あの人を捜して
「・・・分かった」
ミサの真正面に立つと、ミサは1本の糸の槍を手に持ち真剣な眼差しでこちらを見始めた。
そして糸の槍を少し浮かせながら投げる体勢になったミサは、力を溜めるような険しい表情と大きな動作で糸の槍をこちらに投げ飛ばした。
弾丸のように真っ直ぐ腹に刺さった糸の槍は勢いを失うこと無く、氷を削るような小さな音を鳴らしている。
なるほど回転か。
少し足を踏ん張りながら、腹をえぐる糸の槍を眺めているミサに顔を向ける。
どれだけ回転してどれだけ氷の削れる音が響こうと、いっこうに奥へ進まない糸の槍を見るミサの表情が徐々に曇り始めていく。
何ですって?
全然進まないなんて。
回転が足りない?
鋭さが足りない?
それとも、あたしの想像を遥かに越えるほど硬さってことなの?
でも刺さってることは刺さってる。
・・・なら、単純に本数を増やせば・・・。
やがて糸の槍の回転が止まり、電池が切れたかのように力無く地面に落ちると、ミサは悔しそうな表情と共に力強く手を前に伸ばした。
次は何を出すのかな。
宙に浮いてミサの手の周りを回り始めた5本の糸の槍は、徐々にその回転の速度を増していく。
もしこれでも氷牙を貫けなかったら・・・あ、そうだった。
氷牙は第二覚醒してるんだった。
・・・1回覚醒したくらいじゃ、倒せる訳が無い。
そうよ、冷静にならなきゃ・・・阿未花のことは後で冷静にケリをつければ良いわ。
あれを一瞬で崩したら、少しは戦意を喪失するだろうか。
ミサが手を高く上げ、1つの大きなドリルを思わせるように回転している5本の糸の槍を、こちらに狙いを定めるように引き上げ始めたとき、龍牙を出して矛先を5本の糸の槍へ向けていく。
そしてミサが大きく手を振り下ろして5本の糸の槍を飛ばしたと同時に、龍ノ咆哮を糸の槍に目掛けて撃ち出すと、音も無く回転しながら大きく形を成す糸の槍は、1本の氷の槍によって虚像の如く呆気なく空へ散っていった。
風圧に顔を背けた後、ミサはただ呆然と後ろを見上げる。
所詮は毛糸だしな。
・・・そんな。
こんな技をまだ隠してたなんて。
まぁ良いわ。
氷牙が強すぎただけよ。
当初の目的は達成したし、今日はもういいかな。
「氷牙、もう辞めにしましょ?」
「そうか」
鎧を解いた氷牙は表情を変えることなく、静かに背を向ける。
すぐに行っちゃうのね。
まぁ、話は夜にゆっくりすれば良いか。
「よお、見てたぜ?でも珍しいな、ミサと闘技場に行くなんて」
ノブと共にテーブルに向かいながら、別のテーブルに向かうミサに何となく目を向ける。
「あぁ、覚醒したかったんだって」
「確か、力には興味無いって言ってたよな?」
「まあ心変わりくらいするんじゃない?」
テーブルにはアイリの姿があり、ノブは相槌を打ちながら何気なくアイリの隣に座った。
「まあ、とりあえず、またいきなり戦闘開始ってなるかも知れねぇからな、お前、前線に立ってろよ」
「分かった」
「なあ、ついでに組織も潰した方が後々楽なんじゃない?」
アイリがそう問い掛けると、天を見上げたノブは少しだけ表情を険しくして見せた。
「ああ・・・そうだなぁ・・・いや、それは難しいだろう。こっちはたった4人だからな」
4人・・・じゃあ、ミヤビは留守番かな。
まぁシントならそうさせるだろうし。
「そうかぁ」
「それに、目的はあくまで天狗だろ?」
「あぁ、そうだった」
もしその天狗が組織の一員で、ましてや組織のボスだったら、天狗を倒せば組織も自然と崩壊するだろうな。
夕食の時間が近づいてきたのでミサの隣に座ると、ミサは少し冷ややかな眼差しでこちらを見てからすぐにユウコとの話を続けた。
まさか、あれからずっとあのことを気にしてるのだろうか。
ただ挑発しようとしただけなのにな。
ホテルの部屋に戻るときもミサは終始口を閉じたままで、ソファーに座るとミサも黙って向かい側に座った。
「ねぇ氷牙、さっき言ったことに対して、ちゃんと謝ってよね」
さっき?
闘技場でミサに言ったことか。
「でもあれはただ挑発しようとしただけで、それに僕はミサの守りたいものが何かすら分からないし」
「・・・嘘でも言ったことは事実よ。聞いちゃったんだから、そのままにはして置けないわ?」
まあ別にミサの守りたいものには興味無いし、無用に言い争う理由も無いし。
「・・・悪かったよ」
何で急に素直になったのかしら?
「え、えぇ」
でもちゃんと謝ったし、許してあげようかな。
やっぱり心の中じゃ、あたしの存在が隅に置けないってことなのかしら?
わだかまりも解けたし、良い雰囲気かも。
今どれくらいの堕混が異世界に散らばっているんだろう。
ミサとの約束の前に、あともう1回くらいは異世界に行けたかもな。
「ちょっとシャワー浴びるわね」
「あぁ」
そういえば・・・ただの反乱なら、そもそも異世界には行けないし、行く力なんて持てないよな。
それならやっぱり、堕混は何らかの目的がある誰かの駒の1つとして考えるのが妥当だけど。
さすがにおじさんは知らないか。
朝になりいつものようにミサの支度が済むのを待っていると、支度が終わったミサの笑顔がいつもより深みが増しているように思えた。
「じゃあ行きましょ?」
まるで機嫌が良いように見えるけど、まあいいか。
朝食が終わった頃にノブ達と共に再び神奈川の組織に向かう。
「オレ達の顔は知られてるからな、氷牙が先行して行った方が良いだろう」
「あぁ。じゃあミヤビ、今日は留守番しててくれ」
「・・・そうだよね」
少し寂しそうな表情でミヤビが頷くと、シントも申し訳無さそうな表情で頷き返す。
「アイリは?お前も待ってるか?」
「あぁ?私は心までくじいたつもりはないよ」
「ははっ良いねぇそのアメリカンジョーク」
ノブが1人で微笑むと、アイリは呆れたような顔で小さく首を傾げた。
・・・今のがアメリカンなのか?
「まあ、とりあえずアジトに行こうか」
「あぁそうだな」
シントのシールキーで中華街のすぐ前に出ると、ノブ達は道を外れて人気の無い路地に入った。
こうも人気が無いと、逆に不良のような人達に出くわしそうだ。
「そういや、天狗の新しい情報とか無いのか?」
「まあ参考になるか分からないけど、昨日喫茶店で紹介した先輩いるだろ?先輩が知り合いから聞いた話なんだけど、天狗が出始めた頃から、妙に巨大動物の目撃回数が減ってるみたいなんだ」
実際にいなくなるってことなら単純に殺すか何かで数を減らすってことかな?
「ああ・・・関係ありそうか?それ」
「いや俺には分からないけどさ、誰かの単なる憂さ晴らしかも知れないし」
賑やかな雰囲気が漂っている歓楽街から1つズレた道を抜けると、まるで風化が進んだような少し寂れた建物が目立つ場所に辿り着いた。
「あ、あれだよ。あのビルがアジトだ」
そんな時、シントが指を差した少し高さのある灰色にくすんだビルから、ちょうど何人かが出て来るのが見えた。
誰かに軽く背中を押されたので、皆よりも少しだけ前を先行してビルに向かった。
何を話せば良いんだっけ?とりあえず天狗の居場所かな?
ビルを正面から見上げられる位置に立ったとき、先程ビルから出て来た男性達がこちらを気にするかのように視線を向けてくる。
中に入って良いのかな?
徐々に玄関口まで歩み寄って行くと、電柱のそばで話をしながらこちらを見ていた男性達がゆっくりとこちらの方に近づいてきた。
「おい、このビルを知ってて用があんのか?」
「まあね」
「・・・入団希望者か」
・・・潜入捜査するほど暇じゃないしな。
「違うよ」
話しかけてきた男性は後ろの男性達を顔を合わせると目を細め、警戒心をあらわにするように小さく眉間にシワを寄せる。
「じゃあ何だ?まさか、別の島から殴り込みに来たとでも言うのか?あ?」
「いや、ただ聞きたいことがあって」
「・・・ここがどんな所かも分からねぇ奴が、わざわざただ聞きたいことがあるからって来るのはおかしいだろ」
少しずつ男性の声色が強くなっていくのと共に、後ろの男性達も睨みつけるような眼差しで周りを囲み始める。
「別に他の人達にも聞いて回ってるし、ここと特別にどうこうしようとする訳じゃない」
「だったら、たいした用も無いのにここには近づくな。目障りなんだよ」
「用が済んだらさっさと帰るけど?」
「ああ?」
男性が喧嘩腰の表情で一歩一歩近づいて来ると、何気なく手を入れたポケットから小さなナイフを取り出した。
「しつけぇんだよ、さっさと失せろよ。マジで殺すぞ」
武器を使おうとするなら、この人は能力者じゃないってことかな。
「天狗について調べてるんだけど、何か知らないかな?」
こうも喧嘩っ早いと、とても話が出来る状況じゃ無いな。
「おい、ショウ、こいつ・・・全然びびってねぇんじゃねぇか?」
ショウと呼ばれた男性はナイフをこちらに向けながら喋り出した男性に目を向ける。
「はぁ?」
「こいつ、まさか能力者なんじゃ」
また別の男性が喋り出すと、ショウという男性はナイフを強く握りしめ、警戒するように一歩だけ後ろに下がる。
「な、何だよ、そんな訳ねぇだろ」
「だ、だってよぉ、ただでさえ3対1なのに、ナイフ出しても全然表情とか変わんねぇじゃねぇかよ」
「ちっ・・・おい、お前さっさとハタナカ呼んでこいよ」
1人の男性が慌てた様子でビルの中へ入っていくと、ショウという男性はナイフを向けたまま、こちらの動きを伺うように身構えながら一向に動こうとはしない。
このままだと話も出来ないまま戦闘になりそうだ。
・・・でも一応もう1回聞いてみようか。
「あのさ、天狗について何か知らない?」
「ああ?さっきからうるせんだよ。あんな女オレが知るかよ」
・・・知ってる、ってことで良いのか?
しかも女か。
「・・・何で、天狗って呼ばれてるの?」
「・・・知るかよ。誰かが勝手につけただけだろ」
まあ、恐らく単に名前の由来なんてそんなものだろう。
「その人って君達の仲間なの?」
「は?何でだよ」
・・・仲間じゃないけど知っている?
いや・・・ただ、その女の人が天狗と呼ばれてるということだけは知ってるっていうことか。
ならこの人達の組織とは関係してないのか?
「ショウっ」
声がした方に目を向けると、ビルの非常口階段から先程の男性とはまた別の2人の男性がショウという男性の方に近づいていった。
どうやら質問タイムは時間切れみたいだな。
「2対1だ、さぁどうする?このまま死ぬか?」
「よぉ」
不敵な笑みを浮かべていたショウという男性が後ろを振り返ると、そこには時計の形を使ったデザインが印象的なブーツで脚を覆ったノブが立っていた。
「4対2だぜ?」
「・・・何だと」
こっちが優勢みたいだし、戦いはノブ達がメインでも大丈夫だろう。
「ちっ」
ショウという男性が一目散にビルの方に走り出すのをきっかけに、他の男性達もショウの後を追いかけると、能力者と思われる男性がこちらに掌を向け、もう1人の男性はノブ達の方に体を向けた。
その瞬間、突然頭上から何かの衝撃音とガラスの割れる音が響いた。
コンクリートと思われる破片やガラスの破片が地面に落ちてくると共に、ビルに開いた穴から人のようなものが飛び去ると、それは颯爽と空高く飛び上がり隣のビルの屋上へと姿を消して行った。
・・・何が起こった?
「くそっあいつ」
遠くの方で小さく呟く声が聞こえると、ショウという男性が慌てるようにビルに入って行った。
恐らく今のが天狗とやらなのかな。
「ねぇ・・・あの天狗はこの組織と何か関係があるの?」
天狗が去った方を見上げていた能力者の男性はこちらに顔を向けると、我に返ったかのように再び掌を向けてきた。
「俺には関係無い、ただの用心棒だからな」
直後に男性の掌から白く光る球状の弾が放たれると、それは氷の防壁に当たり破裂するように音を立てて弾けて消えた。
「ちっバリアか」
防壁に入った大きなヒビを修復すると、男性の掌が白い光に包まれ始めたので、氷の仮面を被り男性の攻撃に備えた。
今回はやっぱりミヤビは留守番ですよね。周りから見ても、シントとミヤビの距離感はどうやら近く見えるらしいですよ。笑
ありがとうございました。




