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第2話


 さて、それから。

「今日は顔見せと言うことで、作業は明日からになっています。お疲れでしょうから、この後すぐ宿舎にご案内しますよ」

 と言ってティーナたちは、移動用のバスに乗り、綺麗に手入れされた庭を構えた、広大なお屋敷に案内される。

 1階に共同でつかう豪華で広いリビングルームとダイニングルーム。(食事はもちろんすべてついているそうだ)それと男性用の個室。

 2階には女性用の個室があって、それぞれの部屋にはプライベートバスもついている。階段の手前にはソファを置いたコーナーもあって、ここで女性同士の気兼ねないおしゃべりも出来そうだ。


 当然のことながら、クイーンたちは部屋に荷物を置くと、ソファに次々集まって、さながら鳥たちのさえずりのように話し出す。

「ねえ!男が頭を下げたわよ!」「ホント!びっくりしちゃった」「でも、ちょっとうれしかった!」「うんうん!全員イイ男に見えたわぁ」「きゃー!そうよね~」

 ティーナもベッドに沈み込んでいるところを無理矢理引っ張り出されて、苦笑しながら相づちをうつ。まあ、おしゃべりは嫌いじゃない。

 そのうち、「仲間に入れて下さる?」とやってきたバリヤ第7チームの女性も加わって、夕食まで、いや、夕食の間も、終わってからも、彼女たちの話し声と笑い声で、お屋敷に春が何年分もやってきたような、かしましさと華やかさだった。


 でもさすがに、今日は皆、疲れていたのだろう。それぞれの部屋へ帰った後は、バスを使う音がしばらく響いていたが、それもじき止んで静寂がおとずれる。

 ティーナも例外なくベッドに横になったとたん、深い眠りに落ちていった。


 ふっと目が覚める。

 どれほど眠ったのだろうか。まだ夜が明ける少し手前のようだ。半分ほどあけておいたカーテンからもれる光はほの暗い。けれど身体に疲れは残っていない。しばらくベッドで目を閉じていたが、どうにも眠れそうにないのでティーナはいさぎよく起きる事にした。

 昨日のソファではなく、階下のリビングルームへと向かう。まだ誰もいないだろうと、鼻歌など口ずさみながら降りて行くと、意外な人物が座っていた。

「あ」

「?」

 昨日、ティーナから1番離れたところに座っていた男。確か自己紹介では小美野おみの 晃一こういちと名乗っていた。

「あ、おはようございます」

「ああ、おはようございます。ずいぶん早いお目覚めですね」

「あら、それはお互い様ですわ」


 ティーナは自分自身に驚いていた。男と2人きりなのに、男相手に緊張もせずに話している!

 なぜだろう。がっしりした体つきとはうらはらな、彼がかもし出す穏やかな雰囲気のせいだろうか。お互い様だと言われて「それもそうだ」、と言いながらちょっと苦笑した晃一は、先ほどから眺めていたパソコンに再び目を落とす。

 気になってチラッと覗き込んだ画面には、ティーナたちが作った高い壁が映し出されていた。

「あ、これ…」

「貴女たちが作った高い壁です。友人に頼んで写真を撮ってきてもらったんですよ。まさか、これを作った本人さんたちが来てくれるとは思わなかったから。ちょうどいい。まだ朝食まで時間があるんで、ちょっと教えてくれませんか」

「なにを?」


 もちろん建設技術のことを言っていたのだが。


 ティーナはまた驚いていた。壁の技法や建設方法の話をしだすと、彼は小さな子どものように目を輝かせてティーナの話を聞く。こんな男がいるなんて! 一つ何か言うたびに、本当に驚いたように「ええ?!」とか、あるいは楽しそうに「うわぁーそうかー」などと相づちをうつ。そして、もっともっと知りたいと次々質問を繰り出してくる。

 楽しい。本当に楽しい。

 今まで技術のことで、こんなに話がはずむ人もいなかった。


 ふと気が付くと、朝食の時間がせまってきたのだろう。2階からおしゃべりしながら降りてくるクイーンたちの姿が見えた。

「ああ、もうこんな時間かー。もっと聞きたかったのになー」

 それはティーナも同じ。けれど…

「あ、そうだ。ティーナさんでしたっけ?もし明日も早起き出来たら、また来て話し聞かせてくれませんか。俺はだいたい今日くらいの時間には、いつもここで仕事してるんで」

「あ、はい。もし早起きできれば…」

 いまごろになって気後れしてしまったティーナは、あまり気が乗らないように装って返事をしたが、きっと明日も、そしてその後も、ここへ来て彼と話をしてしまうのだろうなと思っていた。



 その日から、共同チームはイグジットEの強化作業に入った。

 作業チームとバリヤ第7チームは輸送バスに乗り込んでEまで移動する。昨日一日ですっかり打ち解けてしまった彼らは、チームの区別なくごちゃ混ぜに座席に座っていた。


 小美野おみのと自己紹介したその男は、晃一こういちとも呼ばれている。名字を持たないティーナたちは、最初それが不思議で「貴方たちはなぜ名前を2つ持っているの?」と聞いて、彼らを驚かせて面白がらせた。

「ああ、そう言えば貴女たちにはファミリーネームがないんだ」

「ファミリーネーム?」

「名字、えーと家族というか、一族の名前のことです」

 技術以外のことでも、晃一は本当に楽しそうに話しをする。

「だから、貴女たちがこちらの男と結婚したら、名字をもてますよ。オトク~。ははっ」

「まあ!小美野・晃一ったら!」

「ええー、どっちか1つにして下さいよー。小美野、または晃一」

「あははーじゃあ小美野にしよう」

「私は晃一!」

 皆面白がって好きなことを言っている。楽しい人だ、晃一は。

 けれどティーナは結婚と聞いてちょっと複雑な気分になる。他のメンバーはどうか知らないが、ティーナは生涯結婚などする気はなかったから。

 でも、名前が2つになるのは楽しいかな。例えば小美野・ティーナ、とか?

 そこまで考えてティーナはハッと我に返る。なにを考えているんだ自分は! ティーナは今まで持ったことのない感情をもてあましながら、真っ赤になる頬を見られないよう、深くうつむいた。


 イグジットEで日常的に壁の修復を行っている作業員たちは、最初、輸送バスから降りてきた作業アンドロイドを見て、「うわぁ!」と声を上げ、逃げ出しそうになる。土倉はあわてて彼らに、何の心配もないと説明してまわる。

 彼らにとってはアンドロイドは敵なのだ。けれど作業用と戦闘用は少し違っている。ティーナたちには違いがわかるのだが、彼らにとっては同じに見えるようだ。彼女は怖がる作業員たちに代表で解説を始めた。

「まず、作業用と戦闘用では、ここ」

 と、目にあたるところをさして言う。

「この色が違います。作業用はブルー、戦闘用はレッドです。それから体型? と言うのでしょうか、見た目も微妙に違います。作業用は少しずんぐりしていると言うか…」

 そこまで言うと、晃一が割って入る。

「いやいや、ずんぐりなんてしていませんよ。うーん、なるほど。曲線的と言うか、女性的な優しい線のロボットなんだ。前から、どうもJとEのロボットは受ける印象が違うなと思ってたんですよ。開発はやはり女性が?」

「はい」

 そう返すと、晃一はうんうんと機嫌良く頷いて作業員たちに向かって言った。

「ねえ、よく見てみてくださいよー。なんていうか綺麗だし、暖かく包み込んでくれるような雰囲気ですよ」

「そう言えば…」「ホントだ、優しい感じだね」

 怖がっていた作業員たちも、そろそろと近づいてきてロボットを眺めだした。これから一緒に作業をしていかなければならないのだから、慣れてもらえるとありがたい。ティーナはほっとした。そして、晃一と目が合うと少し頭を下げる。彼は面はゆそうに頭を掻いて、ニッコリ微笑んだ。


 そのとき。

 ギュイーンギュイーンと次元の開く音がした。戦闘アンドロイドが来るようだ。

「クイーン、作業員、第7チームはスポットの外へ!急いで!」

 護衛にあたっていたバリヤの戦闘員が叫ぶ。そして、おや? と気づいたように晃一を見て声をかける。

「小美野! いい所にいた。ワルテもいるじゃないか! お前ら加勢に入ってくれ」

 ワルテと呼ばれた男が苦笑して言う。

「加勢って、俺たち銃は持ってないぜ」

「ほらよ」

 すると戦闘チームの1人が、ワルテと晃一に銃を投げて寄越す。


 ティーナは驚き、

「え? え? 小美野さん?」

 と、思わず晃一を呼ぶ。そのティーナを振り返って、彼が思いもかけないことを言った。

「ああ、俺は、元バリヤの戦闘チームにいたんですよ」

 その言葉を聞いたとき。

 ティーナは身体が震えだしてくるのを、どうにも止められずにいた。

 何故? なんで? 戦争は大嫌いだって言ったじゃない。絶対に戦争になど行かないって。なのに今、晃一は銃に不備がないか調べ、「よし」と言って、戦闘チームとスポットの奥へ向かおうとしている。しょせん彼もキングたちと同じなの? 訳も聞かず怒鳴って怒って…ただただ、怖いだけの…。


 不意打ちのショックにティーナはぼうっとして、その場に突っ立っていたらしい。

「危ない!」

 こちらに入って来た戦闘アンドロイドの格好の的だったティーナは、晃一に抱えられるようにして一回転しながら物陰に移動する。その直後、戦闘チームがティーナを狙ったアンドロイドに、

 ドンッ、

 と弾丸を撃ち込んだ。


「大丈夫ですか?」

 こちらをいたわってくれた晃一に、ティーナは思わず、震えながらもきつい口調で言ってしまう。

「なんで? 貴方は戦争なんて大嫌いだって言ったじゃない。なのにどうして? どうして戦闘に参加するの?」

 すると、びっくりしたようにティーナをまじまじと眺めていた晃一が静かに言った。

「ええ、戦争は大嫌いですよ。けれど今は、あなた方を守らなきゃならない。よっと!」

 晃一はティーナをかばいながら、アンドロイドを次々倒す。

「せっかく知り合いになれたのに、死んじまったら技術の話も聞けなくなるじゃないですか。俺はもっと貴女と話がしたい」

「…」

「銃など持たなくてもいいように、壁の補強をするんでしょう? けど今は仕方ねえ」

 ドォンッとまたアンドロイドを倒して。

「こいつらが絶対入ってこられないような、頑丈なのを作りましょうよ。だからちょっとだけ、闘うのを許して下さいね」


 ティーナははっとしてようやく今の状況に気づいた。闘わなければ、作業員も彼らも、もちろんクイーンたちも死んでしまう現実。アンドロイドを倒すのは、ここではやむを得ないことなのだと。

 そうしてさっきとは違う意味で身体が震えだした。今いるのは紛れもない戦場だ。それを考えるとガタガタ震えて止まらない、どうしよう。

 と、そのとき。

 暖かい手が彼女の手を握ってきた。晃一は銃を持つのと反対の手でティーナの手を握り、「怖いでしょう。でも、あと少しだ。がまんして」と、もう一度強く握りしめてくれる。そして、

「そろそろあきらめてくれよなー」

 などと言いながら、油断なく銃を撃つ晃一。彼が握った手の上に、おもわず自分の手を重ねたティーナの震えは、それから少しずつ止まっていったのだった。



 分が悪いと判断した戦闘ロボットが、ようやく次元の向こうへ引き上げたあと。

 何事もなかったように作業を始める晃一に、ティーナは頭を下げる。

「ありがとうございました。あの…」

「?なんでしょう」

「さっきはどうもすみません。守って下さってる方にひどいこと言って。キング…えっとあちらの男の中には、高い技術力を持つ女が許せないのもいたから。戦争にも行かないくせにと怒鳴られたり…すごくたまにだけど、えっと、ほとんどなかったんですよ。でも、私が生意気に言い返すものだから、ひっぱたかれたりもしたので」

 すると、晃一は息をのんで

「そんなひどいことをされていたのか、貴女たちは…よく耐えてこられましたね」

 そこまで言って、晃一はぐっと真剣な顔になり、頭を下げた。

「同じ男として恥ずかしい。謝りますよ」


「同じなんかじゃありません!貴方は優しくて素敵だもの!」

 思わず大きな声で言ってしまって、「あ」と口に手を当てるティーナに、晃一はまたびっくりしたようにまじまじと彼女の顔を見つめたあと、破顔した。

「はは、よかった。じゃあまた早朝の技術交換会しましょうや」

「あ、はい」

 ティーナは笑顔を返しながら、自分が彼と同じような技術を持っていることに感謝したい気持ちでいっぱいになった。

 こんなこと、はじめてだ…




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