手の早いお人
これまでのあらすじ
クリスタルの手掛かりを掴んだものの手に入れられなかった音也。そんな折、要太と愛華音の為にも学校に行くことにした音也は不良の溜まり場として知れた場所に向かう。
その直後に矢川は眉間にシワを寄せ、他の不良達も敵意を示すように表情を引き締めていく。
「だから?」
「学校とか、めちゃくちゃにする気なの?」
その時にこちらを睨みつける矢川の眼差しに、ふと妙な落ち着きがあるのを感じた。
「知るか、てか関係ねぇだろ。まぁ考えてねぇ訳じゃねぇけどな」
そう言って矢川がD組の不良に顔を向けると、D組の不良はふてぶてしく笑みを浮かべ、そのまま2人は小さな笑い声を出した。
「それよりまずは、だろ?」
D組の不良がそう言うと、矢川は再び笑い声を漏らしながら明らかに何かを企むような表情を浮かべる。
「学校なんて潰れた方がマシだけどな、それじゃ余りにも目立ち過ぎる」
しかし喋り出しながらこちらに向けられた矢川の眼差しには、すでに純粋な敵意と殺気しか感じさせなくなっていた。
「能力者だって脅しをかければ、A組に居る巨乳のナカイも、オレらのクラスに居る、いつもつるんでる酒井達も、簡単に玩具に出来んだよ」
こ、こいつら・・・。
ていうか、酒井達って、山川さんもってことじゃないか。
「特に山川、ああいう大人しい奴は簡単に言うこと聞くかもな」
再び矢川が笑い声を漏らしたとき、握り締めている拳に力が入っていることに自分でも気が付いた。
「まぁけど、お前には関係ねぇ。今から、お前は学校に来られなくなるんだからな」
・・・何だって?
矢川達が一斉に立ち上がると、同時にこちらに向けられたすべての眼差しから強い殺気が溢れ出した。
リアさんから教わった・・・殴り方・・・。
腰を入れるって難しいけど、大事なのは腕力だけじゃないってことだよな。
矢川に目を向けながら他の人にも意識を向け、教わった構えを何となく取ったとき、突如まるで石になったかのように体の自由が利かなくなった。
何だ、これ・・・。
「はっ何だそれ、空手か?つっても、オレにそんなもん通じないけどな」
「何で?動けない」
まさか、これが矢川の・・・。
「オレは人の動きを封じられるんだ。だから例えボクサーだろうと何だろうとオレには関係ねぇ」
く、これじゃ、空手どころか、僕の力だって意味がない・・・。
蔑むように笑い声を吐き出しながら、おもむろにD組の不良が地面から1つの石を拾い上げた。
「おいカシキ、死なない程度にやれよな」
「分かってるって」
まるで野球のボールを扱うように、石を真上に投げ浮かせながら、カシキと呼ばれたD組の不良はふてぶてしく笑みを浮かべてこちらを見つめる。
「おらぁっ」
そしてこちらの頭目掛けて勢いよく振り下ろされた石が音を立てて砕け散ると、同時にカシキは痛がるような声を上げる。
「いってぇっ何だくそっ」
矢川の表情が驚きで染まり、他の不良達の佇まいからも一瞬にして殺気が薄れると、その場にはただ状況を把握しようするような沈黙が訪れた。
あ、体が軽くなった、チャンスだ。
すぐさまカシキの腕を掴み、卵を扱うときのような慎重さでカシキを真上に投げ飛ばす。
しかし予想以上に勢いづいたカシキは、おおよそ3階ほどの高さまで舞い上がった。
「うあっ」
そして直後に砂利を強く叩き付ける音と共に、カシキは大きく表情を歪ませながら再び声を上げた。
カシキにはあれくらいで十分だろう。
矢川の胸ぐらを掴むと他の不良達は皆小さく後ずさりし、とっさにこちらの手首を掴んだ矢川は怯えるように表情を歪ませる。
「お前、何なんだよ」
「僕だって能力者なんだ。だから、矢川達を見て見ぬふりは出来ない」
「は?意味分かんねぇよ。だからお前に何の関係があんだってんだよ」
関係って・・・。
「だって、犯罪は、未然に防がなきゃ意味無いじゃん」
怯える表情の中に再び敵意を宿した矢川がふと向けた目線の先に顔を向けると、そこには片方の足を庇うように立ちながらナイフを持つ、カシキが居た。
「調子づいてんじゃねぇよ、くそったれが」
そしてそう言ってすぐさま走り出したカシキは、勢いよくこちらの脇腹にナイフを突き当てた。
「くっそ、何だよ、何なんだよっ」
まるで血に濡れず、綺麗に光を反射させたままのナイフがカシキの手によって投げ捨てられるが、音もなく頬を跳ね返ったナイフは再び血に濡れることなく、呆気なく地面に落ちていった。
「さっきはほんとに軽くやったけど、本気で投げたらどこまで飛ぶか、試してみようか?」
すると矢川は一瞬にして敵意に満たされたその表情を恐怖に歪ませる。
「や、やめろよ。てか、そしたらお前だって人殺しになるんじゃないのか?」
「だったら、クラスの皆には手を出すな」
そう言って矢川をそのまま浮かせると、すぐに矢川はこちらの手首を掴む力を強めながら更にその表情を恐怖で満たしていく。
「やめろってマジでっ。分かったからっ」
「言っとくけど、僕はアリサカさんの仲間に入ったから、僕に仕返ししたって無駄だからな?」
矢川を放すとすぐさま矢川は素早く後ずさりし、同時に他の不良達やカシキも矢川の下に集まりながら、怯えるようにこちらから距離を取っていく。
そして逃げていった矢川達を見送った後に見上げた空は、まだ少し治まり切っていない胸の高鳴りの中に妙な寂しさを感じさせた。
何だか、テロ活動って予想以上に疲れるものなのかな?
「そっかぁ、良かったね、カラスが無事で」
「うん、でもきっと、色んな場所で同じようなことが起きてるから、あの公園の動物だけ説得しても、安心出来ないかも」
須藤刑事はそこまで偉そうに見えないし、法律でも出来ない限り、まだまだ警察の介入は終わらないだろうな。
レベッカがゆっくり頷きながら料理に目線を落としていくと、腰を落として座ったまま動かなかったクロルが急に立ち上がりマイに顔を向ける。
「・・・ん?・・・んー、でも、動物って数え切れないほどいるから、それは無理かも」
「クロル、何か言ったの?」
レベッカに顔を向けたマイは悲しそうな表情で黙って頷くと、ゆっくりとクロルに目線を戻した。
「全部の動物を説得したらどうかって言ったんだけど、全部の公園を回るには数が多過ぎるし」
カラスだけじゃなく他の動物にも説得するとしたら、いったい何年かかるだろうか。
「公園ってそんなに沢山あるの?」
首を傾げながらレベッカが聞き、マイが微笑みながらレベッカに顔を向けると、マイを見ていたクロルもつられてレベッカの方に顔を向ける。
「そうなの、この国でもすごいたくさんあるけど、この国よりも大きい国がまだまだあるから、もう、すごいたくさんだよ」
「ふえぇ・・・すごい、沢山・・・」
「多分マイ1人でやったら、生きてる内には回り切らないよ」
「そっそんなにっ?」
マイの呟きにレベッカの驚きの表情が更に増す。
どうやら想像を遥かに上回ったのだろう。
「マイ、代々木公園だけじゃなくて、せめてもうちょっと広い範囲の動物も説得した方が良いかもよ?」
「んー・・・そっかぁ」
全部とはいかなくても、東京23区くらいの範囲で説得出来たら、警察もそこまで大事にしないだろう。
「そうだね、休みの日とか暇があったら、公園巡りしてみようかなぁ」
お皿を下げて貰って少しするとノブに声を掛けられて闘技場に向かったが、ノブは薄暗い通路の途中で急に立ち止まった。
「知ってるか?ここにいる間はカメラにも映らないし、声も拾われないんだ」
「そうか」
すると壁に寄り掛かったノブは、ふと暗がりの中でかろうじて見える程度の小さな笑みを浮かべる。
「お前、オーナーのことをどう思う?」
「どうって?」
「お前は考えたこと無いのか?何故オーナーのような人達がこの世界で能力者を生み出したのかって」
世界中にある能力者の組織に1人ずつオーナーという人が存在するなら、組織のオーナーをやる人達は1つの何らかのグループとして活動してる可能性が高いだろう。
「例えば、異星人が地球にやって来て、何らかの目的があって地球人に力を与えたとか?」
するとノブは一瞬笑いをこらえるように口元を拳で押さえてから頷き始めた。
「・・・まぁまぁまぁ、そうか、なるほどな・・・神奈川んとこの、ツガワが聞いた噂じゃ、オーナー達は何年も後の未来からやって来たらしい」
有り得ない話じゃない、かな?
「何のために?」
「そこなんだよなぁ・・・まぁでも、1番可能性があるのは、新たに世界規模の戦争を起こさせるためってとこだろうな」
仮に未来からやって来たとするなら、戦争なんか起こしたら未来が大きく変わっちゃうのにな。
・・・逆に未来を変えるために過去に来たテロリストだったなら、考えられなくもないか。
「何にしても、力を与えるために来たなら、鉱石のことは最初から知ってたのかな?」
すると目線を落としていたノブは眉間に小さくシワを寄せながら、こちらに向けた表情に真剣さを伺わせる。
「そうか・・・じゃなきゃ、あんな都合の良いもん、ある訳無いよな」
だけど発見した鉱石は今のところ全部地中から掘り出したものだったな。
「お前、結構考えられる頭あんだな」
「でも・・・だとしたら、何でわざわざ土に埋めるのかな?」
歩き出そうとしたノブは足を止めると、再びこちらに体を向けながら考え込むように天井を見上げた。
「・・・ああ、あれだろ?さも自分達で見つけ出した感じにするように仕向けたんじゃねぇか?」
・・・何のためにそんなことを?
・・・戦争の最中に宝探しでもさせて、その宝により複雑な戦況になるのを傍から見て楽しむ?
それじゃあ、愉快犯に世界を支配されたようなものだな。
闘技場の中央に着くとノブは屈伸をした後に、時計を思わせるような円が特徴的なデザインのブーツを出現させたので、絶氷牙を纏って適当に距離を取った。
「それってどうだろうね、観念したって言い切れなさそうだけど」
そう言って落ち着いた表情のまま、リアはジュースの入った缶を口に着ける。
そんな・・・まさか、仕返しに学校に乗り込んで来るのかな?
ふと気温の高さに気を逸らしていたとき、どこからか重たい轟音が聞こえてくるが、その方に顔を向けていくリアの表情の変わらなさに何となく信頼感と安心感を覚えた。
「さっさと失せろよぉっおらぁっ」
叫び声が周りの一般客を遠退けていくと同時に、威嚇するような轟音が鳴らされていくと、立ち上がったリアの目線の先には明らかにこちらに向かって来る、3人の男性の姿があった。
ふぅ、この前のテロ鎮圧の仕返しに来たってことだよな。
3対2か、厳しいな。
「音也、なるべく離れないでよ?数が少ない方は分散するほど不利になるんだから」
「あ、はい」
これまでにないほどの真剣な横顔に、不思議と締め付けるような胸の高鳴りを生む緊張が、少しだけ安心感に変わった気がした。
リアと距離を取りながら立ち止まった3人の内の、真ん中に立つ男性が突如全身を白く染まった甲冑のような性質のもので覆う。
何も言わずにいきなり戦闘開始?
すると変身した男性が1歩下がると同時に、左右の男性が1歩前に出る。
「お前ら、俺達がどういう組織か知ってて潰しに掛かってんのか?」
お、喋るのか。
「別に私自身はそんなの興味ないよ。ただテロ組織を潰し回るだけだから」
リアがそう応えると、喋り出した左側の男性は自信を纏った冷静さに満ちた佇まいで頷いて見せる。
「そうか、ならその鼻っぱし、へし折ってやるよ。覚悟するんだな」
そう言い放った直後、その男性の下半身が変化を始めると、瞬く間に男性の下半身は灰色の鎧に包まれた馬のようなものになった。
ケ、ケンタウロスだ。
直後に右側の男性がこちらに掌を突き出すと、考える間もなく上半身に強い風圧と重たい何かがぶつかったような衝撃が襲った。
いっ・・・たいけど、これくらいっ。
目まぐるしく視界が回った後に、起き上がりながらすぐに3人の男性の方に目を向けると、そこでは体を変化させていない男性と全身を白く染めた男性が地面に倒れていて、ケンタウロスのような姿に変身した男性は苦しそうな表情を見せながら、前足の片膝を地面に着けていた。
「何?その程度なの?マジで退屈なんだけど」
リ、リアさん・・・強すぎ・・・。
「てめぇ・・・後悔させてやるよ、俺達に手を出したこと」
「はいはい」
ノブでも色々考えてるんですね。笑
ありがとうございました。