第1話
―俺は戦争など大嫌いだ。―
そんなことを言う男に会ったのは、生まれてこの方初めてだった。
次元の向こうに男どもの作った殺戮ロボットが出入りしていると聞いたのは、ついこの間のこと。そしてシルヴァ王妃から、高い壁の技術を用いて、次元出入り口の強化を図ってほしいと依頼があったのも同じ頃。
ティーナは作業アンドロイドチームの主任として、こちらの技術が役に立つのならと、軽い気持ちで引き受ける事にした。
「向こうの建設チームと共同?ですか?」
「ええ。あちらの物質の中には、こことは少し違っているものもあるという話です。ですから、その対応なども考慮して、共同で進めてもらう事にしました」
「はい…」
「貴女には、いらぬ気づかいをさせるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします、ティーナ」
「わかりました」
けれど、最初は引き受けなければ良かったと後悔した。
その時ティーナの中では、作業員に男がいるなどとは夢にも思っていなかったのだ。
なぜなら、こちらでは戦争以外の、男たちが何の役にも立たないと言う建築物、そして、護衛用や作業用アンドロイドの技術革新などは、すべて女の仕事だったから。
数日後、作業アンドロイドチームを率いて次元の向こうに行き、案内された部屋に通されたティーナは、そこに男が何人もいることにひどく驚いた。
チームの他のメンバーもそうだったようだ。「え? なんで男がいるの?」「強化を図るのに反対してるのかしら?」などと、ささやくように言っている。
ティーナも不思議だったので、本当は男と話などしたくなかったのだが、主任という立場上仕方なくそこにいた1人の男に聞いてみる。
「あ、あの」
「はい?」
「私たちは、次元の向こう側より来ました作業アンドロイドチームです。私は主任のティーナと言います」
するとその男は、ぱあっと顔をほころばせて言った。
「ああ! 貴女たちが最強の壁を作られたという! 気が付かずすみません。お待ちしてましたよ。……指揮官! あちらの作業チームが到着したようです」
すると部屋の奥の方にいた男が、こちらも満面の笑みでやってくる。
「ああ、あなた方が! こっちのヤツらは、あっちにある高い壁の話を聞いて、どんな技術を使っているんだろうと、もうわくわくして待ってたんですよ。さあさあ、どうぞこちらへ」
下へも置かぬ大歓迎だ。
彼女たちは、何かの罠か間違いかといぶかしがりながら、それでも順に部屋へ入り、勧められた座り心地の良さそうな椅子にそれぞれ座る。
ティーナたちクイーンが全員座り終えると、先ほど指揮官と呼ばれた年かさの男が、代表して話し始める。
「ようこそこちら側へ。私はバリヤの第7チームを率いています、土倉と申します」
そう言って順にメンバーを紹介していく。
それがおわると、ティーナも同じようにこちらのメンバーを紹介してかえした。そして、隣に座ったメンバーの一人に肘で腕をつつかれ、また仕方なく聞いてみる。
「あ、あの」
「? はい、なんでしょう?」
「私たちは、その、次元出入り口の強化作業のために来ました」
「はい、そのように聞いています」
「なので、えっと」
こんなこと聞いて、怒り出さないだろうか。ティーナは怒鳴られたり、殴りかかられたりは勘弁してほしいと、内心ドキドキしながら言う。
「男の人がいるのは何故ですか? ここは戦場じゃないのに。私たちの護衛のためですか?」
「は?」
どうしたのだろう。土倉と言う指揮官は、訳がわからないと言うように聞き返す。
「私たちは建設技術の専門家ばかりですよ。あ、そうか! あなたたちの所にいる男はみんな闘いに行ってしまうと言ってましたね! ははあ、なるほどなるほど」
うんうんと何度か頷いて、また話を続ける。
「こちらの男は、そちらと違って、闘いが苦手なヤツもいるんですよ。だから私たちは戦争には行きません。貴女たちの護衛は他のチームが引き受けます」
それを聞いていたティーナの同僚たちは、「ええ?!」とか「うそ!」とか言っている。ティーナも思わず「ウソでしょ」とつぶやいていた。
すると、ティーナから1番遠いところに座っていた男が、はき出すように言った。
「俺は戦争など大嫌いだ」
ティーナたちは、今度は言葉を失った。男からそんな言葉を聞くなんて。
生まれたときから、戦争だ! 戦闘だ! という言葉が飛び交う日常。
明日はどこそこを攻撃しに行く、昨日はあの街を占領したぞ!
女が作るアンドロイドなど、何の役にもたたん。それをえらそうに口答えするな。
女はただ黙って男の言うことを聞いていればいればいいんだ。
と、毎日のように言われていたティーナたち。じゃあ自分たちなんて、この世界にいらないじゃない。ああそうか、子どもを産まなきゃならないのか。戦争するために……
だけと、いつからか男が生まれなくなり、男はどんどん減っていった。他の女たちはどうか知らないが、ティーナはざまあみろと言う思いでいっぱいだった。
ティーナの記憶に残る男というものは、いつも怒るか怒鳴るかしていた。ただただ横暴で、自分勝手で。
男なんて大嫌い。いなくなってもちっとも困らない……。
けれど。
ここにいる男たち、特にあの遠いところに座っている彼は、戦争が大嫌いだと言っている。本心からだろうか。でもその口調は嘘をついているようには思えない。
「あの、わかりました。失礼な事を聞いて、どうもすみませんでした」
ティーナが頭を下げて言うと、土倉が優しい声で言ってくれる。
「いいえ。そちらの常識から考えれば当然です。最初は違和感があるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
頭を下げる土倉。他のメンバーたちもそれに習って、わざわざ椅子から立ち上がりお辞儀をする。クイーンたちは皆ぽうっと恥ずかしそうにしたり、嬉しそうにしたりしている。当然だ。男が自分たちに頭を下げるなんて…
クイーンたちにとっては、人生初めての経験だったのだから。