第3話
戦闘アンドロイドが入ってこられないような、頑丈な壁。
クイーンシティにある高い壁は、クイーンたちがその技術の粋を集めて作り上げたものだ。ただし、向こうにある資源を使って。
鏡がそうであったように、向こうとこちらでは、物質の構成が少し違うものもあるようだ。
王妃は最初、クイーンシティにある資材を使うよう申し入れてくれたのだが、ただでさえ狭くなってしまった領土に、日常的に彼女たち自身が使うものさえ不足しつつある状況だ。
手塚はあっさりと王妃の申し入れを断ると、
「土倉!お前んとこのチームなら、どうにか出来るだろ?いや、どうにかしろ!」
と、第7チームの土倉指揮官と連絡を取って、おどすように、けれど笑いながら言った。
「またまたリーダーは。職権乱用ですよ」
と言いながらも、自分の率いるメンバーの能力を信頼している土倉は笑って言い返す。
「まあ、あいつらならどうにかしてくれるでしょ。でもさすがに成分解析までは専門じゃないからなー。どうしようかなー」
独り言のように言う土倉に、手塚は、
「心配すんな。その辺は考えてある。政府からその手の専門技術を持つヤツを、新たに第5チームに派遣してもらうことにしたよ」
「さっすがリーダー。ありがとうございます」
手塚と土倉が通信を通してそんな話をしてから数日後。
第7チームが作業を進めるイグジットEへやってきた手塚は、見かけない男を連れていた。
「やっぱり土倉んとこのチームだな。順調じゃねえか」
「リーダー!どうしたんですか。あっちは大丈夫なんですか?」
「ああ、ちょっとばかりややこしいことになってるから、お前さんたちに協力を頼みに来た」
手塚が言ったとおり、イグジットEの壁自体はどんどん出来上がっている。しかし強度の面で、どうしてもこちらの素材だけでは心許ない点があり、土倉たち第7チームの頭を悩ませていた。
クイーン作業チームの面々も、建築資材の細かい成分までは調べたことがないため、こちらのこの資材を使えばいい、とは、はっきり言えないのだった。
手塚は作業をいったん中止させると、イグジットEにほど近いビルにあるバリヤの基地に、作業員、クイーン、第7チームを招集した。
「さっき壁の状態を見てきた。クイーンとバリヤの共同チームは仕事が早いねえ。チームワークがバッチリって事だな」
「ありがとうございます。ですが強度の方がどうも芳しくなくて」
少し悔しそうに言う土倉に、ニッと笑った手塚が返す。
「だからこいつを連れてきたんだよ。おい、刀弥」
と、傍らにいた男を前に呼び出す。
「あー。こいつは物質成分分析のプロで、今度第5チームに配属になった、刀弥 京之助って言うんだ。みんなよろしくな」
「刀弥と言います」
そう言って刀弥という男は軽く頭を下げる。そこにいた面々も、思い思いに頭を下げて返した。手塚はうんうんと頷いてそれを見やると、続けて言った。
「で、早速で悪いんだが、第7チームは次元の向こうに仕事が出来ちまってな。一緒に何人か行ってもらわなきゃならないんだ。場合によってはクイーンのチームからもな」
「仕事?といいますと?」
「高い壁の向こうに、国王が設置した戦闘アンドロイドの制御装置と思われる器械が見つかった。だが、実はそいつはフェイクだったんだ。本物はどこか違うところにあって、場所がその装置の中に記憶してあるらしい。らしいというのは、データがほとんど壊されていたからだ。技術チームがある程度時間をかければ、データを復元出来ないことはないんだが、いつアンドロイドが襲ってくるかもしれない状況の上に…」
そこまで言ってくるりと皆を見回した手塚と晃一の目が合う。すると晃一はふいっと首を傾げながら、つぶやくように言う。
「もしかして、制御装置がバカでかいとか?」
「あったり~。でだな」
「俺たちにそいつを運んでくれ、と」
今度は土倉が苦笑しながら言う。手塚はパチパチと手をたたきながら言った。
「またまた当たり~。けど残念ながら景品はございませんよ~」
すると、いつもならすんなり了承してくれる第7チームの面々が、やれやれと言うように肩をすくめたり苦笑いし合ったりしている。手塚は不思議に思って土倉に聞いてみた。
「どうしたんだ?」
「いえ、実は…」
そこではじめて手塚は、ひとにぎりの上層部のヤツらが毎日のように作業を急かしてくるので、この分だと休みもとらずに仕事をしなければならないんじゃないか、などと、冗談めかして言いあっていた事を知ったのだ。
「土倉! なんでそんな大事な事を報告しなかったんだ!」
「え? 大事って、たいした事じゃありませんよ」
「たいした事だよ、まったく。上層部の相手してる間はお前さんの業務にも支障が出るだろ? しかもそんなに急かされたんじゃあ、こいつらも焦っちまうだろうが」
けれど土倉は、ニヤッと笑って言い返す。
「こいつらが、急かされたくらいで焦るようなタマじゃありませんって」
「そんなら!クイーンの皆さん方に、こっちのお偉いさんってのが気がちっちゃくてふがいない、と言う事はこっちの男が皆ふがいないって思われちまうだろうが!」
クイーンたちはふたりのやり取りを面白そうにクスクス笑いながら聞いていたが、そのうちの一人が間に割って入った。セシルという、気は強いがサッパリとした性格の、しかも美人だ。
「あの」
「「はい?」」
「面白いお話し中すみません。でも私たち、こちらの男の人がふがいないなんて一度も思ったことありませんよ。少なくとも作業員と第7チームの皆さんは仕事が早くて、真面目で、そして優しくて。私たちは男のかたも女のかたもひっくるめて、こちらの人を尊敬してますわ」
そこでいったんうしろにいるクイーンたちを振り返って、
「ね?」
と問いかけると、皆うんうんと頷く。
するとびっくりしたようにそれを見ていた手塚は、土倉の背中をバシンとたたくと、嬉しそうに言った。
「土倉~、尊敬だってよ~。今まで言われたことあるか? ないだろ~」
「イテテテ、リーダーひどいですよ。さすがの俺だってそれくらいありますよ~、あったかな?」
そんな土倉の言葉など聞いてない風に深々と頭を下げ、突っ立っている土倉の頭も無理矢理下げさせて言う。
「いやはやどうも、クイーンの皆様、ありがとうございます」
そして、起き上がって急に手をポンと1つ打つと、楽しそうに言い出した。
「いいこと思いついたぜ。お偉いさんのわがままにつきあってやってるんだ。それに敵にもまだ動きがないようだし。1日くらい休みをもらってもいいだろ。その間、EとJの警備は上層部ご自慢の戦闘部隊とやらに任せてやる!」
そんなわけで、バリヤはチーム結成以来初めて、クイーンも含めた全隊員の、大がかりな休暇が取れることになったのだった。
しかし休暇は1日だけ。厳密にはほぼ半日だ。
手塚は、1日だと特にこれと言ってすることもないという隊員の声を受けて、自宅で簡単なガーデンパーティを開催することにした。特に強制はしていなかったので、参加の連絡を受けたのは全隊員の半分ほど。それでもかなりの盛況になりそうだった。
休暇の当日、手塚宅では皆、思い思いにパーティを楽しんでいる。
そんな中。
「あーー! 小美野ちゃんがいるーー!」
遠くから叫びながら近づいてくる怜の声がした。晃一は苦笑しながら怜に背を向ける。程なくズシッと背中に重いものが乗った。
「小美野ちゃーん、ひっさしぶりー! あ~この背中もひっさしぶりー。やっぱ小美野ちゃんのおんぶはサイコー!」
「俺はサイアクだ」
続いて苦笑しながら璃空がやってくる。
「元気そうだな」
「ああ、指揮官もな」
「おいおい、俺はもうお前の指揮官じゃないぜ」
「じゃあ璃空、でいいか?」
「上等だ、晃一」
晃一は背中に怜を貼り付けたまま、璃空と再会の挨拶をかわしていた。