フォックス・プレイ
「それじゃ、それなりに位置につこうか」
「あ、あぁ」
壁際にカズマが立つと、マイは塀の向こうの観客席から見下ろすように顔を出し、そして合図するように手を伸ばした。
「それでは位置についてー、よーい・・・」
「ちょっと待てっ」
カズマが慌てて止めると、マイは塀から少し身を乗り出しながら小さく頬を膨らませる。
「なーに?」
「徒競走じゃないって、それにまだ準備出来てないから」
「えぇー?・・・早くしてよね」
からかうように声を上げたものの、すぐに観念したように小さくため息をつきながらマイが観客席に座り込むと、カズマは安心したように小さく頷きながらこちらに顔を向けた。
「あ、氷牙は先に鎧着てて」
「あぁ」
他人にとっては洋服感覚なのかな。
少し距離を取りながら氷牙を纏うと、カズマは意識を集中するように目を閉じながら、前に出した掌を下に向ける。
何が起こるのかな。
すると突如カズマの前方と左右に音を立て煙が吹き出し、その中から左にはバッファローのような生き物、前方には二本足で立つ服を来た狐、そして右にはカズマの顔くらいの大きさの妖精と思われるものが現れた。
なるほど・・・召喚、かな?
いきなり現れた3匹は警戒するように辺りを見渡した後、やがてカズマと顔を合わせた。
「やぁみんな、オレはカズマだよ」
すると何故か警戒心が緩んだのか、カズマに続いて狐と妖精は各々自己紹介を始めた。
カズマが想像して作った生物なのか、それとも、本当にどこからか召喚したものなのか・・・。
でもそしたら・・・。
妖精の声は聞こえなかったが、どうやら狐の名前はユキと言うらしい。
見た目通り、やはりバッファローは言葉が喋れないみたいで、そこにマイが通訳に入った。
ちょうど役に立ったみたいで良かった。
「お名前は?・・・そっか。名前無いんだ」
特に人に飼い馴らされたような雰囲気はないし、やっぱり野生のバッファローかな。
「カズマ、名前つけてあげようよ」
マイは塀の上からカズマと話をしていると、ふとこちらにも目を向けながら手招きしてきた。
「氷牙も考えてよー」
「マイなら良い名前つけられるんじゃない?」
「オレもそう思う」
「え?マイが?・・・そう?」
何となくだが、どうやらバッファローも同意したように見えた。
「じゃあガスタロー」
ガス太郎?
良くはないが、悪くも無い・・・かも。
「太郎はダサだろぉ」
今時、太郎なんてついた名前そうそう無いしな。
まぁ逆に新鮮な感じはあるけど。
「じゃあタロで止める」
「いや、そういう問題か?」
まだカズマは納得していない様子だが、バッファローが何かを訴えるようにマイに顔を向けるとマイもバッファローに顔を向け、一瞬の静寂が訪れる。
「ほんと?この子は気に入ったみたいよ」
「まじか」
ガスタロで決まったみたいだけど。
マイとガスタロ、今会話したのか?
「分かったよ。それじゃ、今からみんなにはこの氷牙と戦って貰いたいんだ。ルールは氷牙がオレの肩を叩いたら氷牙の勝ち。だからオレを守って欲しいんだ。いいかな?」
各々頷いてる姿を見る限りは、どうやら3匹は理解したみたいだ。
「じゃあ氷牙、またちょっと下がってよ」
「あぁ」
小走りで後ろへ下がってカズマと距離を取ると、カズマと共に3匹もこちらの方に体を向けてくる。
カズマは戦わないっていうのは、こういうことだったのか。
「マイ、いいよ」
「ふぅ、やっとだね、それじゃ位置についてー・・・」
するとガスタロは前足で地面を蹴りながら鼻息を吹き、いかにも走り出すような態度を見せた。
「よーい、ドン」
ガスタロが思いっきり走り出すと、ガスタロの角が一瞬で太く伸び出したのですぐに紋章を出し、ブースターを噴き出しながら何とかガスタロを受け止めた。
何だこいつ。
しかもかなりの力だ。
分かってはいたけど、やっぱりガスタロはバッファローなんかじゃない。
ガスタロの角を掴み、ブースターの勢いを使って振り回した後にガスタロを投げ飛ばし、ガスタロに向けて氷弾を構えた時、突如星の形をした何かがどこからか飛んで来た。
何だ?
間一髪で避けて星が飛んできた方へと目を向けると、どうやら妖精が星を飛ばして来たみたいで、妖精は再び星の形をしたものを連続的に飛ばし始めた。
星を避けながらカズマに近づいて行くとユキが立ちはだかり、しかも直後にユキは3匹に分身して向かって来た。
この狐、忍者か?
1匹のユキに氷弾を撃つが、ユキは氷の弾の破裂と共に煙になって消えていった。
ハズレたか。
その時にガスタロがまた突っ込んで来たのが見えたと同時に妖精も星を飛ばしてきたので、星を避けながら一旦カズマから離れる。
よく考えて見ると、3対1だな。
だけど個体ごとの力はたいしたことないか。
ガスタロを避けて分身のユキを消したときに、妖精の飛ばしてきた星に直撃してしまい、思わず地面に倒れそうになる。
星自体は小さいのに、衝撃は予想以上だな。
少し甘く見ていたみたいだ。
ガスタロが再び突っ込んで来たので氷弾を構えるが、すぐさま邪魔をするように妖精が星を飛ばす。
仕方なく星を氷弾で迎撃し、ガスタロに紋章を重ねた氷弾を撃ちガスタロを遠くに吹き飛ばすと、何やらすぐに妖精はその後を追っていった。
チャンスだ。
カズマに向かって行くと再びはユキが立ちはだかり、しかも今度は5匹に分身して邪魔をしてきた。
カズマの肩を叩けば勝ちだったな。
ユキに構わず飛び出してカズマの肩に手を伸ばし、そしてカズマの肩に手を乗せるが、なんとカズマは煙に包まれユキになった。
な、変わり身か。
「へっ引っかかってやんの」
そう言いながら馬鹿にするような笑みを見せたユキはすぐに煙になって消えていった。
ふと周りを見渡すと、辺りはユキだけで、カズマの姿はいつの間にか消えていた。
どうなってるんだ?
カズマがユキになったけどすぐに消えた。
1匹のユキに紋章を向けた途端にそのユキが逃げ始め、また同時に他のユキ達もこちらの気を惑わすように各々バラバラに逃げ始めた。
なら、このユキの中にカズマが居るのか?
ガスタロに目を向けたとき、ガスタロはまるで妖精が傷を癒したのかのように立ち上がっていて、正に獲物に狙いを定めるような眼差しでこちらを見据えていた。
厄介だな。
そしてガスタロが妖精を乗せて走って来たので、氷弾を撃って牽制をかけたものの、妖精が星を盾にして氷の弾を防ぎ、ガスタロはそのままこちらに目掛けて走り込んできた。
ガスタロが来る前に分身のユキを消していくと、最後の2匹の内の1匹がカズマになった。
術が解けたみたいだな。
しかしガスタロを避けるためにカズマから離れると、妖精がガスタロから降りてカズマの前に立ちはだかった。
振りだしに戻ったか。
「なかなか手強いね」
「どうも」
3匹に囲まれたカズマが強気な顔で応えると、ガスタロが再び先陣を切って走り出したので、紋章を2つ重ねた紋章をガスタロに向ける。
「氷弾砲」
氷の弾の直撃を受けたガスタロは吹き飛ばされて壁に激突すると、更にそのまま弾の破裂により周りの空気が凍りついて出来た巨大な氷のオブジェに閉じ込められた。
「まじか」
カズマはその様子を呆然と見ているのでその隙にカズマに向かって飛び出すが、それに気づいたユキは再び分身して行く手を阻んできた。
今度はカズマに触る前にユキを叩けばいい。
ユキの分身を氷弾で消して行くと、すかさず妖精が星を飛ばして邪魔をする。
星を避けながら最後の1匹になったユキに紋章を重ねた氷弾を浴びせ、飛んでいくユキを見てからカズマの前に立つ。
しかしその間に両手を前に出し、すぐにでも星を飛ばそうと身構える妖精が立ちはだかる。
氷弾を撃つと星は弾の爆風と共に消えるが、爆風を突き抜けて飛び込んできた妖精は鎧の胸元に目掛けて体当たりしたり、何度も叩いたりしてくる。
何の衝撃も伝わってこないけど。
その小さな体で頑張るね。
紋章を向けて威嚇をすると妖精は体をすくめて身構えたので、その隙にカズマの肩に手を乗せ鎧を解くと、我に返った妖精は再びすぐに飛んできた。
「レベッカ、もう終わったよ」
「ふぅ、負けちゃったかぁ」
微かにレベッカと呼ばれた妖精の声が聞こえたときに、ユキがふらふらと歩きながら近づいて来るのが見えた。
「・・・くぅ」
「カズマ、ガスタロどうしよう」
レベッカは遠くのガスタロに指を差しながらカズマの耳元で話しかけた。
「大丈夫だよ。元の世界に戻してあげれば傷が治るから」
小さくて分かりづらいが、レベッカの顔色が変わった気がした。
カズマが氷のオブジェの中のガスタロに手をかざすと、ガスタロは光になって消えていき、それを見たレベッカは何故か慌てふためき始めた。
「ユキ、ゆっくり休んで。またね」
「あぁまたな」
カズマがユキに手を伸ばすと、ユキはガスタロ同様に光に包まれて消えていった。
「それじゃ次は・・・」
カズマがレベッカに顔を向けようとしたとき、レベッカがカズマの耳にしがみついた。
「まだ帰さないでっ。ちゃんと説明するからまだ帰さないでっ」
レベッカが耳元で叫んでいるのを特に迷惑がらず、カズマは優しくレベッカを耳から引き離す。
「分かった分かった。分かったから落ち着いて」
「・・・うん」
すると落ち着きを取り戻したレベッカはカズマの肩に座った。
「どうかしたの?」
気が付けばマイは塀の角脇にある階段から下りてきていた。
「いや大丈夫」
「落ち着ける場所で説明したいな」
レベッカがカズマにそう囁くとカズマはゆっくりと頷き、そしてカズマはホールへと歩き出した。
「分かった。じゃあ部屋に行こう」
「あのさ、カズマの力って、どういう力なの?」
「え、ああ・・・まぁオレの想像した生物を呼び寄せるって感じだね」
呼び寄せる?・・・。
想像したものを形にする訳じゃないなら・・・。
「どこから?」
するとカズマは一瞬目線を上げると首を傾げ、困ったような照れ笑いを浮かべた。
「そこまでは考えたことなかったけど」
「そうか」
実在する生物を召喚する力だとしても、角が一瞬で大きくなるバッファローも、喋る狐も、魔法を使う妖精もこの世界じゃ有り得ないもののはずだ。
ホールに戻るとレベッカは嬉しそうに小さく声を上げながら周りを見渡す。
「じゃあオレ部屋に戻るから」
「マイも行く」
「分かった」
2人が部屋に向かうのを見ながら近くの椅子に腰掛け、ふと窓を見ると空は夕焼けに染まっていた。
カズマの相手をしたらいい暇つぶしになったな。
何となく疲れた気がしてホットミルクを持つと、ふとヒカルコが見えたのでそのテーブルに向かい椅子に座った。
「ヒカルコ、ずっとそこにいたの?」
「まあね、ずっと見てたよ」
「氷牙お帰り」
ヒカルコの隣にはユウコが居て、しかもユウコは何やら書き物をしていた。
「あぁ」
よく見るとその用紙には振り仮名と漢字の穴埋め問題が印刷されていた。
「宿題?」
「うん。私漢字苦手だから、ヒカルコに見て貰ってるの」
「そうか」
しかしふと気になったのは名前の欄に書かれているユウコの名前と思われる漢字だった。
「それって、ユウコの名前?」
「うん」
こちらに顔を向けたユウコはすぐに笑顔を浮かべて頷いたものの、その笑顔からは若干の恥ずかしさが伝わってきた。
ユウコはよくある名前だと思ってたけど、遊ぶ狐で遊狐だなんて、凄いな。
「珍しいね」
「まあね」
素っ気ない言葉を返してくるユウコは更に恥ずかしさを堪えるように口元を緩ませる。
「でもヒカルコも結構珍しいんだよ?ね?」
ユウコがヒカルコに顔を向けるとヒカルコもすぐにその微笑みの中に戸惑いを見せる。
「まぁそうかな。初めて会う人はみんな普通に光に子供の子だと思うみたいだけど、私の場合は光と子の間に瑠璃の瑠が入るの」
「そうか」
ふと目を向けたそのモニターにはシンジが戦っている映像が流れていた。
しかも相手は2人同時みたいだ。
ああやって強くなったのかな。
ん?トーナメント終わったのに、シンジは何で修業なんかしてるんだ?
人知を超えた存在になったことを自覚してる上でまだ修業してるなら、シンジもアリサカみたいに何かしらの目的があるのかな。
夕食の時間になりホールに皆が集まってきても、僅かに空いた席がふと気になった。
基本的にはその人が知らない時点では、その人が主人公のときに人物の名前はカタカナにしてます。
では何故ヒョウガは漢字なのか、それはヒョウガ自身がどういう漢字を使うか分かっているからです。
でもユウコとヒカルコは分かりにくいので、そのままにしてます。
ややこしいですか。笑
ありがとうございました。