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階段を降りるとそこはちょっと開けた場所で、周囲は石で囲まれている。どうやら洞窟のようだった。
「けっこう明るいね、なんでだろ」
「あの苔が光っているようだな」
独り言のつもりで呟いたら、トオルが返事をしてくれた。言われて観察すると、確かに、壁や天井に張りついている苔が淡く光っている。この苔のおかげで中は意外と明るかった。
私達に続いて皆が階段を降りてくる。レーヴの鱗と小石を捧げないと弾かれるようで、皆ちゃんと持っていて良かったと話していた。
「あ、そーだ。リンちゃん、これ」
降りてきた露草が私に何かを差し出す。見てみると焦げ茶色のレザーグローブだった。
腕装備:【バトルホースのグローブ】 DEF+9 DEX+5
「リンちゃんに頼まれていた装備のひとつ。裏地にはリンちゃんから預かった草狼の毛皮も使ってるから、その分防御力も上がってるよ」
「うわあ、ありがとう!」
お礼を言ってさっそく嵌めてみる。グローブは指先が出るタイプで、細かい作業も出来そうだ。
「リンちゃんの要望通りに作ってみたけど、どう? 指先があるタイプも一応作ったから、持ってて」
「えっ、いいの?」
「もちろん。そこら辺のフォローも仕事のうちだよ。代金は安くしとくからね」
「あはは、うん、わかった。ありがとう」
話しながらグローブの具合を確かめる。これで私の装備は、
頭装備:なし
首装備:なし
上装備1:火鼠のケープ
上装備2:水蜘蛛のジャケット
腕装備:バトルホースのグローブ
腰装備:初心者のベルト
下装備:初心者のズボン
足装備:初心者のブーツ
アクセサリ1:若草の腕輪
アクセサリ2:なし
に、なった。最初に比べると少しはマシになってきたよね。
「おい。そろそろ行くぞ」
「あ、うん。わかった」
そうこうしてるうちに全員が降りたらしい。皆、細い通路の前に立ち、先を伺っていた。
「リン、先頭を頼めますかー?」
「うん、任せて」
ユノの言葉に頷いて先に立つ。スキル【直感】もあることだし、罠があっても気付けると思う。過信は禁物だけどね。
「慎重にな」
ルーゼフさんの言葉に頷きを返して、私はそろりと一歩を踏み出した。
どこかからか、水滴が落ちる音が聞こえてくる。私はゆっくりと慎重に歩いていた。
「けっこう歩くな」
「そうだね。どこまであるのかな」
私の後ろを歩くトオルが呟いたうんざりしたように言葉に頷き、私は通路の先に目を凝らした。なんとなく、この先に広い空間がある気がするんだよね。
しかも、すごく広い空間。
……いきなりボス戦とかあったらどうしよう。なんて、まさかね。
そんなことを考えながら細長い通路を進む。体感的に十分以上は歩いた後、勘の通りに開けた場所に出た。
最初に降りたところよりずっと広くて、天井も高い。そして、その中央にぽつんと一人、少年が立っている。
「お前達が新しい挑戦者か」
灰色がかった白い髪と鮮やかな翠色の瞳をもつ少年は、私達を見ると気だるそうにそう言った。
……というか、えーっ!?
「れ、レーヴがいるよっ!? どうしよう!?」
「挑戦者っていいましたねー」
「戦うのかな?」
焦って後ろを振り向くと、ユノがのんびり首を傾げ、フール君が杖を構えた。フール君、意外と好戦的?
「……やるのか」
レーヴが面倒そうに髪を掻き上げる。その姿がぶれて、見えなくなった。
「どこに行った?」
ルーゼフさんもバトルハンマーを構えながら油断なく辺りを探る。その隣にいるユノが広場の奥を指差した。
「あっ、あそこですー」
緊張感のないのんびりとした声に奥を見ると、そこには巨大な蛇がいた。
全長は果たして何メートルあるのか。巨躯にびっしりと張りついている鱗は灰色がかった白。薄明かりの中でも爛々と輝く瞳は翠。
背中にはコウモリに似た翼を持つ蛇――まさしく、あのレーヴ像そのままの姿で、しかし何十倍の大きさとなって、レーヴは現れた。
「うわあ……」
思わずあんぐりと口を開けてしまう。むり。無理だよ、これは!!
だってあのHPバー、長過ぎるよ! どんだけ戦ったら倒せるのかさっぱりわからない。もちろん、色は超格上を示す赤。赤過ぎて黒に見えちゃうくらいの赤だよ!
「ちょっと待て! 落ち着けよ、お前ら! ルーゼフさんも武器はひとまず置いてください!」
このままじゃまさかのいきなりボス戦、とおののいた矢先、トオルが武器を構える皆を抑えてくれた。レーヴの方も大人しい。
私はごくりと唾を飲み、じっとこちらを伺っているレーヴに尋ねてみた。
「あ、あのー……どうしても戦わないといけないの?」
「そんなことはない」
さらり、と返されて目を丸くする。てっきり、問答無用だ! とか言って無理やりバトルスタート、とか予想していたのに。
「なら、ここは何のためにある?」
皆を宥めたトオルが問い掛けると、レーヴは再び少年の姿に戻って腕を組んだ。
「なんだ。戦わないのか。――ここは、ミシャの墓であり、挑戦の場でもある」
「挑戦? 何に挑戦するのだ? もし成功したら何がある?」
と、これはルーゼフさん。
「挑戦内容は二つある。一つはここで俺と戦う。もう一つはこの洞窟の奥にたどり着くことに挑戦するかどうかだ。俺が持つ“宝”が欲しいなら、挑戦するといい。どうする?」
「……ちょっと待ってくれ」
ルーゼフさんは私達を振り返り、「どうする?」と尋ねた。
「……うーん。戦ってみたい気持ちはありますけどー」
「正直、勝てそうにないよね」
「俺もそう思います。もう一つの方ならチャレンジしてみても良さそうですけど」
ユノの言葉を継いで露草が苦笑するとトオルもそれに同意した。私も自分の考えを口にする。
「私も、レーヴはさすがに無理だと思う。フール君は?」
「……皆の意見がそれなら、僕もそれでいいよ」
にこり、と微笑んでフール君は持っている杖を片手で撫でた。
「よし。なら、レーヴに挑戦はしない。ただし、この奥には行ってみる、でいいな」
最後に確認して、ルーゼフさんは皆で出した答えをレーヴに伝えた。
「そうか。なら、頑張るがいい」
レーヴがそう言うと、壁の一部が音をたてて開いた。どうやら、ここから行くみたいだ。
「あれ? レーヴは?」
壁に出来た通路を見て視線を戻すと、レーヴはいなくなっていた。
「彼なら、また蛇になって水に沈んだよ」
「水?」
「ここ、奥は地底湖になっているみたいだよ。たぶん、レーヴ湖から繋がってるんじゃないかな」
フール君が教えてくれた通り、広場の奥は湖になっていた。どうやら、ここからどこかへ移動したらしい。
「じゃあ、うち達も行こうか」
「レッツゴーです」
露草とユノの言葉に全員が頷く。私は改めて先頭に立つと、新しく出来た通路を歩き出した。
「うわあ、これは……」
通路を出ると、今度は崖のように切り立った岩場の上に出た。下は湖。そしてこちらから向こう岸にまで繋がっている、一本のロープ。
……これで渡れと?
「……下に落ちたら上がってこれなそうだな」
「そだね。死に戻りの方が早そう」
下を覗き込んだトオルと露草がげんなりとした顔をする。つまり、落ちたらもう無理っぽいと。
「……誰から行く?」
私が尋ねると皆そっと目を逸らした。あ、いや、一人手を挙げてる。
「僕から行くよ」
それは、フール君だった。
「え。フール君が?」
「うん、アスレチックとかわりと好きなんだよね」
フール君はインベントリに杖をしまい込むと、さっそくロープに手を掛けた。こ、この高さを楽しめるなんて、大物だなあ。
「が、頑張って」
「ありがと。行って来るね」
フール君はあっさりとロープを握りしめて移動を始めた。おおう、見てる方がなんか緊張する。
「意外とやるな」
「そうですね」
はらはらと見守る私の後ろでルーゼフさんとトオルが感心している。露草とユノは「頑張れー」「慎重にですよー」と励ましている。
「わ、私も行こうかな」
フール君が中央付近にたどり着いたのを見て、私は自分も頑張らねば、とロープに手を伸ばした。トオルが心配そうな表情を浮かべる。
「ああ。気をつけ……いや、ちょっと待て」
「え?」
「水の中に何かいる。おい、注意しろ!」
トオルが警告を発するのと同時に、それは姿を現した。
丸っこい頭で黒く、目がくりっとしていて、尾びれが丸い……。
「おたまじゃくし?」
それは、手足のついたおたまじゃくしだった。
おたまじゃくしは水中から何匹もわらわらと出てきたかと思うと、ロープで渡っているフール君に向けて口から水を噴き出した。水鉄砲のように勢いのあるそれを受けて、フール君の身体が大きく揺れる。
「ああ! 落ちる!」
「いや、大丈夫だ」
トオルの言った通り、フール君は持ち堪えた。しかも、その後はうまく水を避けて進んでいく。うまい!
「……そう簡単にはいかんが、なんとかなるな。次は誰が行く?」
フール君が無事に向こう岸についたのを見て、ルーゼフさんが問い掛ける。私は、はい、と手を挙げた。
「リンちゃん、しっかり! 次はうちが行くからね!」
と、いう露草の激励を受けてロープを握る。リアルなら無理なことでも、ここなら簡単に出来たりする。私はひょいひょいっと軽くクリア出来た。
おたまじゃくしの水鉄砲も避けることが出来たし、自分でも意外なほどあっさりだった。
「お疲れ様、リンお姉さん」
「フール君もお疲れ様」
先に着いていたフール君と笑顔でハイタッチ。私に続いて露草、トオルも無事に渡って来た。
「後はルーゼフさんとユノだけだね」
「心配だなあ。二人ともトロいし」
露草が心配する通り、二人はちょっとステータス的に不安がある。それでも他に道はないので、ロープを利用するしかない。
まずユノが、そしてその後をルーゼフさんが、ロープを握り少しずつこちらへと向かってくる。
ゆっくりと中央にまで来た時だ。
「あっ!」
おたまじゃくしの放った水鉄砲がユノを直撃し、衝撃でユノの手がロープから離れた。落下するユノの姿に、声にならない悲鳴がもれる。だけど。
「ふんっ!」
なんと、ルーゼフさんが片手でユノの腕を掴み、落下を防いだのだった。
「よしっ、さすがルーゼフさん!」
「ルーゼフ、ありがとぉおーっ!!」
トオル、露草が叫ぶ。
「ギリギリだったね、リンお姉さん」
「う、うん……心臓ばくばくだよ……」
私はフール君の言葉に頷きながら胸に手をおき、大きく息を吐いた。
その後もひやりとする場面は何回もあったけれど、なんとか二人も渡ることが出来た。
「これでようやく次に進めますねー」
まだ地面にへたりこんでいるユノがホッとしたように笑みを見せたのが、印象的だった。




