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βテスト開始から数日がたち、私は夏期休暇を活用してソロプレイを満喫していた。
「お姉ちゃん、新しいゲームはどう?」
朝食の片付けをしていると、今日も朝から部活らしい奈緒が尋ねてきた。毎日暑いのに、頑張ってるなあと感心してしまう。
この炎天下で陸上なんて、私には無理。きっと溶ける。人体構造上不可能でも、気持ち的には。
「うーん。そうだね、楽しいよ。でも、近くに他の人がいるとやっぱり緊張しちゃうかな」
「お姉ちゃん……」
何か言いたげな声に目を向けると、奈緒は可愛いと評判の顔に、困ったような悩んでるような複雑な表情を浮かべていた。
そんな顔をしていても可愛いのは、雰囲気に華があるからだと思う。顔の造りは似てる筈なのに私は地味で目立たないしね。いや、その方がいいんだけど。
なんて考えていると、奈緒が言葉を選びながら話しだした。
「人見知りのお姉ちゃんが、オンラインをプレイするなんて頑張ってるよね。でも、ほら。せっかくのオンラインなんだから、もっとこう、オンラインらしく遊んでみたらどうかな?」
「オンラインらしく……」「そう、オンラインらしく!」
熱意の籠もった眼差しを向けられる。うーん。オンラインらしく……。
「そうだよね、せっかくだしね」
「うん、そうだよお姉ちゃん!」
「オンラインならではを楽しまないとね」
「うんうん!」
「でも流石に、トップランカーを目指すのは無理かな」
「いやいや、目指すならトップだよ。って、ちっがーう!」
うんうん、と頷いていた奈緒は握りしめた両手を上下に振って否定する。
見事なノリツッコミをありがとう。でもね。
「奈緒? 時間わかってる?」
「え? あーっ!?」
遅刻ー! と叫んで奈緒はダッシュで出掛けていった。流石陸上部、私のキャラに教えて欲しい走りだ。 それを見送って、私はぽつりと呟く。
「オンラインらしく、かあ……」
奈緒が言いたいことは、わかっていたけど……うーん……。
奈緒の言葉を胸のうちで転がしながら、私は家事をすませて《 World 》の世界へとダイブした。
《 World 》の空は、今日も青く澄み渡っている。 でも、いつも快晴というわけではなくて、曇りの日もあれば、どしゃ降りの雨の日もあった。
雨の日は視界が悪くなるし、火系の魔法が使用不可になる。だけど、悪いことばかりじゃない。
カエルなどのレアなモンスターが出たり、雨の日限定のクエストが出たりしたので、雨を楽しみにしてるプレイヤーもいるらしい。 私も、雨あがりに出た三重の虹がとても綺麗だったから、少し楽しみにしていたりする。
「いらっしゃいませ――って、なんだ、あんたなの」
「おはよう、リーザ」
雑貨屋に入った私は、ツンデレ嬢、リーザの出迎えに片手をあげて挨拶した。
《白の都》には全部で五つの店がある。
時計台広場にはプレイヤー達が出している露店がひしめいているけど、それを別にするとかなり少ない。
それは、まだ『準備中』の札をかけている店が多いからで、たぶん製品版から増えるんじゃないかな。
「今日はなんの用よ」
「えーと、いつものを……」
「まだ諦めてないの? 毎日よくやるわね」
素っ気なく問いかけられた私が店の奥に目を向けながら答えると、リーザは呆れ顔で頭を振った。その動きに合わせてポニーテールの蜂蜜色の髪がさらりと揺れる。
……まだデレが無くてキツイです、リーザちゃん。
リーザは奈緒と同じで、美人というより可愛いタイプの美少女だ。背もちっこくて、笑うとものすごく可愛い。
ただ、仲良くなるとデレの前にツンが強化されるらしく、毎日会ってるうちに冷たさが増してしまった。
可愛い女の子に冷たくされるのって、かなり堪えます……。
私は曖昧に笑みを返してカウンターの裏に回った。 リーザの雑貨屋は、ロープや松明などの“雑貨”を主に売る店である。
こじんまりとした小さな店だけど、壁には商品が展示された棚が並び、赤い石畳の床にはシャベルやスコップ等が入った木箱が置かれ、天井からは干した果物や用途がわからない物が吊り下がっているという有様で、雑貨屋のイメージ通りにごちゃごちゃと物があふれかえっている。
でも、静かな雰囲気のせいか居心地が良くて、私は気に入っているんだけどね。
カウンターの裏には、奥に続くドアと小さな椅子、そして伝票や算盤といったお店の必需品の他に、金庫が置かれている。二つも。
床にじかに置かれた金庫の方に近づいて、しゃがみこむ。インベントリから取り出したのは、アイテム《盗賊七つ道具》のひとつ《トラップツール》だ。
つまり、私は店番公認で、錆付いた金庫の鍵開けに挑戦しているのである。
……なんだろう、なにかとてつもなく道を踏み外している気がする。気のせいかな……。
どうしてこうなったのかを説明すると、話は初日にさかのぼる。
例の「お化け屋敷」が気になった私は、再ログイン後、スキル屋でスキル【鍵開け】を、この雑貨屋でアイテム《トラップツール》を購入した。しかし、そこで問題が発生した。
「……【鍵開け】のスキルって、どうやってあげればいいの?」
その呟きを耳にとめたリーザが、カウンターの裏に私を呼び。
「これ、おじいちゃん――この店の店主なんだけど、そのおじいちゃんが鍵を無くした金庫なの。鍵開けの練習で、開けてみる? 開けられるなら、だけど」
――クエスト《雑貨屋店主のお宝》発生しました。 選択可能です。受けますか?
いつものシステム文を読み、私は即座に答えた。
「ぜひやらせて下さい!」
――そして今に至る。
「うー。ここをこうして……無理かあ。しかし、こんな技術だして問題にならないのかな。まあ、こんな手動の鍵なんて、今じゃマニアな趣味の人しか使ってないからいいのかな……」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。上手くいかない苛立ちを独り言で紛らわしてスキルを使い続ける。今日で三日めだけど、開く気配もない。
【鍵開け】のレベルは順調に上がってるから、それでもいい。いいけど、どうせなら開けてみたいし。頑張ってみよう。
だけど、ちまちましたのを続けていたら疲れるわけで、今日はこれくらいにして別のことをやることにした。
「ねえ、リーザ」
「馴れ馴れしいわね。呼び捨てにしないでよ」
「……リーザちゃん。あのさ、近くに珍しい草とか生えてるとこ知らない? ダンデリードよりちょっとだけ強いモンスターがいるとことか」
リーザは、「ちゃんは止めて」と嫌がった後で、教えてくれた。
「そうねー。ここの近くでなら、西にある鉱山跡の洞窟とかかしら」
「洞窟!? それもっと詳しく!」
新しい場所の情報に私が目を輝かせて食い付くと、リーザは真剣な表情になった。
「いい? 一人で鉱山跡に入っちゃダメよ? 手前にいるモンスターとかなら大丈夫だけど、中にいるのは一人じゃかなわないからね? べ、別に心配してるわけじゃないけど、注意しとくわ!」
リーザがデレた――!?
あまりの驚きに呆然としてしまう。最近、「本当はツンデレじゃなくてただ冷たいだけでは?」とか考えてただけに驚きもひとしおだ。
やっぱりツンデレなんだね! と、なんだか妙に感激しながら私は鉱山跡を目指して街をでた。
《白の都》を出て、街道を西へと歩く。広いフィールドも、地図を購入してマップを展開しつつ歩けば怖くない。余程の方向音痴でなければ、誰でも目的地にたどり着ける。
「へー……ここら辺の雑木林には、小動物もいるんだ」
茂みから飛び出したのは、猫より大きいサイズの鼠だ。ずんぐりむっくりしていて、噛み付かれたら穴が開きそうな前歯で威嚇している。
「小動物は苦手なんだけどなあ」
可愛いから。ではなくて、短剣だと小さい的にはあてづらいからだ。チョロチョロとすばしっこい鼠を、てこずりながらもなんとか仕留める。
ドロップアイテムは、70Cと、【尾長鼠の皮】と、【なにかの実】だった。
あの鼠、尾長鼠って名前なんだね。
「なにかの実……あ、鑑定か」
なんだろう、と考えて手を打った。スキル【鑑定】で調べてみると、名前の表示が変化する。
【カリカの実】甘い果実:HP20回復。調合可能。
おお、調合材料ゲット! HP回復アイテムとして使用出来るみたいだし、回復薬が作れるかも。
新しいアイテムの発見に心を弾ませながら、私はさらに西へと進む。
何度かモンスターとエンカウントしつつ、小一時間も歩いたころ、ようやく洞窟を発見した。
雑木林を抜けた先にそびえたつ崖、その剥き出しの岩肌に掘られた洞窟。
確かに鉱山だった証拠のように、入り口近くには朽ち果てた小屋があり、壊れたトコッコや錆びたツルハシが放置されていた。
物珍しくてあちこち見て回っていると、突然何の前触れも無く、危険を感じた。
獣人族は、身体能力と感覚に優れた種族だ。なんとなく、の勘をあなどることは出来ない。
短剣を構え、辺りを油断なく探る。耳を澄ませば、間隔の短い足音と荒い息遣いが洞窟の入り口から聞こえた。
誰かが、昼なお暗い洞窟の闇から走り出る。
「っ! おい、早く逃げろ!」
私を見たとたん叫んだのは、同じ年頃のプレイヤーの少年だった。
焦げ茶色の短い髪に、橙色の瞳。私と似たような初心者の服に、胸当てなどの部分鎧をまとっている。
中肉中背で、取り立てて目立つ外観ではないけど、額の真ん中に刻まれた紋様が異彩を放っていた。
おそらく、大地の民、地龍族だろう。確か、ドワーフ同様に鍛治などが得意な種族だったと思う。なら、ここに居るのは鉱石入手のためだろうか?
初めて目にした種族に気をとられた私は、彼の警告を無駄にしてしまった。
地響きに似た、重い足音が響く。
はっと我にかえった私と、舌打ちした少年が目を向ける先で、洞窟の入り口からそれは出てきた。 二メートルを超す巨体、厚い肉に覆われた身体の上に乗っている、豚の頭。他のゲームで見たことがある。オークだ。
体力が高く、力と防御に優れたモンスター。どう考えても、初心者向けでは無い。
分かりきっていたけど、オークの頭上に表示されるHPバーの色は赤。深紅に近い、赤だった。
これは無理。すぐに見切りを付けた私は、逃亡を考えることにした。
「えっと、逃げれる?」
人見知りが発動して緊張したけど、我慢して少年に問い掛ける。
「逃げるしかねーだろ。せっかく掘りあてた鉱石、デスペナで失ってたまるか」
やっぱり、鉱石目当てだったらしい。
デスペナは、その時所持するアイテムをランダム消去と、所持金の10%減少。運が悪ければ、ステータスの一部減退、とヘルプに書いてある。
このゲームにはレベルという概念が無いため、よくある経験値減少では無いのである。
スキルとステータスが重要なゲームなので、もしも「デスペナでスキル値減少」が導入されたら、かなり痛くなるが、今は緩めと言われているようだ。
……今の少年にとっては、痛いデスペナみたいだけどね。
「なら、早く――」
「――ぐぅおおお!!」
走って、と言いかけた言葉は、オークが発した大音量の雄叫びに掻き消された。
ビリビリと身体が震える。耳の性能が良くなっているせいで、余計に響いた。
「うー頭いたっ……」
ぐわんぐわんと鳴る耳鳴りを、頭を振って振り払い、逃げるために走った。いや、走ろうと、した。
「――え? う、動かないっ!?」
ぴくりとも動かない身体に、思わず叫ぶと、私と同じように頭を振っていた少年が眉をひそめた。
「状態が《麻痺》になってるぞ。――今のでやられたらしいな」
ええ!? 麻痺!?
慌ててステータスを確認すると、確かに状態異常《麻痺》と表示されている。感覚が優れているのが裏目にでたのかもしれない。
動けない私に、ゆっくりと近づいてくるオーク。
私は、それを見つめることしか出来なくて……
……ひょっとして、これ、初の死に戻りになるのかな? と、呑気なことを考えていた。
補足説明。以前主人公がレベル1、と考えてますが、あれはステータスが何一つ上がっていない状態を指してます。