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《 World 》の中では、現実のようにNPC達が生活している。
買い物の途中でお喋りに夢中になってる奥様方や、忙しそうに働いている店員さん、ちょろちょろ走り回ってる子供達など。AI機能を搭載している彼らは、データの塊と思えないくらい人間らしく、生き生きしている。
それでもあまり緊張しないですむのは、彼らが《NPC》というくくりで纏められているからだろうか。
「あれかな。外国で日本人に会ったら、それだけでなんか親近感を覚えるっていう……。うーん、なんか違うかな?」
私は首を傾げて、まあいいか、と呟いた。それよりも、今は座り込んでも邪魔にならない所を探さなくちゃ。
公園や広場にはベンチや芝生が用意されていたけど、人がいっぱいだったんだよね。中には、道端で寝転がってる人もいたけど。
座り込むより回復量が高いらしいけど、道端はちょっとどうだろう。
「あ、あそこにも……って、あ」
「ぐぉっ」
がらがらがら、ぐしゃ。道端というか、通りで寝転がってた人を、踏み潰してゆく乗り合い馬車。
かなり消耗していたHPを更に削られた上に、馬車に乗ってる住民達から「こんな所で寝るなんて何考えてんだ」と罵倒されてる……。えーと。街の中で良かったね!(街の中では、たとえHPが無くなっても死ぬことはないのですよ)
自業自得だけどがっくりしてる戦士っぽいプレイヤーに、心の中で頑張れーと声援を送りながら、私は更に歩き続けた。
目指すはスキルを手に入れたあの小さな広場。あそこなら、誰もいないんじゃないかな? いないといいなー。
結果は、駄目でした。
「うーん、なんか楽しそうに洗濯してる……」
近所の住民らしきおば様方が井戸で洗濯中です。ううん、なんだか近寄ったらお喋りに引き込まれそうだなー。
「別の所探そうかな……」
小道を戻る私の横を、一人の少女が走り抜けた。現実なら、小学校の低学年というくらいの年頃。そんな小さな女の子は、両腕で紙袋を抱えて走ってゆく。
あの子は金髪だけど、奈緒も小さい頃はおかっぱだったなー。妹の幼い頃を思い出してつい見送っていると、女の子が抱える紙袋から何かがこぼれた。女の子は気付いていない。
「あ、ちょっと待ってー。なんか落ちたよー」
あわてて声をかけ、落ちた物を拾い上げる。オレンジに似た果物だった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
果物を紙袋に入れてあげると、にこーって笑顔になってお礼を言われました。 可愛いなあ。素直にお礼が言えるのは、いい子だよね。
「もう落とさないように、気をつけてね」
「うん、気をつける。お姉ちゃん、ありがとー」
女の子を見送って、私も歩き出した。多分、ここみたいに小さな広場はたくさんあると思う。そんな場所を探してみよう。
別の小道に入ってすぐのことだ。
「あ」
前を歩いていた老婦人が、腕にかけている籠から何かを落とし……って、たっ、卵っ!?
「ま、間に合った……っ」
咄嗟に滑り込むようにして、落ちた卵を二個ともキャッチしました。うわあ、びっくりした。瞬発力が高い獣人じゃなきゃ無理だったよー。
「あらあらまあまあ。どうもすみません。助かりましたわー」
「いえ、お気をつけて……」
のんびりおっとりしてる老婦人と別れて、また歩く。するとそこへ、果物を入れた籠を背負った男性が……。
なんだろう、嫌な予感がする。
「うおっとぉっ!」
「!」
やっぱり、と思いながら私は駆け出す。男性が何かに躓いたとたん、背中の籠から零れ落ちる果物。
注意してたおかげで地面に落ちる前に拾えた。果物に傷がつかずに済んですごく感謝されたけど……これって、なんなんだろ。
「なにかのイベント……クエスト、かなぁ?」
思い当たるのは、最初の女の子。あれで何かのクエストが発生したのかな。
落ちた物を拾ってあげるクエスト? なんだか地味だね。でも、別に困らないし、いいかな。
そんなふうに気楽に考えていた私は、大通りに出た瞬間に固まってしまった。 そこは、急斜面の坂道だった。私の視線の先には、台車を引いたロバを連れた老人が、長い坂道を登ってゆく姿。
台車には、山積みにされた野菜や果物。そのどれもが丸い形なのは、やはり目的がそれだからなのか。
その時だ。固まった私の耳に何かの音楽が聞こえてきて、目の前にシステムからの文が現れた。
――クエスト《街の便利屋さん、その5》
落ちた物を全て拾ってあげよう!
す、全てって……。
ひきつるしかない私の前で、台車がバランスを崩し山積みの荷物が急斜面を転がってくる。えっ、ちょっ、ちょっと待って!
――スタート!
「流石に無理だって――っ!!」
雪崩を起こして転がってくる荷物を前に、私の絶叫が響き渡った。
――数十分後。商店街の路地裏で、私は木箱の隙間に隠れるように座っていた。
……はい、無理でした。 ごろんごろん転がってくる野菜やら果物やら。何故か最後には樽まで転がってきましたよ。あれをどうやって一人で捌けと。
座り込んだまま、ゲーム内の交流掲示板を調べたところ、《街の便利屋さん》シリーズは七つまで発見されているらしい。
たとえ失敗しても、条件さえ揃えば何度でも挑戦できる親切設定。……まあ、クエストの内容が厳しいけど。
「あー、でも、あれって人数いたら簡単なのかも。パーティー用なのかな」
オンラインなんだから、パーティーで受けるのが前提条件なのかも知れない。 そうすると、ソロ予定の私は……。
「……まず、瞬発力を鍛えないと。ダッシュ訓練?反復横跳びもいいかも。ああ、あと、拾った物を入れておく籠も必要かな……」
とことん鍛えてクリアしてみせるに決まってるじゃないですか!!
そして私は、毎日ダッシュ訓練をすることにしたのだった。訓練、大事だよね?