33
なんとか全員ロープを渡った私達は、先を目指してまた細長い通路を歩いていた。
「次はなんだろうね」
「楽しそうだね、フール君」
「うん、まあね。リンお姉さんはどう?」
「うーん……まあ、楽しい、かな」
楽しいといえば楽しい。ゲームだしね。でも、大変でもある。そんな感じだ。
そんな話をしつつも警戒は忘れずに進んでいくと、また少し開けた場所に出た。
今度は細長い道の両側に水が溜まっている場所で、なんとなくだけど水の方から嫌な感じがする。
「……皆、早く向こう側まで行こう」
私は早口にそう言って、小走りに細長い道を歩きだした。しかし。
ぴょこん。
そんな音をたてて、水の中から出てきた何かが進路を塞いだ。丸い、黒のモンスター。先ほどの場所でも見た、手足のついたおたまじゃくしモドキだ。
【鑑定】してみると、おたまもどきと出た。うーん、そのまんまだね。
一匹だけなら、とポイズンククリで切り裂く。おたまもどきは弱く、あっさり光の粒子になって消えたけど、水から次々とおたまもどきが出てくる。
気が付いた時には、私達は細長い道の真ん中で、前後をおたまもどきに挟まれ、進退不可能になってしまっていた。
「挟まれたな……」
苦々しい口調でトオルが呟く。
「なんだか嫌な予感はあったのに……ごめん、まさかこうなるなんて」
「リンが謝ることはないですよー。倒して進めばいいだけですから」
「そうそう。こいつら、弱いしね」
ユノがのんびりと言い、露草が手に持つ剣でおたまもどきをなぎ払いながら物騒な笑みを浮かべる。確かに、と私も気を取り直して、前方のおたまもどきを倒すことにした。
おたまもどきは確かに弱かった。だけど。
「……くそっ、無限湧きか!」
ルーゼフさんが舌打ちする。そう、おたまもどきは弱いけど、次々と出てくるのだ。無視して先に行こうとしても、一斉に襲われるとさすがに危険だし、第一、細長い道だから先に進むためにはおたまもどきを倒す必要がある。
「こうなったら後ろは最低限守るだけにして、先に進むことに力を入れるぞ」
ルーゼフさんの言葉に皆が頷く。フール君が杖を掲げた。
「まず僕がやるよ。――展開。【ライトニング】、【サンダーランス】」
杖から黄色の光が迸り、電撃系の魔法がおたまもどきの群れを蹂躙する。
今気が付いたけど、フール君魔法を一度に二つ使ってる……あの杖の力かな、って、今はそんな事気にしてる場合じゃないね。
「よし、今だ!」
トオルの言葉に次々と皆がスキルを使い、先へと進む。
「ユノ、早く! ――ルーゼフさん、頼みます!」
ユノが皆から一歩遅れてる。私はとっさにユノの手を引いて前にいたルーゼフさんの方に突飛ばした。おたまもどきを二匹踏みつけてユノは前に飛び、ルーゼフさんが小柄なその身体を受け止める。
「うおおっ」
「ひえー」
そしてルーゼフさんはユノを小脇に抱え上げ、走りだした。うわあ、おたまもどきを吹っ飛ばしながら走ってる。力技だね。
「リン、急げ!」
「待って、私が一ヶ所に集めるからまとめて吹っ飛ばして!」
トオルの言葉に叫び返して、私は追ってくるおたまもどきを迎え撃つ。スキル【誘き寄せ】のおかげか、おたまもどき達は私に群がり始めた。
「リンお姉さん、離れて!」
フール君の合図で私がなんとか群れから脱出すると、フール君とユノ、二人の魔法が炸裂した。
「行くぞ、走れ!」
トオルの声に追い立てられるように、皆通路を走りだす。
走って走って、後ろからぴょこん、ぴょこんと聞こえなくなった時、次の広場にたどり着いた。
「こ、今度はなんですかー……?」
疲れたような顔でユノが周りを見渡す。今度はほとんどが水の場所だった。
向こう岸にまで小さな石が右と左、交互に浮かんでいる。
「どうやら、あの石を使ってこの水を渡れ、という事みたいだね」
フール君が楽しげに言う。うーん、まだ楽しそうなのがすごい。他の皆は少しくたびれたような顔をしている。渡る前に、と皆で休憩をとることにした。
「じゃじゃーん。疲れた時には甘い物だよね!」
と、露草がインベントリから取り出したのは、お祭りの時、屋台で売っていたクレープやチョコばなな等だった。
「屋台で買い込んでたんだー。さ、皆食べて食べて」
「うわー、露草、ありがとう」
ちょうど甘い物が欲しかった私は笑顔で受け取った。頭の上で犬耳がお尻の辺りで尻尾がパタパタ動いているのがわかる。
ユノも嬉しそうに受け取ったけど、ルーゼフさん達は断って、何か飲み物を取り出して飲んでいた。フール君も自分で用意していたらしい飲み物を飲んでいるけど、その視線がなぜか私に向いている。
「フール君、やっぱり甘い物欲しいの? 露草に言おうか?」
「いや、違うよ。あのさ、リンお姉さん。ちょっと頼みがあるんだけど、いいかな」
「え? なに?」
クレープを食べおわり、次はおたまもどきから受けたダメージを回復する為にポーションを飲む。そうしながらフール君の頼みとやらを尋ねると、フール君は少し言い難そうに頬を掻きながら言った。
「うん。その耳なんだけど……触らせてくれない?」
「えっ?」
あまりにも意外な言葉にぽかんとなる。え? いきなりなに?
「なになに、フールもリンちゃんをもふりたいの?」
「実はモフラーなんですかー?」
露草とユノが私達の会話を聞いて話に入ってくる。
「もふらー?」
「動物の毛をもふもふする事が好きな人のことですー」
「リンちゃん、ユノが勝手に言ってるだけだから、気にしちゃダメだよ」
私の疑問にユノが答え、露草が注意を入れる。それを聞いて、フール君はにこにこと笑いながら頷いた。
「うん、まあ動物を撫でるのは好きな方かな。でも、それとは別に、リンお姉さんの毛並みが気になるんだ」
「毛並み? どうして?」
「リンお姉さんの耳と尻尾、昔飼ってた犬にそっくりなんだよね。だから感触も似てるのかな、って気になってて。実は、最初に声をかけたのも、それが目的だったりするんだ」
「そうだったんだ……」
言われて思い出す。そういえば、あの時。突き飛ばす前にフール君が何かを言おうとしてた。この事だったのかな。
じっと紫の瞳で見つめられ、私はちょっと躊躇いつつ頭を彼の方に倒した。
「えーと。ど、どうぞ」
「ありがとう」
フール君は嬉しそうに私の犬耳に手を伸ばした。そっと優しく撫でる。
「ああ、すごく似てる……懐かしいな」
微笑むフール君はなんだかひどく大人びて見えて、そわそわとしてしまう。ま、まだかな。もういいかな。
私が内心焦っていると、座って休憩していたトオルが立ち上がった。
「……そろそろ渡るぞ。何が起きるかわからないから、皆も気を引き締めてくれ」
トオルは武器のハンマーをインベントリにしまって前に出る。トオルの武器は新調されている。以前は木の槌だったけど、今はルーゼフさんと似た感じの大きなハンマーになっていた。攻撃力もかなり高そうだ。
それはともかくとして、トオルの言葉に休憩は終わりになって、フール君も私の耳から手を離した。
「どうもありがとう、リンお姉さん。懐かしい感触だったよ」
「ど、どういたしまして」
なんとなくドギマギしながらフール君から離れると、露草とユノがにんまり笑ってこちらを見ていた。
「いやー、面白くなってきたね」
「そうですねー、特にトオルがわかりやすいですよねー」
「え? トオルがなに?」
と、尋ねたけど、二人は「なんでもなーい」と笑うだけ。……なんなんだろ。
そのトオルは水の中に何もいないことを確認して、水に浮かぶ石に飛び乗ったところだった。ぐらり、と揺れたけど、トオルはうまくバランスをとってすぐに安定させる。
さて、次へ――の前に、トオルは辺りを見回す。彼らしい慎重さだったけど、それが逆に良くなかった。
「なっ!?」
「トオル!?」
トオルの乗っていた石が突然沈んだ。とっさの事に為す術も無くトオルも水へと落ちる。まさか溺れたりはしないと思うけど、と思った時。いきなりトオルの姿が掻き消えたのだ。
どこへ行ったのか、と皆で顔色を無くしたけれど。
「……なるほど。失敗するとやり直し、なんだな」
トオルの声に振り替えると、そこには憮然とした表情の彼が腕を組んで立っていた。
「驚いたぞ、トオル。大丈夫か?」
「すみません、ルーゼフさん。ちょっと油断しました。平気です。どうやら、石に乗って一定時間が経過すると、石が沈む仕掛けのようです」
「……そうか」
「……また難しそうですねー」
トオルの言葉にルーゼフさんとユノが肩を落とした。うん……二人にはちょっと厳しいかもね。
だけど、意外な事にユノは一度でクリアした。
「おおー! やったじゃん、ユノ」
「ユノ、お疲れ様!」
先にクリアしていた私と露草が驚きと喜びをもって出迎えると、ユノは得意気に薄い胸を張った。
「えっへん。やる時はやる女ですよー」
「たまにうまくいくとこれだよ。うりゃ」
「あっ、止めてくださいー。暴力はんたーい」
と、露草がユノにヘッドロックをかけてじゃれている間に、トオル、フール君も軽々とクリア。残るはルーゼフさんのみとなった。
「うむ……難しいな」
困った顔でルーゼフさんは石を見つめている。もう三度も失敗していた。
「ルーゼフさんはドワーフだからな……」
「うん、厳しいよね……」
私とトオルが話す横では、ユノが一生懸命ルーゼフさんを応援している。
「ルーゼフさーん、こう、ぴょんっとしてひょいって感じですー。頑張ってくださいー」
「意味わかんないから」
曖昧なユノのアドバイスに露草が突っ込みをいれている。でも、二度も助けられたからかな、普段より熱心に応援している気がする。
ユノにつられるようにして私達もルーゼフさんを応援し、なんとかルーゼフさんもクリア。なんと二十五回も失敗してのクリアだったから、ルーゼフさんは精神的にくたびれたようで、しばらく座りこんでいた。うん、気持ちはわかります。
そして再び細長い通路を歩いて、次の場所へ。
「今度は……三本道に分かれているようだな」
「どこから行く? リンお姉さん」
「うーん。まず、真っ直ぐでいいかな?」
トオルが言った通り、道は三本に分かれていた。フール君に尋ねられて私が答える……というか皆に尋ね返したら、皆うんうんって頷いた。よし、では真ん中行ってみますか。
真ん中の道を進みと、また少し開けた場所に出た。今度は……扉があった。
「両開きの扉、か。いよいよって感じだな」
「そうだね。ちょっと待ってて。調べてみるよ」
トオルに言って、私は緑色に塗られた扉に近づいた。鑑定しても、特になにもない。鍵穴もない。耳をあててみても何も聞こえない。押してみても当然のように開かない……むーん。
「駄目かも。これ、何か仕掛けがあると思う」
私がそう言うと、じゃあってことで、別の道を行ってみることにした。
まずは、来た方から見て左の道。
「……何かありますねー」「台座か?」
「壁にも何かあるよ。蛇の絵? レーヴかな」
左の道の突き当たりは先ほどと同じく少し開けた場所で、中央に台座があり、その後ろの壁には横向きで口を開けたレーヴの絵が描かれていた。その口には、赤の玉がくわえられている。
「これみよがしに玉と台座か。リンお姉さん、その玉を外せるか試してみてくれる?」
「うん。……あっ、外せるよ、これ」
「ビンゴだね」
「なら、次は……」
私はフール君に頼まれて外した玉を、台座に載せてみた。
……あれ?
「何もおきませんねー」
ユノが首をかしげ、他の皆も周囲を見回しては不思議そうにしている。私も、なんだか肩透かしをくらった気分だ。
「もう一つの道も行ってみようよ」
露草の言葉に頷いて、私達は右の道へと向かった。
右の道も突き当たりは少し開けた場所になっていて、左と同じように台座とレーヴの絵があった。違っていたのは、玉の色が青だということ。
今度こそ、と思いながら玉を台座に載せたけど、またしても何もおこらない。
どういうことだろう。
皆で頭をひねっていると、フール君が台座を指差した。
「玉が元に戻ってる」
見ると、確かに。
「壁に戻ってる……」
「間違い、ということかな?」
露草がぽつり、と呟き、続けて言った。
「あのさ。こういうのRPGでよくあるんだけど、ひょっとしたら両方の玉を同時に置かないといけないんじゃないかな」
「同時に、ですかー?」
「そ。二手に分かれてさ、フレンドコールで合図して同時に置くの。どうかな?」
「……いいかもしれないな」
ルーゼフさんが頷く。私も異論は無かったので頷いて、トオルもフール君もやってみよう、と同意した。
そして左側は私、トオル、露草が向かい。右側にはユノ、ルーゼフさん、フール君がそのまま待機。
露草が玉を手に持ってスタンバイして、連絡を取った。
『はい、こちらはいつでもいいですよー』
向こうはどうやらユノが玉を台座に置く役割らしい。
「んじゃ、いくよーいち、にーの」
『さん』
すっと玉を台座に載せる。
一呼吸の後、響いたのは……ビーッ、ビーッという耳障りな音だった。
「……えっ? な、なに?」
私は目を丸くした。なんと赤い玉が消え、目の前に妙な生物が立っていたのだ。
背は低く、猫背で、顔は平べったい。そして頭の後ろにえらが付いていて、顔というか頭全体に鱗があって、つまり、半魚人だった。
半魚人はぎょろりと私を見て、片手を振り上げる。その手にはシミターが握られていて――
「危ない!」
あわや、というところで私を助けてくれたのはトオルだった。半魚人が振り下ろしたシミターをハンマーで受け止めてくれたのだ。
「あ、ありがとう」
「ぼんやりするな、やるぞ!」
「わかった」
すでに露草が半魚人と戦っている。私も腰に下げておいたククリを手に持ち、参戦した。
武器を持った敵と戦うのは、久し振りだ。
戦いはそれほど長くはかからなかった。敵は弱くは無かったけど、強くも無かったし、こっちは三人だ。
囲んでしまえば呆気なく倒せた。
半魚人を倒した後、露草が腕を組み眉を寄せた。その目は再び壁に戻っている赤い玉を見つめている。
「うーん。これは……間違い、なのかな。ユノの方はどうだろ」
「ああ。コールしてみたけどやっぱり向こうもモンスターが出たそうだ。大丈夫なようだが、失敗だろうな、これは。ルーゼフさん達と合流しよう」
「そうだね」
トオルの言葉に頷き、私達も真ん中へ向かった。
ルーゼフさん達は真ん中の道の突き当たりで私達を待っていた。
「リンさんか。そっちもモンスターが出たそうだな」「はい。ルーゼフさん達は大丈夫でしたか?」
「こっちは魔法使いが二人もいたからな。瞬殺だったよ」
瞬殺。それはすごい。
「まあ、とにかく。いろいろ試してみるしかないだろうな」
「そうですね」
と、私達は扉を開けるために試行錯誤を繰り返すことになった。
そして数十分後。
「……万策尽きましたねー」
ユノがのんびりと言う。私達は皆で頭を悩ませていた。玉を入れ替えてみたり、置くタイミングを徹底してみたり、思い付く事は全部試してみたけど、駄目だった。
ビーッと音がなって、半魚人が出るのが当たり前になってしまっている。
「……ちょっと気になってる事があるんだけど」
うーん、と悩んでいるとフール君が口を開いた。
「そこの扉。緑色だよね。わざわざ緑色にしてるって事は、何か意味があるんじゃないかな」
「つまり?」
「玉の色。赤と青だけど、黄色はないのかな」
黄色。なるほど、黄色と青で緑色か、と私は納得した。
「でも、そんなのどこにもないよ。あー、頭使うの苦手なのに……え?」
頭を掻き毟った露草が天井を振り仰ぎ、ぴたりと止まった。なんだろう、と皆で上を見て、あんぐりと口を開ける。
「……フール君の予想、当たってるかもね」
天井にあたる壁に描かれているレーヴの絵。その口にくわえている玉は、黄色だった。
天井はそう高くなく、ルーゼフさんが一番体重が軽そうな人物……フール君を肩車するとなんとか手が届いた。これって、ソロだと無理だよね。あ、いや、同時に置かないといけないなら、その時点で無理か。
「よし、じゃあ試してみよう」
「今度こそうまくいくといいですねー」
なんて考えてる間にフール君が黄色の玉を取り、再度二手に分かれて試してみることになった。
「うーん。なんかドキドキするね!」
「また失敗かもしれないからな。リン、気をつけろよ」
「う、うん。わかった」
私と露草、トオルは赤い玉がある方に来ている。さて、どうなるかな?
「いち、にの」
『さん』
もうすっかり慣れた動きで露草が玉を台座に載せる。とっさに身構える私の耳に聞こえてきたのは、あの耳障りな音ではなく、なにか重い物が動く音だった。
「モンスター、出ないな」
「と、いうことは」
「……成功、だよね!」
いえーい、と露草とハイタッチ。
「いや、まだわからない。取り敢えず扉を見に行こう」
トオルは一人冷静だった。でも確かにその通りなので、真ん中の場所に行くことにした。
真ん中の通の突き当たりでは、異変が起きていた。あの、堅く閉ざされていた扉が大きく開いていたのだ。
「やった! やっぱり開いているよ!」
「ああ」
「やったね、リンちゃん! ……でも、なんでルーゼフ達は難しい顔してんの?」
露草が顔をしかめる。開いたの扉の両脇で、ルーゼフさん達がなにやら難しい顔をして立っているのだ。
「どうしたんですか?」
「ああ、リンさんか。ようやく開いたな」
「あ、はい。フール君の予想通りでしたね」
私とルーゼフさんが話していると、露草が間に入ってきた。
「で、どうしたの? なんか見てたけど……って、あれかー」
「……なるほど」
露草が扉の向こうを見て頷く。トオルも納得した表情。私もまた、難しい顔になる理由がわかった。
扉の向こうには四角形の部屋があり、その向こうにはまた扉がある。
その扉を守るように、一体のモンスターが立っていた。
鱗がついている点では先ほどの半魚人と一緒だけど、迫力は段違い。そこには青緑色の鱗をもつ、リザードマンがいた。
ぎらり、と黄色の双眸を光らせ、二メートルはあるだろう身体には鎧を纏い、片手に大きな槍を持っている。
頭上に見えるHPバーはオレンジがかった黄色。 うん、これは……かなりの強敵、だね。




