閑話:《白の都》の一日
のんびりとした昼下がり、《白の都》を一匹の猫が歩いていた。
ビロードのように美しい毛並みの黒猫である。
猫は貴婦人のように顎をつんと上げ、塀の上から道行き人を眺めていた。
「おめでとうー」
「すげぇなー」
なにやら騒がしい。坂道の方で、何かあったらしい。猫が行ってみると、犬耳と尻尾を持つ女性プレイヤーが、皆に祝福されていた。
「えっと、皆さん、ありがとうございます」
女性プレイヤーは恥ずかしそうに笑って頭をさげると、仲間らしいプレイヤーと連れ立って歩きだした。
猫はなんとなく後を着いていく。
「お? 犬女じゃねーか」
「あ。金髪男」
しばらく歩いていると、曲がり角から数人の男性プレイヤーが出てきた。足を止めた女性プレイヤーにあわせて、猫も立ち止まる。
「こいつ祈祷走の時の……! リン、後ろに下がれ!」
「え、あの……」
「リンちゃんに何かするなら、うちらが相手になるよ!」
「そうですー! 鬼の露草とその一行がこてんぱんにしてやりますよー!」
「ああ? おい、犬女、ちゃんと言って聞かせろよな」
「う、うん。あのね、皆……金髪男とは、和解したんだよ」
「リン? なんでそんな奴と和解するんだ。脅されたのか?」
「い、いや、違……」
「あ? 誰が脅したって言うんだ。なんだ手前、やんのか?」
「返り討ちにしてやるよ、チンピラ」
「んだとコラ。……上等だ」
……なにやら騒ぎになった。猫は、「二人とも落ち着いてよ!」と焦っている女性プレイヤーをもう一度眺めると、その場から離れて再び歩きだした。
猫が小路に入ると、怪しい男がいた。黒ずくめで、壁にくっついている。
「忍法、壁と同化の術……まだスキルゲットならず、か。……ん? 猫か」
溜め息を落とした男は、猫に気付くと腰をかがめた。
「よしよし。ほら、食うか?」
男が差し出してきた物は、魚の干物だった。渋いチョイスである。
猫は用心深く匂いを嗅ぎ、それからそっと干物を咥え、男から少し離れた所で食べ始めた。
男はそんな猫を優しい目で見つめる。
「焦らず、ゆっくり食え。ではな」
男は立ち上がると、壁に手をかけてすいすいと登っていった。猫顔負けの素早さで屋根に登った男が見えなくなると、猫は勢い良く干物にかじりついた。
干物をぺろりとたいらげると、猫は丹念に口の周りを綺麗にして再び歩きだす。
塀に上がり、心地よい日差しにトパーズの瞳をまたたくと、眠気が襲ったのか横になった。そのまま猫はうとうとと微睡む。
しかし、すぐにその眠りは妨げられた。
甲高い声で仔犬のように騒ぎたてながら、吸血鬼の少女がやってきたのだ。
猫が耳を動かし、半眼を開けて声の主を見ると、吸血鬼の少女は桜色の小袖を着た女性にまとわりついていた。
「ヨイチってば、ホントにいけずだよね!」
「いけず、ですか? なぜです?」
「なぜって……そーゆーとこがだよ!」
吸血鬼の少女は頬を赤らめてそっぽを向き、おさげの女性は小首を傾げる。少しの沈黙の後、吸血鬼の少女はちらりとおさげの女性を見た。
「……製品版が出たら、ヨイチもやるよね?」
「ええ。まだこのゲームを遊び足りないですから、そのつもりですよ」
「そっか。なら、今はそれでいいや」
「……何のことです?」
「なんでもなーい」
ころり、と機嫌を直した吸血鬼の少女は、おさげの女性の腕に手を回し、じゃれつくようにして歩き去った。
騒がしい存在がいなくなり、猫はまた目を閉じる。
夕方になり、猫はうたた寝から目覚めた。塀の上で四肢を踏ん張り、伸びをする。
そしてまた歩き出す。
小路から大通りに出ると、妖精の女の子に指を差された。
「あ、猫ちゃん。ユキ兄、見て。可愛いよ」
「本当だ。綺麗な黒猫だね」
女の子の隣に立つ鬼の青年も目を細めて同意する。
「おいで、おいで。えっと、なにかあったかなあ」
「お菓子ならあるけど……食べるかな」
青年がシュークリームを差し出すが、猫は匂いをひと嗅ぎしてそっぽを向いた。
「駄目か。……さあ、さやか、今日はそろそろ終わろう」
「うー、残念。猫ちゃん、ごめんね」
女の子は渋々といった様子で立ち上がると、手を出して待っている青年を見上げ、不安げな顔をした。
「どうしたの?」
「……うん。あのね、お医者様、本サービスもやっていいって言ってくれるかな?」
「うん、大丈夫だよ。最近は発作もないし、さやかが明るくなったって、姉さん達も喜んでいたしね」
「そっか。……えへへ、良かった」
女の子は安心したように笑うと、青年の手を取り、猫に「ばいばーい」と手を振って消えていった。
猫は女の子が消えた場所を少しの間眺めると、次はどこへ行こうかと首をめぐらせる。そこへ、静かな声がかかった。
「ノワール」
ぴくり、と猫の耳が動き、声の元へと駆け出した。
「今日は楽しかったかい? そろそろログアウトの時間だから、もう影にお入り」
「みゃあん」
耳の後ろを掻いてもらい、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らす。そして、主人を見上げた。
雪のような白い髪に、アメジストのような紫の瞳。
《World》最強のサモナーであるエルフの少年の足に猫は一度体をこすりつけてから、その身を影に浸した。
猫が溶けるように影に同化したのを確認して、少年は立ち上がる。
「さて、いよいよ最終日か。……何が起きるのかな」
楽しげに微笑み、少年もまた、姿を消したのだった。
主人公所有スキル、称号一覧
《パッシブスキル》
【かくれんぼ】Lv5【夜目】Lv4【誘き寄せ】Lv3【見習い毒使い】Lv2【投擲】Lv3 New!【急所狙い】Lv2
《アクティブスキル》
【鑑定】Lv5【調合】Lv3【鍵開け】Lv5【狙い撃ち】Lv3
短剣スキル《二連撃》Lv3《ダンシング・ブレード》Lv2
《獲得称号》
【牙を持つ小動物】【シルト村の友人】 New!【街のお助け人】




