはシールキーをポシェットにしまった。
穏やかな雰囲気を感じていたけど、カナコは常識人みたいだな。
「おう、そうか、なるほどな」
「ちゃんと考えてるんだね」
「まあね、それよりここって本当に代々木公園かな?何か怪しいよね」
一見不安げに周りを見渡しているカナコの微笑みからは、不安感よりも期待感の方が勝っているように見える。
「僕はどんな所かは分からないんだよね」
「適当に歩けば分かるだろ?」
するとヒロヤも目の前に広がる林を見渡したり、トイレの裏から顔を出して警戒するように公園を眺め始める。
「そうだね」
ヒロヤとカナコで良いバランスが取れそうだ。
「それじゃあ手分けする?」
ふとした沈黙を破るようにカナコは少し真剣な表情で口を開く。
「いや、相手は恐竜だぞ?」
するとすぐにヒロヤは真顔でもどこかぶっきらぼうな口調でそう聞き返した。
さすがに連続で投稿するとずっとスマホとにらみ合いだから、目疲れ半端ないですね。笑
ありがとうございました。