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鏡に影がよぎったかと思うと、鏡の中にモンスターの姿が映った。それも、一枚だけじゃない。見渡す限り、ほとんどの鏡に映っている。
ドッペルンに、クリスタルに……見たことの無いモンスターもたくさんいる。
唖然としていると、ふいに鏡の表面が揺れた。
一呼吸の後、それらが音もなく鏡から抜け出てくる。私はさやかちゃんを背中に庇ったまま、息を飲んだ。
――やばい、これ、死んだかも。
何十体ものモンスターに取り囲まれて、私は乾いた笑いを浮かべた。
「り、リンお姉ちゃん……!」
「ピィィ……!」
「さやかちゃん、レヴィ……」
しがみついてくるさやかちゃんと、威嚇の声を上げるレヴィに、現実逃避しかけていた意識が戻ってきた。
そうだ、悪あがきでもいいから、とにかくなんとか出来ないか、考えなくちゃ……!
「……そうだ!」
私はハッと顔を上げるとインベントリからとあるアイテムを取り出した。
モンスター達がじり、と距離を詰めてくる。襲い掛かられる、その間際。私は、インベントリから取り出した青いボールを床に叩きつけた。
――どんどんっパチパチパチパチッ
派手な音が響きフラッシュがまたたく。爆竹にも似た音が収まると、部屋いっぱいにいたモンスター達は姿を消していた。
「びっくりボールがあって良かった……」
カイ少年から貰った、モンスターを消すことが出来る【びっくりボール】を思い出し、使用したのである。
ほう、と安堵の吐息を漏らして冷や汗を拭う。しかし、脅威はまだ去ってはいなかった。
「リンお姉ちゃん、あれ!」
「ピィ!」
さやかちゃんとレヴィが声を上げる。
カツ、カツ、と足音を鳴らしてそれはゆっくりとこちらに歩いてきた。
小さな茶色の体に、まるっこい耳。つぶらな黒の瞳と鼻。手足は短く、お尻には丸い尻尾がついている。
それは、クマのぬいぐるみだった。
「かわいいー! クマさんだ!」
「ピィピィ」
さやかちゃんが歓声を上げ、レヴィがうなずくように鳴く。確かに、可愛いけど。
「……さやかちゃん、下がって!」
「えっ」
「このモンスターは、ここの《ボス》だよ!」
「ええっ!?」
「ピィ!?」
【びっくりボール】はモンスターを消す。ただし、その効果はボスクラスのモンスターには効かない、とあった。
つまり、この可愛いらしいクマのぬいぐるみは、この部屋のボスなのだ。
見た目に騙されてはいけない。私は流水を構え、油断なくクマを見据えた。
カツ、とクマは足を止めた。
小首を傾げて私を見上げたクマが無造作に片手を上げ、下ろしたかと思うと、次の瞬間。
私のHPバーがごっそり削られていた。
「えっ……?」
なに、今の。――見えなかった。
「リンお姉ちゃん! 【ヒール】!」
すぐにさやかちゃんがヒールをかけてくれて、私のHPが回復する。私は急いでクマから距離を取った。
再びクマが片手を上げる。
それが振り下ろされる一瞬、私は【直感】に従って真横に逃げていた。
――ヒュウッ
何かが空気を切り裂いて飛んでいった。おそらく、以前マリアロッテくんが使っていたスキル、パワースラッシュと似たような衝撃波だと思う。
視認不可なんて、卑怯だよ!
「せいっ!」
私はクマから距離を取ったまま、投げナイフを投じた。スキル【狙い撃ち】のおかげで、ナイフはまっすぐクマに飛んでゆく。
ナイフがクマの胴体に突き刺さ――らない。
クマは、軽やかなステップを踏んでナイフを躱すと、私に向かって駆けてきた。速い!
ガン、ガシュッ、ガン!
クマの鍵爪を弾くたびに硬質な金属音が響く。
「速いし、一撃が重いし、小さいから攻撃しづらい!」
「リンお姉ちゃん頑張って!」
「ピィ!」
さやかちゃんが声援を投げながらステータスアップの魔法をかけてくれる。素早さが上がり、クマの攻撃をいなせるようになったけど、それでもきつい……!
「さすがボスクラス、厄介だなあ、もう!」
私はありったけのナイフを手に持つと、一度に投げた。
当然、クマはそれを躱す。そこを狙って、私は流水を振るった。
長く伸びた流水は、鞭のようにしなり、クマの胴体に一撃を与える。クマの防御力はそう高くないらしく、ざっくりとHPバーが削れた。
よし、いける!
「ピィ!」
私がホッと息をつくと、レヴィが警告するように鋭く鳴いた。私の勘も、強く警鐘を鳴らす。
クマが私から距離を取り、両手を上げた。
それが振り下ろされた時、部屋全体に見えない衝撃波が襲い掛かったのだった。




