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今、私はソロで狩りをしている。
ごくり、と唾を飲む。私は息を殺して足音をたてないように慎重に歩き、今回の獲物に近づいた。
狙いは熊型のモンスター【ビックベア】だ。鏡の中で戦ったクマとは違い、リアルな熊である。
今、ビックベアは地面に座り込んでうとうととしている。チャンスだった。
音も無く忍び寄り、逆手に持った流水を、ゆっくりとビックベアの喉にあて。
一気に切り裂く。
「グガァッ!?」
目を見開いたビックベアは、そのまま光となって消えていった。スキル【急所狙い】の効果が発動したらしい。やったね!
「ドロップアイテムは、ビックベアの毛皮か……ん?」
流水を鞘に戻しかけた手が止まる。視線を感じる?
ふっと勘で目を動かせると、木立の影にひっそりと佇む男性を視界に捉えた。
男性は、顔の下半分と頭を黒い布で覆い、全身黒ずくめという見るからに怪しい格好をしている。
「熊を一撃で仕留めたばかりか我の存在にも気付くとは……見事」
男性はなにやらつぶやくと満足げに一つうなずき、唐突に姿を消した。いや、比喩とか錯覚とかではなく、本当に消えたのだ。
「え……ええー?」
今の、いったい何?
一人残された私が戸惑っていると、耳に鈴の音が響いた。フレンドコールだ。
「はい?」
『あ、リンちゃん? うちだけど。今平気?』
コールを繋ぐと、露草の明るい声が聞こえてきた。
「えっと……うん、大丈夫」
目では先ほどの男性を探しつつ、露草に答える。露草は良かったー、と笑い、話しだした。
『あのさ、以前リンちゃんが言ってた“お化け屋敷”、そろそろ行けるんじゃない? うちも興味あるから連れてって欲しいんだけど、どうかな?』
お化け屋敷。それは、まだこのゲームを始めた頃、イベントで知った古びた屋敷のことである。お化け屋敷の扉には鍵がかかっていて、それを開けるために私はスキル【鍵開け】を修得したのだった。
「うん、いいよ。私も丁度挑戦してみようと思っていたし」
『ありがとー! ねね、ユノも一緒でいい?』
「もちろんだよ。トオルも誘って……あと二人かあ」
『回復役欲しいよね。さやかちゃん、呼んだらどうかな?』
「あ、いいね。なら、さやかちゃんとユキトさんで六人だね。うん、そうしよう」
話がまとまり、まずは皆にコールしてみることになった。
露草との会話が終わった後、周囲を調べてみたけど、さっきの男性はどこにもいなかった。
いったいなんなんだろ。相手がNPCだったら何かのイベントかと思うところだけど、プレイヤーみたいだったしなあ……。
もやもやとしながら、私は取り敢えず《白の都》に戻ったのだった。
数日後、私達はお化け屋敷の前で集合した。天気は今にも雨がおちてきそうな曇り空。嫌な方向に雰囲気ばっちりである。
皆が見守る中、私は正面玄関の扉を【鑑定】で調べて、スキル【鍵開け】を使う。カチャカチャ、としばらく真剣に鍵穴を睨み付けながら、指先に集中し――かちゃり、と鍵が開いた音がした。
「やった! 開いたよ!」
私は喜びに満面の笑顔となりながら振り返り、皆とこの喜びを分かち合おうとした。しかし。
「リンお姉ちゃん、すごーい!」
手放しで称賛してくれたのはさやかちゃんだけで、他は皆、複雑な表情だった。……あれえ?
「う、うん。さすがリンちゃん! やったねー!」
「そうだね、良かった……よね?」
私がきょとんとしていると、慌てたように露草が喜び、それにユキトさんが同意した。
そんな二人の真ん中でユノが腕を組む。
「うーん……なんというか、犯罪現場に立ちあっている気分ですねー」
「ちょっ、ユノ! だ、大丈夫だよ、リンちゃん! これはゲームだし、問題ないない!」
「うう、痛い。露草相変わらず容赦無いですー」
「犯罪、現場……」
ユノの頭をはたいて露草がフォローしてくれたけど、私の心臓にはユノの言葉がさっくりと突き刺さった。そ、そうだよね……空巣泥棒みたいだよね……。
「まあ、なんだ……気にするな」
「……うん」
ぽん、と軽く肩を叩いてトオルが慰めてくれる。それにがっくりとしながらうなずいて、私は溜め息を落とした。
そうして少しだけ心にダメージを負ったものの、無事に扉は開き、私達は緊張しながらお化け屋敷に足を踏み入れたのだった。




