35
笑顔のフール君。戸惑う私達。
突然レーヴのお宝だという翠の宝玉を欲しがり、決闘も辞さない覚悟を示したフール君に、私達は困惑しきりだ。
私は、そんなに欲しいなら譲ってもいいけど。
「……いきなりそんな事を言われてもな」
「ですよねー」
「うーん」
ルーゼフさんや皆は渋い顔だ。確かに、最初から話してくれていたら、と思う。なんだか、みずくさいと言うか……全く信用されていない感じ。ゲームだし、そんなに深刻な事じゃないんだけど、なんとなくちょっとショックだ。
それに、皆にとってはここまで頑張った証でもある。一人だけそれを欲しがっても、簡単に受け入れるわけにはいかない。
でも、フール君も退くつもりはないようだ。
「やっぱり、駄目みたいだね。――なら」
と、フール君が空中をタップする。同時に、私の目の前に半透明のウインドウが現れた。システムからのメッセージだ。
――プレイヤー【真白】から決闘を申し込まれています。受けますか?
《YES/NO》
……決闘はわかる。でも、真白?
「真白? お前はフールだろ?」
戸惑いながらトオルが尋ねる。そう、フール君だ。パーティーメンバーの名前を見ても、フールとなっている。
「ごめんね。実は、スキルで隠してたんだ。本当の名前は真白だよ」
フール君が言ったとたん、パーティーメンバーの名前が変化した。私にトオル、露草、ユノ、ルーゼフさんに……真白、君。
「なんだって隠したりなんか……」
言い掛けたルーゼフさんがハッとしたように息を呑む。
「真白? まさか、あの真白か? 現トップランカーの?」
「トップランカー……フール君が?」
驚きに目を丸くして見つめると、フール君……ううん、真白君は苦笑する。
「うん、まあね。だから本名は隠してフールと名乗っているんだ。皆も、僕の事はフールと呼んで欲しい」
「……フール君、でいいの?」
「うん。目立つのは好きじゃないんだ」
真白君……フール君、でいいのかな。フール君は肩をすくめる。なんだか、トップランカーと言われても、正直実感が湧かない。知らない人の話みたいだ。
ぼんやりそう考える私の隣で、トオルが腕を組む。
「……気に入らないな」
鋭い目線でフール君を睨み付けながらトオルは言った。
「なんで、今まで隠してた。玉の事もそうだ。パーティー組んでここまで来たのに、自分の事は最後まで隠してて、で、自分の要求は通したい。……ふざけんなよ」
「トオル……」
「うちもそう思う」
トオルに続いてそう言ったのは露草だった。
「言いたくないことがあってもいいし、ネットだから自分の事隠すのは当然だけど、自分の言い分だけ通したいっていうのはダメでしょ。皆で頑張って手に入れた物を自分一人の物にしたいんなら、ちゃんと話しておくべきだったよ。名前が偽名だったとかは別にどうでもいいけどさ。玉はあげたくないな」
「露草……」
「私も露草と同じ意見ですー」
「ユノ……」
私は最後の一人であるルーゼフさんに目を向けた。
「……交渉は決裂だな。決闘も受ける意味がない」
ルーゼフさんは苦々しい口調できっぱりと告げた。
フール君が笑みを消す。皆と睨み合うフール君の姿に胸が苦しくなった。
「や、やめようよ、こんなの」
「リン?」
「リンお姉さん?」
私はフール君と皆、両方を交互に見ながら訴える。
「せっかくこうして最後までたどり着いたのに、ギスギスして終わるなんてもったいないよ。もっと、お互いが納得出来るように話し合えないかな」
「とは言ってもさ、リンちゃん。はいどうぞー、なんてあげちゃうのはさすがに嫌だよ?」
「ですよねー」
「うん、それはそうだよね。私もそう思うよ。でも、何かお互い納得できる方法はないかな」
渋い顔の露草とユノの言葉に、私も頷く。なにか、他に方法があればいいんだけどな。
私が悩んでいると、フール君が少し考えて言った。
「話し合い、ね。そうだね……なら、商談といこうか? 僕がその玉を買い取る。それならどうかな」
「……金で解決するのはなんかすっきりしないな」
顔をしかめるトオルに、そうだね、とフール君はインベントリから何かを取り出す。
「確かにお金だけでっていうのは味気ないかな。なら、決闘を受けてくれたら僕はこれを賭けるよ」
フール君がインベントリから取り出したのは、レーヴの宝とそっくりの宝玉だった。違うのは、それが白だという点くらいだ。
「宝玉を賭けて決闘する。勝った方が両方手に入れる。それプラス、僕が勝ったら宝玉の代金も払うよ。それでどう?」
「……勝っても代金を払うのか?」
「払うよ。皆がここまで頑張ったのは僕も知ってるしね。一万Cでどうかな」
「ふむ……」
ルーゼフさんの問いかけにフール君はあっさり頷き、金額を提示する。それを聞いたルーゼフさんは私達へと目を向けた。
「俺はこれなら受けてもいいと思うが。皆はどうだ?」
「わ、私も受けてもいいです」
はい! と手を上げて答えると、周囲から溜め息がもれた。え?
「……リンちゃんってば、もう。まあいいわ。リンちゃんに免じて受けてもいいことにする」
「リンに感謝してくださいねー」
「うん。ありがとうリンお姉さん」
「う、うん」
諦めたような露草とユノの視線と、にっこり笑顔のフール君。まあ、丸く収まってくれるなら良かった。
「……決闘で殴ってやる」
「やれるものなら、どうぞ」
トオルがなぜか物騒なことを口走り、フール君が余裕の笑みで受けてたっているのは謎だけど。なんでこの二人は火花を散らしているんだろ。
「……面白い展開だな」
すっかり空気となっていたレーヴがのんびりと呟いた。
決闘を受けると、フール君がパーティーから外れた。そして以前市場で見た《審判》が現れて、私達を透明なドームで囲む。あの時は外から眺めていたけど、今は内側だ。
「結界の中って、こうなってるんだね」
まず、外が見えない。外からは中が見えていたのに。これはあれかな、外のギャラリーとかを気にしないですむようにかな。うん、助かるね。
そして、広い。前も思ったけど、結界の中だけ広いって、不思議な感覚だ。でも、便利なのは確か。
風もないのにローブをはためかせる《審判》を挟んで私達は向き合った。
「でもいいのか? 五対一だぞ? 今更だが」
「かまわないよ」
ルーゼフさんの懸念に笑って答え、フール君は杖を構える。
「一人ってわけじゃないからね。――召喚。《ロボ》《アラクネ》《浮舟》《ミズチ》《ピット》」
杖の先に魔方陣が描かれ、フール君の周囲に光が集まり、その光が大小の形をとり、色を纏う。
「ええっ!?」
私は――私だけじゃなく、皆は、目を見開いた。フール君の周囲に現れたのは、五体のモンスターだったのだ。
「お前、サモナーだったのか」
「うん、まあね。皆を紹介するよ」
トオルの問いかけにフール君は微笑んだままモンスターを一体づつ指差した。
「まず、ロボ。こっちの子がアラクネ。で、浮舟でミズチ。最後にピット」
ロボと呼ばれたのは全身が真っ白の狼だった。かなり大きくて、蒼い目をしている。
アラクネは黒地に赤の模様がある蜘蛛。水蜘蛛よりもずっと大きくて毒々しい。
浮舟はなんとグリフォンだった。体は牛くらいはありそうで、鷲の頭と翼を持っている。
ミズチは蛇。このモンスターも大きく、そして頭が二つあった。青白い双頭の蛇だ。
そしてフール君が片手に載せたのは、小さなハリネズミだった。この子がピットだろう。
サモナー、召喚士。まさかフール君がサモナーだったなんて、という驚きと、なんだか納得している部分もある。魔法使いじゃ、ソロは厳しいもんね。
「……自信があるはずだな」
「うーん。形勢逆転、ですねー」
ルーゼフさん、ユノが難しい顔で召喚モンスターを見る。確かに、数の上でも負けてしまっている。
「悪いけど、本気でいかせてもらうよ」
「……上等だ」
フール君の宣言にバトルハンマーを構えたトオルが答え、私達の決闘は始まった。
「グルガァッ!」
始まったとたんに吠えたのはグリフォンの浮舟だった。とたん、風が渦を巻き私と露草、盾役二人に襲いかかる。思わず足を止めたところを、白狼のロボに体当たりされて後ろに吹っ飛んだ。うう、今日二度目だよ。
あの時とは違ってヒールをかけてくれる人はいない。痛みを堪えて立ち上がり、戦線に復帰する。だけど、それは少し遅く。
「ひゃあっ」
グリフォンの鋭い爪の一撃を受け、ユノが戦闘不能になってしまった。決闘でHPがゼロになっても死に戻りはない。でも、バトルフィールドからは出されてしまい、私達は四人になった。
「くそっ!」
舌打ちするトオルは、ルーゼフさんと共に蜘蛛のアラクネと戦っている。アラクネが吐き出す糸に苦戦しているようで、そこに浮舟も加わり、さらに劣勢となっていた。
「リンちゃん、フールを狙って! サモナーを倒したら召喚モンスターは消えるから!」
「わ、わかった!」
露草の言葉に頷き、私はフール君を目指して駆けた。ロボが行く手を防ぐけど、構うことはしない。軽くフェイントをかけてうまく横を擦り抜ける。
「あんたは、うちと遊んでな!」
露草が私を追いかけようとしていたロボを引き付ける。これで、後はミズチを抜けばフール君のところに行ける。
手に持った《水流》を軽く振り、刃を少し伸ばす。ミズチが私に襲い掛かると同時に、《水流》を大きく振るってミズチの尻尾を斬り付けた。
「キシャアッ」
痛かったのか身をよじるミズチの横を駆け抜ける。よし、これでフール君を……!
「フール君!」
「来たね、リンお姉さん」
フール君は余裕の笑みを浮かべて立っていた。その片手には、ハリネズミのピットが載ったままだ。
「でも、残念だけどおしまいだよ」
「えっ? ――っ!」
ピットが丸まり、全身の毛を逆立てた。獣人の勘が強い警告を訴える。
でも、逃げ場はなかった。
ピットから放たれた無数の針が私の全身に突き刺さる。ガリガリと削れていくHP。とどめとばかりにフール君の声が聞こえた。
「ごめんね。【サンダーランス】」
光と衝撃が私を包み込む。
気が付いた時には、私は結界の外にいた。のんびりとしたユノの声がかかる。
「あー、リンもやられちゃいましたねー。大丈夫ですかー?」
「あ……うん」
大丈夫。大丈夫だけど、はぁあ……。
「あっさりやられちゃったなあ……」
まだ戦ってる皆を見ながら、私は溜め息をついたのだった。
結果は、負けました。惨敗です。
「あー、強すぎるよ、モンスターめ!」
「そうだな、強かった」
「…………」
ぷんすか怒っている露草はロボに負け、苦笑しているルーゼフさんはアラクネの糸に体を拘束されたところを浮舟にやられ。むすっとした顔で腕を組んでいるトオルは、最後まで粘ったけれどフール君に近づいた時、ミズチに攻撃され、そのまま倒された。
結局、フール君は無傷のままだった。
「じゃあ、はい。一万C」
「……ああ」
一人だけ笑顔のフール君がルーゼフさんに一万Cを渡す。なんだかなあ、という顔でルーゼフさんは受け取った。納得いかなくても受け取るのは、多分、皆のためなんだろうな。皆に分配しなきゃいけないから、もやもやとする気持ちを抑えて受け取ったんだと思う。そうじゃなきゃ、負けたから受け取らない、とか言いだしそうだし。確実にトオルはそう思っていそうだな。
「じゃあ、お宝は僕が貰うね」
フール君がレーヴに近寄る。今まで黙って待っていてくれたレーヴはフール君に宝玉を差し出した。
「勝利をおさめた者に、我が宝を」
「うん、ありがとう」
本当に嬉しそうにフール君は微笑み、宝玉をひと撫でしてからインベントリにしまった。
「帰りはどうしたらいいのかな?」
「道を開けよう」
レーヴが言うと同時に後ろから音がした。振り返ってみると、リザートマンと戦った部屋に上に行くための階段が出来ていた。
「ありがとう。――じゃあ、皆、お先に」
フール君が背を向けて歩きだし、ふと立ち止まって私を見た。
「リンお姉さん」
「う、うん。なに?」
「今回はごめんね。でも、また遊んでくれると嬉しいな。またね」
にこり、と微笑まれ、私は苦笑を浮かべた。なんだか、憎めないなあ。
「うん……またね」
そうしてフール君は一足先に地上へと帰っていった。




