困ってしまった刑事さん
クローゼットから取り出したベストを2枚ベッドに並べたところで、レベッカはレンをベッドの前に立たせる。
毛皮と革か。
「どっちが良い?」
笑顔でそう聞いたレベッカから目線をベストに移したレンは、2枚のベストを交互に見た後に革のベストを手に取った。
「レン、今の季節、この国は気温が高いから服は薄手にした方が良いよ」
レンは眉をすくめて黙って頷くと、すぐにドレスの袖を短く縮めて袖を無くしスカートもくるぶしから膝上にまで短くした。
「わぁ」
服が変わる様をまじまじと見ながらレベッカが声を上げると、レンは革のベストに腕を通してからベストの丈をベルトが隠れるまで伸ばした。
「レン、すごいねぇ」
驚きながらもそう言ってレベッカが笑顔を見せると、レンはほんの少し口角を上げながらうつむく。
照れてるのかな?
「じゃああたしも」
そう言ってレベッカは羽を畳み、毛皮のベストを着て羽を隠した。
「それじゃあ、僕の部屋に行こうか」
「出口じゃないの?」
「まぁこの組織から出るにはある道具が必要なんだ。それが僕の部屋にあるからさ」
不思議そうに聞いてきたレンに応えるとレンはゆっくり頷き、そんなレンを見ながらレベッカもつられてゆっくり頷き出した。
自分の部屋に入るとキッチンの奥にある、ミサの部屋に続く扉に貼られたシールキーを剥がす。
「それ何?」
「シールキーって言って、これを使って外に出るんだよ」
レンに応えながらシールキーの書かれた行き先を指でなぞるが、文字が消える気配がない。
どうしようか、濡らしてみようかな。
キッチンに向かって蛇口をひねって指を濡らし、シールキーに書かれた文字を再度なぞると、まるで消しゴムで消しているかのようにきれいに文字が消えていった。
タオルで水を拭き取ってから、ベッドのサイドテーブルにあるメモ帳についてあるペンで行き先を書く。
前にカナコが書いたのと同じで良いか。
シールキーを壁に貼り、現れた扉を開けた。
「わぁ」
レベッカが声を漏らしながら外に出ると、後について行くレンを見ながら扉を閉め、シールキーを剥がした。
野生動物の能力者の巣があるって言ってたけど、そこまで異様な雰囲気は感じないな。
「一応、離れないようにしてよ」
「うん」
笑顔で応えたレベッカは嬉しそうに周りを見渡しながら前を歩いていて、レンはこちらやレベッカを見ながら隣を歩いている。
「ねぇ氷牙、あれ何?」
レベッカが手招きしながら呼んでいるのでゆっくりと近づいていく。
「池かな」
「へぇー、もしかしてあれ全部水なの?」
「まあそうだね」
妖精の村は山の中だったし、海とか無さそうだな。
少し身を乗り出しながら池を眺めるレベッカを見ていると、レンが後ろを振り返ったまま固まっているのに気が付いた。
レンの目線の先は森みたいだが、何かがうごめいている様子はない。
「何か居たの?」
こちらに顔を向けたレンは再び森に目を向けた後、こちらに目線を戻してから小さく首を横に振った。
「わぁ」
レベッカが驚くように声を上げたと同時に、水面から何かが出てくるような音もしたのでその方に目を向けると、シャチみたいな小さな生き物の背びれが見えたが、すぐにそれは池の中へと潜っていった。
随分と小さなシャチだな。
「ねぇ、あれって何て言う動物なの?」
するとレベッカは笑顔でこちらに顔を向け、そう聞いてきた。
「あれが、話題の新種の動物だよ、だから名前は分からないな」
まだ名前なんてつけられてないだろうしな。
「そうなんだぁ」
もしかしてこの池の下にも鉱石が埋まってたりするのかな?
「君達」
声がかけられたような気がしたので後ろを振り返ると、制服警官を従えながらスーツを着た男性がこちらの方に近づいてきた。
あ、えっと、この人は、確か・・・。
「須藤、刑事?」
「あぁ、覚えていたか」
片眉を上げてそう言うと、須藤はすぐに後ろのレベッカ達に目を向けた。
「この公園は狂暴な動物が出る。森には近づいちゃ駄目だ、良いかな?」
須藤が少し優しい口調で言い聞かせたのでレベッカに目線を戻すと、レベッカは少し不安げに須藤を見た後にこちらに目を向けた。
「氷牙の知り合い?」
「知り合いってほどじゃないよ」
今警察って組織を説明すると須藤刑事に不審に思われるかな。
「須藤刑事は、大きな野生動物の巣を探しに来たの?」
すると須藤はほんの少し眉間にシワを寄せてからゆっくりと目を逸らした。
「・・・それには応えられないな。それより、襲われないうちに早く帰った方が良い」
口調は少し優しいが、須藤は威圧感のある強い眼差しを見せている。
「一応、僕も巣を探しに来たんだけど」
「駄目だ、危険過ぎる。君のことを言ってるんじゃない。君は1人で2人も守れるのか?」
確かに氷牙は守るための力じゃないけど。
「大丈夫だよ、あたしも戦えるし」
レベッカが口を挟むと、須藤は少し驚いたように眉を上げてレベッカを見る。
「君も能力者なのかい?」
「んー、能力者・・・じゃないよ」
まぁこの世界の能力者ではないか。
首を小さく傾げた後に微笑みながらレベッカが応えると、須藤は再び小さく眉間にシワを寄せる。
妖精って言ってもややこしくなるだけだしな。
「・・・君が思ってるよりずっと狂暴だから、帰った方が良いよ」
「そうなの?でも氷牙が居れば大丈夫だと思うよ」
優しく言い聞かせている須藤が少しずつ困ったような表情になっていくと、須藤はその困惑さを訴えるようにこちらに顔を向けた。
「調査の結果次第じゃ、公園に入場規制がかかる。君からも言い聞かせてくれないか?」
まぁ3人より1人の方が動きやすいしな。
仕方ないか。
「分かった。今日はもう帰ろうよ」
「うん、分かった」
レベッカが笑顔で頷くとレンも眉をすくめて黙って頷いたので、須藤達を横目に見ながら公衆トイレに向かって歩き出した。
「レベッカ、マイが心配なら、僕が1人で大きな動物を退治するよ」
「ほんと?んー、じゃあ、マイに相談してみるね」
笑顔で振り向いたレベッカは少し首を傾げ、何故か困ったようにそう応える。
「そうか」
相談?
近くに住んでるって言ったって、野生動物が自分からに街に行くことはなさそうだし、そこまで危険じゃないかもな。
公衆トイレの洗面所から水を出してシールキーに書かれた文字を消し、念のため持って来たベッドのサイドテーブルにあるメモ帳のペンで行き先を書き直す。
部屋に戻るとシールキーを剥がし、書いた行き先を消してテーブルに置いてから、ペンをベッドのサイドテーブルに戻す。
「お腹減ったねぇ、何か食べようよ」
もうお昼なのかな。
「うん」
レンが応えたのを見たレベッカはすぐにテーブル上のベルを鳴らしてウェイトレスを呼ぶと、ウェイトレスは2人同時に出て来たが1人は真っ直ぐに舞台へと向かった。
マナミはずっと会議室に居るのかな。
「氷牙何が良い?」
レベッカがメニューを差し出して来たので受け取ったメニューに目を向けページを開く。
ラザニアだな。
レンにメニューを渡すとレンは不思議そうにメニューを眺めてから眉をすくめ、ゆっくりこちらに顔を向けた。
まだランチのことは説明してなかったかな。
「その中から食べたいものを選ぶんだよ」
そう言うとレンはメニューとこちらの顔を交互に見ていき、こちらに目を向けたときにふとレンの動きが止まる。
「氷牙、何食べるの?」
「僕はラザニアかな」
「あっ、良いなぁ、やっぱりあたしもそれにしよ」
レベッカが嬉しそうに声を上げたのを見たレンは再び眉をすくめてこちらを見てきた。
「ラザニアって何?」
「すごく美味しいんだよ、レンも食べてみたら良いよ」
すぐにレベッカが応えると、レンは小さく頷きながらメニューを閉じた。
「じゃあたしもそれにする」
「じゃあラザニアを3つで」
「はーい」
料理が来る前に飲み物を持って戻り、しばらくすると湯気が立ち込めるラザニアが3つ運ばれて来た。
「すごい熱いから、気をつけてね」
レンがフォークを持ったときにそう言うと、眉をすくめたレンはフォークにラザニアを絡めて息を吹きかけるレベッカを見てから、自身のラザニアをフォークでつつき始めた。
ラザニアを口にしたレベッカは満面の笑みを浮かべ、それを見ながらレンもラザニアを口に入れる。
すると驚くように目を大きく開けたレンは、飲み込んだ後に口角を少し上げて見せた。
どうやら口に合ったみたいだな。
レベッカがマイに相談があるって言ってたし、それまで代々木公園に行くことは出来ないな。
学校とかから帰って来た人達が増えた頃、おもむろに席を立ったレベッカが向かった遠くのテーブルにはカズマとマイが座った。
「ミサ知ってる?最近ヒーローみたいな能力者が居るんだって」
「あら、良いじゃない。特撮ドラマの真似でもテロと戦ってくれるのなら」
夕食の時間になり、ミサとヒカルコの世間話を聞きながらお肉を口に運ぶ。
ヒーローか・・・。
「氷牙、公園で会った黒い服を着た人は何で優しくしてきたの?」
「あの人達は、警察って言う住民達を守る軍事組織に入ってる人達なんだよ」
半音高い声で唸りながら頷くと、レンはまたすぐに卵焼きに夢中になった。
「あら氷牙、外に出たの?」
話を聞いていたのか、そう言ってミサは顔を近づけてくる。
「まあね」
「・・・そう」
するとミサは一瞬だけこちらを見たまま動きが止まったが、目を少し下に逸らすとそのまま料理に目線を戻した。
「ヒカルコは、そのヒーローを見たことあるの?」
ヒカルコはこちらに顔を向けると、ゆっくりとスプーンに掬ったクリームシチューを口に運ぶ。
「んー、見たことはないけど、ネットじゃ有名人がヒーローだって噂だよ」
「そうか」
有名人か・・・。
認知度が高い人間ならヒーローとして受け入れられやすいのかな。
昼前に自由になったけど、結局別のテロも起きなかったし、学校にも行かなかったな。
それにしても夕焼けが綺麗だなぁ。
まぁ当然か、ここは確か標高2600メートルくらいって書いてあったし。
しかし自分の力で1番これがびっくりしたな。
この調子なら富士山も5合目から山頂まで30分掛からないんじゃないかな?
あ、電話だ。
リアさんかな?
携帯電話を取り出し画面を見ると、画面には増田愛華音という名前が表示されていた。
おっと愛華音か・・・そういえば学校サボること言ってなかったな。
「・・・もしもし」
「何してんの?今。病院にでも行ってんの?」
「いや違うよ、まぁちょっとあって」
仕方ない、帰るか。
「ちょっとで何学校サボってんの。今音也の家来ててさ、おばさんが居ないって言うから電話したんだよね」
げ、何で家に・・・。
「何で家に?」
「プリント渡しに来たんだよ。あ、ついでに要太も居るから」
「そっか、すぐ帰るからちょっと待っててよ」
適当に見つけた岩壁にシールキーを張り付け、家の近くの公園に戻る。
どうしよう、アリサカさんの組織にも入ったし、そろそろ能力者ってことも隠し切れなくなるかな。
「お帰りー」
「うん」
2階に上がり自分の部屋に入ると、そこにはベッドに座る要太と窓際に寄り掛かるように座る愛華音が居た。
「うおっ何だそりゃ、シャツボロボロじゃん」
「ちょっと転んだっていうかさ」
ふと愛華音の真っ直ぐな眼差しに、何となく心を見透かされたかのような感覚に陥った。
カバンを置いてから愛華音と再び目を合わせてみたが、愛華音は依然として何かを勘繰るような眼差しをしていたので、思わず目を逸らしてしまいながら、ゆっくりとその場に座る。
「何?事故ったから学校休んだの?」
「まぁ、そんな、感じかな」
「ちゃんと言ってよ。そんなそわそわするぐらいだったらさ」
いつもあっけらかんとしている要太でさえ黙り込んだ空気の中で、その愛華音の眼差しは今までで見た中でも稀に見るほど真剣さを伺わせた。
「あの、実はテロリストとさ・・・」
「マジかよ・・・」
呟いた要太と一瞬目を合わせた愛華音は、こちらに目線を戻しながら深刻そうな顔色を見せた。
「そんなにヤバいの?怪我」
「いやぁ、怪我は、してないよ」
増田 愛華音(マスダ アカネ)(17)
乙武 要太(オトタケ ヨウタ)(17)
音也のクラスメイトで、小学生からの顔馴染み。何はなくとも音也と共に行動している。
ありがとうございました。




