ザ・オキュペーション2
数十人の小さな悲鳴が教室に響くが、男性は端からゆっくり銃口を教室中に向ける手を止めないので、阿未花と共に机を壁代わりにするように体を屈める。
阿未花を見ると今にも泣き出しそうな表情で黙ってこちらの腕を掴んでいた。
そうだ、携帯。
「逃げても無駄だ。大学の入口は封鎖しているし、この講義室の周りにも仲間がいる。警察を呼びたきゃ勝手に呼べば良い。だが、頭の良いお前らなら分かるだろう、能力者に、警察なんて通用しないってことぐらい」
能力者のテロ?
よりによって何であたしの大学なのよ。
「御咲・・・」
「大丈夫よ、すぐに助けを呼ぶから」
メール・・・メール。
そういえば組織のアドレス知らないんだった。
じゃあユウジ、は学校だし、ノブ、も知らないし・・・そうだマナミ。
えっと・・・これで・・・良いわね。
お願いよマナミ、メールに気づいて。
「また君か」
呆れたようにこちらを見る須藤の後ろの、鋭い眼差しでこちらを見ている制服警官が、さっきよりも数人が増えているのにふと気が付いた。
「何故ここに居る?封鎖した入口からは、誰かが通ったというような連絡は受けてないんだが」
マイを背後に隠すようにして立ち、険しい表情でこちらを睨みつける須藤を見る。
組織の存在が勘ずかれないようにしないとな。
「別に、入る方法なら他にもあるよ。例えば、空からとか」
「空、だと?」
「あ、そうだ先輩、氷牙君は空が飛べるんですよ」
北村に顔を向けた後にまたこちらを睨みつけた須藤は、険しい表情のまま目線を遠くに逸らした。
「言い方を変えよう。ここには何しに来たんだ?そして何故、巨大生物を庇うように立ってるんだ?」
「須藤刑事こそ、たいした事件も無いのに駆除だなんて」
「本当に事件が無いなら、こうして警察が来ることも無いと思わないか?ましてや封鎖だぞ?」
まあ、テレビのニュースなんて、たいした情報量じゃないか。
「もしかして、この前の調査で何かあったの?」
「そういった質問には答えられないことになっている」
すぐに応えた須藤は、依然として鋭い眼差しで真っ直ぐこちらを睨みつける。
でも多分、調査中に巨大生物に襲われたってところだろう。
「でもそもそも、調査とか何とか言って、人間の方が動物の縄張りに足を踏み入れなきゃ問題なんて起きないんじゃないの?」
「・・・巨大生物を目撃したというだけでも市民の不安は高まる。それだけでも十分な被害と言える。それに、問題が起きる前に動いていたと世間に知られていれば、後々警察に対するバッシングも少しは軽減するしな」
メンツを気にしなきゃいけないっていうのは、何となく分かるけど。
ましてや警察だし。
あ、でも埋まってる鉱石を何とかしないと、駆除したってまた新しい巨大生物が生まれるだけだな。
「せ、先輩、大学で立て篭もりのテロが発生したようです」
携帯を片手に緊迫した表情の北村に顔を向けた須藤は、一瞬こちらに顔を向けてから北村を見る。
「そっちは任せる」
「分かりました」
するとすぐに北村は警官を何人連れて公園の入口の方へ走って行った。
あ、来た来た。
こんなときって、逆にバイブがうるさいわね。
あら?知らないアドレス・・・。
人数は何人?
出来れば持ってる武器も詳しく。ノブ
あらノブからだわ。
マナミから聞いたのかしら?
この教室には2人。
1人は拳銃を持ってるけど、自分達の事能力者って言ってる。
他の教室にもきっと居ると思う。
仕方ないから、ノブのアドレス登録しておこっと。
それにしても、立て篭もりの目的って何かしら?
「ど、どうしてこんなこと・・・」
「ハトリは黙ってろっ」
そう言いながら男性は羽島教授に銃口を向けると、羽島教授はすぐに教壇を盾にするように身を隠す。
・・・ハトリ?
あの人、何故羽島教授のニックネームを知ってるのかしら?
「まだ始めないのか?」
もう1人の体格の良い男性が銃を持っている男性に話しかけると、銃を持っている男性は教室を見渡した後に静かに教壇の前に立った。
「おいっ」
「な、何、かな?」
怯えた声で応える羽島教授に男性はゆっくりと銃口を向けると、羽島教授はその場で恐る恐る両手を挙げながら硬直した。
まさか、撃つの?
そんな・・・。
「何してんだよ」
その声を聞いて羽島教授がゆっくりと顔を上げると、男性は銃口をこちらの方に差しながら歩き出すように促した。
「早く行けよっマジで撃つぞ?」
「ひぃっ」
すると羽島教授は急いでこちらの方に走り出し、1番前にある机の裏へと滑り込むように隠れた。
「先生、大丈夫?」
阿未花が小声で話しかけると、羽島教授は深呼吸しながら落ちかけている眼鏡を直してゆっくり阿未花に顔を向ける。
「はい、大丈夫ですよ。ありがとう宮井さん」
とりあえず、やたらと人を殺すために立て篭もった訳じゃなさそうね。
「我々は、新しい人類としてこの地球を支配する。そしてまた神の名のもとに、お前ら旧人類を管理しなければならない」
宗教団体かしら?
「警察として、危険要因を野放しにしておくことは出来ない。今すぐ退去して貰えないかな?」
確かに人間に危害を加えたなら、仕方ないかも知れないけど。
「マイ、カラスは人間を襲ったの?」
するとマイはすぐにカラスに体を向け、カラスと話をし始めた。
「・・・そっか・・・カラスさんね、この前人間が来たときには、マイの言った通りずっとじっとしてたって言ってるよ」
「そうか・・・須藤刑事、本人は何もしてないと言ってるけど」
「話せるのか?動物と」
「まあね、能力者って言っても、攻撃するための力を持った人だけじゃないってことだよ」
須藤はマイを険しい表情で見つめた後、苛立ちを抑えるかのように目線を空に向けた。
「確かに、調査の際に被害を受けたのは猫の方からだ。だからといって、そのカラスが危険じゃないということにはならない。むしろ逆だ。同じ公園に巨大生物が2種類、一方が被害を出せば、もう一方も自然と危険だと見なされる」
「どうして?悪いことしてないのに」
弱気な声色でマイが反論すると、須藤は何かを考えるように目線を上げた態度を見せた後、どこか優しさの伝わるような表情をマイに向ける。
「悪いけどお嬢さん、それが世間というものだよ。それじゃあこうしよう、今すぐ退去してくれたら、君達がここに居たことは無かったことにするよ」
「え、でもマイ達、カラスさんを守るために来たのに」
「あくまでここに居るというなら・・・公務執行妨害になるかも知れないよ」
冷たい眼差しをこちらに向ける須藤からマイに目線を移すと、マイの表情は一瞬にして青ざめたものに変わった。
「そんな・・・」
「須藤刑事、中学生を脅しちゃだめだよ」
「脅しではない。これは警告だ」
強気に出て来たか。
そこまでして巨大生物を駆除したいみたいだな。
ならこっちも反撃しないとな。
「警告っていうのは、強い方がやることでしょ?この場合、力関係はどっちが上かな?」
「ふっ笑わせるな。1人で何が出来るんだ?例えそのカラスが仲間になったとしても、こっちには一国の軍事力を使うことだって出来るんだ」
さすがに国の軍隊を倒しちゃ、国の守りが無くなって住みにくくなるかもな。
あまり力のことを言うのはまずいか。
「じゃあ・・・取引でもする?」
須藤は面倒臭そうに小さくため息を着くと目線を下に背けるが、その佇まいからは嫌悪感のようなものは感じなかった。
「・・・何だ」
「別にさ、猫だけ駆除してマスコミに見せても、十分警察が動いてるって知らせられるし、それにまだ何もしてないカラスも殺したら、逆にマスコミに叩かれるんじゃないの?」
顔を上げた須藤は後ろのカラスを見た後にすぐにまた遠くに目を逸らす。
「それは、そうだが」
「今日のところ、カラスは様子見ってことにしてくれないかな?」
須藤が深いため息をついたと同時に遠くの方から大きな足音が聞こえてくると、目を向けた先にはこちらの方に近づいてくる、1匹の巨大な猫の姿があった。
須藤達も全員猫を方を見て身構えると、目の前で立ち止まった巨大な猫は須藤達を見ながら歯を剥き出しにした。
「くそっ」
何だ、テロって言っても、ゲリラ的にジャックして演説するだけみたいね。
「御咲」
「ん?どうしたの?」
困った表情でこちらを見ている阿未花は扉の方をちらちらと見る。
「トイレ・・・」
「え・・・」
んー、困ったわね。
銃を持っている男性を見ると依然として演説していて、体格の良い男性を見ると演説を聞きながら皆を見渡している。
少し怖いけど、やるしかないわよね。
ゆっくりと手を挙げていくと、それに気づいた銃を持っている男性は演説を止め、こちらを見た。
急に撃たれたりしないかしら?
「・・・何だ?」
「話の腰を折ってごめんなさい。お手洗いに行っても良いかしら?」
一瞬黙った銃を持っている男性は、舌打ちをした後に銃口で扉を差した。
「行け」
「あ、はい、ほら、阿未花」
「うん」
良かったぁ。
後ろから撃たれたりしないかしら?
いつでも阿未花を守れるように銃を持っている男性に注意しながら扉に向かい、静かに扉を開けてすぐに教室を出た。
ふぅ、変な汗かいちゃったかも。
「御咲、ごめんね」
「良いのよ」
とりあえず、誰にも出くわさずトイレまで来れたみたいね。
何でかしら。
それにしても、この状況どうしようかしら。
このまま教室に戻ったら、命が危ないわね。
かと言って外に出たって、テロリストと警察の戦いに巻き込まれちゃうし。
ここでずっと隠れてようかしら?
洗面台に腰掛けて個室に入った阿未花を待っていると、突然壁に不自然な扉が現れ、そしてすぐにその扉が開けられた。
ちょ、ちょっと。
「あ、の・・・ノブ?」
「おぉ?偶然だなぁ」
しかもシンジにミントとライムまで。
「ちょっと、ここ女子トイレなのよ?」
ノブは冷静に周りを見渡してからこちらを見る。
「あぁ、悪ぃな。トイレっつったけど、男女は指定してなかった」
「・・・そ、そう」
「御咲ぁ?何で男が居るの?」
扉の向こうから阿未花の不安げな声が聞こえると、ノブは少し焦ったように頭を掻き出した。
「あ、大丈夫よ。あたしの知り合いなの。テロの鎮圧に来たのよ」
トイレの水が流れる音の後、ゆっくりと扉を開けた阿未花は恐る恐るノブ達の顔を伺う。
「警察・・・じゃなさそうだね。てゆうか高校生みたいなの居るし、どうゆう繋がり?」
「えっと・・・ちょっとね・・・」
まずいわね、あたしが能力者だってばれないようにしないと。
「友達の・・・そのまた知り合いの・・・」
「やっぱり良いや」
いつものような明るい笑顔を見せた阿未花は、すぐに洗面台の前に立って蛇口の下に手を出した。
「悪い人達じゃなさそうだし、今は詳しく聞かないであげる」
ふぅ・・・でもいつかは言わないといけないわよね。
「今度、ゆっくり話すわ。ノブ、それにしても人数少なくないかしら?」
「そうか?それぞれの教室に陣取ってんなら、各個撃破していきゃ良いと思ってたんだが」
なるほど、ノブってなかなか考えて動くタイプみたいね。
まぁノブの速さがあれば2人くらい何ともないわよね。
警官が全員巨大な猫に銃を向けてから少し時間が経ったが、相変わらず巨大な猫は須藤達に歯を剥き出しにして威嚇している。
今のうちにカラスをどうにかしないと。
「そうだマイ、カラスは元の大きさに戻れるの?」
「あ、うん、普通に出来るみたいだよ」
「じゃあすぐに戻るように言った方が良いよ」
黙って頷いたマイが巨大なカラスに体を向けて話しかけた瞬間、銃声が聞こえたので思わず後ろを振り返ると、警官達が広がり始めると同時に巨大な猫も飛び掛かろうとするかのように体勢を低くした。
巨大な猫が1人の警官に飛び掛かろうとした瞬間に別の警官が銃声を鳴らすと、巨大な猫は大きな音に怯んで一瞬だけ動きを鈍らせる。
銃があるなら威嚇なんてしないでさっさと撃てばいいのに。
駆除が目的なんだし。
マイの方に顔を向けると、マイは怯えたように身を少し屈めながら不安げに巨大な猫の方を見ていた。
「マイ」
宮井 阿未花(ミヤイ アミカ)(20)
大学生。
ミサの親友で、親同士も付き合いがあることから親友歴は長い。何かにつけてミサに抱きつくその癖から、周りからは同性愛者と疑われたこともある。本人は否定しているが、実際、ファーストキスはミサである。




