表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/80

 ふと見上げた空は微かに茜色に染まりだしていた。


 ダッシュ訓練をした後、フィールドに出て薬草採取を兼ねたモンスター狩りをしていたら、つい時間を忘れて夢中になっていたらしい。


「そろそろリアルで四時間たつよ」

「あー本当だ。一回ログアウトしなきゃね。後でまた一緒にやろうね」

「うん。――じゃあ、宿をとって……」


 通りすがりのプレイヤー達の会話に、私も採取をやめて立ち上がった。


 ここ、《 World 》の中では、現実の二倍の長さで時間が流れている。プレイ開始が九時だったので、確かにそろそろログアウトしないといけない時間だ。VR規制で四時間以上の連続稼動を禁止しているからである。

 私も、強制ログアウトされる前に街に帰って、宿をとることにしよう。


 街につく頃には、空はだいぶ赤く染まっていた。

 ダンデリードのリポップ(再出現)を待つ間に行った採取が予想以上の収穫だったので、足取り軽く門を潜り抜ける。同じように帰ってくるプレイヤーで、大通りは賑やかだ。


 ――三時間の休憩をはさんで、またログインしたら、今度は調合を試そうかな。生産や作業的な地味なプレイも楽しい。採取で手に入れたあれを使えるなら、ソロプレイが楽になるだろうし……。


 再ログインしたら何をしようかと考えながら、私は人混みを避けて細い脇道に進んだ。 夕闇せまる街並みを、一人のんびりと歩く。


 《白の都》は乳白色の建物と赤煉瓦の石畳で作られた街だ。

 夕日に照らされた白の壁は、赤い光線を四方に反射して陽炎のように揺らめかせ、赤い石畳が燃えるような深い色へと変わる。赤に揺らめく小道の中にいると、炎の底を歩いているような錯覚をおこす。

 夕焼けのこの街は、まるで《紅の都》といった風情だった。


 時計台のある広場へ向かって歩いていると、高性能になっている私の耳が小さな声を捉えた。

 すすり泣きと、それを慰める声。それが幼い子供のものだと気づいた私の足は、自然と声の方向に進路を変えていた。


「どうしたの?」


 声の主は、予想通り幼い子供達だった。泣いてる子供は人間の女の子。慰めているのは、エルフとコボルトの女の子だ。ちっこいコボルトが可愛いくて、頬が緩みそうになる。


 コボルトとは、獣人よりも犬に近い、まさに犬人間といった種族だ。コボルトの子供は、大きめのぬいぐるみのようで犬好きのハートをときめかせる。可愛いです、本当に。


「あのね、ユーリの帽子がね……」


 泣いている女の子が、私の質問に答えようとして言葉につまる。


「ユーリの帽子を、カイの馬鹿がお化け屋敷に放り込んだのよ」

「お屋敷、門、閉まってるの。あのね、ユーリの帽子、庭に落ちたの。とりにいけないの……」


 泣いている女の子の代わりに、エルフとコボルトの子供が私に説明してくれる。

 子供達の頭上に表示されている名前を見ると、人間の女の子がユーリ、エルフはサミィ、コボルトはクルルというらしい。

「ありゃー、そっか。それは大変だね。その場所って、この近くなの?」

「うん、すぐそこ。お姉ちゃん、来てくれるの?」


 エルフの女の子、サミィの言葉に、ユーリとクルルも私を見上げる。私は笑顔で頷いてみせた。


「うん。行ってみないとわからないけど、お手伝いするよ。連れていってくれる?」


 すると女の子達は一斉に元気を取り戻し、「こっち!」と私の手をひいて走りだした。


 走りながらステータスウィンドウを開きリアルタイムを調べると、強制ログアウトまで後三十分。……なんとかなるかな?


 連れていかれたのは、街外れに建つ古びた館だった。

 蔦に覆われた高い壁が館をぐるりと囲み、両開きの鉄の門は鍵ごと錆付いていてる。

 何年も人が足を踏み入れていないらしく、大きな屋敷なのに荒れ果てた様子で、確かにこれは「お化け屋敷」だと納得してしまった。


「ほら、あそこ。あれがユーリの帽子よ」


 サミィが門の隙間から指し示す庭を見ると、伸びまくった芝生の上に、赤い帽子が落ちていた。おそらく、門の前で投げこんだのが風で流されたのだろう。


「ちょっと待っててね、……えーと」


 私はまず門に近寄った。うーん、上のとげとげした装飾が邪魔だなあ。ここからは止めたほうがいいかな。

 次に壁を眺め、その一ヶ所に目を留める。あちこち穴のあいた崩れかけの壁。 ここなら、足掛かりがあるからいけそうだ。

 二メートル以上はありそうな壁を、腕の力と僅かな足掛かりだけで登る。VRじゃなきゃ、私じゃ無理だったよ、これ。

 ようやく登り終えて下を見ると、女の子達が心配そうに私を見ていた。

 NPCだけど、データの塊なんだけど、あの表情は彼女達の気持ちから作られたものだと思う。それがAI機能なんだから。

 だから私は大丈夫だよ、と安心させるために笑顔で手を振って、庭に飛び降りた。


 芝生の上に落ちている帽子を拾い上げ、私はさて、と館を眺める。

 なんだかものすごく、何かありそうな場所だ。

 女の子達が待っているから、時間はかけられないけど、少しくらいは調べたい。

 館の玄関は木造で、錆付いた金のドアノブとチェッカーがついていた。ドアノブに手をかけてみたけど、やはり鍵がかかっている。 うーん、鍵を見つけないと駄目なのかな?

 更に詳しく調べようとすると、そろそろ馴染んできたシステム音が響いた。


 ――【鑑定】レベルが足りないため、調べられません。 

 ――【鍵開け】を取得していないため、挑戦できません。


 ……鑑定と鍵開けかー。

 ヒントを貰った気分で、私は再び壁を乗り越えて館を後にした。 女の子達と別れて、私は駆け足で宿へ向かっていた。街中なら、どこでログアウトしても体力や疲労は回復するらしいけど、宿に泊まると特典があるみたいなのだ。HPの伸びが良くなる、とか。


 なんとか間に合って宿の部屋に入ると、私は窓を開けて木の枠に腰掛けた。赤から紫と紺に変わりかけている空を見上げ、ずっと握りしめていた右手を開く。 人差し指と親指で摘んで宙に掲げた物は、昔祖母に見せてもらったことのある、透明な硝子の玉。ビー玉だ。

 帽子を返してあげた女の子から貰ったアイテムである。


 【光のビー玉】

 効果:フィールドを光の属性に変える。

 備考:泣き虫な女の子からの感謝の気持ち。


 ただのアイテムとして見るなら、何の役にたつのかわからない物だけど。

 でも、私の唇には笑みが浮かぶ。女の子達の、嬉しそうな笑顔を思いだして。


 窓から差し込む夕日に、ビー玉が紅く輝く。


 私はログアウトぎりぎりまで、ちいさなビー玉を眺めていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ