第4話
実は晃一は以前、第1チームに所属していた。
大柄で頑丈な体躯と、かなりの銃の腕前。ポリスからバリヤに抜擢されたときも、本人はもちろんのこと、まわりも戦闘チームに入るのが当然だと思っていたからだ。
しかし晃一は次第に自分が戦闘向きではないと思い始める。
それというのも、アンドロイドを倒すために向かったはずのイグジットJでもEでも、次元を修復している作業の進み具合が気になって仕方がないのだ。ああもうこんなに出来ている。あ、また壊されている。俺ならこうするのに。等々。
やはり自分は建設技術のチームの方が合っているのではないかと。
そしてそれを決定的にしたのが、バリヤ内で行われている講習会に参加したときだった。
バリヤは隊員のパフォーマンスを高めるため、あらゆる分野の講座や講義を日々開催している。忙しい隊員が気軽に受けられるよう、たいていは一日限り。だから非番の日にちょうど受けたい講習があればしめたものだ。
そこで晃一はある日、建築技術の講座を見つける。
しかも講師は、新行内 久瀬。
璃空の父親である久瀬は、建築や建設デザインの分野では一目を置かれる存在で、その世界では名前を知らないものはいない。彼は国とポリスの建設技術官幹部でもある。
もともと晃一は建設技術に興味があって、学生時代も建築デザインの講義をとるほどだった。
だから晃一は、嬉々としてその講座の申し込みをした。
当日会場に行った晃一は驚く。バリヤ向けに開催された講座なのに、どこから漏れたのか、あの新行内 久瀬が講師と聞いて、一般からの問い合わせがあとを絶たなかったらしい。どうにも収まりがつかないと判断したバリヤ広報は、一般からの参加も認めることにした。会場もいつの間にか会議室からホールに替わっている。
参加者の中には、シロウトでも名前を知っているような、有名な建築家までいた。
講義はさすがというか、圧倒されるような素晴らしさだった。
あまりのすごさに、最後の質疑応答で晃一は矢継ぎ早に質問を繰り返し、あきれたスタッフにマイクを取り上げられる始末。
でも、もっともっと聞きたいことがある。どうしてもあきらめきれない晃一は、ずるいと思いながら、非番の璃空を無理矢理呼びだして、友達の特権を利用させてもらった。
父子で会うのもどうやら久しぶりらしい新行内親子は「すこしやせたんじゃないか?璃空」「父さんは太ったみたいだぜ」などと言い合っている。
晃一は恐縮しながら、けれど嬉しさを隠しきれずに言う。
「すみません。申し訳ありません。ものすごくお忙しいと聞いているのに」
「いえいえ、。ああ、もしかして君は璃空と同級生だった、たしか…晃一くん?」
「はい! 小美野 晃一です」
「建築模型と製図が大好きな晃一くんだよ」
璃空がからかうように言う。
すると、「ああ、」と言ってニッコリ笑う久瀬。
そうなのだ。晃一と璃空は小学校の同級生だった。家が近いため、晃一はよく璃空の家に遊びに行っては、久瀬の仕事場へ入り込み、飽きずに建築模型や古い製図板などを眺めていた。
璃空はそんな晃一にあきれて、
「そんなもん、どこが面白いんだよ?なあ、それより外で遊ぼうぜ」
と外へ連れ出そうとする。けれど、晃一はこっちの方がいいと言って聞かなかった。すると璃空は怒ってぷいっと外へ遊びに行ってしまう。
「あの頃は、どちらがうちの子か分からなかったね」
久瀬は可笑しそうに笑って言った。どうやら思い出してくれたらしい。
すると璃空も言う。
「本当だ。晃一の方がよっぽど父さんの仕事を理解してたな。俺は父親より、母親の血を色濃く引いているらしい。今でも建築のことはさっぱりだ」
「ああ。ところで晃一くんは私に何か用があったんだね?」
「あ、それは…」
そう言って、建設のことからはじまって、イグジットJやEの工法のこと、それこそさっき聞けなかった、ありとあらゆる質問を続ける晃一。それに真摯に、しかも的確な答えを返す久瀬。
璃空は彼らの向かいに腰掛けて、楽しそうにその様子を眺めていた。
そうこうするうち、かなり時間をとらせてしまったようだ。
「技術官!そろそろ幹部会議から呼びだしくらいますよ」
と、心配そうにバリヤ広報が顔を出す。
「おや、そうか。晃一くん、すまない。もう行かなくては」
「すみません!俺のほうこそ。でも、すごく有意義でした」
晃一は本当に嬉しそうだった。
帰り際、久瀬がふと晃一に聞く。
「君は璃空と同じ第1チームだったね?」
「はい」
「……」
「?」
「いや、もったいないなと思ってね。君ほどの能力があるなら、建設技術のチームに入れば存分に成果が上がりそうなのでね」
「!」
晃一は自分が思っていたことを、再度確認させられたような気がした。
その後しばらくして、晃一は璃空に相談を持ちかけ、魯庵という新メンバーが見つかったのをきっかけに、第7チームへの移動を実現したのだった。
「やっぱりお前は第7チームが合っているんだな。顔つきが違う」
「そうか?」
すると怜が後ろからぷぅーっとふくれて言う。
「オレは小美野ちゃんがいた方がいいー。魯庵はさ、おんぶしてくれないんだもん!」
「お前な、大の男がおんぶしてもらう事の方が異様なんだぞ」
晃一はしようがないと言う口調で言う。1度ケガをした怜をスポットからおぶって出たことがあり、それ以来、味をしめた? 怜は隙があると晃一におぶさってくるのだ。
晃一も魯庵にひけをとらない大柄で、晃一の方が筋肉質な分、どっしりとした印象だ。
しばらく思い出話に花を咲かせていると、怜が柚月を見つけたらしく大声で呼ぶ。
「今澤ちゃーん、小美野ちゃんがいるよー」
柚月は璃空とつきあい始めた頃から晃一を知っている。第1チームにいた晃一を知る、数少ない一般女性だ。
昔のように怜が晃一におぶさっているのを見て、柚月は苦笑いしながらこちらへやってくる。肩をすくめた晃一は、だが、隣にいる女性を一目見ると、いつになく固い口調で怜に言った。
「怜、そろそろ降りろ」
「へ? あ、うん」
怜はちょっとびっくりしたようにひょいと晃一の背から降りて、やってきた柚月に話しかけた。
「ねえ、小美野ちゃんだよ、ひっさしぶりだよね。あれ?そっちの人は?」
怜は柚月の隣にいる見かけない女性を不思議そうに見やった。
「ああ、こちらはね。小美野さんと一緒にイグジットEの強化作業をしてらっしゃるティーナさん。さっき手塚リーダーに紹介してもらったら、話が弾んじゃって。あのね、小美野さんが第1チームにいた頃の話をしてたの」
「え?」
ひどく驚いたように晃一が言う。それに少しドキンとしたようにティーナが言った。
「あ、あの、ごめんなさい。私が無理矢理聞き出してたの。でも、小美野さんは戦闘チームにいても、とても優しかったって話を聞いて。やっぱり小美野さんは素敵な人なんですね」
「い、いや。そんなことは…」
珍しく照れて言いよどむ晃一。
怜はそんなふたりを交互に見ていたが、いきなりポンッと手を打つと、ものすごく嬉しそうに言い出した。
「そうだよぉー。えーっと、名前は?なんだっけ。あ、ティーナ!そうそう、ティーナちゃん! 小美野ちゃんはねぇ、気は優しくて力持ちなんだよー。彼氏にしたら、どこへ行くのも運んでもらえるからオトク!」
「怜!」
あわてて言う晃一に、本当に楽しそうに笑い出すティーナだった。
しばらく5人で話をしていたが、喉が渇いたと輪から外れ、飲み物のテーブルへ向かう怜の腕をぐいっと引っ張る手があった。
「うぇっ!何ですか? あ、ルエラさん?」
ルエラだった。
「怜くん! あの2人、どう思う?」
「あの2人って?」
「小美野くんとティーナよ」
「小美野ちゃんとティーナちゃん?」
それがなんなんだろうとしばらく考えていた怜は、ルエラのものすごく嬉しそうな表情に、ああー分かった! と言うようにぱあっと顔をほころばせて、言い放つ。
「相思相愛、間違いなし!」
ルエラも満足そうにニッコリ笑った。
「でしょ? ねえ、だったら同盟結んでくっつけちゃいましょうよ!」
すると怜は本当に面白そうに言葉を返した。
「ルエラさんってば、面白すぎ。でもね、大丈夫。オレの見たところ、なーんもしなくても近々あの2人はくっつきますよ」
「ホント?!」
「元、敏腕営業マンが言うんだから絶対です!」
そう言って親指をピッと立てる怜に、「ラジャ!」と親指を立てて答えるルエラだった。
そんな中。
珍しく忠士が、今度の休暇はパーティに参加せずに、タミーの家で過ごそうと提案してきた。と言うのも、偶然その日が彼女の誕生日だったからだ。
いつも仕事仕事で、ここ数年誕生日など祝ったことがなかったタミーは、当然パーティに参加するものと思っていた。
「どうしたの?珍しいわね」
「あ?ああ…」
なんだか煮え切らない忠士の返事に、タミーはちょっと疲れてるのかな?と、その時は軽い気持ちでいた。
実はこのとき、忠士にはある決意があったのだ。
そして休暇当日。
やってきた忠士は、いつもに増して陽気な感じだった。
「いやー、なんだか今日は天気がいいねえ。ガーデンパーティにはうってつけじゃないか?」
「?」
「どーんな料理が出てるんだろうねえ。あ、そう言えば…」
いつも良くしゃべる男だが、今日はそれ以上にかなり饒舌だ。しかも、なぜかパーティの話ばかりしている。
タミーはせっかく2人で過ごしているのに、と、だんだん気分が悪くなってくるのがわかった。そして、とうとうそれが爆発して思わず言ってしまう。
「そんなにパーティに行きたいんなら、さっさと行けば?」
「あ、いや」
「今日は忠士が2人で過ごしたいからって、うちに来たんでしょ。なのになんでパーティのことばっかり?! あー、なんだか気分が悪いわ! そう言えば今日は観たい映画があったの」
「そ、そうか。じゃあ一緒に観ようぜ」
「陳腐なラブストーリーだから、貴方にはちっとも面白くないわよ。いいわよ、1人で観るから」
そんな言葉にも、忠士は情けない顔をしてうなだれるだけ。その反応にタミーは本当に腹が立って、ついきつい口調で言ってしまった。
「とにかく今日は帰って。私は寝室に行くから玄関の鍵はかけといて」
冷たく言い放って寝室へと閉じこもるタミー。
そのあとしばらくは静かだったが、やがてなにやらガサガサと音がして、それが止むと玄関の方からパタンと扉の閉まる音がした。
忠士を追い返したあと、ひとり観たかった映画を観ていたタミーだが、どうにも内容が頭に入ってこない。いったん止めてコーヒーでも入れようとリビングに行く。するとテーブルに、さっきはなかった包みが2つ置いてあった。
少し大きめのものと、小さな箱。どちらも綺麗にリボンがかけてある。横にはバースデーカード。
その下には折りたたんだメモがはさんであった。
〈パーティの話ばかりしてすまなかった。実は、そろそろ長すぎた春に終止符を打とうと思ってさ。でも誕生日にプロポーズなんて、俺の柄じゃあないよな。だからテンパッちまった、許してくれ。〉
思いも寄らない告白に、あわてて包みを開けると、大きな方には裏に繊細な工芸をほどこした手鏡が入っていた。そして、小さい方にはダイヤをあしらった婚約指輪。
長いことそれらを眺めていたタミーは、
「まったく世話の焼ける人。でもしばらく返事はしてあげないんだから」
と言いながらちょっと顔を上げてスンと鼻をすする。
だけど。
どうしよう、どんどん嬉しさがこみ上げてくる。ものすごく嬉しい。
顔がにやけてくるのを押さえきれなくなったタミーは、2つの包みをかかえて寝室へ向かい、「キャホー」と叫びながらベッドにダイブする。そうしておもむろに指輪を取り出し、指にはめてみる。
「ぴったり…」
またうっとりと笑いながら、タミーはいつまでも指輪をつけた手を眺めていた。